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【感謝!1000万PV達成!】45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第13章 リオンの夏休み(3年生)

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第230話 夜学の準備

 翌朝。


 俺は屋敷の小さな執務室で、レナードと向かい合っていた。


 机の上には、昨日のうちにレナードが書き出した帳面が広げられている。


 初期費用、場所、教師役、教材、参加者。


 項目だけを見ると、もう立派な事業のように見える。


 だが、実際にやることは小さく始める。


 最初から大きくしすぎれば、続かない。


「まず、場所ですね」


 レナードが帳面を見ながら言った。


「食事小屋の一角がよいかと思います」


「湯屋の近くじゃなくて?」


「湯屋の近くでもよいのですが、食事小屋なら作業後に人が集まりやすいです。

雨も避けられますし、木板を置く場所もあります」


 たしかに、勉強のためだけに人を集めるより、食事のついでに少し残ってもらう方が始めやすい。


「夕食の前だと邪魔になるよね」


「はい。夕食が一段落した後、片付けの前に三十分ほどなら使えると思います」


「じゃあ、最初はそこにしよう」


 レナードがすぐに書き込む。


 場所。


 西の森食事小屋の一角。


 時間。


 夕食後、三十分。


「教師役はどうしますか」


「最初はレナードにお願いしたい。ただ、全部任せるつもりはない」


 レナードが少しだけ顔を上げた。


「私一人ではなく、ですか」


「うん。一人に任せると、その人がいない時に止まる。

続けるなら、教える人も何人かに分けたい」


 前世でも、仕事が一人に寄ると必ず危うくなる。


 その人が優秀なほど、周りが頼りきりになる。


 そして、ある日突然止まる。


 夜学は、最初からそうならないようにしたい。


「候補はいる?」


「工房の帳面係に、エルムという者がいます。

木材の数や札の管理に慣れています」


「工房の人なら、木板や札の扱いも分かっているね」


「はい。あと、西の森の現場補助にマルクという者がいます。

完璧ではありませんが、簡単な読み書きと計算はできます」


「それもいい」


 完璧な先生はいらない。


 むしろ、現場の言葉で教えられる人の方がいい。


「レナードが全体を見る。エルムには札と木板の読み書き。

マルクには数と荷車、木材の数え方を手伝ってもらう」


「承知しました」


「最初は三人で十分かな」


「はい。参加者も多くしすぎない方がよいでしょう」


「十人くらいから始めよう」


 レナードが頷く。


「では、希望者を集めて十人前後にします」


「うん、そうしよう」


 全員参加にすれば、形は立派に見える。


 でも、教える側が回らなければ意味がない。


 まずは十人。


 その十人が少しできるようになったら、次に増やせばいい。


 ◇


 教材については、工房で相談することになった。


 工房へ向かうと、エルムは作業台の横で木札を束ねていた。


 年は二十代半ばくらい。


 細身で、少し気弱そうな顔をしているが、手元の作業は丁寧だった。


 レナードが簡単に事情を説明すると、エルムは目を丸くした。


「私が、教える側に入るのですか」


「難しいことを教えてほしいわけじゃない」


 俺は作業台の上にあった木札を一枚手に取った。


「危険、退避、水場、荷車道。まずは、こういう札を読めるようにしたい。

それから、自分の名前と、数」


「それなら……できるかもしれません」


「先生になろうとしなくていい。仕事で使う文字を、一緒に確認するくらいでいい」


 エルムは少しだけ安心したように息を吐いた。


「それなら、お手伝いできます」


「あと、絵印付きの札を作りたい」


「絵印、ですか」


 俺は木板の端に、簡単な線を描いた。


