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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第162話 人を数える意味

 今日は王都へ戻る前日。

 早朝の騎士団の訓練に参加したあと、俺は領都の中を散歩していた。


 大通りの街灯はもう珍しいものではなくなりつつある。

 公衆浴場の排水工事も、あとは現場が引き継いで仕上げていく段階まで来た。

 工房は相変わらず忙しく、東の石切り場も人の出入りが多い。

 西の森の開拓も、止まってはいない。


 順調だ。


 たぶん、誰に聞いてもそう答えるだろう。


 けれど俺は、妙な引っかかりを捨てきれずにいた。


 ◇


 最初に見に行ったのは工房だった。


 街灯の柱を削る音。

 金具を打つ音。

 青輝石を仕分ける声。

 木箱を運ぶ人足の足音。


 どれも前より整っている。

 少なくとも、前みたいに「何となくごちゃついている」感じは減った。


「若様、おはようございます」

 顔を上げたベテラン職人が、軽く頭を下げた。


「おはよう。どう?回ってる?」

「前よりはずっと。石切り場のほうも分け方がしっかりしてきましたし、余計な見直しは減りました」

「ならよかった」


 俺は頷きながら、作業台の並びと人の流れを目で追った。


 木工の台。

 組み立ての台。

 仕分け場。

 運搬の出入り口。


 人はいる。

 むしろ、帰郷した時より増えているくらいだ。


 けれど、そこでふと気づく。


「今ここ、何人いる?」

 俺が聞くと、ベテラン職人は一瞬だけ目を瞬かせた。


「え?」

「工房全体で」

「……二十人、いや、二十五人くらい、ですかな」

「くらい、か」

「ええ。今日は朝から荷運びも入ってますし、石切り場から来た手伝いも混じってまして」


 悪気はない。

 現場の人間としては、十分に答えている。


 でも、その曖昧さが気になった。


「そのうち、うちの領民は何人?」

「うちの……」

 ベテラン職人は困ったように頭を掻いた。

「若いのは半分くらいが領の者だったと思いますが……いや、最近は他所から来たのも混じってますな」

「どこの領から?」

「そこまでは、私は」


 そこまで聞いたところで、俺は礼を言って工房を出た。


 回っている。

 でも、中身が見えていない。


 その感覚は、胸の奥に小さく引っかかったままだった。


 微かな違和感を持ちながら馬を借り、石切り場へ向かった。


 ◇


 少しして石切り場に着いた。

 こちらは前に比べれば格段に整理されていた。

 

