第240話 寝床の数
滞在帳と宿札の形が決まった翌朝。
俺たちは、仮役場に集まっていた。
長板の上には、エルムが作った宿札が並んでいる。
二番小屋。
三番小屋。
仮宿西側。
食事小屋裏。
文字の横には、小屋を表す簡単な絵印が入っていた。
今日は、これを持って実際の寝床を確認する。
帳面を作っただけでは意味がない。
現場と合っているかを見なければならない。
「まずは、常雇いの小屋から見ましょう」
レナードが言った。
「うん」
俺は頷き、マルクの案内で仮役場を出た。
同行するのは、レナード、エルム、マルク、リタ、ノル。
リタは食事小屋の仕事があるため、途中までの参加だ。
◇
最初に向かったのは、常雇いの作業員たちが使っている小屋だった。
中に入ると、粗い寝台がいくつか並んでいる。
床には藁が敷かれ、壁際には私物を置く棚のようなものもあった。
広いわけではない。
快適とも言いがたい。
だが、誰がどこで寝るのかは、ある程度決まっているようだった。
「ここは比較的安定しています」
マルクが言った。
「同じ班の人が多いので、寝床もあまり変わりません」
レナードが帳面を確認する。
「帳面との大きなずれもありませんな」
「うん」
ここは、思ったより問題が少ない。
ただ、それは仕組みが整っているからというより、人の動きが少ないからだ。
常雇いの者は、班も寝床も大きく変わらない。
だから、班長の記憶でも何とか回っていたのだろう。
だが、それは人が増え、動きが複雑になればすぐに崩れる。
「次へ行こう」
俺はそう言った。
◇
次に向かったのは、短期人足と出稼ぎ者が多く使っている仮宿だった。
常雇いの小屋とは、空気が違った。
寝台は少ない。
藁を敷いた床に荷物を置き、その横で眠っている者もいる。
小屋の隅には、布袋や道具が雑然と積まれていた。
ここは、寝床というより、空いた場所に体を休める場所に近い。
マルクが少し気まずそうに頭をかいた。
「ここが一番ずれています」
「どれくらい?」
「帳面では八人のはずです。でも、今朝見た時は十人いました」
エルムが宿札の控えを見た。
「この二人は、三番小屋に入っているはずです」
「どうしてこっちに?」
「聞いてみます」
マルクが小屋の中にいた男たちへ声をかける。
しばらくして、二人の出稼ぎ者が申し訳なさそうに出てきた。
一人が頭を下げる。
「勝手に移って、すみません」
「怒るために聞いているわけじゃないよ」
俺はそう言った。
「どうして寝床を変えたの?」
男は少し言いづらそうにした。
「三番小屋は、夜になると暑くて……。あと、隣の人が遅くまで話していて、あまり眠れませんでした」
もう一人も続ける。
「こっちには知り合いがいたので、一晩だけのつもりで移りました。そのままになってしまって」
なるほど。
帳面の上では、二人は三番小屋だ。
だが、本人たちには本人たちなりの理由があった。
暑い。
眠れない。
知り合いがいる。
どれも小さな理由に見える。
けれど、毎晩眠れなければ、仕事にも響く。
「分かった。次から寝床を変えたい時は、役場に一言伝えてほしい」
「よいのですか」
「理由があるなら聞く。ただ、勝手に変えられると、見回りや食事小屋が困る」
男たちは顔を見合わせ、頷いた。
「分かりました」
エルムが宿札の控えに印をつける。
レナードが帳面へ短く記録した。
寝床変更。
理由、暑さと騒音。
確認、マルク。
それだけだ。
長く書く必要はない。
だが、残しておけば後で見返せる。
◇
仮宿を見ていると、別のずれも見つかった。
三日だけの予定で来た短期人足が、十日以上残っていた。
逆に、しばらく働くと言っていた者が、すでに別の現場へ移っていた。
マルクが肩をすくめる。
「短期のつもりで来ても、仕事があると残るんです。逆に、別の仕事が入ればすぐ移る人もいます」
「つまり、一度書いたら終わりじゃないんだね」
「はい。かなり動きます」
レナードも帳面を見ながら頷いた。
「滞在予定は、あくまで予定ですな」
「五日以上延びたら、区分を確認しよう」
俺は言った。
「短期人足のままでいいのか、出稼ぎとしてしばらく残るのか。本人に無理に決めさせる必要はないけど、役場側では把握したい」
「分かりました」
エルムが木板に書き足す。
五日以上延長。
滞在区分を再確認。
簡単な決まりだ。
