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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第2章 ハル領の発展

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第16話 崩れる坑道

 パキ、と乾いた音が、坑道の奥で二度鳴った。


 嫌な音だった。

 木が悲鳴を上げる時の音だ。


「石を捨てろ! 今すぐ出ろ!」


 俺が叫ぶと、坑道の中にいた若者たちが一斉に顔を上げた。

 だが、すぐには動けない。何が起きたのかわからない顔だ。


「何を騒いで――」


 シュリトラーが苛立った声を出しかけた、その瞬間、支柱の一本が目に見えて沈んだ。


 土が落ちる。

 青輝石を抱えていた若者の足元で、小石が跳ねた。


 視界の端に文字が走る。


 《左壁沿い:退避可》

 《中央通路:三息後に落盤》

 《荷車付近:危険》

 《青輝石の塊:落下誘発》


「中央を走るな! 左だ! 左壁沿いに出ろ!」


 今度はさすがに全員が動いた。


 若者の一人が石を取り落とし、別の二人が我先に出口へ走る。

 だが、いちばん奥にいた痩せた若者が、崩れた足場に足を取られて倒れた。


「くそっ……!」


 その背後で、天井の亀裂が広がる。


「ノル!」


「承知」


 ノルが迷いなく坑道へ踏み込む。

 俺も続いた。


「リオン様!」


 後ろでミアの叫ぶ声がしたが、止まらない。

 ここで止まったら、あの若者は埋まる。


 坑道の中は、外より冷たい。

 粉塵が舞って、喉が痛い。

 だが《綻びの目》は、こんな時ほどよく見える。


 《右側の梁:接触厳禁》

 《三歩先の岩:滑落》

 《救出可能時間:短》


「そこ、踏まないで!」


 転んだ若者のすぐ横へ走り込み、腕を掴む。

 見た目より重い。だが持ち上がる。


「立てる?」


「む、無理だ……足が……」


 見ると、脛のあたりに石が噛んでいた。

 普通に引けば抜けない。


 視界にまた文字。


 《石の支点:左下》

 《押し上げ可》


「ノル、こっち!」


 ノルが無駄なくしゃがみ込み、俺が指した場所へ手を入れる。

 ぐ、と力が入る。


 石が少し浮いた。


「今だ!」


 若者の足を引き抜く。

 その直後、後ろで大きな音がした。


 ドン、と坑道の中央が崩れ落ち、土煙が一気に押し寄せる。


 危なかった。

 本当に、紙一重だ。


「外へ!」


 ノルが若者の肩を担ぎ、俺は前へ出る。

 左壁沿いだけが、まだ生きている。


 外へ飛び出した瞬間、ミアが駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか!?」


「俺は平気。中は何人出た?」


 ミアはすぐに答えた。


「四人出ています! 今助けた人で五人目です!」


 人数を数えていたのか。

 いい仕事だ。


 救い出した若者は地面に座り込み、荒い息を吐いていた。

 顔は真っ青だ。だが生きている。


 その時、別の若者が坑道の入口を見て叫んだ。


「待て! まだ奥に道具箱が――」


「いいから出ろ!」


 俺が怒鳴ると、相手はびくりとして口をつぐんだ。


 次の瞬間、坑道の入口脇の木組みまで崩れ、土砂が吹き出した。

 あと一歩遅ければ、全員まとめて埋まっていた。


 石切り場が静まり返る。


 見張りの男たちも、用心棒たちも、口を開けて崩れた坑道を見ていた。

 さっきまで偉そうにしていた連中が、今は誰も動けない。


 その中で一人だけ、動いた男がいた。


 シュリトラーだ。


 こいつは若者たちではなく、崩れた坑道の脇に隠してあった木箱へ走った。

 木箱の蓋がずれて、中から青白い光が漏れている。


 青輝石だ。


 なるほど。

 人より石か。


 それを見た瞬間、周囲の空気が変わった。


「おい……」

「人より石かよ……」

「今、何を守ろうとした……?」


 若者たちの目が、初めてシュリトラーへ向いた。

 怯えじゃない。

 怒りだ。


 シュリトラーははっとして足を止めたが、もう遅い。


 俺はそのまま木箱へ近づく。


「触るな!」


