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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第2章 ハル領の発展

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第15話 青く光る石

 テオを取り戻したその夜、俺は父の執務室で、拾った名簿を机の上に広げていた。


 北村、南村、東の開拓地。

 いくつもの村の若い男たちの名前が並び、最後に同じ送り先が記されている。


 東の石切り場。


 父ガルドは名簿をじっと見つめ、低く言った。


「ここか」


「うん」


 俺は頷いた。


「町の金貸しの店は入口だ。連れて行かれた先で、もっとまずいことが起きてる」


 母エマが不安そうに俺を見る。


「明日、行くの?」


「行く」


 答えは決まっていた。


 テオを一人取り戻しただけじゃ、何も終わっていない。

 名簿に載っている若者たちは、今もその石切り場にいる。


 父はしばらく黙っていたが、やがて言った。


「ノルをつける。ミアも同行させろ。今回は正式な視察として行け」


「正式に?」


「石切り場は、表向きにはハル領内の通常採石場だ。ならば、領主家の者が見に行くのは当然だ」


 そこで父は目を細めた。


「ただし、向こうもただの馬鹿ではない。お前を子どもと侮るか、逆に厄介者と見るか……どちらにせよ、簡単には本当の顔を見せんだろう」


「見せなくてもいいよ」


 俺は名簿を折りたたんだ。


「綻びは、隠してる場所ほど目立つ」


 ◇


 翌朝。


 俺たちはまだ日が高くなる前に、東の石切り場へ向かった。


 同行はノルとミア。

 前回の北村視察より、空気は明らかに硬い。


 ミアは荷袋の中身を何度も確認している。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」


「前もそう言いましたよね」


「言ったね」


「そのあと、荷馬車に人が乗せられかけていました」


 正論だった。


 俺は小さく笑ってごまかし、前を向く。


 道は北村の方角とは逆で、次第に岩肌の多い斜面へ変わっていく。土の色も少し灰色がかり、草もまばらだ。


 やがて、遠くから乾いた音が聞こえ始めた。


 ガン、ガン、ガン。


 石を打つ音だ。


「……あれですな」


 ノルが顎を上げる。


 丘を回り込んだ先に、石切り場はあった。


 むき出しの岩肌。

 削られた斜面。

 木組みのやぐら。

 荷車。

 そして、その景色に似合わないほど多い見張り。


 最初にそれが引っかかった。


 普通の採石場なら、働き手と運搬役が中心になる。

 だがここには、作業している人間の数のわりに、ただ立って周囲を見ている男が多すぎる。


 視界の端に文字が浮かぶ。


 《監視過多》

 《出入り統制》

 《通常採石場としては不自然》


 やっぱりな。


 さらに奥へ目を向ける。


 石を運ばされている若者たちが見えた。

 北村の者だけじゃない。年の近い男が何人もいる。皆、顔色が悪い。汗をかいているのに、どこか青白い。


 《疲労:高》

 《睡眠不足》

 《栄養不足》

 《継続労働による消耗》

 《原因:労働+接触物質》


 接触物質?


