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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第125話 文化祭の出し物

 行軍訓練が終わってから数日。


 十月も半ばに差しかかり、朝の空気ははっきりと秋のものになっていた。


 教室の窓を少し開けると、ひやりとした風が入ってくる。

 夏の終わりのような生ぬるさはもうない。空は高く、校舎の向こうの木々も少しずつ色づき始めている。


 そんな朝だった。


 ホームルームの終わり際、担任のローヴェン先生が教卓の前で軽く咳払いをした。


「連絡がある」


 ざわついていた教室が少しだけ静まる。


「来月、文化祭がある」


 その一言で、空気がぱっと変わった。


 教室のあちこちで、すぐに小さな声が上がる。


 ローヴェン先生はそれを止めずに続けた。


「王立学院の年間行事の中でも、文化祭は最も盛り上がる大きなイベントだ。学院内の生徒だけでなく、保護者、卒業生、王都の関係者も多く来る」


 そこまで聞いただけで、ただの校内行事ではないとわかる。


「クラスごとに出し物を決める。展示、実演、体験型、条件付きだが飲食も可能だ」


 飲食、という単語で教室の反応が一段変わった。


「なお」

 先生はそこで一拍置いた。

「文化祭で出た利益は、王都内の孤児院などに寄付される」


 少しだけざわめきが収まる。


「もともとはバザー形式だったが、ここ数年は学生たち主導の出店形式が主流になった。見せ方も売り方も、全部含めて文化祭の評価対象になっている」


 なるほど。


 ただ楽しいだけの祭りではない。

 学院らしく、ちゃんと学びと実践が混ざっている。


「このSクラスでも何をやるか決めるように。今日の放課後、方向性くらいはまとめておけ」


 そこで朝のホームルームは終わった。


 ローヴェン先生が教室を出た瞬間、空気が一気に動く。


「飲食ありなら強いな」

「いや、Sクラスで普通に食べ物屋ってどうなんだ」

「展示は地味すぎるか?」

「でも雑に店を出すのも違うよね」


 早くも議論が始まりかけていた。


 ◇


 一時間目が始まる前の短い時間、いつもの六人も自然とその話になった。


「飲食ありなら、人は集まりやすいだろうね」

 ヴィクトルが椅子にもたれたまま言う。


「人が来ればいい、ってものでもないわ」

 セレナがすぐに返した。

「雑然とした屋台みたいなのは嫌よ」


「でも、誰も来ない展示をやるよりはましじゃない?」

 ヴィクトルも引かない。


 横でナディアが柔らかく口を開く。


「私は、来てくださった方が楽しめるものがよいと思います。見て終わり、よりも、少し関われる方が記憶には残りそうです」


「運営が回るかどうかも大事だ」

 ガイルが短く言った。

「文化祭は人が多い。見栄えだけで詰む案はやめた方がいい」


「結局、何をやるにせよ、まとまるかどうかだ」

 エドガーが静かに言う。


 全員、言っていることは間違っていない。

 そして全員、見ている場所が少しずつ違う。


 その会話を聞きながら、俺はなんとなく苦笑した。


「たぶん、クラス会議はすぐにはまとまらないな」


「でしょうね」

 セレナが即答する。

「Sクラスだもの。全員、自分の理屈くらい持ってるわ」


 それは確かにそうだった。


 ◇


 その日の放課後。


 授業が終わると、ローヴェン先生は予定通りすぐには出ていかず、教卓の前に立ったまま言った。


「文化祭の出し物について、このあとクラスで話し合え。最終決定まで今日中にやる必要はないが、少なくとも大まかな方向性は定めろ」


 言うだけ言って、先生は教室の後ろへ下がった。

 完全に任せるつもりらしい。


 最初に立ち上がったのは、魔法実演を推す生徒だった。


「Sクラスなんだから、まず実力を見せる形がいいと思う。魔法の実演なら学院らしさもあるし、見栄えもする」


 それに対して、すぐ別の意見が飛ぶ。


「でも実演だけだと一回見たら終わりじゃない? 人の流れも止まりにくい」

「展示系の方が落ち着いて見てもらえるだろ」

「いや、展示は他のクラスでもやる」

「だったら体験型は?」

「事故が起きたらどうする」


 あっという間に教室が騒がしくなった。


