表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル「綻びの目」で領地を立て直します  作者: コバチ
第2章 ハル領の発展

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/67

第24話 王都から査察官が来た

 王都からの馬車がハル家の屋敷へ着いたのは、まだ朝の空気が冷たい時間だった。


 黒に近い濃紺の車体。飾りは少ない。だが、前扉に刻まれた紋章を見た瞬間、門番だけでなく執事役の使用人まで背筋を伸ばした。


 ヴァレスト公爵家。


 父ガルドは執務室から出てきた時点で、すでに表情を引き締めていた。母エマも俺の少し後ろに立つ。


「まさか、公爵家当主自ら来られるとは……」


 父が小さくそう漏らした直後、馬車の扉が開いた。


 先に降りてきたのは、二人の随員。

 その後にゆっくりと姿を見せた男は、派手さがないくせに、一目で格の違いがわかる人間だった。


 深い色の外套。無駄のない立ち姿。

 年は三十代前半ほど。整った顔立ちだが、柔らかさより先に、静かな圧がある。


 ユリウス・ヴァレスト。


 王国の司法と監察を束ねる監察卿。

 八話の終わりに、バスクの調書を読んでいたあの人物だ。


「ハル子爵」


 低い声で名を呼ばれ、父が一礼する。


「ユリウス公爵閣下。このような辺地までご足労いただき、恐れ入ります」


「青輝石の正式申請と、徴税回復の報告が同時に来た。来る理由としては十分だ」


 挨拶は短い。

 でも嫌味はなかった。


 その視線が、次に俺へ向く。


「リオン・ハル」


「はい」


「話は聞いている」


 それだけ言って、ユリウスは屋敷の玄関を見もしなかった。


「茶はあとでいい。まず現場を見せてもらおう」


 ◇


 最初に向かったのは石切り場だった。


 馬車の中で、ユリウスはほとんど喋らなかった。

 代わりに、随員の一人が俺に言った。


「若君は無理をなさらず。危険な場所では馬車に残っていただいても」


 思わず苦笑しそうになる。


 中身だけで言えば、俺は前世で四十五歳の中小企業経営者だった。

 今さら「危ないから馬車で待っていなさい」と言われる側なのは、少しばかり申し訳ない気がする。


 だが外見は十二歳だ。

 反論するほうが変なので、曖昧に頷いておいた。


 石切り場へ着くと、ユリウスはまず全体を一望した。


 崩落した本坑道。

 縄の張られた立入禁止区域。

 布で覆われた青輝石の木箱。

 そして、叫び声も怒鳴り声もなく、それぞれの持ち場で動く若者たち。


 エドがこちらに気づき、作業を止めて頭を下げた。


「領主様。……そちらは?」


「王都からの確認役」


 俺がそう言うと、ユリウスは一歩前に出た。


「確認役であり、見る目でもある」


 短い言葉だったが、石切り場の空気が少し締まる。


 彼は崩れた坑道の前で足を止めた。


「ここが問題の坑道か」


「はい。青輝石の主要採掘場でした」


「今は封鎖している」


「危険だからです」


 ユリウスは俺を見た。


「青輝石は高値で動く。止めれば収量は落ちる。それでも、まずここを閉じた理由は?」


 試されているな、と思った。


「死人が出たら、収量どころじゃなくなるからです」


「道義の話か?」


「違います。効率の話です」


 俺は崩れた木組みを指した。


「危険な坑道に人を押し込めば、事故が出る。事故が出れば人が減る。人が減れば現場はもっと荒れます。借金で縛って穴埋めすれば、さらに逃げられる。前のやり方は短く搾れても、長く回りません」


