表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第2章 ハル領の発展

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/100

第17話 これはハル領のものだ

 崩れた坑道の前で、土煙がようやく薄れていく。


 俺は、助け出した若者の言葉を反芻していた。


「北村の連中は、まだ下の休み場にもいる。今日は上に出てきてねえやつが二人いる。」


 まだいる。

 しかも、別坑道に。


 俺はシュリトラーを見た。

 こいつの顔は、青輝石を見つけられた時より、今のほうがよほど悪い。


 つまり、本当に隠したいのは――その先だ。


「ノル」


「はい」


「下の休み場まで行く。案内は、この人に頼む」


 俺は、さっき助けた若者へ視線を向けた。


 痩せてはいるが、目は死んでいない。

 刺すような目で俺を見返してくる。


「名前は?」


「……エド」


「エド。歩ける?」


「おう、歩けるぞ」


「じゃあ、案内して」


 エドは一瞬ためらった。

 でも、横で青白く光る青輝石と、顔色を失っているシュリトラーを見て、短くうなずく。


「こっちだ」


 ◇


 別坑道の入口は、崩れた本坑道から少し離れた岩陰にあった。


 木板と布で隠されていて、外から見ればただの資材置き場にしか見えない。

 なるほど。これなら、表の採石場だけ見ても気づきにくい。


 視界に文字が浮かぶ。


 《地下休み場:通行可》

 《右側支柱:不安定》

 《奥に二名》

 《帳簿保管の可能性:高》


 よし。


「ミア、外で人数と木箱を見てて。誰も勝手に持ち出させないで」


「は、はい!」


「でも危なくなったらすぐ下がること」


「わかってます!」


 ミアはもう、ただ怯えるだけの子じゃない。

 帳面を抱えたまま、すぐに木箱のそばへ回り込んだ。


 ノルとエドを連れて、俺は狭い通路を下る。

 中は冷えていて、空気が悪い。普通の土埃だけじゃない。喉の奥に嫌なざらつきが残る。


 少し進むと、薄暗い空間に出た。


 そこが休み場だった。


 といっても、休めるような場所じゃない。

 粗い木の台が二つ、汚れた毛布がいくつか、水瓶が一つ。

 そして、壁にもたれて座っている若者が二人。


 一人は腕に布を巻いている。

 もう一人は咳き込みながら顔を上げた。


「……誰だ」


「ハル家のリオン・ハルだよ」


 そう名乗ると、二人とも目を見開いた。


「坊ちゃん……?」

「何でこんなところに……」


 エドが短く言う。


「上が崩れた。こいつが止めた」


 それだけで十分だったらしい。

 二人の顔に、信じきれないものを見る色が浮かぶ。


「立てる?」


 腕に怪我をした若者が歯を食いしばる。


「なんとか」


「名前は?」


「カイル」

「俺はロブ……」


 ロブは咳をしながら答えた。


 視界に浮かぶ。


 《青輝石接触による衰弱》

 《過労》

 《栄養不足》

 《至急休養推奨》


 やっぱりだ。

 ただ働かされているだけじゃない。石のせいでも削られている。


 その時、休み場の奥に並んだ木箱が目に入った。

 青い光が、布の隙間から漏れている。


 その横には、帳面が二冊。


 視界が反応した。


 《採掘記録》

 《人員名簿》

 《出荷先記録》

 《重要証拠》


 当たりだ。


「ノル、その帳面と木箱、押さえて」


「承知」


 ノルが帳面を手に取る。

 ざっと見ただけで眉が動いた。


「……かなり黒いですな」


「あとで読む。今は出る」


 ここで長居したくない。

 崩れた本坑道の余震が来れば、この休み場だって安全じゃない。


「エド、カイルを。ノル、ロブを頼める?」


「はい」

「任せろ」


 俺は木箱を一つ抱えた。重い。

 だが、これを置いていくわけにはいかない。


 ◇


 地上へ戻った時、石切り場の空気は完全に変わっていた。


 ミアが木箱の前に立ち、必死に見張っている。

 若者たちはこちらを見ている。

 見張りの男たちは、もうさっきまでの威圧感を失っていた。


 シュリトラーだけが、まだ取り繕おうとしていた。


「勝手に中まで入るとは、ずいぶん乱暴だ」


「乱暴なのはそっちだよ」


 俺は木箱を地面へ置いた。

 中の青輝石が青く光る。


「地下休み場。負傷者。採掘記録。全部あった」


 ノルが帳面を開き、淡々と読み上げる。


「青輝石、一級六箱。二級九箱。出荷先、ベルク商会本店経由、グレイヴ侯爵家家令宛」


 周囲がざわめいた。


「侯爵家……?」

「そんな大物が……」

「じゃあ、ずっと本当に……」


 シュリトラーの顔から、とうとう余裕が消えた。


「帳面の真偽もわからぬうちから、好き勝手に――」


