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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第160話 見えない流れ

 公衆浴場の入口には、しばらく休業と書かれた札が下がっていた。


 朝からそこを通る人間は多い。桶を抱えた常連、仕事前にひと風呂浴びるのが習慣になっていた男、近くの店の主人。

皆、一度は立ち止まって札を見上げ、少し残念そうな顔をする。


「困るっちゃ困るな」

「だが、今のうちに直さないと夏に病が出るかもしれんらしいぞ」

「水の流れが悪いんだろ?」

「若様が止めたってことは、そういうことだ」


 詳しい理屈まで分かっているわけじゃない。

 けれど、ただの気まぐれじゃないことだけは、もう領都の中に広がっていた。


 その札の前で、ひときわ大きな声が上がる。


「で、手伝えば早く再開するのか?」


 言ったのは、腕の太い荷運びの男だった。

 それを聞いて、近くにいた数人が笑う。


「お前、風呂に入りたいだけだろ」

「悪いか。入りたいもんは入りたい」

「俺もだ」


 そのやり取りに、俺は思わず口元を緩めた。



 ◇


 父に工事計画を承認してもらってから数日、工事はもう始まっていた。


 浴場裏では応急措置班が地面を掘り、街中では本線班が地下水路の入口になる区間へ縄を張り、外れ側では整地班が受け場予定地の草と石をどかしている。


 ただ、動き出したばかりの現場は、どうしたって雑音が多い。


 そこへ「手伝えば早く終わるなら」と人が増え始めたものだから、放っておけばすぐに詰まる。


「若様、どうします?」

 土木役が困った顔でこちらを見る。


 浴場前には、手を貸したいという男たちが十人以上集まっていた。

中には、昨日まで工事なんて見向きもしなかった顔もある。だが動機は十分だ。

早く風呂に入りたい。それだけで、人は驚くほど動く。


「手伝わせる」

 俺は即答した。


「ただし、勝手に動かせるな」


 ノルが低く笑う。


「案の定ですな」


「人が増えれば早く終わるとは限らないからな」


 俺は集まった男たちの前へ出た。


「聞いてくれ。手を貸すのは助かる。

だが、好き勝手に掘ったり運んだりするのはやめろ。

今それをやられると、むしろ遅くなる」


 ざわつきが少し止む。


「じゃあ、何をすりゃいい?」

 さっきの荷運びの男が聞いた。


「力仕事をする班、土を運ぶ班、石を運ぶ班、通りを空ける班に分ける」

 俺は指をさした。

「浴場裏は慣れた職人がやる。そこに素人が増えると逆に危ない。みんなにはその外を支えてもらいたいんだ」


 男たちは顔を見合わせた。


「掘るんじゃねえのか」


「掘るのは向いてるやつがやる」

 俺は言った。

「今足りないのは掘る手じゃない。掘った土をすぐどかす手と、石材を遅れず回す手だ。そこが詰まると全部が止まる」


 ここでようやく、何人かが「ああ」と頷いた。


「荷運びの経験があるやつは石材運搬へ。荷車の扱いが分かるやつもそっち。

体はそこそこだが足が速いやつは土出し。

近所の道に詳しい人は通りの整理へ回って。勝手に道を塞がせないで」


 ノルが横から短く補足する。


「騎士団の馬車と商人の荷車は優先で通す。ぶつかったら工事どころではなくなる」

「はいよ」

「分かった」


 返事が返ってくる。


 悪くない。


 ◇


 とはいえ、最初から全部がうまく回るわけじゃない。


 案の定、三十分もしないうちに浴場の裏手で声が上がった。


「石を先に通せ!」

「いや、土が詰まってる!」

「荷車が入れねえぞ!」


 見れば、石材を運ぶ列と、掘り出した土を運ぶ列が同じ狭い場所へ集まっている。

そこへ、風呂目当てで手伝いに来た男たちまで加わって、流れがぶつかっていた。


 土木役が眉を寄せる。


「若様」

「ああ、見えてる」


 俺はすぐに間へ入った。


「止めて! 一度全部止めて!」


 声を張ると、さすがに全員が動きを止めた。


「石材の列は右。土出しは左。荷車は中央を通す」

 俺はその場で地面に棒を突き立てながら言う。

「浴場裏へ入る人数も絞る。職人と補助二人だけ。あとは外で受け取って回せ」


「でも、それだと中が足りないんじゃ」

 誰かが言う。


「中に人が増えると、動きがぶつかる」

 俺は即答した。

「狭い場所ほど、人は多けりゃいいってもんじゃない」


 その言い方に、土木役が深く頷いた。


「その通りですな。中は掘る者と据える者だけでいい」


 俺はさらに続けた。


「石材運搬班は五人ずつで交代。土出し班は荷車が空になるまで列を切らないで。

