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【感謝!1000万PV達成!】45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第13章 リオンの夏休み(3年生)

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第231話 町長になりたい

西の森夜間学校の初回を終えた、次の日の朝。


俺は屋敷の小さな執務室で、レナードと向かい合っていた。


 机の上には、昨日の西の森夜間学校の記録が広げられている。


 参加者十名。


 内容は、自分の名前、危険、退避、水場、荷車道、簡単な数字。


 木板と炭で始めた、ほんの三十分の授業だ。


 けれど、帳面に書かれたその記録を見ていると、不思議と重みがあった。


「初回としては、悪くありませんでした」


 レナードが言った。


「参加者も途中で抜けませんでしたし、終わった後に大きな混乱もありませんでした。

次も来たいと言った者もいます」


「うん」


 俺は頷いた。


 それは素直に嬉しい。


 夜間学校は、まず始められるかどうかが大事だった。


 作業後に人を集める。


 疲れた人たちに、文字と数を学んでもらう。


 それだけでも、思った以上に難しい。


 けれど、昨日はそれができた。


 小さな一歩ではある。


 だが、確かに始まった。


 レナードは、昨日の短い時間でかなり細かく記録を取っていた。


 さすがだと思う。


 ただ、その帳面を見ているうちに、俺の中で別の違和感が生まれた。


「レナード」


「はい」


「夜間学校の帳面は、これでいいと思う」


「ありがとうございます」


「でも、西の森全体の帳面として見ると、まだ足りないね」


 レナードの手が止まった。


 俺は帳面の端を指で軽く叩いた。


「昨日、夜間学校をやってみて思ったんだ。参加者がどこの班で働いているかは分かる。何を教えたかも分かる。

でも、その人たちが普段どこで寝ているかこの帳面だけでは分からない」


「それは……確かに、その通りです」


 レナードはすぐに表情を引き締めた。


「これまでは、各現場の責任者や班長が把握していました」


「うん。最初はそれでよかったんだと思う」


 俺は椅子の背にもたれた。


 西の森は、最初から町だったわけではない。


 ただの森だった。


 そこに作業場ができた。


 木こりが入り、冒険者が出入りするようになった。


 食事小屋ができた。


 湯屋ができた。


 木材置き場ができて、荷車道が整っていった。


 工房の人間も関わるようになった。


 さらに今は、出稼ぎの者、短期の人足、移住を考えている者まで混じり始めている。


 そして昨日、夜間学校が始まった。


 それはもう、ただの作業場ではない。


「最初は、班長が見ていれば回ったんだと思う。誰が来て、誰が帰ったか。

木材を何本運んだか。荷車が何台動いたか。それだけなら、現場の帳面で足りた」


「はい」


「でも、今は違う。人が増えた。目的も増えた。西の森で過ごす時間も長くなった」


 俺は帳面の空いている場所に、炭筆で線を引いた。


「仕事の帳面はある。でも、暮らしの帳面がない」


 誰かが悪いわけではない。


 最初から何もしていなかったわけでもない。


 むしろ、ここまではよく回していた。


 けれど、西の森の変化が早すぎた。


 作業場として始めた場所が、人の集まる生活拠点になりかけている。


 なのに、管理の仕組みはまだ作業場のままだった。


「リオン様」


 レナードが静かに言った。


「今の西の森には、窓口が必要かもしれません」


「窓口?」


「はい。誰かが新しく働きに来た時、どこの班に入るかだけでなく、どこで寝泊まりするのか、困った時は誰に言えばよいのか。

そういうことを一つの場所で記録する必要があります」


「役場だね」


 俺が言うと、レナードは少し驚いたように目を上げた。


「役場、ですか」


「うん。西の森役場」


 口に出した瞬間、思ったよりしっくりきた。


 今の西の森には、現場責任者がいる。


 ノルが見回りや警備を見ている。


 食事小屋には食事小屋の担当者がいる。


 湯屋には湯屋の者がいる。


 工房には工房の帳面係がいる。


 それぞれは動いている。


 だが、それらを一つにまとめて見る場所がない。


