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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第2章 ハル領の発展

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第20話 石切り場、再始動

 翌朝、石切り場には、昨日までなかったものが三つあった。


 縄。

 表。

 そして、順番だ。


 崩れた坑道の前には立ち入り禁止の縄が張られ、木箱の前には兵が立ち、広場の中央には大きな板が立てかけられていた。


 そこへ、ミアが朝から必死に文字を書いている。


「ええと……“今日の作業”……“入ってはいけない場所”……“ご飯の時間”……」


「字、もう少し大きく」


「わ、わかってます!」


 筆を持つ手はまだ慣れないが、昨日よりずっと迷いが少ない。


 その横で、若者たちが少し離れて見ていた。

 エド、カイル、ロブ、それに南村と東の開拓地から来ていた者たち。顔にはまだ疲れが残っているが、昨日のような諦め切った目ではない。


「本当にやるのか」


 誰かが小さく言った。


「やるよ」


 俺は板の前に立った。


「まず決める。今日から、この石切り場では勝手に坑道へ入らない。崩れた本坑道と、その周りは全部封鎖。下の休み場につながる道も、ノルが点検するまでは立ち入り禁止」


 エドが腕を組んだまま聞いている。


「じゃあ今日は何をする」


「坑道に入らなくてもできることをやる」


 俺は板に書かれた簡単な図を指した。


「木箱の整理、石の仕分け、道具の点検、崩れた場所の外側の片付け。それから水と食事の場所を分ける」


「飯の場所を分ける?」


 カイルが眉をひそめる。


「今までは石の粉が舞う場所でそのまま食ってたんでしょ」


「……まあ」


「だから咳がひどくなる。休む場所と作業する場所を分けるだけでも、だいぶ違う」


 前世でもそうだった。

 現場が荒れている時ほど、作業と休憩がごちゃつく。

 その結果、余計に疲れ、余計に事故が増える。


 改善っていうのは、最初から大きな魔法みたいに効くものじゃない。

 まずは当たり前のことを、当たり前に戻すところからだ。


「あと、これ」


 俺は布と革手袋を持ち上げた。


「青輝石を運ぶ時は、素手じゃなくこれを使う」


 若者たちがざわつく。


「こんなの、今まで一度も――」

「布なんか巻いたら持ちにくいだろ」


「持ちにくくても使う」


 はっきり言い切る。


「長く触って体を削る石なんだから」


 そこでエドが、初めて周りへ向かって言った。


「昨日見ただろ。あの坊ちゃん、口だけじゃねえよ」


 全員の視線がエドへ向く。


「俺も半分は信じてねえ。でも、前のままよりましなのは確かだ」


 それだけで十分だった。


 空気が少し動く。

 誰かが手袋を受け取り、別の誰かが布を巻いてみる。


「……こんなもんで、本当に変わるのか」

「変えるんだよ」


 俺が答えると、エドが小さく鼻を鳴らした。


 ◇


 昼前には、石切り場の景色がもう変わり始めていた。


 崩れた坑道の前から人がいなくなり、木箱の整理は広場の風上でやるようにした。

 飲み水は日陰の側へ移され、食事を配る場所も粉塵の少ない端へまとめた。


 前なら誰かが怒鳴り、誰かが走り回り、誰かが勝手に石を運び、全体が無駄に疲れていたのだろう。

 今は違う。


「木箱はこっちに積め!」

「その道具はまだ使える、捨てるな!」

「布は青い印の箱の横に置いとけ!」


 エドが声を張る。

 その横でカイルが腕の痛みをかばいながらも、重い仕事じゃない仕分けをしていた。ロブはまだ咳き込むことがあるが、座ったまま帳面の数字と木箱の数を見比べている。


 昨日まで借金のカタで働かされていた若者たちが、今日は自分たちで現場を整えている。


 いい流れだ。


「リオン様」


 ミアが帳面を抱えて駆け寄ってきた。


「今朝から動いた人数と木箱の数、合いました。あの……昨日までより、だいぶ落ち着いてます」


「うん。走らされてないからね」


「走らされてない……」


 ミアは少し不思議そうに呟いた。


「急がせれば早くなるってものでもないんだよ」


 俺は広場を見渡す。


「順番がある。無駄に人を動かすと、疲れるだけで全体は遅くなる」


 前世でも何度も見た。

 焦って全部を一気に片付けようとする現場ほど、同じ場所で人がぶつかり、ミスが増え、結局進まない。


 逆に、やることを分けて、流れを作るだけで、人はずっと楽になる。


 その時、ノルが戻ってきた。


「リオン様」


