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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第1章 リオン・ハル

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第2話 北倉庫の綻び

はじめて書いてみました。コメントとか頂けると嬉しいです。

神殿から屋敷へ戻る馬車の中、父はほとんど口を開かなかった。


 母だけが何とか明るく話題をつなごうとしていたが、空気は重いままだった。


 俺は窓の外を見ながら、ずっと考えていた。


 《保管庫鍵の私的利用》

 《利益漏出経路:北倉庫》


 もしあれが本当なら、このスキルは単なる人を見る目じゃない。

 金の流れ、組織の腐り方まで見えている。


 前世で俺が毎日向き合っていたもの、そのものだった。


 屋敷に着くなり、父は寝室へ下がった。

 母も付き添うと言って去る。


 廊下に残った俺へ、バスクが恭しく頭を下げた。


「今日はお疲れでしょう、リオン様。どうぞお部屋でお休みを。北風が強くなっておりますゆえ、屋敷の外など出られませぬよう」


 また、文字が浮かぶ。


 《虚飾》

 《接触制限の意図あり》

 《北倉庫への接近を警戒》


 確定だな。


「わかった」


 素直にうなずき、バスクが去るのを見送る。

 それから俺は、自分の部屋とは逆の方向へ歩き出した。


 使用人通路の先。倉庫棟。


 前世で中小企業を回していた俺は知っている。

 帳簿をいじる人間は、現場の痕跡までは消しきれない。


 数字は嘘をつく。

 だが、物はもっと不器用だ。


 北倉庫の前には、若い使用人の少女が一人立っていた。


「あ、リオン様……っ」


 茶色い髪を後ろでまとめた、小柄な少女。

 たしかミアという名前だったはずだ。


 慌てて頭を下げる彼女へ、また文字が走る。


 《恐怖:強》

 《忠誠:安定》

 《現職適性:補佐・記録》

 《濡れ衣を着せられる可能性:高》


 ほう。


「倉庫番か?」


「は、はい。見張りを……命じられております」


「誰に」


 ミアは一瞬だけ戸惑い、それから小さな声で答えた。


「……バスク様に」


 やっぱりか。


「中を見たい」


「えっ。でも、鍵は……」


「あるんだろ。見張りを命じるなら、開ける役も必要だ」


 ミアは困った顔をしたが、やがて震える手で腰の小袋から鍵を出した。


 重い扉が開く。


 中には麦袋、塩樽、乾燥肉、保存用の豆。

 領地を回すための物資が積まれていた。


 そして、文字が一斉に浮かぶ。


 《在庫に綻び》

 《帳簿との差異あり》

 《湿気損耗は偽装》

 《真因:横流し》

 《漏出率:二割超》

 《主経路:塩・乾燥肉》


 俺は静かに息を吐いた。


 すごいな。


 見えるだけじゃない。

 かなり具体的だ。


 だが、過去の《綻びの目》持ちが失敗した理由もわかる。


 この表示だけでは足りないのだ。

 見えた内容を、現実の証拠に落とし込めなければ意味がない。


 俺には、その回路がある。


「ミア。最近、塩樽を運んだのは誰だ?」


「え……と、倉庫係のロドと、それから兵の人が二人……」


「今日じゃなくて、この三日で」


「三日、ですか?」


「そうだ。あと、湿気で傷んだって話は、いつから出てる?」


 ミアは少し考えてから答えた。


「五日ほど前からです。でも、変なんです。雨は降っていないのに、急に北倉庫だけ傷みが増えたって……」


「樽を見せて」


 俺は一番手前の塩樽にしゃがみ込んだ。


 蓋の縄の締め方が、ほんの少しだけ違う。

 右回しと左回しが混ざっている。


 普通なら気づかない程度だ。

 だが、前世で荷物や備品の不正持ち出しを何度も見た俺には覚えがある。開けた人間が違う。


 床を見る。

 樽を引きずった跡が二筋。片方は古い。もう片方は新しい。だが、新しい方だけが途中で不自然に薄くなっていた。


 持ち上げ直したか、積み直してごまかしたか。


 隣の乾燥肉の箱も確認する。

 釘穴の位置がわずかにずれている。開けて詰め直した跡だ。


 ポップアップがなくてもわかる。


 いや、正確には逆だ。

 ポップアップが「どこを見るべきか」を教えてくれるから、前世の知識で確定まで持っていけるのだ。


 これまでの所有者たちは、たぶんここで終わっていた。


 違和感を見つける。

 口で訴える。

 煙たがられて終わる。


 だが、俺は違う。


 数字を追える。

 痕跡を拾える。

 嘘のつき方を知っている。


「リオン様……?」


 不安そうにミアが俺を見る。


 俺は立ち上がり、薄暗い倉庫の中を見回した。


 減っている物資。

 ごまかされた損耗。

 沈みかけの家。


 その全部が、前世で一度なくしたものの続きのように見えた。


 けれど、今度はまだ間に合う。


 まだ綻びの段階だ。

 破綻じゃない。


「ミア。このことは誰にも言うな。特にバスクには」


「……わかりました」


 うなずく彼女を見ながら、俺ははっきり理解していた。


 《綻びの目》がクズスキルと呼ばれてきたのは、間違っていない。


 このスキルだけでは、何も変えられない。

 見えるだけだ。


 見えた綻びの意味を理解し、証拠にし、順番をつけ、切り、組み直す頭がなければ、ただ嫌われて終わる。


 だが――俺には、そのための四十五年がある。


 裏切りで潰れた会社。

 資金繰り。

 横流し。

 責任逃れ。

 笑顔で刺してくる人間。


 全部、知っている。


 全部、もう一度やれる。


 廊下の窓の外には、荒れた畑が見えた。

 痩せた土、傾いた柵、風に鳴る痩せ木。


 ハル領そのものが、静かに悲鳴を上げているようだった。


 その時、視界の端に、今度は領地そのものへ向けた文字が浮かぶ。


 《破綻因子:徴税・水路・兵糧》

 《利益漏出:大》

 《改善余地:高》

 《再建可能》


 俺は思わず、笑った。


 周囲が終わったと思った日に、俺だけが始まったとわかった。


「いいじゃないか」


 小さく、誰にも聞こえない声で呟く。


「前の人生では遅すぎた。けど、今度は違う」


 拳を握る。


「この目と、俺の知識で――ハル領を立て直す」

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