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【感謝!1000万PV達成!】45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第13章 リオンの夏休み(3年生)

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第243話 小さな判断

 翌朝、俺はレナードと一緒に西の森へ向かった。


 父上の容態を知ったせいか、馬車の揺れがいつもより重く感じた。


 父上は休まなければならない。


 俺も、もうすぐ王立学院へ戻る。


 それなのに、西の森は止まらない。


 役場も、滞在帳も、宿札も、夜間学校も、出稼ぎ者の受け入れも、全部が同時に動いている。


 だからこそ、今日やるべきことは決まっていた。


 誰が、何を判断するのか。


 それを分ける。


 仮役場へ着くと、エルムが帳面を広げていた。


 マルクは外で作業員と話している。


 リタは食事小屋から顔を出し、こちらに軽く頭を下げた。


 ノルは森側の道を見回っているらしい。


 俺とレナードは、長板の前に座った。


 レナードが木板を置く。


 そこには、昨日書いた六つの項目が並んでいた。


 一、西の森役場で判断してよいこと。

 二、レナードへ上げること。

 三、ノルへ上げる安全案件。

 四、母上へ共有すること。

 五、領主判断が必要なこと。

 六、リオンへ定期報告すること。


 俺は木板を見つめた。


「今日は、これを決めよう」


「はい」


 レナードが頷く。


 だが、考え始めるより先に、マルクが仮役場へ入ってきた。


「若様、少しよろしいでしょうか」


「うん。どうしたの?」


「仮宿西側にいる出稼ぎ者が二人、三番小屋へ移りたいと言っています」


「三番小屋へ?」


「はい。今の小屋は暑いそうで。それと、同じ班の者が三番小屋にいるので、その方が朝の集合に遅れにくいと」


 俺はすぐに答えようとした。


「それなら、空きが――」


 そこで、レナードが静かに口を挟んだ。


「若様」


 俺は言葉を止める。


「これは、若様が判断する案件でしょうか」


 そうだった。


 今日は、それを決めるために来たのだ。


 俺がすぐに答えてしまえば、何も変わらない。


 俺は一度、マルクの話を整理した。


 寝床を変えたい。


 理由は暑さと班の都合。


 三番小屋に空きがあるなら、大きな問題ではない。


 帳面と宿札を直せば済む。


「マルク。三番小屋に空きはある?」


「二人分ならあります」


「揉め事は?」


「今のところありません」


「なら、これは役場で判断していい。エルムが帳面を直して、宿札も作り替える。

僕には、夕方のまとめで報告だけでいい」


 マルクは少し驚いた顔をした。


「こちらで決めてよいのですか」


「うん。ただし、小屋の人数が超える時や、揉め事になりそうな時はレナードへ上げて」


「分かりました」


 マルクが戻ると、レナードが木板に書き込む。


 寝床変更――役場判断。


 人数超過、揉め事――レナードへ。


 たった一件。


 でも、線が一本引けた。


 そのすぐ後、今度はリタが来た。


「若様、レナード様。夕食の数が足りなくなりそうです」


「足りない?」


「はい。石切り場から西の森へ戻ってきた短期人足が、予定より多くて。

それに、湯屋帰りの冒険者も食事を求めています」


 食事は待てない。


 判断が遅れれば、すぐ不満になる。


 俺はリタに聞いた。


「今日だけ?」


「おそらく今日は特に多いです。ただ、明日も多いかもしれません」


 レナードがこちらを見る。


「若様、食事の増減は誰が見るべきでしょうか」


 俺は少し考えた。


 毎回俺に聞いていたら、食事小屋は回らない。


 でも、食材を勝手にどんどん使えば、帳面が崩れる。


「今日の夕食を増やす判断は、食事小屋と役場でしていい。

倉庫から出す量は、決めた範囲内ならリタとエルムで確認する」


「はい」


「ただし、三日続けて人数が増えるなら、レナードへ上げて。

食材を買い足す必要がある時もレナードへ」


 レナードが補足する。


「食事代の扱いを変える必要が出た場合も、私へ知らせてください」


「わかりました」


 リタはほっとしたように頭を下げた。


 今日だけの食事調整――役場判断。


 三日以上続く増加、追加購入、食事代の変更――レナードへ。


 また一つ、決まった。


 昼前になると、ノルが仮役場へ来た。


 外套の裾に泥がついている。


「森入口から湯屋へ向かう道の一部がぬかるんでいます。荷車は危ない」


「昨日の雨か」


「はい。一時的に危険札を立て、荷車は回り道にした方がよいでしょう」


 俺は頷きかけて、今度は自分で止まった。


 これは安全の話だ。


 現場を見ているのはノルだ。


 俺が机の前で許可を出すより、ノルが動いた方が早い。


「それはノル判断でいい」


 ノルはわずかに眉を上げた。


「私の判断で?」


「うん。危険札を立てて、荷車道を一時的に変えて。

役場には場所と理由を残す。道を直す作業が必要なら、マルクと相談して人を出して」


「承知しました」


「ただし、不審な荷物や、人の出入りが絡むなら、すぐ屋敷へ上げる」


「分かりました」


 ノルは短く答えると、すぐに出て行った。


 危険札、迂回路、一時的な通行止め――ノル判断。


 補修に人手や資材が必要――役場とレナードへ。


 不審者、不審な荷物――屋敷へ。