「どうだった?」


「下の休み場へつながる道は、もうしばらく封鎖したほうがよろしいかと。支柱の補強なしには危険です」


「わかった。しばらく地下は無しだ」


 エドがそれを聞いて、少し驚いたように言う。


「地下を閉めたら、量は出ねえぞ」


「今は量より事故を止めるほうが先」


「……普通は逆だ」


「普通じゃなかったから、こうなったんでしょ」


 そう返すと、エドは口をつぐんだ。

 でも否定はしない。


 代わりに少し間を置いてから、ぽつりと言う。


「前のやつらは、掘れって言うだけだった」


「うん」


「量が減るって言えば怒鳴った」


「だろうね」


「……お前は減っても止めるんだな」


「死んだらもっと減るよ」


 エドは一瞬だけ黙って、それから小さく笑った。


「違いねえ」


 ◇


 昼になると、兵たちが簡単な粥と干し肉、野菜の煮たものを運んできた。


 豪華ではない。

 でも、ちゃんとした飯だ。


 それだけで若者たちの反応が変わる。


「……あったけえ」

「昨日よりずっとましだ」

「こんなの、久しぶりに食った」


 その声を聞きながら、俺は木箱の脇に座った。

 青輝石は静かに青く光っている。


 昨日までは、こいつは誰かの隠し財産だった。

 でも今は違う。


 正式に申請すれば、ハル領のものになる。

 ちゃんと国に届けて、正しい形で利益に変えることができれば――北村と南村に返せる。


 水路の修繕。

 畑の立て直し。

 人手の受け皿。

 ぜんぶ、夢物語じゃなくなる。


「何見てんだ」


 横にエドがどかりと座った。


「石」


「そりゃそうだろ」


「いや、こいつで何ができるかなって」


 エドは粥をすすりながら、青輝石を見る。


「……売れば金になるんだろ」


「なる。たぶんかなり」


「じゃあ、それで終わりじゃねえのか」


「終わりにしたら、また同じになる」


 エドが顔を上げる。


「どういう意味だ」


「石を売って終わりだと、その金が流れた先だけが潤う。村はまた人が足りなくなる。だったら、石で入った金を村に返して、人が村で食えるようにしないと」


 少しだけ、前世の言葉になる。


「利益って、回して初めて意味があるから」


 エドはしばらく黙っていたが、やがて言った。


「……難しいこと言うな」


「難しくはないよ。ここで働かなくても、北村や南村で食えるようになればいいだけ」


「それが難しいんだろ」


「うん。難しい。でもやる」


 言い切ると、エドはまた小さく鼻を鳴らした。


「だから、まだ全部は信じてねえ」


「いいよ」


「でも」


 そこでエドは木の椀を見下ろした。


「昨日より今日のほうがましなのは、本当だ」


 それで十分だ。


 ◇


 午後、ミアが再び帳面を持ってきた。


「リオン様。今のところ、残ると言ってる人が四人、村に戻りたい人が三人です」


「ちょうど半分か」


「はい」


「悪くないね」


 全員がすぐ残ると言い出したら、それはそれで不自然だ。

 帰りたい人間がいるのも当然。戻ってすぐに仕事があるか不安でも、家族のところへ帰りたい気持ちは消えない。


「戻る三人の村への連絡を急ごう。北村には先に伝えたい」


「わかりました」


「残る四人は、しばらく現場整理と安全確認。採掘再開はまだ先」


 その時、兵の一人が急ぎ足で近づいてきた。


「リオン様」


「どうしたの?」


「王都へ向かう使者の準備が整いました。旦那様より、青輝石の件は本日中に発つと」


 いい。


 早いほうがいい。

 向こうが動く前に、こっちが正式な線を引く。


「父上に伝えて。石切り場の現場は押さえたって」


「はっ」


 兵が下がる。


 そのやり取りを、若者たちが黙って見ていた。

 王都へ申請する。

 その言葉の意味を全部わかっていなくても、少なくとも“本当に話が進んでいる”ことだけは伝わったらしい。


 石切り場の空気は、まだ不安定だ。

 でも昨日までのように、ただ誰かに絞られるだけの場所ではなくなった。


 エドが立ち上がる。


「リオン」


「ん?」


「明日、石を仕分けるなら、倉庫の奥に使える棚がある。前のやつらは面倒がって使ってなかったけど」


「じゃあ明日はそこからだね」


「……ああ」


 自然な流れで次の話ができた。

 それだけでも、大きい。


 俺は青く光る木箱と、動き始めた若者たちを見た。


 ここはもう、誰かの金儲けの穴じゃない。

 ハル領の現場だ。


 そしてようやく、止めるだけじゃなく、回し始められそうだった。

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