 そこが少し引っかかった。


「ハル子爵家のご子息が、このような場所に何の御用でしょう」


 柔らかい声がして、俺はそちらを向いた。


 中年の男だった。

 よく手入れされた髭。上等な上着。腹は少し出ているが、動きは軽い。

 笑っている。だが、目の奥だけが冷たい。


 シュリトラーだ。


「視察だよ」


 俺は答えた。


「ハル領の石切り場なんだから、見に来るのは変じゃないでしょ」


 シュリトラーは胸に手を当て、いかにも慇懃に一礼した。


「もちろんでございますとも。ベルク商会の店主、シュリトラーと申します。ですが、こんな石と埃ばかりの場所、お坊ちゃまには退屈ではありませんかな」


「退屈かどうかは見てから決めるよ」


 そう返すと、シュリトラーの笑みがほんの少しだけ薄くなった。


「では、どうぞ。表の採石場だけでしたら、いくらでも」


 表の、ね。


 言い方がもう怪しい。


 俺は何も言わず、石切り場の中を歩き始めた。

 ノルが一歩後ろ、ミアがさらに後ろからついてくる。


 石材の山。

 荷車。

 削られた岩肌。


 どこを見ても、普通の採石場に見せるための景色は整っている。


 だが、《綻びの目》は別の情報を拾っていた。


 《出荷量と採掘量が不一致》

 《報告用石材:偽装》

 《地下坑道の存在》


 地下か。


 俺は視線を少しずらす。

 やぐらの影、岩壁の下、木板で半ば隠された入口。そこへ、若者たちが順に消えていくのが見えた。


「シュリトラー」


「はい」


「この石切り場、地下にも掘ってるんだね」


 シュリトラーは瞬きひとつせずに答えた。


「安全確認のための簡易坑道でございます。表面だけでは岩の状態が読めぬこともありますので」


 嘘だ。


 視界に即座に文字が出る。


 《虚偽》

 《主要採掘場は地下》

 《未報告区域あり》


 俺はそのまま、木板で隠された入口へ近づいた。


「リオン様」


 ミアが緊張した声を出す。


 その時だった。


 坑道の中から、若い男がふらつきながら出てきた。

 肩で息をし、額には汗。腕に抱えた石は、普通の灰色の岩じゃない。


 青白く、内側から淡く光っていた。


 その瞬間、視界の端に文字が一斉に走る。


 《青輝石》

 《届け出必須の希少石》

 《未申告採掘》

 《長時間接触で衰弱》

 《違法流通の可能性:高》


 背筋に冷たいものが走った。


 青輝石。


 結界や魔道具の核に使われる、国への届け出が必要な石。

 それを、こんな場所で。

 ハル家に何の報告もなく。

 村の若者に掘らせていたのか。


 若い男は石を抱えたまま、咳き込んだ。


 そしてふと顔を上げる。


 北村の者ではない。

 でも年は近い。目の下に濃い隈があり、何日もまともに休んでいない顔だ。


 その横を、見張りの男が乱暴に押した。


「止まるな。さっさと運べ」


 俺はシュリトラーを見た。


「ただの石切り場じゃないね」


 シュリトラーの笑みは崩れなかった。


「おや。何か珍しい石でも見えましたかな」


「見えたよ」


 俺は青く光る石を指した。


「しかも、国に届け出が必要なやつがね」


 初めて、シュリトラーの目が細くなった。


 だが次の瞬間、彼は肩をすくめてみせた。


「坊ちゃまはお詳しい。ですが、あれは質の悪い発光鉱で――」


「嘘だよ」


 俺は遮った。


「あれは青輝石だ。しかもかなり純度が高い」


 静かに空気が変わった。


 ノルが一歩前へ出る。

 ミアは息を呑んだまま、坑道の方を見ている。


 シュリトラーは数秒黙り、それからゆっくり笑った。


「……仮にそうだとして、何か問題でも?」


 問題だらけだ。


 ハル領の土地。

 ハル領の若者。

 無届け採掘。

 違法流通。


 でも今ここで全部を言い切る必要はない。


 その代わり、確実に掴むべきものがある。


 俺は坑道の奥へ目を向けた。


 青白い光が、さらに暗い下から滲んでいる。

 掘っているのは一つや二つじゃない。

 かなりの量だ。


 そしてその光の奥、支柱の一本に文字が浮かんだ。


 《支柱:亀裂》

 《荷重偏り》

 《崩落予兆》

 《三十息以内に危険域》


 まずい。


 坑道の中には、まだ三人いる。

 そのうち一人は、今ちょうど青輝石の塊を抱え上げようとしていた。


 俺は思わず一歩踏み出した。


「止まれ!」


 石切り場全体が一瞬、静まり返る。


 坑道の中の若者たちが、何事かと顔を上げる。


 俺は亀裂の走る支柱を指した。


「そこだ! その支柱、崩れる!」


 次の瞬間、パキ、と乾いた音がした。


 木が裂ける音だった。

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