だが、これだけでも帳面と現場のずれは減るはずだ。
◇
次に、食事小屋裏を確認した。
そこには、荷物置き場の一角を片づけたような場所があった。
数人が休める程度の広さで、寝床というより仮眠場所に近い。
リタが少し言いづらそうに説明した。
「忙しい日は、ここで休む人もいます。正式な寝床ではないのですが……」
「泊まる人もいる?」
「たまにいます」
ノルの表情が少し厳しくなった。
「夜に誰がここにいるのか分からないのは、よくありません」
「そうだね」
便利だから使われている。
でも、正式な寝床ではない。
この曖昧さが危ない。
俺は食事小屋裏を見回した。
今は男の手伝いが多い。
だが、リタが言っていたように、今後は女性の手伝いも増えるかもしれない。
その時に、ここをそのまま使うのは危うい。
「ここは寝床じゃなくて、一時休憩の場所にしよう」
俺が言うと、リタが頷いた。
「その方がよいと思います」
「泊まる必要がある人は、役場で寝床を割り当てる。女性が増えた時の場所も、早めに候補を見ておこう」
ノルが短く答えた。
「こちらでも確認します」
問題が起きてからでは遅い。
今のうちに分けられる余地を残しておく必要がある。
◇
仮宿の外には、冒険者たちの簡単な天幕もいくつか見えた。
全員が小屋に入っているわけではない。
食事小屋だけ使う者。
湯屋に寄る者。
森へ入る前に一晩だけ休む者。
冒険者の動きは、作業員よりもさらに読みにくい。
ノルが言った。
「冒険者まで一度に滞在帳へ入れると、役場が回らなくなるでしょう」
レナードも頷く。
「まずは、ハル領の作業に従事する者を対象にした方がよいかと」
「うん」
俺も同意した。
「冒険者は別枠で後に考える。今は、作業員、短期人足、出稼ぎ者、食事小屋と湯屋の手伝いを優先しよう」
全部を一度に整えようとすれば、きっと崩れる。
今見るべきものを絞る。
それも、町づくりには必要なのだと思った。
◇
仮役場へ戻ると、俺たちは確認したことを長板の上に並べた。
常雇いの小屋は、比較的安定。
短期人足と出稼ぎ者の仮宿は、人数が合わない。
寝床の入れ替えが起きている。
三日予定の者が十日以上いる。
登録上いるはずの者が、別の現場へ移っている。
食事小屋裏は、正式な寝床ではなく一時休憩場所にする。
冒険者は、今は別枠。
書き出してみると、思ったより多かった。
リタが小さく息を吐く。
「見て回ると、いろいろ分かりますね」
「うん」
俺は頷いた。
「帳面だけでは見えなかった」
寝床の数を数えるだけなら、簡単だと思っていた。
でも、実際には違った。
人は暑ければ場所を変える。
隣が騒がしければ移る。
三日で帰るつもりでも、仕事があれば残る。
食事小屋裏のように、便利だから曖昧に使われている場所もある。
帳面に人を合わせるのではない。
人の動きを見ながら、帳面を直していく必要がある。
「今日決めることは少なくていい」
俺は言った。
「まず、寝床を変える時は役場へ伝える。五日以上滞在が延びたら、滞在区分を確認する。食事小屋裏は一時休憩場所として扱う」
レナードが帳面へ書き取る。
「宿札の本格配布は、出稼ぎ者と短期人足からでよろしいですか」
「うん。そこが一番ずれているから」
マルクが頷いた。
「説明は俺が手伝います」
「お願い」
エルムは宿札の束を見直していた。
「二番小屋と三番小屋の札は、少し多めに作っておきます」
「うん。入れ替えがあるかもしれないからね」
ノルは短く言った。
「夜の見回りでも、札掛けの場所を確認します」
少しずつ、次にやることが見えてきた。
俺は木板に書いた。
第二段階。
寝床確認、開始。
その下に、もう一つ書き足す。
寝床の数を合わせるだけでは足りない。
レナードがその文字を見て、静かに頷いた。
「その通りですな」
西の森には、人が集まり始めている。
だが、町と呼ぶにはまだ足りない。
ただ寝る場所があるだけでは不十分だ。
自分の場所だと分かること。
困った時に変えられること。
その変更が、食事小屋や見回りにも伝わること。
そこまで整って初めて、人は安心して眠れる。
第二段階で数えるべきものは、寝台の数だけではなかった。
そこに眠る人たちの事情まで見なければ、西の森は町にはならない。
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