 ユリウスの随員が、少し意外そうな顔をした。


 ユリウス自身は表情を変えない。ただ、視線だけが鋭くなる。


「では今の優先は?」


「地上作業の整理、安全な区画の確認、青輝石の保全、それから現場の人間を減らさないことです」


「なるほど」


 その一言だけだったが、否定は入らなかった。


 その時、少し離れた場所で言い争う声が起きた。


「だから、その箱は今動かすなって――」


 振り向くと、ベルク商会側の残党らしい男が、兵の隙を見て木箱へ手を伸ばしている。


 視界の端に文字が浮かぶ。


 《木箱持ち出し意図》

 《荷札差替え》

 《証拠隠滅未遂》


「ノル!」


「はい」


「右の木箱。荷札をすり替える気だ」


 ノルが即座に動き、男の腕を掴んだ。

 男は短く悲鳴を上げ、地面へ押さえつけられる。


 ユリウスの随員が目を細めた。


「今のを、見ていたのか」


「荷札を変えられると面倒なので」


 あまり説明する気もなく答えると、ユリウスは木箱の前にしゃがみ込んだ。


 布を少しだけめくり、青輝石の光を確かめる。

 それから荷札を拾い、静かに言った。


「……たしかに、まだ消したいものが残っているらしい」


 ◇


 次に向かったのは北村だった。


 水路沿いの青葉草は、まだ畑一面を埋めるほどではない。

 だが、若い葉が整って並ぶだけで、あの辺りの景色は前よりずっと「生きている」ものに見えた。


 北村の村長が深く頭を下げる。


「ハル家の皆様、それに王都のお方まで……」


 ユリウスは村長の礼を軽く受けると、水路の脇へ歩いた。

 青葉草を摘み、指で軽く潰す。


 すっと青い香りが立つ。


「これが報告にあった試験作物か」


「青葉草です」


「他領ではあまり見ないな」


「育たないわけじゃないです。でも、ここほど香りが立ちません」


 俺は水路を示した。


「山から引いた冷たい水と、この湿った土が合ってる。北村でしか出しにくい品質です」


「だから小麦ではなく、これを選んだ」


「はい。今の北村は、広く薄くより、小さく高くの方が強い」


 ユリウスは葉を置き、今度は水路の補修跡を見た。


「つまり、お前は村ごとに勝ち筋を変えているのか」


「同じ領地でも、綻びは同じじゃないので」


 言ってから、少しだけ言葉を飲み込んだ。

 《綻び》なんて言い方は、普通なら変だ。


 だがユリウスはそこに引っかからず、むしろ面白がるように目を細めた。


「続けろ」


「北村は水と若い人手が戻った。だから高く売れるものを作る。逆に南村は、作る力はあるのに減らしていた。だからそっちは保存と道です」


 村長が横で力強く頷いた。


「北村は、若い者が戻ってようやく前へ進めるようになりました。坊ちゃんが言わなければ、あの草を金にするなんて考えもしませんでした」


 ユリウスは何も言わず、しばらく村人たちの手元を見ていた。


 視線が厳しい。

 でも、最初の「どうせ地方領の見栄えだろう」という感じは少し薄れてきているのがわかった。


 ◇


 最後に南村へ回る頃には、日が少し傾き始めていた。


 南村の倉は、前に来た時とは空気そのものが違っていた。


 匂いが軽い。

 袋は壁から離れて積まれ、乾燥棚には麦束が並び、戸は開け放たれて風が通る。


 南村の村長が、俺たちを見つけて駆け寄る。


「ハル家の坊ちゃん! それに王都の方まで!」


「様子はどう?」


 俺が聞くと、村長はすぐに答えた。


「腐りが減りました。まだ全部ではないですが、前よりずっと残る」


 ミアが帳面を開いて補足する。


「豆袋の損耗率は前回見込みより下がっています。商人も、前より良い値で持っていくようになりました」


 ユリウスは倉の中を一巡りし、荷車道の溝も見た。

 足元の土を靴先で軽く崩してから、俺へ向く。


「北村は作物、南村は損耗。判断基準は?」


「村がどこで損してるかです」


「数字で見たのか、勘か」


「両方です」


 俺は少しだけ笑った。


「でも、最後は現場です。帳面だけでは外すから」


 ユリウスの口元が、ごくわずかに動く。


「……面白い」


 随員の一人が怪訝そうにこちらを見た。

 どうやらこの人がそんな反応をするのは珍しいらしい。


 その時だった。


 倉の裏手で、何かが倒れる音がした。


 村人の悲鳴。

 俺は反射的に振り向く。


 視界の端に文字が走る。


 《荷車軸:切断痕》

 《故意》

 《積荷転倒誘発》

 《実行者:右手の男》


 南村の荷車のそばに、見知らぬ男が立っていた。

 地味な服だが、村人の顔じゃない。逃げようとしている。


「ノル、右!」


 言うより早く、ノルが飛んだ。

 男は一歩逃げたが、あっさり組み伏せられる。


 転げかけた荷車は村人たちが慌てて押さえ、積んでいた袋はなんとか無事だった。


「誰だお前!」

「何しやがる!」


 南村の若い衆が色めき立つ。


 ユリウスの随員も一気に動き、男の身体を改めた。

