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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第2章 ハル領の発展

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第18話 新しいルール

 石切り場の風はまだ乾いていたが、空気はもうさっきまでとは違っていた。


 崩れた坑道。

 押さえられた青輝石の木箱。

 そして、借金で縛られて働かされていた若者たち。


 今までは全部、シュリトラーの顔色ひとつで決まっていたのだろう。

 けれど、もう違う。


「まず、今日の採掘は全部中止」


 俺がそう言うと、ざわついていた若者たちが一斉にこっちを見た。


「中止……?」

「本当にか?」

「また後で怒鳴られるだけじゃ……」


「本当だよ」


 俺は崩れた坑道を指した。


「見ただろ。あれでまだ掘らせるほうがおかしい」


 ぐうの音も出ない空気になった。


 ノルが一歩前へ出る。


「ハル子爵家の名において、本日以降、この石切り場の作業は一時停止とする。異論のある者は、領主家に直接申し立てよ」


 その声は低いのに、よく通った。

 見張りの男たちも、もう文句を言えない。


「ミア」


「はい!」


「名前を書いて。ここにいる全員の名前、出身の村、怪我の有無。あと、帰りたいか残りたいかも」


「わかりました!」


 ミアはすぐに帳面を開いて、若者たちの前へ出た。

 最初は戸惑っていた連中も、彼女が本気で書き始めると、少しずつ口を開き始める。


 北村。南村。東の開拓地。

 やっぱり名簿どおりだ。


「それから」


 俺は木箱の青輝石を見た。


「この石には、素手で長く触るな」


 若者たちが顔を見合わせる。


「やっぱり、あれのせいだったのか」

「咳が止まらなかったのは……」

「手が痺れる日があった」


「全部が全部それだけじゃないけど、関係はある」


 《青輝石接触による衰弱》の文字を見ていた俺には、もうはっきりわかっていた。


「だから今後は、勝手に触らせない。運ぶなら布と革手袋を使う。今日は誰も近づくな」


 シュリトラーが歯噛みする。


「勝手にルールを――」


「勝手だったのは、お前だよ」


 俺は振り返りもせずに言った。


「うちの領地で、うちに黙って、国に届けもせず、危険な石を掘らせてたんだから」


 シュリトラーは何か言い返しかけたが、兵たちが近づくと口を閉じた。

 屋敷から来た追加の兵が、坑道の前と木箱の周りを固めている。


 これでもう、青輝石をこっそり持ち出すことはできない。


「飯は?」


 俺が聞くと、若者たちはまたきょとんとした顔をした。


「……飯?」


「飯だよ。朝からろくに食ってないでしょ」


 エドが苦い顔で笑う。


「昼に薄い粥が出る日もある、って程度だ」


「今日は?」


「今日は崩れたから、何もまだだ」


 最悪だな。


「兵が持ってきた携行食があるよね」


 ノルが頷く。


「最低限なら配れます」


「配って。水も」


 ノルは兵へ指示を飛ばす。

 ほどなくして、乾パンと干し肉、水袋が運ばれてきた。


 たかがそれだけでも、若者たちの目が変わった。

 借金の鎖を外すと言われてもすぐには信じられなくても、腹の減った体に飯が渡ることは、誰にでもわかる。


 エドが受け取った干し肉を見つめながら、低く言った。


「……本当に、今日は掘らなくていいんだな」


「掘らせない」


 俺ははっきり答えた。


「今日だけじゃなくて、条件が決まるまでは止める」


「条件?」


「うん」


 俺は、若者たち全員に聞こえるように声を張った。


「帰りたいやつは、帰っていい」


 空気が止まる。


「村に戻りたいなら戻れ。家族のところへ帰れ。もう借金のカタでここに縛ることはしない」


 誰もすぐには動かなかった。

 嬉しいとか、助かったとか、そういう顔になるには時間がかかる。長く縛られすぎている。


「……残るやつは?」


 カイルが聞いた。


「残るなら、今度は雇う」


 俺は青輝石の木箱を軽く叩いた。


「この石は、父上が王都へ正式に申請する。青輝石の採掘権はハル家が持つことになる」


 ざわめきがまた広がった。


「正式に?」

「じゃあ、違法じゃなくなるのか」

「でも俺たちは……」


「だから条件を変える」


 俺はひとつずつ区切るように言った。


「賃金を払う。休みも入れる。危険な場所は整える。怪我人を無理に入れない。借金で縛らない」


