表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第10章 王立学院一年 二学期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
169/423

第161話 流れるか

 排水工事が始まってから、二週間が経った。


 公衆浴場の入口にはまだ休業札が下がっている。

 ただ、最初の頃とは領都の空気が少し違っていた。


「もうすぐ再開するらしいぞ」

「らしいな。水を試しに流すとか」

「風呂のためだけじゃないんだろ?」

「宿や食堂も、あとであの流れにつなげられるかもしれんって話だ」


 浴場の前でそんな話をする男たちの声が聞こえる。


 皆が理屈を正確に分かっているわけじゃない。

 けれど、今回の工事がただ風呂を直すだけのものではなく、領都の暮らしそのものに関わるらしい、ということまでは広まっていた。


 そして今日は、その工事が本当に形になっているかを確かめる日だった。


 ◇


 俺は朝から、父、ノル、土木役、浴場の管理役と一緒に現場を回っていた。


 まずは浴場の裏。

 受け枡はほぼ形になっている。石で囲われた浅い受けの底には、泥や重い汚れが沈みやすいよう少しだけ深さを持たせてある。その先は地下へ落とし、本線へつなぐ。


「ここは悪くないな」

 俺が言うと、土木役が息をついた。

「なんとか形にはなりました」


「“なんとか”で済ませるなよ」


「済ませてませんよ。済ませてないから二週間かかったんです」


 その言い返しに、思わず少し笑う。


 実際、ここまでは早かった。

 早かったが、簡単ではなかった。


 浴場裏の受け枡。

 街中の地下水路。

 外れへ向かう排水路。

 そして仮の沈殿池。


 最低限、浴場から街外れの受け場まで一本通すことを最優先に進めてきた。

 だから今日の試験で見るべきなのは、出来栄えの美しさじゃない。


 本当に流れるか。


 そこだけだ。


 ◇


 次に見たのは、街中の地下水路の入口だった。


 道の端はまだ土が新しく、ところどころ仮の蓋石が置かれている。見た目は未完成だ。歩く者の邪魔にならないよう最小限の整理はしてあるが、工事が終わったと胸を張れる状態ではない。


 ただ、線はつながっている。


「石の入りはどう?」

 俺が聞くと、土木役がすぐ答えた。

「石切り場で用途別にきっちり分けてもらえるから、現場で余計な確認をする時間が減りました」

「それならよかった」

「ロブたちにも礼を言っておいてください」

「あとで伝える」


 あっちで整えた流れが、こっちの工事を支えている。

 そういうつながり方は悪くない。


 さらに歩いて、曲がり角の点検枡も確認する。

 ここは特に大事だった。まっすぐ流れる場所は多少のズレがあってもごまかせる。だが、曲がりと合流は誤魔化せない。


「詰まりやすいとしたらここですな」

 ノルが低く言う。


「そうだね」

 俺は枡の縁を指でなぞった。


「最初の試験で問題が出るなら、まずここだろう」


 ◇


 最後に、街外れの受け場へ向かう。


 仮の沈殿池は、まだ“工事中の池”という顔をしていた。縁は固め切っていないし、周囲の整地も途中だ。けれど、水を受けるだけの形はできている。


 父がその場所を見回して言った。


「ここまで来ると、もう風呂だけの工事には見えんな」


「うん」

 俺は頷いた。


「最初は浴場のための一本だけど、この流れができれば、あとで宿屋の風呂も、洗濯場も、厨房も考えやすくなる」


「水を使う場所は全部、同じ問題にぶつかるというわけか」


「そういうこと」


 ノルが腕を組む。


「夏の臭いも減るでしょうな」


「減るだろうね。少なくとも、人の住む真ん中に使い終わった水を長く置かないで済む」


「井戸の近くへ勝手に流される心配も減る」

 父が言う。


 その通りだ。


 この排水路は、風呂を再開するための工事でもある。

 だがそれだけじゃない。


 領都の水の捨て先を定める、最初の幹線だ。


 そこまで考えた時、俺の中でこの工事の意味は、最初よりずっと大きくなっていた。


 ◇


「では、始めますか」

 土木役が言った。


 試験用の水は、営業時より少し多めに用意してある。

 人が本当に入ってから問題が出るより、今ここで多少厳しめに流したほうがいい。


 俺たちは浴場裏へ戻った。


 管理役が合図を出し、溜めておいた水が落とされる。


 ざっと流れ込んだ水は、まず受け枡へ落ちた。

そこで大きく跳ねることもなく、枡の底を叩いてから、予定通り本線の口へ吸い込まれていく。


「悪くない」

 俺が言うと、土木役の肩がわずかに下がる。

「ここまでは、です」


 そのまま俺たちは、点検枡へ走った。


 流れている。

 音も悪くない。

 だが――


「……少し鈍いな」

 俺が呟くと、ノルがすぐに枡の中を覗き込んだ。


「曲がりで溜まっていますな」

「泥か?」


「少し。それと、入口の角が立ちすぎてる」


 土木役が顔をしかめる。


「流れ自体は死んでません」


「うん、死んではない」

 俺は枡の縁に手を置いた。

「でも、このままだと営業を再開した時に毎回ここで引っかかる」


 ここでごり押しして「通ったから良し」にするのは簡単だ。

 でも、それをやるとあとで現場が困る。


「止めよう。ここを少し直す」

「はい」


 土木役はすぐに職人を呼んだ。


 枡の入口の石をほんの少し削る。泥が溜まりやすい部分をさらう。ついでに落ち口の角度も微調整する。大工事じゃない。だが、こういう最後の詰めを怠ると、通る流れも通らなくなる。


 ◇


 再度、通水。


 今度はさっきより素直に水が入った。

 曲がり角でも余計に溜まらない。

 点検枡の中を流れた水は、そのまま外れ側へ向かって抜けていく。


 俺たちはそのまま街外れへ走った。


 仮の沈殿池へ、水が届く。


 流入の勢いは予想通り。少し片寄りはあるが、池そのものはきちんと受けている。

重い泥も入口側に落ちやすい。


 しばらく全員が黙ってそれを見ていた。


 最初に息を吐いたのは、浴場の管理役だった。


「……通りましたな」


「ああ」

 俺もようやく頷く。


「通った」


 土木役が、ようやく口元を緩めた。


「完璧とは言いませんが、これなら」


「これなら再開の目処は立つ」

 俺は言った。


「ただし条件つきだ」


 管理役が姿勢を正す。


「条件、ですか」

「最初は湯量を少し絞る。営業時間も短めにする。毎日、受け枡と点検枡を確認する。泥上げもこまめに」


「承知しました」


「本工事そのものは続く。蓋石も、外れ側の整備も、沈殿池の縁固めもまだ終わってない。

今通ったからといって、全部終わった顔はするなよ」


「はい」


 父がそこで静かに口を開いた。


「浴場の再開はできる。だが、事業そのものの完成はまだ先、ということだな」


「そう」

 俺は頷いた。


「俺が王都へ戻ったあとも、工事は続く。今できたのは、浴場を安全に動かす最低限の一本だ」


「それでも十分大きい」

 父はそう言った。


「止めるだけで終わらず、通すところまで来たのだからな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
下水道を描くなら忘れちゃいけないトイレの問題 江戸時代のような完全汲み取り方式なんでしょうか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