第245話 久しぶりの三年Sクラス
王都の朝は、ハル領の朝とは少し違う。
窓の外から聞こえてくる人の声も、馬車の音も、どこかせわしない。
俺は寮の自室で目を覚まし、しばらく天井を見ていた。
夏休みは終わった。
今日から、二学期が始まる。
机の上には、授業用の道具が並んでいる。
その横に、ハル領から持ってきた小さな木札を一枚置いた。
西の森役場で使っていた絵印の控えだ。
それを見ると、少しだけ西の森の空気を思い出す。
でも、いつまでも考えているわけにはいかない。
俺は制服に着替え、寮の部屋を出た。
学院の廊下は、夏休み明けの生徒たちでにぎわっていた。
「久しぶり!」
「少し背が伸びたんじゃないか?」
「休み中、どこに行ってたんだ?」
あちこちで声が上がる。
西の森とはまるで違う場所だ。
けれど、この騒がしさも懐かしかった。
三年Sクラスの教室に近づくと、聞き慣れた声がした。
「お、来た」
教室に入ると、真っ先にヴィクトルがこちらを見た。
「リオン、戻ってきたね」
「うん。久しぶり」
ヴィクトルは俺の顔をじっと見る。
「……休み明けの顔じゃないな」
「そう?」
「俺には分かるよ。休んでなかった顔だ」
思わず苦笑した。
否定しきれない。
その時、横からセレナが近づいてきた。
「リオン」
「セレナ。久しぶり」
「無事に戻ったのね」
セレナはそう言ってから、少しだけ視線をそらした。
「……少し安心したわ。お父様から、ハル領で厄介なことがあったとは聞いていたから」
「ヴァレスト公爵から?」
「詳しいことまでは聞いていないわ。
ただ、あなたが夏休みに大人しく休んでいたとは思えない、とは言っていたわ」
「公爵には、見抜かれていたんだね」
「私でも分かるわ。あなた、放っておくと何でも抱え込むから」
セレナの言い方は少し強い。
でも、心配してくれていたのは分かった。
「ありがとう」
「別に、お礼を言われるようなことじゃないわ」
セレナはそう言って、軽く顔を背けた。
そのやり取りを見て、ヴィクトルが小さく笑う。
「相変わらずだね」
「ヴィクトル、何か言った?」
「いや、何も」
ヴィクトルはすぐに肩をすくめた。
そこへ、エドガーが歩いてきた。
「リオン、無事に戻って何よりだ」
「エドガーも元気そうだね」
「僕はそれなりに休めたよ。君は、そうでもなさそうだが」
「いろいろあったよ。でも、何とか形にはしてきた」
「君らしいね」
エドガーは穏やかに笑った。
その後ろから、ナディアとガイルも来る。
「リオンさん、お元気そうで安心しました」
「ナディアも元気そうですね」
「はい。ガイルさんも、夏休み中は頑張っていました」
ナディアがそう言うと、ガイルが少し気まずそうな顔をした。
「ナディア、それは言わなくてもいいだろ」
「頑張っていたことは、良いことです」
「まあ、そうだけどな……」
俺は思わず笑った。
「ガイル、勉強もしていたの?」
「少しだけだ」
「少しではありません」
ナディアがすぐに訂正する。
ヴィクトルが楽しそうに言った。
「へえ。ガイルが勉強ね。二学期は期待できそうだ」
「からかうな」
教室に、少し笑いが広がった。
この空気は久しぶりだった。
西の森では、毎日誰かの相談や判断があった。
ここでは、俺たちは生徒に戻る。
そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。
「戻ってきたな、リオン」
声をかけてきたのはクラウスだった。
隣にはライオネルもいる。
「クラウスさん。ライオネルさん。お久しぶりです」
「ああ。元気そうで何よりだ」
ライオネルが笑う。
「夏休み、少しは休めたのか?」
「休めたかと言われると、少し難しいです」
「やっぱりな」
クラウスが呆れたように言った。
「リオンは休みでも何かしていそうだと思っていた」
「そこまで分かりやすいですか?」
「分かりやすい」
ライオネルが即答した。
近くにいたミラも笑う。
「でも、無事に戻ってきたならよかったわ」
「ありがとうございます、ミラさん」
オルドは腕を組みながら言った。
「二学期は実戦演習が増えるらしい。休み明けから忙しくなりそうだ」
「実戦演習ですか」
「ベルンハルト先生が担任だからな。楽にはならないだろう」
それを聞いた瞬間、教室の扉が開いた。
空気がすっと締まる。
入ってきたのは、ベルンハルト先生だった。
元騎士団員らしい、無駄のない歩き方。
教室の中の話し声が自然と小さくなった。
先生は教壇に立ち、全員を見渡した。
「久しぶりだな。休み明けで気が緩んでいる者もいるようだが、今日から二学期だ」
誰かが小さく背筋を伸ばす音がした。
「二学期は、一学期より実戦演習を増やす。個人の力だけではなく、班でどう判断するかを見る」
班でどう判断するか。
その言葉に、俺は少し反応した。
「強い者が前に出るだけでは、班は崩れる。
誰が見て、誰が動き、誰が止めるか。それを間違えれば、実戦では負ける」
西の森で考えていたことと、少し似ている。
誰が何を判断するのか。
領地でも、学院でも、それは大事なのかもしれない。
ベルンハルト先生は話を続けた。
「休み中に何をしていたかは、それぞれ違うだろう。だが、ここでは三年Sクラスとして動いてもらう」
先生の視線が、教室を一巡する。
「気持ちを切り替えろ」
「はい」
教室中の返事が揃った。
久しぶりのSクラス。
夏休み前と同じようで、少し違う。
セレナも、エドガーも、ナディアも、ガイルも、ヴィクトルも。
クラウスも、ライオネルも、ミラも、オルドも。
皆、それぞれの夏を越えて、ここに戻ってきた。
そして、二学期が始まる。
そう思った時だった。
「ハル」
ベルンハルト先生の声が飛んだ。
「はい」
「授業後、学院長室へ行け。学院長がお前を呼んでいる」
教室の空気が、少しだけ変わった。
セレナがこちらを見る。
ヴィクトルも、わずかに目を細めた。
心当たりは、いくつもある。
心当たりは、一つではない。
転移魔法のこともある。
ガザルの件も、黒い魔石片のこともある。
西の森の動きだって、学院長の耳に入っていてもおかしくない。
どれかは分からない。
だが、学院に戻っても、落ち着く暇はあまりなさそうだった。
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