「危険は三角。退避はバツ。水場は波線。荷車道は車輪。森入口は木の印。文字だけじゃなく、形でも分かるようにしたい」


 エルムは木板を覗き込む。


「文字を覚えるための札なのに、絵も入れるのですね」


「読めるようになるまでの間も、人は働くから」


 そう言うと、エルムは少し真剣な顔になった。


「分かりました。試しに何枚か作ってみます」


「木板は何度も使える?」


「炭で書けば、削ってまた使えます。薄い板なら数も用意できます」


「それでいこう。紙は使いすぎないようにしたい」


 紙を大量に使う夜学など、今のハル領には重い。


 木板と炭。

 現場の札。

 木材の本数。

 荷車の台数。


 教材は、わざわざ遠くから買わなくても、ここにある。


 ◇


 ノルは、夜学の日の警備についてすぐに動いた。


 屋敷へ戻る前に、西の森の見回り担当を呼び、簡単な配置を確認する。


「夜学の日は、湯屋周辺と食事小屋の近くに目を置く」


 ノルが低い声で言う。


「終了後、作業員が帰る道も確認する。

火の始末は、食事小屋の者だけに任せず、見回りが最後に見る」


 見回りの騎士が頷いた。


「灯りはどうされますか」


「青輝石を置く場所を絞る。食事小屋の前と、帰り道の分岐。まずは二つでよい」


 ノルは俺を見る。


「若様、それでよろしいですか」


「うん。最初から増やしすぎない。足りなければ後で足す」


「終了時刻は?」


「三十分。暗くなりすぎる前に終える」


 夜学は、長くやればいいものではない。


 疲れた人たちが、仕事の後に来る。


 短く、分かりやすく、少しできたと思って帰れる形にしたい。


「帰る方向ごとに、何人かでまとまって戻ってもらうのがよいでしょう」


 ノルが言った。


「一人で暗い道を歩かせないため?」


「はい。特に出稼ぎの者や、人足は寝泊まりしている場所がばらばらです」


「分かった。それも現場責任者に伝えよう」


 学校を作るというのは、授業をするだけではない。


 人を集めるなら、帰るところまで考える。


 ノルの視点があるのはありがたかった。


 ◇


 午後、俺たちは西の森へ向かった。


 現場責任者に夜学の概要を伝えると、最初は驚かれた。


「作業後に、勉強ですか」


「うん。ただし、長くはやらない。最初は三十分だけ」


「参加者は、こちらで選べばよろしいですか」


「希望者を中心に十人くらい。最初から全員にしない」


 現場責任者は少し考え、頷いた。


「それなら、声をかけられます」


「出稼ぎの人も参加していい。むしろ、希望するなら入れてほしい」


「分かりました」


 その後、作業を終えた者たちが集まる時間に、現場責任者が声をかけた。


「リオン様から話がある」


 集まった作業員たちは、少し緊張していた。


 昨日まで魔物の襲撃があり、司法院の調査官まで来ている。


 その流れで呼ばれれば、誰だって身構える。


 俺はなるべく短く話すことにした。


「西の森で夜学を始める」


 ざわめきが広がった。


「夜学?」


「勉強か?」


「俺たちが?」


 不安そうな顔もある。


 面倒そうな顔もある。


 少し興味を持っている顔もあった。


「難しいことはしない。最初にやるのは、自分の名前、数字、危険の札、退避の札、水場の札、荷車道の札。それだけだ」


 何人かが顔を見合わせた。


 年配の作業員が、恐る恐る手を上げる。


「リオン様、それは……できない者を調べるためですか」


「違う」


 俺はすぐに答えた。


「できない人を探して怒るためじゃない。

西の森で働く人が、自分の身を守るためにやる」


 作業員たちは黙った。


「危険の札が読める。退避場所が分かる。荷車の数を数えられる。

賃金や食事代を自分で確認できる。それだけで、困ることは減る」


 別の若い作業員が呟いた。


「賃金の数が分かるなら、助かるな」


 隣の者が小さく笑う。


「お前、いつも人に聞いてるもんな」


「うるさい」


 少し空気が緩んだ。


 今度は、グレイヴ領からの出稼ぎだという男が聞いた。


「出稼ぎでも、参加してよいのですか」


