第15話 青く光る石
テオを取り戻したその夜、俺は父の執務室で、拾った名簿を机の上に広げていた。
北村、南村、東の開拓地。
いくつもの村の若い男たちの名前が並び、最後に同じ送り先が記されている。
東の石切り場。
父ガルドは名簿をじっと見つめ、低く言った。
「ここか」
「うん」
俺は頷いた。
「町の金貸しの店は入口だ。連れて行かれた先で、もっとまずいことが起きてる」
母エマが不安そうに俺を見る。
「明日、行くの?」
「行く」
答えは決まっていた。
テオを一人取り戻しただけじゃ、何も終わっていない。
名簿に載っている若者たちは、今もその石切り場にいる。
父はしばらく黙っていたが、やがて言った。
「ノルをつける。ミアも同行させろ。今回は正式な視察として行け」
「正式に?」
「石切り場は、表向きにはハル領内の通常採石場だ。ならば、領主家の者が見に行くのは当然だ」
そこで父は目を細めた。
「ただし、向こうもただの馬鹿ではない。お前を子どもと侮るか、逆に厄介者と見るか……どちらにせよ、簡単には本当の顔を見せんだろう」
「見せなくてもいいよ」
俺は名簿を折りたたんだ。
「綻びは、隠してる場所ほど目立つ」
◇
翌朝。
俺たちはまだ日が高くなる前に、東の石切り場へ向かった。
同行はノルとミア。
前回の北村視察より、空気は明らかに硬い。
ミアは荷袋の中身を何度も確認している。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「前もそう言いましたよね」
「言ったね」
「そのあと、荷馬車に人が乗せられかけていました」
正論だった。
俺は小さく笑ってごまかし、前を向く。
道は北村の方角とは逆で、次第に岩肌の多い斜面へ変わっていく。土の色も少し灰色がかり、草もまばらだ。
やがて、遠くから乾いた音が聞こえ始めた。
ガン、ガン、ガン。
石を打つ音だ。
「……あれですな」
ノルが顎を上げる。
丘を回り込んだ先に、石切り場はあった。
むき出しの岩肌。
削られた斜面。
木組みのやぐら。
荷車。
そして、その景色に似合わないほど多い見張り。
最初にそれが引っかかった。
普通の採石場なら、働き手と運搬役が中心になる。
だがここには、作業している人間の数のわりに、ただ立って周囲を見ている男が多すぎる。
視界の端に文字が浮かぶ。
《監視過多》
《出入り統制》
《通常採石場としては不自然》
やっぱりな。
さらに奥へ目を向ける。
石を運ばされている若者たちが見えた。
北村の者だけじゃない。年の近い男が何人もいる。皆、顔色が悪い。汗をかいているのに、どこか青白い。
《疲労:高》
《睡眠不足》
《栄養不足》
《継続労働による消耗》
《原因:労働+接触物質》
接触物質?
そこが少し引っかかった。
「ハル子爵家のご子息が、このような場所に何の御用でしょう」
柔らかい声がして、俺はそちらを向いた。
中年の男だった。
よく手入れされた髭。上等な上着。腹は少し出ているが、動きは軽い。
笑っている。だが、目の奥だけが冷たい。
シュリトラーだ。
「視察だよ」
俺は答えた。
「ハル領の石切り場なんだから、見に来るのは変じゃないでしょ」
シュリトラーは胸に手を当て、いかにも慇懃に一礼した。
「もちろんでございますとも。ベルク商会の店主、シュリトラーと申します。ですが、こんな石と埃ばかりの場所、お坊ちゃまには退屈ではありませんかな」
「退屈かどうかは見てから決めるよ」
そう返すと、シュリトラーの笑みがほんの少しだけ薄くなった。
「では、どうぞ。表の採石場だけでしたら、いくらでも」
表の、ね。
言い方がもう怪しい。
俺は何も言わず、石切り場の中を歩き始めた。
ノルが一歩後ろ、ミアがさらに後ろからついてくる。
石材の山。
荷車。
削られた岩肌。
どこを見ても、普通の採石場に見せるための景色は整っている。
だが、《綻びの目》は別の情報を拾っていた。
《出荷量と採掘量が不一致》
《報告用石材:偽装》
《地下坑道の存在》
地下か。
俺は視線を少しずらす。
やぐらの影、岩壁の下、木板で半ば隠された入口。そこへ、若者たちが順に消えていくのが見えた。
「シュリトラー」
「はい」
「この石切り場、地下にも掘ってるんだね」
シュリトラーは瞬きひとつせずに答えた。
「安全確認のための簡易坑道でございます。表面だけでは岩の状態が読めぬこともありますので」
嘘だ。
視界に即座に文字が出る。
《虚偽》
《主要採掘場は地下》
《未報告区域あり》
俺はそのまま、木板で隠された入口へ近づいた。
「リオン様」
ミアが緊張した声を出す。
その時だった。
坑道の中から、若い男がふらつきながら出てきた。
肩で息をし、額には汗。腕に抱えた石は、普通の灰色の岩じゃない。
青白く、内側から淡く光っていた。
その瞬間、視界の端に文字が一斉に走る。
《青輝石》
《届け出必須の希少石》
《未申告採掘》
《長時間接触で衰弱》
《違法流通の可能性:高》
背筋に冷たいものが走った。
青輝石。
結界や魔道具の核に使われる、国への届け出が必要な石。
それを、こんな場所で。
ハル家に何の報告もなく。
村の若者に掘らせていたのか。
若い男は石を抱えたまま、咳き込んだ。
そしてふと顔を上げる。
北村の者ではない。
でも年は近い。目の下に濃い隈があり、何日もまともに休んでいない顔だ。
その横を、見張りの男が乱暴に押した。
「止まるな。さっさと運べ」
俺はシュリトラーを見た。
「ただの石切り場じゃないね」
シュリトラーの笑みは崩れなかった。
「おや。何か珍しい石でも見えましたかな」
「見えたよ」
俺は青く光る石を指した。
「しかも、国に届け出が必要なやつがね」
初めて、シュリトラーの目が細くなった。
だが次の瞬間、彼は肩をすくめてみせた。
「坊ちゃまはお詳しい。ですが、あれは質の悪い発光鉱で――」
「嘘だよ」
俺は遮った。
「あれは青輝石だ。しかもかなり純度が高い」
静かに空気が変わった。
ノルが一歩前へ出る。
ミアは息を呑んだまま、坑道の方を見ている。
シュリトラーは数秒黙り、それからゆっくり笑った。
「……仮にそうだとして、何か問題でも?」
問題だらけだ。
ハル領の土地。
ハル領の若者。
無届け採掘。
違法流通。
でも今ここで全部を言い切る必要はない。
その代わり、確実に掴むべきものがある。
俺は坑道の奥へ目を向けた。
青白い光が、さらに暗い下から滲んでいる。
掘っているのは一つや二つじゃない。
かなりの量だ。
そしてその光の奥、支柱の一本に文字が浮かんだ。
《支柱:亀裂》
《荷重偏り》
《崩落予兆》
《三十息以内に危険域》
まずい。
坑道の中には、まだ三人いる。
そのうち一人は、今ちょうど青輝石の塊を抱え上げようとしていた。
俺は思わず一歩踏み出した。
「止まれ!」
石切り場全体が一瞬、静まり返る。
坑道の中の若者たちが、何事かと顔を上げる。
俺は亀裂の走る支柱を指した。
「そこだ! その支柱、崩れる!」
次の瞬間、パキ、と乾いた音がした。
木が裂ける音だった。
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