「真偽はあとで王都に出せばいい」


 俺は遮った。


「でも、今この場で一つだけはっきりしてることがある」


 俺は青輝石の箱、崩れた坑道、若者たち、そしてシュリトラーを順に見た。


「ここはもう、お前の石切り場じゃない」


 静まり返る。


 石切り場の全員が、俺を見ている。


「ここはハル領だ。ハル領で出た青輝石だ。なのに領主家への報告はない。国への届け出もない。しかも村の若者を借金で縛って危険な坑道に入れてた」


 一歩、前へ出る。


「だから、シュリトラー。お前の管理権は、この場で剥奪(はくだつ)する」


 その言葉は、自分でも驚くほどよく通った。


「ノル」


「はい」


「石切り場の出入りを止めて。青輝石、木箱、帳面、荷札、全部押さえる」


「承知いたしました」


「ミア」


「はい!」


「ここにいる若者の名前、出身の村、怪我の有無を書いて」


「はい!」


 ミアは震えながらも、声は強かった。

 いい。流れはこっちだ。


 シュリトラーが一歩踏み出す。


「待て! そんなことをして、ただで済むと思うな!」


「ただで済まないのはそっちだよ」


 俺は言い切った。


「違法採掘、未届け出、強制労働。しかも青輝石だ。国が聞けば、お前の言い逃れのほうが難しい」


 シュリトラーは歯を剥いた。


「子どもが……! 商いを何もわからんくせに!」


「わかるよ」


 俺は若者たちを見た。


「人を使い潰して儲けるのは、商いじゃない」


 エドが、小さく息を呑む。

 カイルもロブも、黙ってこっちを見ていた。


「今日から、借金のカタでここに縛るのは終わりだ」


 今度は若者たちのほうがざわついた。


「……終わり?」

「じゃあ、帰れるのか……?」

「俺たち、本当に……?」


「帰りたいやつは帰っていい」


 はっきり言う。


「村に戻りたいなら戻れ。家族のところへ帰っていい」


 誰もすぐには信じられない顔をしている。

 そりゃそうだ。


 だから、もう一歩踏み込む。


「残りたいなら残ってもいい。でも条件は全部変える」


 俺は青輝石の箱を叩いた。


「この石は、父上が王都へ正式に申請する。青輝石の採掘権は、ハル家が正規に持つ」


 ざわめきがさらに大きくなる。


「無届けのまま隠して売るのは終わり。採るなら正式に採る。その時は賃金を払う。休みも安全も見直す。借金で縛ることはしない」


 これは宣言だ。

 まだ全部が確定したわけじゃない。

 でも、ここで言うことが大事だった。


 ハル領は、奪われた石を取り返すだけじゃない。

 この石を、ちゃんと領地の利益に変える。


 シュリトラーが吐き捨てる。


「……グレイヴ侯爵家を敵に回す気か」


 来た。


 俺は少しも引かない。


「違う」


「何?」


「勝手にうちの領地で掘って、うちの人を使って、うちの利益を持っていったやつが敵なんだよ」


 シュリトラーの口が歪む。


「後悔するぞ」


「先にするのは、お前のほうだと思う」


 ノルがその横で、静かに付け足した。


「石切り場は本日より、ハル子爵家の直轄管理とします。ベルク商会の者は、無断で石一つ持ち出せません」


 見張りの男たちは、もう誰も前へ出なかった。

 シュリトラーを見ても、俺たちを見ても、どう動けばいいかわからない顔だ。


 流れが変わったのを、全員が理解していた。


 俺はエドに向き直る。


「北村に帰る?」


 エドは少し黙ってから答えた。


「……帰りたい」


「わかった」


 次にカイルとロブを見る。


「二人は?」


「俺も帰る」

「……少し休んでから、考えたい」


「それでいい」


 どっちでもいいんだ。

 大事なのは、自分で決められることだ。


 借金に押し流されるんじゃなくて。


 その時、石切り場の外から馬の音がした。

 屋敷から追加で来た兵たちだ。


 ミアがほっとした顔をする。

 ノルも、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。


 間に合ったな。


 俺は最後にもう一度、崩れた坑道と青輝石を見た。


 ここはずっと、誰かの金儲けの穴だった。

 でも今日で終わりだ。


「まずは全員、飯を食わせて休ませよう」


 ミアが顔を上げる。


「ここで、ですか?」


「うん。帰すにしても残るにしても、話はそれからだ」


 エドが、今度は少しだけ違う目で俺を見た。


 まだ信用ではない。

 でも、最初の拒絶とも違う。


 それでいい。


 石切り場の風は相変わらず乾いていた。

 けれど、その空気の中に、ようやく別の匂いが混じり始めている気がした。


 奪われていたものを、取り返した時の匂いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