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【感謝!1000万PV達成!】45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第13章 リオンの夏休み(3年生)

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第241話 消えた出稼ぎ者

 八月も中ごろに差しかかる頃。


 西の森の仮役場にも、少しずつ人の出入りが増えていた。


 滞在帳と宿札の運用は、まだ粗い。


 宿札をなくす者もいる。


 寝床を変えたのに、役場へ伝え忘れる者もいる。


 それでも、寝床を間違えた時に役場で確認できることや、食事小屋の人数が前より読みやすくなったことで、少しずつ受け入れられ始めていた。


 夏休みは、もう後半に入っている。


 俺が学院へ戻る日は、少しずつ近づいていた。


 そんな朝、リタが仮役場へ駆け込んできた。


「リオン様、レナード様」


 いつも落ち着いているリタにしては、声が少し乱れている。


「どうしたの?」


「グレイヴ領から来ている出稼ぎの方が、一昨日の夜から食事に来ていません」


 俺は顔を上げた。


 レナードもすぐに帳面を閉じる。


「名前は分かりますか」


「はい。ダンという方です。いつも夜は食事小屋へ来ていました。

でも、一昨日の夜も、昨日の朝も夜も来ていません」


「寝床は?」


 俺が聞くと、リタは首を振った。


「そこまでは……」


「マルクを呼んで」


「はい」


 リタが出ていく。


 少しして、マルクが仮役場へ駆け込んできた。


「リオン様、呼びましたか」


「グレイヴ領から来ているダンという人、分かる?」


「ああ、分かります。短期人足で入って、そのまま残っている人です」


「寝床を確認してきて」


「はい」


 マルクはすぐに飛び出していった。


 俺はレナードと顔を見合わせる。


「ただ食事に来ていないだけならいいけど」


「二日続けてとなると、確認すべきでしょう」


「うん」


 滞在帳を開く。


 ダン。


 出身、グレイヴ領。


 仕事、荷運び補助。


 滞在区分、出稼ぎ。


 寝床、仮宿西側。


 食事、朝夕。


 滞在予定、未定。


 滞在予定の欄に、未定と書かれている。


 その文字が、妙に引っかかった。


 ◇


 しばらくして、マルクが戻ってきた。


 表情が硬い。


「寝床にいません」


「荷物は?」


「布袋が一つ残っています。でも、本人はいません。

隣で寝ていた人に聞いたら、二日前の夕方から戻っていないそうです」


 レナードがすぐに帳面へ記す。


「最後に見た場所は?」


「作業場の近くです。ただ、その日の午後、少し様子がおかしかったと」


「様子?」


「滞在帳の確認をした時に、かなり不安そうだったらしいです」


 俺は眉を寄せた。


「何を聞いたの?」


「滞在予定です。あと、出稼ぎとして残るのか、短期人足に戻すのか」


 マルクは言いづらそうに続けた。


「その時、ダンは『それはグレイヴ領にも知られるのか』と聞いたそうです」


 部屋の空気が変わった。


 レナードの手が止まる。


 滞在帳は、人を守るための帳面だ。


 寝床を確認し、食事を用意し、何かあった時に探せるようにする。


 だが、書かれる側がそう受け取るとは限らない。


「ノルを呼ぼう」


 俺は立ち上がった。


「見回りに確認する」


 ◇


 ノルはすぐに来た。


 事情を聞くと、顔つきが一段鋭くなる。


「最後に戻っていないのが二日前の夕方なら、念のため周辺を確認すべきです」


「森に入った可能性は?」


「あります。ただ、荷物を残しているなら、遠くへ行ったとは限りません」


 ノルはマルクを見る。


「ダンがよく行く場所は」


「資材置き場の方で休んでいるのを何度か見ました。

あと、西側の荷車道の脇です」


「そこから確認します」


 ノルがすぐに見回りの者へ指示を出す。


 マルクも案内役として同行することになった。


 俺も行こうとすると、ノルが一瞬だけこちらを見た。


「若様は、無理に前へ出ないでください」


「分かってる。邪魔はしない」


 レナードも一緒に来る。


 仮役場に残るエルムには、ダンの宿札と滞在帳の控えを確認してもらった。


 リタには、食事小屋でダンを最後に見た者がいないか聞いてもらう。


 役場が動き出す。


 リタが食事の異変に気づき、マルクが寝床を確認し、エルムが帳面を見る。


 ノルが見回りを動かし、レナードが記録をまとめる。


 作っていたものは、無駄ではなかった。


 ただし、今は感心している場合ではない。


 ダンを見つけなければならない。


 ◇


 資材置き場の周辺を確認したが、すぐには見つからなかった。


 荷車道の脇にもいない。


 だが、マルクがふと足を止めた。


「こっちです」


「何かあるのか」


 ノルが聞く。


「あの人、昼休みによく古い資材小屋の裏にいました。人が少ないから落ち着くって」


 古い資材小屋。


 今はほとんど使われていない小屋で、屋根の一部が傷み、古い木材や縄が置かれているだけの場所だ。


 俺たちはそこへ向かった。


 近づくと、中から小さな物音がした。


 ノルが片手を上げ、全員を止める。


「誰かいる」


 マルクが声をかけた。


「ダンさん、いるなら返事してください。怒りに来たわけじゃありません」


 しばらく沈黙があった。


 やがて、かすれた声が返ってくる。


「……マルクか」


「はい。リオン様もいます」


 中で何かが動く音がした。


 扉がゆっくり開く。


 出てきたのは、やつれた顔の男だった。


 年は三十前後だろうか。


 目の下にくまがあり、服には土がついている。


 怪我はしていないようだが、かなり疲れている。


「ダン?」


 俺が聞くと、男は慌てて膝をつきそうになった。


