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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: カメノコバチ
第11章 王立学院一年 三学期

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第177話 集中できない理由

 翌日の放課後。


 俺たちは、王立学院の図書室に集まっていた。

 窓際の長机に、俺たちはそれぞれ資料を広げた。


 セレナはノートを開き、すぐに自分の確認に入る。

 ヴィクトルは筆記の資料を並べ、苦手そうな範囲に印をつけていた。

 エドガーは静かに参考書を読んでいる。


 ガイルは今日もナディアの隣だ。


「ガイルさん、昨日の続きからで大丈夫ですか?」


「ああ。頼む」


 ガイルは真面目な顔で頷いた。


 その様子を見て、俺も自分の資料へ目を落とす。


 飛び級のためにやるべきことは分かっている。

 分かっているのに、目の前の文字が頭に入ってこなかった。


 ◇


 同じ行を、もう三回は読んでいる。


 読んでいるはずなのに、意味が少しも残らない。


 頭の隅に、昨日の本の文字がちらつく。


 福嶋亮太。

 亜空間収納。

 転移。

 魔力の目印……。


 駄目だ。


 今は試験対策だ。


 そう思って、もう一度資料に目を落とした時だった。


「リオン」


 ガイルの声が飛んできた。


「ここなんだが」


「ああ」


 俺は顔を上げ、ガイルの示した箇所を見た。


 見た。

 ……はずだった。


「リオン?」


「悪い。もう一度言ってくれ」


 ガイルが少しだけ眉を寄せる。


「今日は反応が鈍いな」


 その言葉に、セレナがこちらを見た。


 ヴィクトルも顔を上げる。


「珍しいな。いつもなら、ガイルが詰まる前に気づくところだろ」


「少し寝不足なだけだ」


 俺はそう言って誤魔化した。


 ナディアが心配そうにこちらを見る。


「無理はしないでくださいね、リオンさん」


「大丈夫。ありがとう」


 そう返したが、自分でもあまり説得力がないと思った。


 エドガーは何も言わなかった。

 ただ、一度だけこちらへ視線を向けて、すぐ本へ戻った。


 それがかえって気になった。


 ◇


 勉強会は続いた。


 ナディアはガイルの横で、丁寧に問題の見方を説明している。


「ここは、最初に目に入る言葉ではなく、最後に何を答えるように求めているかを見ると分かりやすいです」


「分かった」


「はい。では、もう一度読んでみましょう」


 ガイルは素直に頷き、問題文へ目を戻した。


 昨日よりも、少し落ち着いている。

 少なくとも、今の俺よりはずっと集中していた。


 しばらくして、セレナが資料を持って俺の隣へ来た。


「リオン、少しいい?」


「ああ」


 俺は顔を上げる。


 セレナは座るなり、資料ではなく俺の顔を見た。


「昨日の本のことね」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ詰まった。


 否定はできなかった。


「……そうだな」


「やっぱり」


 セレナは小さく息を吐いた。


「そんなに危ない本なの?」


 危ない。


 その言葉は間違っていない。

 でも、それだけでもなかった。


 危ない。

 そして重い。

 それを理解できてしまう。


「危ないというより……重いかな」


「何よ、それ」


「俺にも、まだうまく言えない」


 セレナはじっとこちらを見る。


「その本に、何が書いてあったの?」


 言いたい。


 そう思った。


 セレナなら、きっと真剣に聞いてくれる。

 俺が危ないことをしようとしたら止めるだろう。


 一緒に考えてくれるかもしれない。


 でも、どう説明する?