通り整理班は店先の前を必ず空けて。商売の邪魔をしたら、今度はそっちが綻ぶ」


 男たちは今度こそ納得したらしく、さっきよりも明らかに素直に動き始めた。


 風呂に入りたい一心で集まった連中でも、やることが明確ならちゃんと働く。

 むしろ、目的がはっきりしているぶんだけ、変な見栄がない。


「若様、恐るべしですな」

 ノルが横で言った。


「俺じゃない。風呂の力だ」


「では、恐るべし風呂の力ということで」


「それは否定しない」


 ◇


 浴場裏では、応急措置班が最優先で動いていた。


 まずは、使い終わった湯がそのまま用水路へ落ちる今の流れを止める。

そこが出発点だ。石を並べ、浅い受け枡の形を作り、その先に今後本線へつなぐための口を確保する。


 ここは俺が直接見なきゃいけない場所だった。


「高さは?」

 俺が聞くと、土木役が膝をついたまま答える。

「湯の落ち口から受け枡までは問題ありません。その先の落ちも取れます」

「枡の底、もう少しだけ深くできるか」

「泥を拾う分ですか」

「そう。最初に重いものが止まるようにしたい」


 土木役が頷き、すぐに職人へ指示を飛ばす。


 その間、俺は流し口の位置と枡の口を何度も見比べた。

 ここが狂うと、本線がつながっても意味がない。



 一方で、街中の本線班も動いていた。


 こちらは人通りがあるぶん、浴場裏より面倒だ。

道の端へ縄が張られ、掘る区間が切られている。

規格外石や土木向けの石が運び込まれ、蓋石候補も脇に積まれていた。


 ここで少し嬉しかったのは、石材の流れが前よりずっとましだったことだ。


 石切り場から来た荷には、用途ごとの置き場が明確にされている。

混ざりが少ない。余計な確認の手間が減る。

それだけで現場の息の詰まり方が全然違う。


「ロブたち、ちゃんと回してるな」

 俺が呟くと、ノルが頷いた。


「前より石の入りが安定しております」

「ならよかった」


 あっちで整えたものが、こっちで効いている。

 そういうつながり方は嫌いじゃない。


 もっとも、机の上の通りにばかりはいかない。


「若様」

 街中本線班の職人が手を上げる。

「どうした」

「ここ、思ったより下に古い石積みが残ってます」

「壊せるか?」

「壊せますが、少し時間を食います」


 覗くと、たしかに昔の基礎か何かの名残らしい石が出ていた。


 俺は少し考えてから言った。


「全部は壊すな。右へ少しずらせるならずらす。勾配が死なない範囲で逃げよう」

「承知しました」


 こういうところだ。

 計画は線で引ける。

 でも現場は、掘って初めて見えるものがある。


 ◇


 外れ側の整地班は、さらに地味だった。


 沈殿池予定地のまわりの草を刈り、転がった石をどかし、水が集まりそうな向きを見ながら杭を打っていく。

まだ池の形にはなっていない。でも、ここが受け場になると決まった以上、後回しにはできない。


「ここは広げられる余地を残して」

 俺は整地班の頭に言う。

「最初は浴場分だけ受ければいい。でも、後で宿や別の施設までつなぐ可能性はある」

「では、縁はきっちり固めすぎないほうが?」

「今はそれでいい。形だけ先に決めるな」


 今必要なのは、完成品の美しさじゃない。

 今後の領都の成長に耐えられるかどうかだ。


 ◇


 午後には、工事の空気はだいぶ落ち着いてきた。


 浴場前ではまだ何人かが休業札を見上げていたが、朝のような戸惑いは薄れていた。


「若様」

 ノルが浴場裏を見ながら言った。

「だいぶ形になってきましたな」


「まだ入口だけどね」


「入口がないと、その先も始まりません」


 その通りだった。


 ◇


 夕方、もう一度浴場の裏へ立つ。


 以前は、使い終わった湯がそのまま用水路へ落ちていた。

 今はもう、その口を塞ぐための石が据えられ、受け枡の形も見え始めている。

まだ未完成で営業再開にはほど遠い。けれど、少なくとも以前と同じ流れではない。


 排水を地下へ通すための最初の一本が、ようやく現実の形を持ち始めていた。

 常連たちが風呂へ戻れるのはもう少し先だ。


 それでも、その再開へ向けた道筋は、朝よりずっとはっきり見えていた。



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― 新着の感想 ―
石材を使って石の管を作るってことはモルタル的な物があるってことかな。
ストリーは、面白い。 しかし、日本語に違和感がある。 「聞いてくれ。手を貸すのは助かる。 手を貸してくれるのは助かる。 後「悪くない」というセリフが多すぎる。 これが主人公一人なら個性ですませら…
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