 だから、何かが起きた時に、現場ごとの対応になってしまう。


 町として見るなら、中心になる場所が必要だ。


「役場を置くなら、役人も必要になります」


 レナードが言った。


「一人では足りません。少なくとも、帳面を見る者、滞在者を確認する者、現場からの相談を受ける者が必要です」


「最初は小さくていい」


「はい。いきなり立派な建物を作る必要はありません。

食事小屋の近くに小さな小屋を置き、そこで帳面を管理するだけでも変わります」


 レナードが書き込む音だけが、しばらく部屋に響いた。


 俺はその様子を見ながら、胸の奥が少し熱くなるのを感じていた。


 どれも地味だ。


 派手な魔法でもない。


 強い魔物を倒す話でもない。


 けれど、こういうものが揃って初めて、人はそこに暮らせる。


 西の森は、町になろうとしている。


 そして、町になる前の場所には、決めることが山ほどある。


 道をどこへ通すか。

 人が寝る場所をどう分けるか。

 夜間学校をどこまで広げるか。

 危険な場所にどんな札を置くか。


 既に出来上がった町なら、古い決まりや慣習がある。


 それを急に変えるのは難しい。


 だが、西の森は違う。


 まだ形が固まっていない。


 今なら、最初から仕組みを作れる。


 前世で、俺は何度も思った。


 最初の設計を間違えると、後から直すのは何倍も大変になる。


 組織も同じだ。


 町も、きっと同じだ。


「レナード」


「はい」


「俺、西の森の町長をやりたい」


 レナードの炭筆が止まった。


 少しの間、部屋が静かになる。


 レナードは俺の顔を見た。


「町長、ですか」


「うん。もちろん、今すぐ正式な町として認めるかどうかは父上の判断だけど。

西の森を町にしていくなら、その最初の方針を俺が決めたい」


 言ってから、自分でも少し驚いた。


 でも、口に出してしまうと、気持ちははっきりした。


 俺は西の森をただ整えたいのではない。


 作りたいのだ。


 働く場所としてではなく、人が暮らせる町として。


 そして、その最初の設計に関わりたい。


「既にある町の町長になりたいわけじゃない。今から町になる場所だからやりたい。

何を置くか、何を決めるか、どういう順番で整えるか。そこを間違えたくない」


 レナードはしばらく黙っていた。


 そして、静かに頭を下げた。


「私は、賛成です」


「本当に?」


「はい。西の森の変化を一番よく見ておられるのは、リオン様です。

夜間学校も、湯屋も、木札の運用も、現場の改善も、すべて西の森が町へ近づく流れの中にあります」


 レナードは顔を上げる。


「ただし、町長という仕事は、思いつきで務まるものではありません」


「分かってる」


「いえ。おそらく、若様が思っているよりも重いです」


 レナードの声は厳しかった。


「町には、毎日小さな問題が起きます。

水場の順番で揉める者。食事の量に不満を言う者。

寝床の場所を勝手に変える者。賃金の支払いを確認したい者。

怪我をした者。酒に酔って騒ぐ者。新しく働きに来た者。仕事を辞めたい者」


「うん」


「それらを全部、町長がその場で判断するなら、若様は西の森から離れられません」


 その通りだった。


 レナードは賛成してくれている。


 でも、浮ついた賛成ではない。


 実務を分かっているからこそ、最初に釘を刺している。


「だから、役場と役人が必要なんだよね」


「はい」


「俺が全部を判断する形にはしない。日々のことは役人と現場責任者が動く。

ノルは安全を見る。レナードは帳面と制度を見る。

俺は大きな方針と、仕組みの最初の形を決める」


「それを領主様にご説明できるなら、よろしいかと」


「父上か」


 俺は少しだけ苦笑した。


 父は反対しないかもしれない。


 だが、簡単に頷く人でもない。


 特に最近の父は、俺に任せるところと、親として止めるところをきちんと分けようとしている。


 これは、ちゃんと相談しなければならない。


 ◇


 午後。


 俺はレナードと一緒に、父の執務室を訪ねた。


 父は椅子に座り、いくつかの書類を確認していた。


 体調はなかなか改善されず、無理をしていることは分かる。


「リオン。どうした」


「西の森のことで相談がある」


 父は書類を置いた。


「座りなさい」


 俺とレナードは向かいの席に座った。


 まず、昨日の夜間学校が無事に始まったことを報告した。


