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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第159話 排水路

 翌朝。

 俺は父の執務室で、領都の簡単な見取り図を机の上に広げていた。


 公衆浴場の裏から街外れまで、何本かの線が引かれている。昨夜、頭の中で考えた候補を、寝る前にざっと書き出しておいたものだ。


 父はそれを見下ろしながら言った。


「思ったより早いな」

「考えるだけなら夜でもできるからね」

「だが、決めるには現場を見る必要がある」

「だから今日見る」


 俺が頷くと、横に立っていたノルが腕を組んだ。


「見る場所は三つですな」


「浴場の裏。街中を抜ける線。そして街外れの受け場」


「その三つを今日中に押さえれば、応急措置と本工事を並行で始められるのか」

 父が言う。


「そう」

 俺は地図の上を指でなぞった。


「ただし、全部を一度に俺が見て回るのは非効率だ。方針と線だけ俺が決めて、あとは班に分けて動かす」


 父が少しだけ目を細めた。


「人手は要るぞ」


「要る。でも、やるなら今だ。春になってからじゃ遅い」


「分かった。浴場の管理役、土木の現場役、それと領都の古い井戸の位置に詳しい者をつける」


 そう言って父は席を立った。


「リオン」


「何?」


「近い道が、良い道とは限らん」


「分かってる」


 それはまさに、今日見に行く理由そのものだった。


    ◇


 主だった人が揃い今回の工事内容について説明した後、最初に見たのは公衆浴場の裏だった。


 昨日も見た流れだ。使い終わった湯が細く流れ、用水路側へ落ちていく。今朝は番台の男に頼んで、湯を落とす口の位置と、一度に流れる量も見せてもらった。


 浴場の管理役、土木役、ノル、それに井戸の位置をよく知る年配の男が後ろにいる。


「まずここだ」

 俺は裏手の地面を見た。

「このまま落とさず、裏で受ける。浅くていいが、泥や重い汚れが一度止まる場所が要る」

「受け枡ですな」

 土木役が頷く。

「そう。その先は地下に落とす」


 管理役が少し驚いた顔をする。


「地上に溝を作るのではなく?」

「街の真ん中に汚れた水の流れを見せたくない。人も荷車も多いし、冬はまだいいが、春以降は臭いも出る」


 ノルが低く言う。


「なら、問題はどこを通すかですな」

「ああ。見に行こう」


    ◇


 候補の一つ目は、浴場の裏からまっすぐ外れへ向かう最短の線だった。


 確かに近い。歩いてもすぐだ。

 だが、少し進んだところで俺は足を止めた。


「井戸が近いな」

 年配の男がすぐに答える。

「ええ。この先に共同井戸があります。近所の家が何軒か使っております」

「却下だ」

 俺は即答した。


 土木役が少し惜しそうな顔をする。


「ここが一番早く掘れますが」

「早くても駄目だ。井戸の近くは避ける。用水と排水を分ける話をしてるのに、取水の近くへ寄せたら意味がない」

「……なるほど」


 そこで候補一つ目は消えた。


 次に見たのは、裏道沿いに曲がりながら抜ける線だった。こちらは人通りも少なく、井戸からも距離を取りやすい。


 だが、歩いていくうちに今度は別の問題が見えた。


「ここは後で家が増えそうだな」


 俺がそう言うと、年配の男が頷く。

「ええ。最近はこのあたりにも家を建てたいという話が出ております」


「まだ空いてるが、空いてるからこそ今後使われるということですな」

 ノルが言った。


 今だけ見れば、ここも悪くない。

 だが数年後に街が伸びた時、排水路の真上に家や店が並ぶようでは後から困る。


 ここも、候補から一段落ちた。


 ◇


 三つ目の候補は、少し遠回りだった。


 浴場の裏からいったん人通りの少ない脇道へ逃がし、そのまま緩やかに下る外れ側へ落としていく。距離は伸びる。だが歩いていて分かったのは、この線が一番素直に下っていることだった。