「いいよ。西の森で働く人なら、参加していい」


 男は驚いた顔をした。


「よそ者でも?」


「うん。西の森で働いているなら、この場所の安全に関わっているからね」


 その言葉に、周囲が少し静かになった。


 現場責任者が、俺の方を見て軽く頷く。


 冒険者の一人が、少し離れた場所から声を上げた。


「俺たちも危険札くらいは読めた方がいいか?」


 冗談っぽい言い方だったが、目は意外と真面目だった。


「参加したいなら構わない。ただし、最初は人数を絞る」


「そりゃそうだ」


 冒険者は肩をすくめた。


「空きが出たら混ぜてくれ」


「分かった」


 思ったより、反応は悪くない。


 もちろん、全員が前向きなわけではない。


 面倒だと思っている人もいる。


 疲れた後に勉強なんて嫌だ、という顔もある。


 それでいい。


 最初から全員を動かす必要はない。


 ◇


 その場で、初回の参加者を決めた。


 現場責任者が選んだ作業員が三人。


 希望者が五人。


 それから、出稼ぎの男が二人。


 合計十人。


 レナードが名前を確認し、木板に書いていく。


 名前を書けない者は、本人に聞きながらレナードが代わりに記した。


 その様子を見て、何人かが少し気まずそうな顔をする。


 だけど俺は何も言わなかった。


 今は、それでいい。


 今日から変えればいい。


「初回は今夜ですか」


 現場責任者が聞いた。


「準備が間に合うなら、今夜やろう」


 レナードが頷く。


「木板と炭は用意できます。エルムも来られるとのことです」


 ノルが周囲を見る。


「灯りと巡回も、今夜から対応できます」


「じゃあ、今夜始める」


 作業員たちがまたざわついた。


「早いな」


「今日からか」


「三十分だけなら……」


 現場責任者が声を上げる。


「夕食の後、食事小屋の一角に集まれ。呼ばれた者は遅れるな」


 参加者たちはそれぞれ返事をした。


 こうして、第一回の西の森夜間学校は、その日の夜に行われることになった。


 ◇


 夕食後。


 食事小屋の一角に、長い板が二枚並べられた。


 机と呼ぶには粗い。


 だが、木板を置くには十分だった。


 壁際には青輝石の灯りを一つ。


 入り口の外には、ノルが指示した見回りの騎士が立っている。


 食事小屋の火は、授業が終わった後にもう一度確認することになっていた。


 参加者たちは、ぎこちない様子で集まっている。


 疲れた顔もある。


 照れくさそうな顔もある。


 何をさせられるのか分からず、肩に力が入っている者もいた。


 レナードが前に立つ。


 その隣に、工房のエルム。


 さらに少し後ろに、現場補助のマルク。


 俺は横に立ち、参加者たちを見る。


「今日は、三十分だけだ」


 俺がそう言うと、少しだけ表情が緩んだ。


「最初にやるのは、自分の名前と、四つの札。危険、退避、水場、荷車道。それから数字を少し」


 レナードが木板を掲げる。


 そこには、大きく文字が書かれていた。


 危険。


 その横には、エルムが描いた三角の印。


「これは、危険」


 レナードが言う。


「読めなくても、まずはこの三角を覚えてください」


 参加者たちが木板を見る。


 次に、バツ印のついた札。


「これは、退避」


 波線の札。


「これは、水場」


 車輪の印。


「これは、荷車道」


 説明は短い。


 難しい言葉はない。


 エルムが、同じ札を小さな木板で配っていく。


「手元の板を見てください。三角は危険。バツは退避です」


 参加者の一人が、木板をじっと見つめる。


「三角が、危ない場所か」


「はい」


 レナードが頷く。


「まず、それだけでも覚えてください」


 次に、自分の名前を書く練習に入った。


 名前をすでに書ける者は、木板に書く。


 書けない者は、レナードやエルムが見本を書き、それをなぞる。


 出稼ぎの男は、炭を持つ手に妙に力が入っていた。


 線が曲がる。


 本人は苦い顔をした。