 参加者が十名だったこと。


 危険、退避、水場、荷車道の札を教えたこと。


 名前を書く練習をしたこと。


 数字を一から十まで扱ったこと。


 父は黙って聞いていたが、少しだけ表情を緩めた。


「そうか。始まったか」


「うん」


「それは良かった」


 父の声には、静かな安堵があった。


 ただ、俺はそこで話を終わらせなかった。


「でも、夜間学校を始めて分かったことがある」


「何だ」


「西の森は、もう作業場じゃなくなり始めてる」


 父の目が少し細くなった。


 俺はレナードに目配せした。


 レナードが帳面を開き、昨日から今朝にかけて整理した内容を父へ見せる。


「西の森には、現在、作業員、木こり、冒険者、工房関係者、出稼ぎ者、短期人足などが出入りしています。

食事小屋、湯屋、作業場、木材置き場、荷車道、夜間学校が動き始め、滞在時間も以前より長くなっています」


 父は帳面に目を通した。


「なるほど」


「これまでは、現場責任者や班長の把握で回っていました。

ですが、人数と施設が増えたことで、作業の帳面だけでは足りなくなっています」


「足りないのは何だ」


 父が聞いた。


 俺は答えた。


「町を管理する人だと思う」


 父の視線が俺へ向く。


「誰がどこで寝ているか。新しく来た人を誰が登録するか。

困った時に誰に言えばいいか。そういう管理が必要になってる」


 父はしばらく黙っていた。


「つまり、西の森に役場を置きたいということか」


「うん」


 父は俺の考えをすぐに理解した。


 さすがだと思う。


「西の森役場を置きたい。最初は小さな小屋でいい。そこに滞在帳を置いて、役人を置く。

新しく来た人はそこで登録する。仕事、寝泊まり場所、食事、賃金、班長を記録する。仮宿の割り当ても役場で扱う」


「役人はどうする」


「候補はこれから決める。レナードだけに任せるつもりはない。現場側からも出したい」


「ノルは?」


「安全管理はノルに相談したい」


「食事小屋と湯屋は?」


「役場と連携させる。食事人数や夜間学校の参加者、湯屋の利用状況も役場に上がるようにしたい」


 父は何も言わず、指先で机を軽く叩いた。


 怒っているわけではない。


 考えている時の癖だ。


 俺は続けた。


「それと、もう一つある」


「何だ」


「俺が、西の森の町長をやりたい」


 父の指が止まった。


 隣でレナードがわずかに姿勢を正す。


 父は、驚いたような、呆れたような、でも少しだけ面白がっているような顔をした。


「町長になりたい、か」


「うん」


「なぜだ」


「西の森は、これから町になる場所だから」


 俺は真っ直ぐ父を見た。


「既に出来上がっている町なら、俺より経験のある人がやった方がいいと思う。

でも、西の森はまだ形が決まっていない。

道も、役場も、宿舎も、水場も、火の管理も、夜間学校も、これから決めることが多い」


 言葉にしながら、自分の中でも考えが整理されていく。


「最初の仕組みを間違えると、後から直すのが大変になる。

だから、今やりたい。西の森をただの作業場じゃなく、人が暮らせる町にしたい」


 父は黙って聞いていた。


 俺はさらに続けた。


「町長の椅子が欲しいわけじゃない。西の森を町にする最初の設計をやりたい」


 しばらく沈黙が落ちた。


 やがて父は、ゆっくりと息を吐いた。


「気持ちは分かった」


「うん」


「だが、リオン。町長は、王立学院が休みの間だけできる仕事ではないぞ」


 その言葉は、思ったより重かった。


 父は厳しい顔で俺を見る。


「お前は学院に通っている。今は休みだから西の森に関われる。

だが、学院が始まれば王都に戻る。町で揉め事が起きるたびに、お前の判断を待つのか」


「それは……」


「火事が起きたらどうする。怪我人が出たらどうする。出稼ぎ者同士が揉めたらどうする」


 父の言葉は一つ一つ現実的だった。


「お前が町長を名乗り、日々の判断をすべて握るなら、西の森はお前がいない間に止まる。それでは町ではない」


 反論はできなかった。


 父の言っていることは正しい。


 俺が全部決める形にすれば、結局、町は俺に依存する。


 それは、前世で何度も見た失敗と同じだ。


 優秀な一人に仕事が集まり、その人がいないと止まる組織。


 それでは続かない。


 俺は少し目を伏せた。


 レナードは何も言わない。


 助け舟を出さない。