採掘。

 一次選別。

 最終選別。

 箱詰め。

 置き場。


 エドたちがうまく回しているのが見て取れる。


「若様!」

 エドがこちらに気づいて駆け寄ってきた。


「もう王都へ戻るんでしたっけ」


「明日な。その前に見ておきたかった」


「だったら見てってくださいよ。前よりだいぶ回るようになりましたから」


 そこへカイルとロブも来る。

 顔つきは疲れているが、前みたいな焦りは薄い。


「今、ここで働いてるの何人だ?」

 俺が聞くと、三人とも少しだけ顔を見合わせた。


「今日は多い日です」

 カイルが言う。


「朝から荷積みがあるので」


「人数は?」


「四十……いや、五十近いかもしれません」


「かもしれない、か」


「掘る側と運ぶ側で出入りがあるんで、ぴたりとは」

 ロブが言葉を継いだ。


「その中で、うちの領の者は?」

 そう聞くと、今度は三人とも即答できなかった。


 結局、答えたのはエドだった。


「多分、半分より少し多いくらいです。あとは出稼ぎです」


「どこから来てる?」


「グレイヴ領が一番多いです。次がその隣あたりから」


「どれくらい多い?」


「……そこまでは、今は数えてません」


 やっぱりだ。


 石切り場は前より整っている。

 けれど、それは現場の流れが前よりましになったというだけだ。


 今ここに、誰が何人いて。

 どこから来て。

 どれだけが固定戦力で。

 どれだけが一時的な人足なのか。


 そういうものは、誰の頭の中にも曖昧にしかない。


 ◇


 屋敷へ戻る途中、俺は遠回りをして西の森側の作業場も立ち寄った。


 木を運ぶ者。

 土を均す者。

 仮の道を整える者。


 動いてはいるが、やっぱり同じだ。


 人が足りないのか。

 足りているのに配置が悪いのか。

 出稼ぎが多いのか、領民だけで持っているのか。


 感覚では分かる。

 でも、感覚でしか分からない。


 領都へ着き、馬を返し、屋敷へ向かいながら違和感の正体に気が付いた。

 「……そういうことか」

 小さく呟くと、屋敷の前で立っていたノルがこちらを見た。

「何か見えましたか?」


「見えたっていうより、前からあったものが、やっと形になった感じ」


「おっしゃってみてください」


 俺は少し考えてから言った。


「今のハル領って、人が足りないのかどうかすら、ちゃんと分かってない」

 ノルが眉をわずかに動かす。


「足りていないのは確かでは?」


「それはそう。でも、どこに何人いて、どのくらい足りてなくて、何人減ったらどこが止まるのかまでは誰も答えられない」


「……なるほど」


「人手不足って言ってるけど、半分は本当に足りないんじゃなくて、中身が見えてないだけかもしれない」


 ノルはすぐには答えず、低く言った。


「父上には話されますか」


「話す。明日帰る前に、そこだけは形にしたい」


 ◇


 執務室に入ると、父はいつも通り机に向かっていた。


「戻ったか」


「うん」


「最後の見回りはどうだった」


「順調。でも、気になることが一つある」


 父はそこでようやく顔を上げた。


「聞こう」


 俺は椅子に座って、今日見たことを順に話した。


 工房。

 石切り場。

 西の森。

 領都土木。


 どこも人はいる。

 現場も回り始めている。

 でも、誰が何人いて、どういう立場で働いているのか、誰も即答できない。


「父さん、今のハル領って、たぶん“人手が足りない”んじゃなくて、“人の実態が見えてない”んだ」

 そう言うと、父はしばらく黙っていた。


「続けろ」

「領民が何人いて、出稼ぎが何人いて、移住希望者がどれだけ混じってるのか。

熟練者と補助と見習いがどこに何人いるのか。

そこが曖昧なままだと、春に何をどこまで進められるか全部が勘になる」


 父は机の上で指を組んだ。


「つまりお前は、人を増やしたいんじゃない」


「うん」


「まず、人の中身を見えるようにしたいわけだな」


「そういうこと」


 そこでようやく、父は小さく頷いた。


「それは確かに要る」


「だよね」


「今のハル領は、昔みたいに“だいたい何人かいるだろう”で回せる規模ではない」


 父の口からそう言葉が出た時点で、半分は決まったようなものだった。


「ノルを呼べ。工房、石切り場、土木の責任者も」


「今から?」


「明日帰るのだろう。なら今日決めるしかあるまい」


 父はそれだけ言って、また机の上の書類を横へ寄せた。


 あれをやれ、これをやれとは言わない。

 でも、俺が必要だと言ったものについては、決める場だけはちゃんと用意してくれる。


 父はそういう人だ。


 ◇


 夕方には、主だった人間が執務室に揃った。


 ノル。

 工房のベテラン職人。

 石切り場側はエド、カイル、ロブ。

 土木役。

 帳場の補佐役も一人呼ばれている。


 俺は余計な前置きをせずに、本題から入った。


「今のハル領は、人が増えてる」

 全員が黙って聞いている。


「でも、そのせいで別の問題が出てる。

誰が何人いて、どこの現場で、どういう立場で働いてるのかが曖昧なんだ」


 工房の職人が腕を組む。


「曖昧といっても、現場は回っておりますぞ」


「回ってる。でも、それと中身が見えてるかは別だ」

 俺は返す。

「工房で人が足りないって言っても、本当に足りないのか、補助ばかり増えて熟練が足りないのかで意味が違う」


「……それは」


「石切り場も同じ。出稼ぎがどれだけ混じってるのか、今どこがどの人手で持ってるのかが分からないと、何人減ったら増産が止まるかも読めない」


 エドたちが揃って黙った。


「排水工事だってそうだ。人数が足りないのか、配置が悪いのか、今は数字で言えない。

西の森も、固定戦力と臨時人足の差が見えてない」


 そこで一度言葉を切る。


「今のハル領は、もう“だいたいこれくらい”で回せる規模じゃない」


 部屋の空気が少しだけ締まった。


 ◇


 最初に口を開いたのは、土木役だった。


「若様のおっしゃることは分かります。

ですが、そんな細かく帳面をつけていたら手間が増えるだけでは?」


「増えるよ」

 俺はあっさり言った。


「でも、今のままなら全部が勘になる」


「勘で回してきたわけですが」


「それが通じるうちはいい。でも、今はもう通じなくなってきてるだろ」