 ミアが、書きながらこっちを見上げた。

 少し驚いた顔をしていたが、すぐにまた筆を動かす。


 大事なのは、ここで言い切ることだ。

 まだ全部は整っていない。けど、未来の形は最初に示したほうがいい。


 そうしないと、人は動けない。


 エドがしばらく黙っていたが、やがて言った。


「……本当に変えるつもりなんだな」


「変えるよ」


「青輝石で儲かるから、ってだけじゃなくて?」


 いい質問だ。


「儲けは必要だよ」


 俺は正直に言った。


「でも儲けるために人を潰したら、結局またどこかで破綻する。北村も、石切り場も、それでこうなってたんだから」


 エドはじっと俺を見ていた。

 それから、小さく息を吐く。


「俺は……少し休んでから決める」


「わかった」


「でも、北村の連中は先に帰したほうがいい。親が待ってる」


「うん。それも手配する」


 エドはそこで初めて、少しだけ肩の力を抜いた。


 その時、シュリトラーが吐き捨てるように笑った。


「甘いな」


 全員の視線がそっちへ向く。


「人を帰す? 賃金を払う? 休みを与える? そんなぬるい真似で青輝石が回ると思うか?」


「回すよ」


「できるものか。お前は商いを知らん」


「知ってる」


 俺は静かに言った。


「少なくとも、お前のやり方が長く続かないことはわかる」


 シュリトラーの目が細くなる。


「……グレイヴ侯爵家が、この石の回収が止まったと知ったらどうなると思う?」


 そこだ。


 周囲の若者たちは、まだ侯爵家という言葉の重さを完全には理解していない。

 でも、こいつがそれを切り札にしているのはわかる。


「その時は、その時だよ」


 俺は答えた。


「先に怒られるべきなのは、国に届けるべき石を勝手に掘ってたほうなんだから」


 ノルが横で淡々と付け加える。


「ベルク商会の店主シュリトラー殿。あなたにはこの件について、後日正式に事情を聞きます。今は現場から離れていただきましょう」


 兵が二人、前へ出る。

 シュリトラーは舌打ちしたが、もう何もできなかった。


 流れは完全に変わっている。


 俺はミアの帳面を覗き込んだ。


「何人いた?」


「地上に五人、地下休み場に二人で、合わせて七人です。うち北村が三人、南村が二人、東の開拓地が二人」


「怪我人は?」


「カイルさんの腕と、他に打撲が二人。咳がひどい人が三人です」


「ありがとう。十分だ」


 ミアは少しだけ照れたようにうつむいた。


 その時、兵の一人が駆けてきた。


「リオン様!」


「どうしたの?」


「屋敷から急使です!」


 受け取った封書には、ハル家の封ではない印が押されていた。

 灰色の鳥。鋭い羽。


 グレイヴ侯爵家だ。


 シュリトラーの口元が、わずかに歪む。

 やっぱり来たか。


 俺はその場で封を切った。


 中の文は短かった。


東の採石場について、軽率な処置は慎まれたし。

既存の商流を乱すことは、両領にとって損失である。

必要なら、改めて話し合いの場を設ける。


 回りくどい。

 でも要するに、勝手に止めるなだ。


 俺は紙を折りたたみ、懐に入れた。


「脅しですか?」


 ミアが小声で聞く。


「半分はね」


「もう半分は?」


「焦ってる」


 俺は青輝石の箱を見た。


 こいつらは今まで、ハル領を素通りして石を持ち出せていた。

 でも今日、それが止まった。


 だから侯爵家まで手紙を寄越した。

 それだけでも、止めた意味は大きい。


 俺は若者たちへ向き直った。


「今日は全員休め」


 そして、ゆっくりと言った。


「この石切り場は、もう前みたいにはしない」


 エド、カイル、ロブ。

 それに他の若者たちも、黙って聞いている。


「うまくいくかどうかは、これからだ。でも少なくとも、勝手に連れて来られて、危ない坑道で使い潰されるのは今日で終わりだ」


 風が、崩れた坑道の土を少しだけ巻き上げた。


 その向こうで、青輝石が青く光っている。

 昨日までは誰かの隠し財産だった石。

 でも今日からは違う。


 ハル領のものだ。

 そして、うまく使えば、この領地を立て直す力になる。


 問題はまだ山ほどある。

 グレイヴ侯爵家も、きっと次の手を打ってくる。


 でも、ようやく手元に残ったものがある。


 人。

 石。

 現場。

 そして、選べる未来。


 俺は崩れた坑道を見ながら、小さく息を吐いた。

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