 それでいい。


 これは俺が答えるべき問いだ。


「全部を俺が判断するなら、無理だと思う」


 俺は言った。


「だが?」


 父が促す。


「だから、役場を作る」


 俺は顔を上げた。


「町長がいなくても回る役場を作る。役人を置く。

日々の判断は、役人、現場責任者、ノル、食事小屋、湯屋がそれぞれ決められるようにする。決めてよい範囲を先に決める」


 父は黙って聞いている。


「俺は、最初の方針と仕組みを作る。学院にいる間は、定期的に報告を受ける。

急ぎの問題は、役場とレナード、父上で判断できるようにする。

俺の許可がないと何も動かない形にはしない」


「それで町長と言えるのか」


 父が静かに聞いた。


 俺は少し考えた。


 町長という言葉に、自分が少し浮かれていた部分はあるかもしれない。


 でも、それでもやりたいことは変わらない。


「町長って、一番偉い人のことじゃないと思う」


 俺は答えた。


「人が暮らす仕組みを作って、それを続ける責任を持つ人だと思う。

だから、俺が最初にやるべきなのは、自分の椅子を作ることじゃない。

俺がいなくても動く役場を作ることだと思う」


 父の表情が少しだけ変わった。


 厳しさの奥に、わずかな納得が見えた気がした。


「……言うようになったな」


「父上が聞いたんだろ」


 思わずそう返すと、父は小さく笑った。


 けれど、すぐに表情を戻す。


「よかろう」


 俺は思わず背筋を伸ばした。


「ただし、条件がある」


「条件?」


「ああ」


 父は指を一本立てた。


「まず、西の森役場の役割を書き出せ。何を扱い、何を扱わないのかを明確にする」


「分かった」


「次に、役人候補を出せ。一人では駄目だ。

帳面を見る者、現場を回る者、相談を受ける者。最低でも複数人にしろ」


「うん」


「三つ目。お前が学院に戻った後の判断の流れを作れ。

誰が日々の判断をし、誰に報告し、どこから領主判断に上げるのか。それを決めろ」


「分かった」


「四つ目」


 父の目が、まっすぐ俺を射抜いた。


「名前だけの町長になるな」


 その言葉に、俺は息を呑んだ。


「町長をやりたいなら、町長がいなくても町が回る仕組みを作れ。

人が暮らす場所は、一人の才覚だけで動かすものではない」


「……うん」


「それができるなら、西の森を町として整える準備を、お前に任せる」


 胸の奥に、熱いものが広がった。


 許された。


 いや、正確には、試されることになった。


 町長になれるかどうかではない。


 町を作れるかどうかを。


「やる」


 俺は答えた。


「西の森役場を作る。役人を置く。俺がいなくても動く仕組みを作る」


 父は静かに頷いた。


「なら、まずは計画書だ」


「うん」


「リオン」


「何?」


 父は少しだけ柔らかい声になった。


「町を作るというのは、道や建物を作ることだけではない。

そこにいる者が、明日もそこにいたいと思える仕組みを作ることだ」


 俺はその言葉を胸に刻んだ。


 明日もそこにいたいと思える仕組み。


 働くだけの場所ではない。


 食べて、湯に入り、学び、眠り、また朝を迎える場所。


 西の森を、そういう場所にする。


 ◇


 父の執務室を出ると、レナードが静かに言った。


「よろしゅうございましたな」


「まだ許可が出ただけだよ。というか、宿題を山ほど出された」


「それだけ、領主様が本気で考えてくださっているということでしょう」


「うん」


 俺は廊下の窓から外を見た。


 西の森は、ここからは見えない。


 けれど、頭の中にははっきりと浮かんでいる。


 食事小屋。

 湯屋。


 作業場。

 木材置き場。

 荷車道。

 夜間学校。


 そして、これから作る役場。


「レナード」


「はい」


「まず、西の森役場の役割を書き出そう」


「承知しました」


「それから、役人候補も探す。

帳面が見られる人だけじゃなく、現場の人に話を聞ける人がいい」


「はい。現場責任者とも相談いたしましょう」


「ノルにも話す。火元、水場、夜道の管理は絶対に必要になる」


「食事小屋と湯屋にも確認が必要ですな」


「うん」


 やることは多い。


 多すぎるくらいだ。


 けれど、不思議と嫌ではなかった。



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