表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第2章 ハル領の発展

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/77

第22話 南村の綻び

 北村で青葉草の試験区画づくりが始まってから、三日後。


 俺はノルとミアを連れて、今度は南村へ向かっていた。

 前世もそうだったけど、こうやって現場へ足を運んで改善するのはとても楽しい。


 道中、改めて現状の課題を確認する。

 北村が「水と香りの村」になるなら、南村は別のやり方で立て直す必要がある。

 同じ処方箋を全部の村に配るだけなら、領地なんて回せない。


「北村はあんなにうまく動き始めたのに、次はもう南村なんですね」


 馬の横を歩きながら、ミアが言う。


「うん。止まってる暇はないからね」


「でも、南村って何が悪いんでしょう」


「それを見に行く」


 前世で散々見た。

 数字だけで現場を決める人間は、大抵どこかで外す。


 だから足を運ぶ。

 見る。嗅ぐ。触る。聞く。

 そうすると、帳面じゃ見えない綻びが出てくる。


 南村は、北村より平地が多かった。

 畑の面積も広い。水もないわけじゃない。見た目だけなら、北村よりずっとましに見える。


 だが、村に入った瞬間、俺は鼻をひそめた。


「……腐ってるな」


「え?」


 ミアがきょろきょろする。


「何か匂いますか?」


「うん。収穫したものが傷んだ匂いだ」


 その瞬間、視界の端に薄青い文字が浮かんだ。


 《保存に綻び》

 《排水に綻び》

 《輸送経路に綻び》

 《収穫後損耗:高》

 《改善余地:大》


 当たりだ。


 南村の問題は、人手不足そのものじゃない。

 作った後だ。


 ◇


 南村の村長は、北村の村長より少し若く、日に焼けた大柄な男だった。


「ハル家の坊ちゃんがわざわざ南村まで」


 声音に敵意はない。

 だが歓迎一色でもなかった。


「北村の話は聞いてるよ。若い衆が戻ったとか、水路をいじったとか、香草を植えるとか」


「じゃあ話は早い」


 俺は村の中央にある倉へ目を向けた。


「まず、あの倉を見せて」


 村長の眉がわずかに上がる。


「倉、ですか?」


「うん。あと荷車の通る道も」


 村長は何か言いたげだったが、結局は黙って案内した。


 倉の戸を開けた瞬間、匂いがさらに強くなる。


 豆袋。

 芋。

 乾かし切れていない麦束。

 隅の方では、すでに黒ずんだものまで混じっていた。


 視界に文字が広がる。


 《通気不足》

 《床湿気:高》

 《袋詰め過密》

 《乾燥不足》

 《腐敗起点:南壁際》

 《損耗率:三割超》


「……ひどいな」


 思わず漏れる。


 村長が苦い顔で頷いた。


「作っても作っても、ここで減る。商人に持っていく前に傷むこともある」


「道も悪いんでしょ」


「見ればわかるか」


 倉の外へ出て、村の南側へ回る。

 そこには荷車の車輪が深く沈んだ跡が何本も残っていた。


 雨が降ればぬかるみ、晴れれば固く歪む。

 これじゃ運ぶたびに揺れて、積荷が傷む。


 《運搬路:不整》

 《荷傷み率:高》

 《商人敬遠》

 《売値低下:継続》


 なるほど。


 南村はちゃんと作れている。

 でも、保存と運搬で損している。

 つまり、頑張っても頑張っても金になりにくい村だ。


「どうです」


 村長が聞く。


「南村も、やっぱり駄目そうですか」


「逆だよ」


 俺は倉と道を見比べた。


「かなり良い」


「……は?」


「作る力はある。だから、減らさなきゃいい」


 村長だけじゃなく、周囲の村人までぽかんとした顔になる。


 そりゃそうだ。

 でも本質は単純だ。


「畑を増やすより早い。人手を倍にするより安い。今あるものを腐らせないで、傷めないで売れれば、それだけで数字は変わる」


 ◇


 その場で、俺は南村の人間を集めた。


 戻ってきた若い衆も、前から村にいた者も、女たちも老人もいる。


「まず、倉の中身を三つに分ける」


 地面に枝で線を引く。


「今日売るもの。乾かしてから売るもの。保存用に残すもの」


「そんなの、見りゃわかるだろ」


 若い男の一人が言う。


「わかってないから混ざってるんだよ」


 俺は即答した。