 日本語が読める理由。

 福嶋亮太という日本人転移者。

 失われた魔法。


 どれか一つを話せば、次の説明が必要になる。


 そして最後には、俺自身の前世の話に触れざるを得ない。


 俺は黙った。


 セレナは、その沈黙だけで何かを察したようだった。


「……言えないのね」


「悪い」


「謝らなくていいわ」


 セレナは少しだけ目を伏せた。


「言えないことくらい、誰にでもあるもの」


 その言い方は、責めているようではなかった。


 でも、少し寂しそうにも聞こえた。


「ただし」


 セレナはそこで顔を上げる。


「一人で試すのは駄目」


「何を?」


「その本に書いてあったことよ」


 俺は返事に詰まった。


 セレナは俺をまっすぐ見る。


「あなた、できそうだと思ったら試すでしょう」


「……否定しづらいな」


「否定できないなら、やめておきなさい」


 強い言い方だった。


 でも、その奥にあるのは怒りではない。


 心配だ。


「分かった。少なくとも、試験前には試さない」


「試験前だけ?」


「……試験後も、一人では試さない」


「よろしい」


 セレナはそう言って、ようやく資料を机に置いた。


「今日はここだけやりなさい」


「ここだけ?」


「あなた、今の状態で全部見ようとしても無理よ。頭が散っているもの」


「セレナが仕切るのか」


「あなたが使い物にならないからよ」


「ひどいな」


「事実でしょ」


 言い返せなかった。


 セレナは資料の一部を指差す。


「今日はここ。ここを落とさなければいいわ。

無理に全体を見ようとしないこと」


 いつもなら俺が全体を見る側だ。

 だが、今日はどう見てもその役目を果たせていない。


「分かった。そうする」


 素直に頷くと、セレナは少しだけ表情を緩めた。


「それでいいのよ」


 ◇


 その後の勉強会では、俺はセレナに指定された範囲だけを見ることにした。


 不思議なもので、やることを絞られると少しだけ頭が戻った。


 完全ではない。

 それでも、さっきよりはましだ。


 横では、ガイルがナディアの説明を受けながら問題を解き直していた。


 以前なら、分からない部分で少し苛立っていたかもしれない。

 だが今は、止まってもすぐに聞く。


「ここは、こういう意味か?」


「はい。そこまで分かっていれば大丈夫です。あとは、答え方だけですね」


「分かった」


 ガイルは短く答え、もう一度書き直した。


 その様子を見て、少しだけ感心する。


 本当に伸びている。


 森で複数の魔物を見るようになった時と同じだ。

 勉強でも着実に成長している。


 ガイルがふと顔を上げ、こちらを見た。


「リオン」


「何だ?」


「今日は、俺の方が集中しているかもしれないな」


 ヴィクトルが小さく笑う。


「それはなかなか珍しい日だね」


 俺も苦笑した。


「そうかもしれない」

 今までなら、俺が見て、俺が整理して、俺が全体を回そうとしていた。


 でも、今日は違う。


 セレナが範囲を絞る。

 ナディアがガイルを見る。

 ヴィクトルは自分の抜けを潰す。

 エドガーは静かに必要なところだけを拾う。


 俺が少し乱れても、勉強会は崩れなかった。


 それは、少し悔しくもあり、少しほっともした。


 ◇


 夕方になり、図書室の窓の外が薄暗くなってきた頃、勉強会は一区切りになった。


「今日はここまでにしましょう」


 セレナが言う。


 ヴィクトルは資料をまとめながら伸びをした。


「だいぶ詰められたね。リオン以外は」


「俺も少しはやっただろ」


「少しはね」


 ヴィクトルは悪びれずに笑う。


 ガイルは自分の答案を見ながら、ナディアに頭を下げた。


「今日も助かった」


「いえ。昨日よりかなり良くなっています」


「そうか」


 ガイルは少しだけ嬉しそうだった。


 エドガーは参考書を閉じ、短く言った。


「この調子なら、間に合う」


 それだけだった。


 でも、エドガーがそう言うなら、たぶん本当にそうなのだろう。


 俺たちは資料を片づけ、図書室を出た。


 ◇


 寮へ戻る道で、セレナが俺の隣に並んだ。


「リオン」


「ああ」


「さっきの話だけど」


 来ると思っていた。


 俺は少しだけ身構える。


 セレナは前を向いたまま言った。


「無理に今話せとは言わないわ」


「……助かる」


「でも、あなたが一人で抱え込んで、変なことをするのは嫌よ」


「変なことはしない」


 そう言うと、セレナは横目で俺を見た。


「その言葉、あまり信用できないわ」


「少しは信用してくれるのか」


「かなり譲歩してるのよ」


「そうか」


 少しだけ笑ってしまった。


 セレナも、ほんの少し表情を緩める。


 でも、すぐに真面目な顔に戻った。


「本当に危ないものなら、誰かに話しなさい。私じゃなくてもいい。

リオンが信頼できる人に」


「分かってる」


「分かってるだけじゃ駄目よ」


「……試験が終わったら、少し話す」


 セレナが足を止めた。


 俺も少し遅れて止まる。


「約束?」


「ああ。話せる範囲で」


「またそれ?」


「全部を一度に話せるか分からないんだ」


 セレナは少しだけ不満そうだった。


 だが、最後には頷いた。


「いいわ。まずはそれで」


「ありがとう」


「しつこいけど、試験が終わるまで一人で何か試すのは禁止」


「分かった」


「本当に?」


「本当に」


 今度は、はっきり言えた。


 少なくとも試験が終わるまでは、福嶋亮太の魔法には触らない。


 そう決めた。


 ◇


 寮の部屋に戻ると、机の端に置いた古い本がすぐ目に入った。


 でも今日は開かない。


 そう決めて、俺は本を机の奥へ押しやった。


 試験資料を開く。


 セレナに指定された範囲をもう一度確認する。


 ペンを握る。


 視線が、少しだけ本の方へ流れた。


 駄目だ。


 俺はすぐに資料へ目を戻した。


 セレナの言葉をもう一度思い出しながら、俺は目の前の問題に向き直った。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
解る、その気持ち。
こどおじ45歳?いや、58歳ですかね。
試験が大事なら本は返却するべきなのだが、しないだろう
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