 シュリトラーが叫ぶ。


「危険な石だ!」


「知ってるよ」


 俺は木箱の中を見る。


 青白く光る石が、布に包まれていくつも入っている。

 普通の石材じゃない。

 しかも木箱の底には紙が敷かれていた。


 荷札だ。


 拾い上げる。


 《青輝石 一級》

 《数量:六》

 《出荷先記録あり》


 もう一枚。

 そっちはベルク商会の印。

 さらにもう一枚、小さな紙片の端に、見慣れない紋章が押されていた。


 鋭い羽を広げた灰色の鳥。


 視界が反応する。


 《グレイヴ侯爵家の紋章》

 《正式契約ではない》

 《秘匿輸送》


 やっぱりそこか。


「……リオン様?」


 ミアが息を呑む。


 俺は荷札を握ったまま、シュリトラーを見た。


「ただの石切り場じゃないどころか、届け出が必要な青輝石を隠してたんだね」


 シュリトラーは、もう笑っていなかった。


「証拠になると思うなよ」


 低い声だった。


「崩れた坑道で何が見つかろうと、子どもの戯れ言で――」


「戯れ言じゃない」


 俺は木箱を軽く叩いた。


「青輝石。未届け出。違法採掘。しかも村の若者を使って」


 若者たちがざわつく。


「青輝石って……」

「国に届けなきゃいけねえ石じゃ……」

「じゃあ俺たち、何を掘らされてたんだ」


 そうだ。

 ようやく、そいつらも理解した。


 ここはただの石切り場じゃない。

 自分たちは借金返済のために働いていたんじゃない。

 違法な儲けのための、使い捨ての手だったのだ。


 助けた若者が、まだ座り込んだまま掠れた声で言った。


「……俺たちが、咳き込んでたのも……」


 視線が青輝石に向く。


 《長時間接触で衰弱》

 《防護なしでは危険》


「その石のせいもある」


 俺がそう言うと、若者たちの顔色が一段変わった。


 怒りと、恐怖と、今さらの理解。


 シュリトラーは周囲の空気が変わったのを感じたのだろう。

 一歩下がった。


「ノル」


「はい」


「この木箱と荷札、全部押さえて」


「承知」


 ノルが前へ出ると、見張りの男たちもさすがに道を塞げなかった。

 さっきの崩落を見たあとでは、もうこの場で俺たちを強く押し返す気力もないらしい。


 ミアはすぐに帳面を開いた。


「石箱三つ、荷札四枚、若者五名、坑道崩落……」


「あと、見張りの人数も書いて」


「はい!」


 いい。

 このまま押し切れる。


 その時、助けた若者がようやく立ち上がり、俺を見た。


 目つきは鋭い。

 感謝より先に、長い苛立ちが滲んでいる。


「……来るのが遅い」


 その一言に、ミアがむっとした顔をした。

 だが俺は止めた。


「そうだね」


 若者は一瞬、言い返されると思ったのか、少しだけ目を見開く。


「もっと早く来るべきだった」


 俺はそう言ってから、崩れた坑道を見る。


「でも、来たからには終わらせる」


 若者はしばらく俺を見ていたが、やがて吐き捨てるように言った。


「……北村の連中は、まだ下の休み場にもいる。今日は上に出てきてねえやつが二人いる」


 それは大きい。


 まだいるのか。


 しかも別の場所に。


 視界に、新しい文字が浮かぶ。


 《地下休み場:別坑道に接続》

 《未探索》

 《さらなる証拠の可能性》


 なるほど。

 坑道は一つじゃない。


 シュリトラーが、それを聞いた瞬間に顔色を変えた。


 今のが、本音だ。


 この男はまだ何か隠している。


 俺は小さく息を吐いた。


「……まずは怪我人を休ませる。次に下の休み場だ」


 シュリトラーが歯を食いしばる。


「勝手な真似を――」


「勝手なのはそっちだよ」


 俺は木箱の青輝石を見下ろした。


「うちの領地で、うちの人間を使って、国に隠れて掘ってたんだから」


 石切り場の風は乾いていた。

 でも今、その空気の中には、昨日までなかったものが混じっている。


 隠されていた秘密が暴かれた時のざわめきだ。


 若者たちの視線。

 ノルの無言の圧。

 ミアの走る筆。

 そして、追い詰められていくシュリトラーの顔。


 ようやく、現場の綻びが表に出始めた。

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