 俺は石切り場の三人を見た。


「エド。お前、今ここで“グレイヴ領から来てる出稼ぎが何人減ったら選別が詰まるか”言える?」


「……言えません」


 工房の職人へ向き直る。


「工房も同じだよね。人数はいても、誰にどこまで任せられるか分からないと、結局はベテランの手が詰まる」

「それは、まあ……そうですな」


「だったら、まず数えよう」

 俺ははっきり言った。


「人を増やす前に、人の中身を見えるようにする」


 ◇


 帳場の補佐役が、そこで恐る恐る口を挟んだ。


「若様、何を記せばよろしいので?」

「まずは人数」

 俺は指を折った。


「所属現場。領民か、出稼ぎか、移住希望者か。出稼ぎならどこの領から来たか。あと、熟練か、補助か、見習いか」


 何人かが顔を見合わせる。


「そこまで分けるんですか」

 土木役が聞く。


「分ける。そうしないと意味がない」


 父は何も言わず、黙って聞いていた。


「ただし、これで明日いきなり生産高が上がるわけじゃない」

 俺は先にそう言った。


「帳面を作っただけで石が増えたり、工事が早まったりはしない。

でも、これがないと何を増やして何を止めるか決められない」


 ノルがそこで頷いた。


「判断材料を持つため、ですな」

「そう。今までは“人が多い”“足りない”“忙しい”で済ませてた。

でも、それじゃもう足りない」


 工房の職人が低く唸る。


「なるほど……誰が何人いるかだけではなく、どういう人間が何人いるかを見るわけですか」

「そういうこと」


 ◇


 現場側はすぐに全面賛成したわけじゃない。


「出入りの多い現場だと、毎日変わりますぞ」


「変わるなら変わるで、それが分かるようにする」


「短期人足なんて、昨日いたのが今日いないこともあります」


「それも含めて見る」


 俺は一つずつ返した。


「今の石切り場で増えてる人手のうち、どれだけがグレイヴ領からの出稼ぎか分からなかったよね」

 そう言うと、エドが苦い顔で頷く。


「はい」


「それって、もし向こうで何か起きた時に、こっちがどれだけ困るか読めないってことだ」


「……確かに」


「工房だって、人数の割に熟練が少なければ、見かけより脆い。

土木も、総数がいても短期人足ばかりなら、継続して持たない」


 そこで父が、初めて口を開いた。


「お前たちは“今いる人数”で回している」

 全員の視線が父へ向く。


「だがリオンが言っているのは、“今いる人数の中身”を見ろということだ。

そこが分からぬままでは、今後の計画も立てられん」


 大声でもない。

 長々とも語らない。

 けれど、その一言で場の空気はかなり決まった。


 ◇


 結局、まずは三か所から始めることになった。


 工房。

 石切り場。

 領都土木。


 帳場の補佐役が急ぎで帳面を用意し、各現場責任者が項目を読み上げられるように整える。


 名前。

 所属。

 領民か、出稼ぎか、移住希望か。

 出稼ぎなら出身領。

 熟練、補助、見習い。


「木札も使えそうですな」

 ノルが言った。

「札?」


「はい。帳面だけだと現場で見づらい。色分けは難しくとも、印を変えるくらいならできます」


「それ、いいな」

 俺は頷いた。


「領民、出稼ぎ、移住希望で印を分けよう。熟練かどうかは別の刻みでもいい」


「そこまで細かく?」

 土木役が聞く。


「最初は簡単でいい。でも、現場で見て分かる形のほうが早い」


 工房の職人が鼻を鳴らした。


「若様、こういうのは嫌いじゃありませんな」


「俺もそう思う」


 ◇


 その日のうちに、最初の記帳が始まった。


 工房では、ベテラン職人の横で補佐役が名前を書き留めていく。

 石切り場では、エドたち三人が思った以上に真剣な顔で人を列に並ばせていた。

 領都土木でも、仮の作業小屋の前に人が集められている。


 夜になる頃には、最初の帳面が埋まり始めていた。


 そこで初めて見えてきたものがある。


「……やっぱりそうか」

 俺は石切り場の帳面を見て、小さく息を吐いた。


 増員分のかなりの部分が、グレイヴ領からの出稼ぎだった。


「想像以上ですな」

 ノルが低く言う。


「うん」


 工房では逆に、人数の割に熟練者が少ないことがはっきりした。

 領都土木では、総数は見かけよりいるのに、短期人足の比率が高く、固定戦力が薄い。


 つまり、足りないのは単純な人数だけじゃない。

 どんな人間が何人いるかが、初めて輪郭を持った。


「見えてきたな」

 父が帳面をめくりながら言った。


「ようやく、この領が何人の手で回っているのか、勘ではなく見えるようになる」


 その言い方は静かだった。

 でも、それで十分だった。


 ◇


 漸くひと段落して遅めの夜食をとり、自室へ戻る。


 明日には王都へ発つ。

 荷はもうほとんど整っていた。

 ミアが完璧に整えてくれた。


 窓の外を見ると、遠くに街灯が灯っている。

 夜の暗さは、少し前よりだいぶ薄くなった。

 公衆浴場の排水工事も、現場が引き継げる形までは持っていけた。


 今回の冬休みでやったことを、俺はぼんやりと頭の中で並べた。


 水車からのエネルギーで街灯を灯すようになり、

 公衆浴場は排水路を作ることで今後の衛生状態は大きく変わるだろう。

 そして最後に、働き手の流れを見えるようにした。


 派手な発明はない。

 目に見えて歓声が上がるようなものでもない。


 でも、これらの一つ一つがハル領の未来を変えることになる。


 そう思いながら、俺は机の上に置いた帳面の控えを、もう一度だけ見直した。



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主人公を賢く優れて見せるために、”現地人”を落とすターンは終わりそうですか?仕事に賃金があり、租税が決まってくるわけで、流石に”どこの誰かはっきりせんけど何人いるから仕事は回ってる、けど忙しい”なんて…
今までどうやって給料払ってたの…?経験未経験問わず、一律だったの?帳簿もつけずに支払いしてたの?帳簿があれば、誰にどこで幾ら支払いしてたか分かるから、人の出入りは分かるよね?
ハル領はうまくいったけど見よう見まねで真似するとひどいことになりそう
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