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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第2章 ハル領の発展

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第21話 北村の名産

 朝の執務室には、まだ夜の冷たさが少し残っていた。


 俺は机に向かい、羊皮紙へ最後の一文を書き入れる。


 ハル領東方石切り場にて青輝石を確認。正式採掘権の申請を願う。


 青輝石の等級、発見場所、押収した木箱の数、現場の状況。

 父ガルドの名で王都へ出す申請書は、できるだけ簡潔に、それでいて抜けがないようにまとめた。


 ペンを置くと、向かいに座っていた父がそれを受け取った。


「……十二歳の書く文ではないな」


「前に帳面ばかり見てたからね」


 そう返すと、父は少しだけ口元を緩めた。


「石切り場の方はどうする」


「ルールが守られているなら、しばらくは現場に任せてもいいと思う」


 俺は答えた。


「エドたちはまだ半信半疑だけど、少なくとも前のやり方に戻したいとは思ってない。ノルと兵を残しておけば、勝手な持ち出しも難しいはず」


 父はうなずき、申請書を畳んだ。


「なら、次は北村か」


「うん」


 石切り場は奪い返した。

 でも、それだけで領地は豊かにならない。


 人を戻し、村を回し、金が外へ逃げる流れを変えなければ意味がない。


 俺は立ち上がった。


「今度は、北村にちゃんと稼がせる」


 ◇


 北村へ向かう道で、ミアが馬の横を歩きながら聞いてきた。


「リオン様、本当に北村で何か作れるんですか?」


「作れるよ」


「小麦ですか?」


「いや。小麦は大事だけど、今の北村にそれだけやらせても弱い」


 ミアは首をかしげる。


 だから、少しゆっくり説明した。


「今のハル領は、他の領や王都との商いがほとんどない。つまり、外からお金を取ってこられてないんだ」


「外から……お金」


「うん。領内で物を回すだけだと、みんなで同じ金を分け合うだけになる。でも外に売れれば、新しくお金が入ってくる」


 ミアは少し考えてから、はっとした顔をした。


「じゃあ、北村には……外に売れるものが必要なんですね」


「そういうこと」


 俺は道の脇に流れる細い水路を見る。


「しかも、どこでも作れるものじゃ弱い。小麦は大事だけど、他の領でも作ってる。だったらまずは、この土地でしか強く育たないものを作った方がいい」


「この土地でしか……」


「北村の水路、覚えてるでしょ。山から引いた冷たい水だ。あの水と、あの湿った土に合うものがある」


 ミアが目を丸くした。


「もう決めてるんですか?」


「だいたいね」


 昨日、水路の脇を見た時から、頭の中ではほぼ決まっていた。


 あそこに生えていた香草。

 村人からすれば雑草でも、俺から見れば違った。


 あれは、金になる。


 ◇


 北村へ着くと、前より少しだけ空気が明るかった。


 畑の脇に、若い男が立っている。

 荷車を押す声に張りがある。

 前に来た時は、老人と子どもばかりが目についた。だが今は、石切り場から戻った若者たちが何人か混じっている。


 それだけで、村の景色はずいぶん違って見えた。


 村長が、少し急ぎ足でこちらへやって来る。


「リオン様」


「こんにちは」


「このたびは、本当に……北村の者を戻していただき、ありがとうございました」


 前よりずっと深い礼だった。


「まだこれからだよ」


 俺は村の奥を見た。


「戻ってきただけじゃ、また詰まる」


「……はい」


「だから今日は、その先の話をしに来た」


 村長が顔を上げる。


 俺は水路の脇を指した。


「このあたりに生えてる香草、あるよね」


 村長は一瞬ぽかんとしてから、困ったような顔になった。


「香草……ですか?」


「うん。細い葉で、潰すと強い匂いがするやつ」


「ああ……あれですか」


 村長だけでなく、近くにいた村人たちまで顔を見合わせた。