 俺は何度か立ち止まり、足元と周囲を見比べた。


「悪くない」


「遠いですが」

 土木役が言う。


「多少遠くても、流れが止まりにくい。途中に井戸も少ない」


「人家も少なめですな」

 ノルが周囲を見回す。


 さらに先へ進むと、領都の外れに近い菜園地と、その向こうの少し低くなった荒地が見えた。


 俺はそこで立ち止まり、しばらく黙って地形を見た。


「若様?」

 管理役が声をかける。


「ここだな」


「受け場ですか」


「候補としては一番いい」


 人家から少し離れている。

 井戸も遠い。

 地面も低く、水を集めやすい。

 すぐ隣が畑というわけでもない。


 何より、今後しばらくは街の中心がこちら側へ一気に伸びる感じでもない。


「ここで一度受ける」

 俺は地面に棒で円を描いた。


「大きくしすぎなくていい。まずは浴場の分を受けられるだけでいい。

その先は様子を見ながら整えてもらおう」


「沈殿池というやつですな」

 土木役が言う。


「そう。ただし、街中みたいに見た目は気にしなくていい。ここは機能優先だ」


 ノルが少し考えてから言った。


「すると、街中と外れで工法を分けますか」


「分ける」


 俺は振り返った。


「街の中は石で固めて蓋をする。地上に見せない。人も荷車も通るからな」


「地下水路ですな」


「そう。逆に外れ側まで全部をきれいな石管で揃える必要はない。時間がかかりすぎる」


「全部を石の管で通すのではなく?」

 管理役が聞く。


「うん、全部石の管にするのは無駄だ」


 俺ははっきり言った。


「必要な石の量も、加工の手間も大きすぎる。

俺があと三週間で王都へ戻るから、それまでに要所だけは完成させたい。

街の中心部は地下水路。外れへ向かう部分は、もっと簡素な石組み排水路でいい。

点検しやすいように、曲がりと分かれ目に枡だけ置く」


 土木役の顔が少し明るくなる。


「それなら工期がかなり縮みます」

「だろ。理想を全部盛るより、まず通すことが大事だ」



 領都へ戻る途中、俺はノルと土木役を呼び寄せた。


「班を三つに分ける」

「三つ?」

 ノルが聞く。


「そう。ひとつ目は浴場裏の応急措置班。受け枡を作って、用水路へ直接落ちるのを止める。これは最優先、今日から動いてほしい」


「はい」

 土木役が即答する。


「ふたつ目。街中の本線班。俺が切った線に沿って、中心部の地下水路を掘る。

ここは井戸と人家の近くは必ず確認をして欲しい」


「承知しました」


「みっつ目。領都外れ側の整地班。受け場の場所を空けよう。

排水を溜めて沈殿させる予定地の周囲を見て、水が集まる向きを確認する。

ここは後で広げられるように余白も残してほしい」


 ノルがそこで頷いた。


「つまり、若様が見るべき場所と、現場に任せてよい場所を最初に切り分けるわけですな」

「そういうこと」


 全部を俺が見ていたら間に合わない。

 でも、見るべきところを最初に押さえておけば、工事自体は並行で動かせる。


「必要人員は増えますぞ」

 ノルが言う。

「増える。でも今の領都なら何とかならないかな?」


「西の森を開拓している人員を動員すれば必要な人数は揃うかと。」


「うん。他にも出稼ぎで来ている人や移住希望者にも手伝ってもらおう。」


 土木役が低く唸った。

「かなりの工事になりますな」


「なる。だからこそ、どこに人を集中させるかが大事なんだ。」


    ◇


 領都へ戻ってから、俺は父に結果を伝えた。


「最終的に選んだのは、少し遠回りだが下りを取りやすく、井戸と人家を避けられる線にした」

 俺は地図の上に新しく引いた線を見せた。


「街中は地下水路。外れ側は簡素な石組み排水路。受け場はここ」


「菜園地のさらに外か」


「ここなら人家とも井戸とも距離が取れるからね」


 父はしばらく地図を見ていたが、やがて息を吐いた。


「人はどうする?」

 父が言う。

「人が増えてるとはいえ全員をこの作業に充てるわけにはいくまい」

「うん、分かってる。今回は西の森開拓の方からも人を手配してもらうつもりだよ。

あとは班を分けて、俺が見なきゃいけないところを優先的にはじめて、そうじゃないところは春までに終わる予定で人員を組めばいい。」


「わかった。おまえの言うとおりに進めてくれ」

 父は地図をたたんで机に置いた。

  

 ◇


 その日の夕方、俺はもう一度だけ公衆浴場の裏へ立った。


 ここから、あの外れまで一本の線を通す。

 街の真ん中では見えないように。

 人が使う水とは交わらないように。

 そして最後は、街の外で受けるように。


 街灯の時は、夜を照らすための線を考えた。

 今度は、街を汚さずに済ませるための線だ。


 どちらも、目に見える場所だけでは完成しない。

 そして、どちらも領都が大きくなるなら避けて通れない。


 そういう段階まで、ハル領はもう来ている。



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― 新着の感想 ―
パパン、もともと毒関係なく、身体が弱い設定じゃなかったっけ?(うろ覚え めっちゃ元気になったよね。
公衆浴場の排水が問題になっていますが、この領都の生活排水は今までどうなっているのでしょうか?下水道はなく汚水や便は垂れ流し? トイレ事情も気になります。
自分では対処できないのに、去り際にちらっとお小言挟むこの親マジ碌でもないな
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