「こんなもの、子どもみたいだな」


 小さく呟いた声が聞こえた。


 俺はその隣へ行った。


「最初はみんなそうだよ」


 男は顔を上げる。


「リオン様もですか」


「うん。俺も最初から書けたわけじゃない」


 正確には、前世の記憶がある。


 でも、この世界の文字を体で覚えるには練習が必要だった。


「名前が書ければ、帳面で自分の分が分かる。仕事の記録も確認できる」


 男は木板を見下ろした。


「自分の名前くらい、書けた方がいいですね」


「うん」


 男はもう一度、炭を動かした。


 今度は少しだけ、線がまっすぐになった。


 ◇


 最後に、数字を扱った。


 マルクが木材の小片を十本並べる。


「これは十本です」


 参加者たちが声に出して数える。


 一、二、三。


 途中で詰まる者もいる。


 隣の者が小声で教える。


 マルクは急かさない。


「荷車に木材を積む時、数を間違えると、後で帳面と合わなくなります」


 それを聞いて、作業員たちは少し真剣な顔になった。


 ただの勉強ではなく、自分たちの仕事に関わる話だからだ。


 レナードが木板に数字を書く。


 一。


 二。


 三。


 その横に、木材の小片を置く。


 文字と数と物を結びつける。


 単純だ。


 だが、最初はそれでいい。


 気づけば、三十分はすぐに過ぎていた。


 レナードが木板を下ろす。


「今日はここまでです」


 参加者の何人かが、少し驚いた顔をした。


「もう終わりですか」


「はい。長くやると続きません」


 俺がそう言うと、何人かが笑った。


 疲れた顔はしている。


 だが、来た時よりは少し軽い顔だった。


 出稼ぎの男が、自分の名前を書いた木板を見ていた。


 まだ線は歪んでいる。


 それでも、そこには確かに名前らしきものがあった。


「次も、来ていいですか」


 男が小さく聞いた。


「もちろん」


 俺は答えた。


「次は、もう少しきれいに書けると思う」


 男は照れたように木板を伏せた。


 ◇


 夜学が終わると、参加者たちは帰る方向ごとにまとまって外へ出た。


 見回りの騎士が道を確認する。


 食事小屋の火は、マルクと騎士が一緒に見た。


 青輝石の灯りが、帰り道の分岐を薄く照らしている。


 ノルはその様子を見て、静かに頷いた。


「大きな混乱はありませんな」


「うん。最初にしては、悪くなかったと思う」


 レナードは帳面に今日の参加者と内容を記録していた。


「第一回、西の森夜学。参加者十名。内容は名前、危険、退避、水場、荷車道、数字一から十」


 その文字を見て、俺は小さく息を吐いた。


 まだ校舎はない。


 机も粗い板だ。


 教師役も、今日初めて人に教えた者たちだ。


 それでも、始まった。


 西の森で働く人が、自分の名前を書き、危険の印を覚え、数を数えた。


 小さな一歩だ。


 だが、これがなければ町にはならない。


 俺は食事小屋の外から、夜の西の森を見た。


 森は暗い。


 けれど、食事小屋の中にはまだ灯りが残っている。


 その灯りの下で、今日、最初の十人が文字を書いた。


 西の森夜間学校。


 西の森を町にしていくための、最初の授業が終わった。



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― 新着の感想 ―
この世界での、ピクトグラムの発明者になってしまってもいいんじゃないかと思ったり。 日本人が災害への対処能力が高いのは、子供の頃から「避難訓練」というものを経験しているからじゃないかと思ったり。
お疲れ様です。 いつも楽しく読ませてもらってます。 想像力が乏しいので西の森の町?の簡易的な地図が見たいです。
西の森の新たな開拓始まりましたね楽しみです 転移で帰ってきてから状況説明が詳し過ぎて話の進み具合が遅すぎる感じがする もう少し簡略しても1読者の私としては細かい事は気にしないし細かい突っ込みなどはno…
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