「す、すみません。勝手に抜けたわけじゃ……」


「まず座って。水を」


 ノルの部下が水袋を渡す。


 ダンは震える手でそれを受け取った。


 水を飲んでからも、しばらく顔を上げられなかった。


「どうしてここにいたの?」


 俺はなるべく静かに聞いた。


 ダンは唇を噛んだ。


「滞在帳に、残るかどうかを書くと言われて……」


「うん」


「俺は、まだ決めてないんです。でも、帰りたいわけでもなくて……。

ここに仕事があるなら、もう少し残りたい。

でも、それを帳面に書かれたら、グレイヴ領に知られるんじゃないかと思って」


 やはり、そこだった。


 ダンは震える声で続けた。


「俺の家族は、まだ向こうにいます。

俺が戻らないつもりだと思われたら、家族に何を言われるか分からない」


 誰もすぐには口を開かなかった。


 森の中を、風が抜ける音だけが聞こえる。


 俺は、滞在帳を作った時の自分の言葉を思い出していた。


 人を守るための帳面。


 でも、それは俺たちの理屈だ。


 ダンにとっては、自分の立場を元の領地に知られるかもしれない怖い紙だった。


「ダン」


「はい」


「滞在帳は、君をグレイヴ領へ連れ戻すためのものじゃない」


 ダンが顔を上げた。


「本当ですか」


「うん。少なくとも、他領の者が見たいと言っただけで見せるものではない。

正式な調査があるなら、領主家や司法院を通す。

でも、君たちを勝手に連れ戻すために使わせるつもりはない」


 ダンは、まだ完全には信じきれていない顔をしていた。


 当然だと思う。


 一言で不安が消えるなら、こんな場所に隠れたりしない。


「滞在予定も、今すぐ決めなくていい」


「え……」


「今は、どこで寝ているか、どの仕事をしているか、食事が必要か。

それだけでいい。残るか帰るかは、君が相談できる時に話してくれればいい」


 ダンの肩から、少し力が抜けた。


 マルクも隣で頷く。


「俺も説明が足りませんでした。すみません」


「いや……俺が勝手に怖がって」


「怖がる理由があったんだと思う」


 俺がそう言うと、ダンは黙った。


 制度を作る側は、正しいつもりでいる。


 でも、受け取る側には違う景色が見えている。


 そこを見落とせば、帳面は守る道具ではなくなる。


「戻れる?」


 俺が聞くと、ダンは小さく頷いた。


「はい。戻ります」


「今日は無理に働かなくていい。食事を取って休んで」


「ありがとうございます」


 ノルが部下へ指示を出し、ダンを仮役場へ連れていくことになった。


 ◇


 仮役場へ戻ると、エルムとリタが待っていた。


 ダンの姿を見ると、リタはほっとしたように息を吐いた。


「よかった……」


 エルムは宿札の控えを机に置く。


 ダンは恐縮したように頭を下げた。


「すみませんでした」


「まず休んでください」


 レナードが穏やかに言った。


「帳面の確認は、その後で構いません」


 ダンは頷き、食事小屋へ向かった。


 リタがすぐについていく。


 その背中を見送りながら、俺は長板の前に座った。


「説明が足りなかったね」


 誰に向けたわけでもなく、そう言った。


 マルクが顔をしかめる。


「俺も、滞在予定を聞く時にもっと言えばよかったです」


「マルクだけの問題じゃない」


 俺は首を振った。


「役場として、ちゃんと決めておくべきだった。

滞在帳を誰が見るのか。何のために使うのか。他領に見せるのか見せないのか」


 レナードが静かに頷く。


「利用する者に伝える決まりが必要ですな」


「うん」


 俺は木板を引き寄せた。


 そこに、短く書く。


 滞在帳の扱い。


 一、寝床、食事、安全確認のために使う。


 二、他領から求められても、勝手には見せない。


 三、正式な調査は、領主家または司法院を通す。


 四、移住希望は、本人の同意なしに記さない。


 書きながら、胸の奥が重くなった。


 滞在帳は、ダンを探す役には立った。


 食事小屋に来ていないこと。


 寝床に戻っていないこと。


 最後に不安そうだったこと。


 それらがつながったから、早く見つけることができた。


 だが、同時に、その帳面がダンを怖がらせてもいた。


「帳面が何のためにあるのか。それを、書かれる人にも分かる言葉で伝えないといけない」


 俺が言うと、レナードは深く頷いた。


「明日から、滞在帳の確認時にその説明を加えましょう」


「うん。マルク、出稼ぎの人たちにも伝えてほしい」


「分かりました」


「リタにも、食事小屋で不安そうな人がいたら教えてもらう」


「はい」


 エルムが小さく手を上げた。


「あの、説明用の札を作りましょうか」


「説明用?」


「文字を読める人向けには短い文を。

読めない人向けには、寝床、食事、見回りの絵印を入れます。

滞在帳が何のためのものか、役場の前に出しておけば……」


「それ、いいね」


 また一つ、役場が少しだけ形を変える。


 問題が起きた。


 その原因を見て、仕組みを直す。


 それを繰り返すしかない。


 俺は木板に書いた決まりを見つめた。


 滞在帳は、人を探す役には立った。


 だが、それだけでは足りない。


 人を守るための帳面だと、こちらが思っているだけでは駄目なのだ。


 第二段階は、人数をそろえるだけでは終わらない。


 まず、人に信じてもらうところから、もう一度始める必要があった。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
役場パートはまだしばらく続きますか?
だんだんと綻びスキルが発動しなくなってきてますよね。テンポ良いからそのほうが良いんだろうけど。
約款が出来ていく過程って感じかな。こうした事が発生し積み重なって行くことで長々とした規約が出来上がっていくのかもしれませんね。作る側は何が起こるか、最悪を想定していかないといけない。
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