「あんな雑草みたいなものが何か?」

「匂いが強いから、家畜もあまり食わん」

「抜いて捨てることはありますが……」


 予想通りの反応だった。


 俺はうなずく。


「その雑草みたいなやつが、この村を救うかもしれない」


 沈黙。


 それから、村人の一人が吹き出しかけた。


「いやいや、坊ちゃん。さすがにそれは――」


「じゃあ、試そうか」


 俺はノルを見た。


「森の手前で、ウサギ型の魔物って出るよね」


「おりますな」


「一匹、頼める?」


「承知」


 ◇


 それからしばらくして、村の広場には小さな火が起こされていた。


 ノルが仕留めてきた灰ウサギの魔物は、思った通り肉の匂いが強い。

 食えなくはないが、そのまま焼くと獣臭さが残る。


 村人たちもそれを知っているのだろう。

 遠巻きに見ながら、半信半疑の顔をしていた。


 俺は水路脇から摘んできた香草――青葉草を、石の上で細かく刻む。


 葉を潰した瞬間、すっと青くて鋭い香りが立った。


「……あれ、こんなに匂い強かったか?」

「普段は気にしたこともねえ」


 ざわめく声を聞きながら、刻んだ青葉草を肉にまぶし、少しだけ塩と一緒に揉み込む。

 それを串に刺して火へかざすと、じゅっと脂が落ちた。


 やがて、広場の空気が変わる。


 さっきまでの獣臭さが、青い香りに押し流されていく。

 脂の匂いに、草の爽やかさが混ざる。


 村長が目を見開いた。


「……なんだ、この匂いは」


「食べればもっとわかるよ」


 焼き上がった肉を切り分け、村長へ渡す。

 村長は恐る恐る口へ運び、一度だけ咀嚼し――そのまま止まった。


「……うまい」


 小さな声だった。

 でも、それで十分だった。


「臭みが消えてる……」

「さっきの草か?」

「嘘だろ、こんなに違うのか」


 村人たちが次々に手を伸ばす。

 食べた者から、表情が変わっていく。


「やわらかい」

「いつもの魔物肉じゃないみてえだ」

「これなら売れるぞ……!」


 俺はその反応を見てから、ゆっくり言った。


「この香草は青葉草って呼ぶことにしよう」


「青葉草……」


「他の領ではあまり育たない。でも北村なら育つ」


 水路の方へ視線を向ける。


「この村の冷たい水と、湿った土だから香りが強くなるんだ。だから価値が出る」


 村長がまだ肉を見つめたまま言う。


「これが……そんなに」


「王都の料理屋なら欲しがる。臭み消しにもなるし、焼き物にも煮込みにも使える」


 ミアが横で、はっとした顔をした。


「じゃあ、北村で作って、それを王都へ売れば……」


「小麦より高く売れる可能性がある」


 はっきり言う。


「しかも一年中育てられる。もちろん、いきなり全部をこれにする必要はない。でも、水路沿いの一角から始めるにはちょうどいい」


 村人たちは、もうさっきまでみたいな顔をしていなかった。

 雑草を見る目じゃない。


 食える。

 しかも、うまい。

 そして売れるかもしれない。


 その三つが揃えば、人は動く。


「まずは試そう」


 俺は村長を見る。


「水路沿いの区画を少しだけ使って、青葉草を育てる。うまくいったら広げればいい」


 村長はしばらく黙っていた。


 それから、広場の向こう、水路の脇に群れて生えている青葉草を見て、ゆっくりとうなずいた。


「……やりましょう」


 その声は、もう迷っていなかった。


「若い者も戻ってきました。水路も前よりましです。試すだけの価値はあります」


 周りの村人たちも、口々に言い始める。


「なら、あの一角を使うか」

「抜いて捨てるより、育てて売れたほうがいい」

「水路の脇なら世話もしやすい」


 いい。

 動いた。


 俺は青葉草の香りが残る指先を見下ろした。


 石切り場で取り返したものが、ようやく村へ返り始めている。

 まだ小さい。

 でも、こういう小さな一歩が大事なんだ。


 北村は、水と香りで稼ぐ村になる。


 そう思えた。

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