「湿ったものと乾いたものを同じところに積んでる。傷んだものを端に寄せて終わりにしてる。床にそのまま置いてる。これじゃ腐る」


 視界に出る綻びを見ながら、倉の中を指さしていく。


「南壁際の袋は一回全部出す。床には板を噛ませる。袋は壁にくっつけない。間を空ける。湿った麦束は別にして、先に干す」


「干すって、どこで」


「そこ」


 俺は村外れの少し高くなった乾いた斜面を指した。


「あそこに棚を作る。風が通るから」


 ミアがすぐに帳面へ書きつける。


「乾燥棚……」


「うん。立派なのじゃなくていい。木を組んで、すのこみたいに並べればいい」


 村長が腕を組む。


「そんなことで、本当に変わるものか?」


「変わる」


 はっきり言い切る。


「少なくとも、今より腐る量は減る」


 ここで弱気になると人は動かない。

 だからまずは断言だ。


 それから、運搬路へ向き直る。


「次。道」


「道までいじるのか」


「いじる。でも全部じゃない」


 北村と同じだ。

 全部を一気にはやらない。


「荷車が一番多く通る道だけ、先に整える。ぬかるむ場所に浅い溝を切って、水を逃がす。大きな石は端へ寄せる。荷車が斜めにならないようにする」


「それだけで?」


「荷が傷みにくくなる。商人も来やすくなる」


 村長はまだ半信半疑だったが、周りの若い衆は少しずつ動き始めていた。


 やれることが具体的だと、人は動く。


 ◇


 昼過ぎには、南村の景色が変わり始めていた。


 倉から袋が運び出され、乾燥棚が組まれていく。

 女たちは選別、若い男は板運びと道直し、老人は傷んだものとまだ使えるものを仕分ける。


 俺は倉の戸口に立ち、空気の流れを見る。


 《通気改善》

 《湿気低下》

 《腐敗進行:鈍化》


 よし。


 少し離れたところでは、ノルが道の水はけを見るために浅い溝を掘る位置を指示していた。

 力仕事はやっぱり頼りになる。


 ミアは村人の名前と役割、それに倉から出した袋の数を一つずつ記録していく。


「リオン様!」


「どうしたの?」


「朝に出した豆袋、傷んでいたのは八袋です。でも、まだ売れそうなのが二十六袋ありました」


「思ったより残ってたな」


「はい。前は、傷んでるのと混じっていたので、まとめて安く売ることもあったそうです」


 もったいない話だ。


 でも、こういうのが南村の綻びだったんだろう。


 作れているのに、稼げない。

 それは畑じゃなく、畑の後ろで損しているからだ。


「……坊ちゃん」


 村長が、汗を拭きながら近づいてきた。


「なんだか今日は、同じ働きでも無駄が少ない気がします」


「そうなるようにしてるからね」


「いや……今まで、作ることばかり考えていました。まさか倉と道のせいで、こんなに減っていたとは」


「作るのも大事。でも減らさないのも同じくらい大事だよ」


 村長は何度か頷いた。


 その顔には、北村の村長と同じものが浮かんでいた。

 半信半疑から、納得へ変わる時の顔だ。


 ◇


 夕方、南村を出る前に、俺はミアの帳面をのぞき込んだ。


「どう?」


「まだ今日一日だけですけど……」


 ミアは少し誇らしげに言う。


「倉の損耗見込みは下がっています。あと、荷車道も、明日には商人が通せるくらいにはなりそうです」


 視界の端に、また文字が浮かんだ。


 《南村:損耗低下予測》

 《売値回復可能性:高》

 《改善兆候》


 さらに帳面の別の頁をめくると、北村のところにも文字が重なる。


 《北村:回復兆候》

 《青葉草試験区画:定着見込み》

 《収穫期待:上昇》


 少しだけ、口元が上がった。


 北村は「作るもの」を変え始めた。

 南村は「減らし方」を変え始めた。


 同じ領地でも、同じやり方じゃない。

 でも、それでいい。


 村ごとに綻びが違うなら、直し方も違って当然だ。


「リオン様?」


「うん?」


「笑ってます」


「そう?」


「少しだけですけど」


 ミアが言うので、自分でも少し驚いた。


 でも、悪くない気分だった。


 帳面の数字が変わり始めている。

 まだ小さい。

 でも、確かに動いた数字だ。


「帰ろう」


「屋敷へですか?」


「うん。父上に見せたい」


 北村と南村。

 村の空気が変わり、数字が変わり始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