 その懐から出てきたのは、小さな金貨袋と、灰色の鳥の印が押された紙片だった。


 グレイヴ侯爵家の印だ。


 南村の村長が青ざめる。


「まさか……」


 ユリウスは、その紙片を見てゆっくり息を吐いた。


「数字だけではない、か」


 俺は倒れかけた荷車を見ながら答える。


「止められると困る人たちがいるので」


 ユリウスは少しだけ視線を伏せたあと、男へ向かって冷たく言った。


「連れていけ」


 随員たちが男を立たせる。

 そのやり方に、迷いはなかった。


 ここでようやく、王都の大物がただ見に来たわけではないのだとわかる。

 必要なら、その場で切る人間だ。


 ◇


 屋敷へ戻る頃には、日が暮れかけていた。


 父ガルドと母エマが執務室で待っている。

 ユリウスは長椅子に腰を下ろすこともなく、窓のそばに立った。


「結論から言おう」


 部屋の空気が張る。


「ハル領の申請と報告は、王都で前向きに扱われるべきだ」


 父が静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」


「礼は早い」


 ユリウスの声は変わらず低い。


「グレイヴ侯爵家は黙らない。今日の妨害で、それがはっきりした」


 父の表情が険しくなる。


「やはり……」


「小領地が勝手に数字を立て直し、青輝石を抱えた。しかも商流を止めた。面白くない者は多いだろう」


 その視線が、次に俺へ向いた。


「リオン・ハル」


「はい」


「お前は、自分が何をしたかわかっているか」


 少しだけ考えてから答える。


「ハル領に残るものを増やしました」


 ユリウスは数秒黙った。


 その沈黙が、随員たちを少し緊張させたのがわかる。


 やがて彼は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「悪くない答えだ」


 それから、部屋の全員がいる前で言った。


「事件を暴くだけの子どもではない。領地を立て直す頭を持っている」


 父も母も、ミアも、ほんのわずかに息を止めた。


 褒め言葉に聞こえる。

 でも、それだけじゃない。


 ユリウスは続ける。


「だからこそ、もう小領地の中だけで済む存在ではない」


 その言葉は重かった。


 俺は黙って聞く。


「王都は、この件を認める方向で動くだろう。だが同時に、お前を見る目も増える」


「……でしょうね」


「怖くはないか」


「怖いですよ」


 正直に答えた。


「でも、止めたらまた奪われる」


 ユリウスはそれを聞き、静かに頷いた。


「そうか」


 それから、少しだけ間を置いてから、まるで何でもないことのように聞いた。


「王立学院には興味があるか?」


 数秒、部屋が止まった。


 母が小さく目を見開き、父がわずかに眉を動かす。

 ミアに至っては、完全に固まっていた。


 俺は内心で少しだけ困った。


 王立学院。

 年齢だけ見れば当然の進路だろう。

 でも中身は四十五歳だ。学院に行くという響きに、どうにも妙な居心地の悪さがある。前世で経営会議ばかりしていた身としては、今さら学生側に回るのか、という申し訳なさすらある。


 とはいえ、そんな顔は見せない。


「……興味がないと言えば、嘘になります」


 そう答えると、ユリウスは俺をじっと見た。


 試すようでいて、少しだけ満足そうでもある目だった。


「そうか」


 その一言のあと、彼は外套の裾を整えた。


「なら、今は領地を回せ。学院の話は、その先だ」


 それだけ言って、ユリウスは父へ向き直る。


「ハル子爵。報告は私からも上げる」


「感謝いたします」


「ただし、次に来るのは視察だけでは済まないかもしれん」


 父がうなずく。


 ユリウスは最後にもう一度、俺を見た。


「リオン・ハル」


「はい」


「国の発展に要る人間は、地方にも埋もれている。今日、それを確かめに来た」


 その言葉は、静かだった。

 でも、重く残った。


「期待には応えます」


 気づけば、そう返していた。


 ユリウスは何も言わず、ほんの少しだけ頷く。

 それから踵を返し、随員を連れて執務室を出ていった。


 しばらく、誰も喋らなかった。


 最初に息を吐いたのはミアだった。


「……王立学院って」


 呆然とした声だった。


 父はまだ扉の方を見ている。


「まさか、ユリウス公爵自らその話を出されるとは……」


 母は俺の方を見て、少し困ったように笑った。


「あなた、本当にとんでもないところまで来ちゃったのね」


 俺は椅子の背に手を置いたまま、小さく息を吐く。


 王都が認める。

 でも、グレイヴ侯爵家は黙らない。

 そして、王立学院。


 やることは増える一方だ。

 けれど、不思議と悪い気はしなかった。


 窓の外では、ハル領の空がゆっくり夜に沈んでいく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