 木板の文字が増えていく。


 午後になると、エルムが帳面を抱えてやって来た。


「若様、短期人足の方が、自分の働いた日数と賃金が合っているか確認したいそうです」


 エルムは少し緊張していた。


 賃金は軽く扱えない。


 間違えれば不満になる。


 かといって、全部を領主判断にしていたら遅すぎる。


 レナードが帳面を覗き込む。


「記録はありますね」


「はい。作業日と班の確認印はあります」


 俺はエルムに言った。


「帳面と本人の記憶を照らすだけなら、役場で確認していい」


「私が、ですか」


「うん。ただし、食い違いがあればマルクと現場責任者に確認する。

支払い額を変える必要があるなら、レナードへ上げる」


 エルムは真剣な顔で頷いた。


「分かりました」


「あと、本人に待たせる時は、いつ返事できるか伝えて。分からないままにすると、不安になるから」


「はい」


 賃金日数の確認――役場。


 食い違い――現場責任者へ確認。


 支払い変更、未払い、揉め事――レナードへ。


 こうして見ると、小さな相談にも種類がある。


 その場で済ませてよいもの。


 記録を残せばよいもの。


 誰かへ上げなければならないもの。


 全部を同じ扱いにしていたから、今まで父上や俺に集まっていたのだ。


 夕方近く、マルクがまた戻ってきた。


 今度は少し言いづらそうな顔をしている。


「若様。グレイヴ領出身の出稼ぎ者が数人、滞在帳についてもう一度説明を聞きたいと言っています」


「ダンの件を聞いたのかな」


「おそらく」


 俺は立ち上がりかけた。


 自分で話した方が早い。


 そう思った。


 だが、途中で足を止める。


 それでは駄目だ。


 滞在帳の説明は、役場ができなければならない。


 俺がいる時だけ安心できる場所では、意味がない。


「エルム、マルク」


「はい」


「これは役場で説明して。昨日決めた札を使う。

分からない人がいれば、同じ説明を何度でもしていい」


 エルムが少し不安そうにする。


「私たちだけで大丈夫でしょうか」


「大丈夫。説明することは決まっている」


 俺は指を折って確認した。


「寝床、食事、安全確認のために使う。他領から求められても勝手には見せない。

正式な調査は領主家か司法院を通す。移住希望は本人の同意なしに書かない」


 エルムはゆっくり頷いた。


「そのまま伝えます」


「リタも伝えて。食事小屋で不安そうな人がいたら、役場へつないでほしい」


 リタはすぐに頷いた。


「分かりました」


「ただし、他領からの問い合わせや、家族を人質に取るような話が出たら、すぐ屋敷へ上げる」


 マルクの顔が引き締まった。


「承知しました」


 滞在帳の説明――役場。


 移住希望、他領からの問い合わせ、家族に関わる不安――屋敷へ。


 木板の上に、また線が増えた。


 ◇


 日が傾く頃、仮役場の長板には何枚もの木板が並んでいた。


 今日だけでも、これだけの小さな判断があった。


 もし全部を俺が決めていたら、役場は俺の顔色を見る場所になっていた。


 もし全部を父上に上げていたら、父上は休めない。


 レナードが、並んだ木板を見ながら言った。


「若様。今のように一つずつ分けていけば、役場は動けます」


「僕が答えを出すんじゃなくて、誰が答えるかを決めるんだね」


「はい。それが任せるということです」


 任せる。


 簡単な言葉だと思っていた。


 だが、本当は難しい。


 何でも好きにしていいと言うことではない。


 何でも自分で決めることでもない。


 ここまでは任せる。


 ここから先は上げる。


 その線を引くことだった。


 俺たちは、仮の判断表を作った。


 役場で決めること。


 寝床変更。

 宿札の修正。

 一日だけの食事数調整。

 滞在帳の説明。

 賃金日数の一次確認。


 レナードへ上げること。


 食材の追加購入。

 三日以上続く人数増加。

 支払い変更。

 人員配置の大きな変更。

 移住希望の相談。


 ノルへ知らせること。


 危険札。

 夜道の見回り。

 一時的な通行止め。

 不審者。

 不審な荷物。

 森側の異変。


 屋敷へ伝えること。


 西の森全体の人数増加。

 新しい仮宿の必要。

 女性用寝床の整備。

 大きな支出。

 他領との問題。

 司法院に関わる件。


 そして、俺へ定期報告すること。


 役場の相談件数。

 寝床人数。

 食事人数。

 出稼ぎ者の増減。

 西の森夜間学校の参加状況。

 危険報告の有無。


 完成ではない。


 まだ粗い。


 実際に動かせば、きっと足りないところも出る。


 それでも、最初の形はできた。


 エルムが木板を見て言う。


「これを、役場の壁に掛けるのですか」


「うん。でも、全部は書かなくていい。見出しだけでいい」


「見出し、ですか」


「役場で決めること。レナードへ上げること。ノルへ知らせること。

屋敷へ伝えること。それだけでも、迷った時の目印になる」


 エルムはすぐに新しい木板を取り出した。


 炭筆で、丁寧に文字を書いていく。


 文字の横には、小さな絵印も添えた。


 壁に掛けると、仮役場が少しだけ役場らしく見えた。


 リタがそれを見て、ぽつりと言う。


「これなら、誰に言えばいいか分かりやすいですね」


「それが大事なんだと思う」


 俺は壁の木板を見上げた。


 町を動かす仕組みは、紙の上だけでは決まらない。



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