 意見そのものはどれも筋が通っている。

 だからこそ、簡単には引っ込まない。


「茶会みたいな形なら品も保てると思う」

「それなら飲食をやる意味が弱い」

「演劇でもいいんじゃないか?」

「準備に時間を取られすぎる」


 机の間を見回しながら、俺は少しだけ前世の会議を思い出した。


 全員が真面目に考えている。

 だから逆に、まとまりにくい。


 少しずつ空気が停滞し始めた頃、俺は立ち上がった。


「一回、全部書き出さないか」


 数人がこっちを見る。


「このままだと、何が出ていて、何が重なってるのかも見えにくい。似た案をまとめた方が決めやすいと思う」


 異論は出なかった。


 俺はそのまま黒板の前へ出て、チョークを手に取る。


「今出てるのは……」


 黒板に順に書いていく。


 魔法実演。

 作品展示。

 体験型。

 演劇。

 茶会。

 飲食。

 模擬店。

 工房実演。


 そのままだと散らかるので、少し考えてから大きく括った。


【展示系】

【実演系】

【体験系】

【飲食系】


「たとえば、茶会は飲食系。工房実演は実演系。資料展示や作品展示は展示系。ゲームや参加型のやつは体験系」


 黒板へ振り返ると、さっきまでより教室の空気が少し静かになっていた。


 見える形になるだけで、頭は整理しやすい。


「まず大枠だけ決めないか」

 俺は言った。

「いきなり細かい内容まで決めようとするからまとまらない。まず軸を投票で決めて、その後で中身を詰める方が早いと思う」


「投票?」

 前の方の席から声が上がる。


「うん。いきなり最終決定じゃなくて、まず展示系、実演系、体験系、飲食系のどれを軸にするか決める。その方が全員も納得しやすいと思う」


 少し間があって、ヴィクトルが口元を上げた。


「それ、いいな。今のままだと夜まで決まらない」


「理屈は通ってるわね」

 セレナも腕を組んだまま頷く。

「少なくとも、今よりは前へ進みそうだわ」


「大枠を先に決めるのは妥当だ」

 ガイルも短く言う。


「皆さまも、選びやすくなると思います」

 ナディアが続ける。


 エドガーは黒板を一度見てから、いつもの調子で一言だけ言った。


「それでいこう」


 そこでようやく、クラス全体の流れが決まった。


 ◇


 投票自体はすぐだった。


 それぞれが候補を一つ選び、黒板へ印をつけていく。


 展示系。

 実演系。

 体験系。

 飲食系。


 結果はわりとはっきり出た。


 一番多かったのは、飲食系。


 次いで体験系と実演系が競り、展示系は少し少なめだった。


「やっぱり飲食か」

 ヴィクトルが満足そうに言う。


「でも、ただの食べ物屋ではつまらないわ」

 セレナがすぐに釘を刺した。

「Sクラスでやるなら、それなりに品も工夫も必要よ」


「そこは賛成です」

 ナディアも頷く。

「来てくださる方に、きちんと心地よく過ごしていただける形がよいと思います」


「回せることが前提だな」

 ガイルが言う。

「人が集まりすぎて崩れる店は最悪だ」


「つまり、飲食を軸にするのは決まり」

 ヴィクトルが黒板を見ながら言った。

「問題は何を出すかだな」


 その言葉で、また教室の空気が少し動く。


 焼き菓子。

 軽食。

 飲み物。

 甘味。

 茶会風の喫茶。


 今度は大枠が絞られている分、議論の熱も前より建設的だった。


 ただ、今日はそこまでにしておいた方がいい気もした。


 方向性だけは決まった。

 それで十分前進だ。


「今日はここまででよくないか?」

 俺は黒板を見ながら言った。

「飲食を軸にするところまでは決まった。次は、何を売るかをちゃんと考えた方がいい」


「たしかに」

 ガイルが頷く。

「無理に今日全部決めるより、その方がいい」


 セレナも息を吐いた。


「中途半端に決めて雑になるよりはましね」


「じゃあ次は商品会議だな」

 ヴィクトルが笑う。


 ローヴェン先生は後ろからその様子を見ていたが、特に口は出さなかった。

 最後だけ短く、


「では、今日はそこまでにしておけ」


 と告げた。


 クラスの空気は、放課後の疲れより少しだけ前向きだった。


 ◇


 皆が帰り支度を始める中、俺は少しだけ黒板の前に残った。


 飲食系。


 そこに書かれた文字を見ながら、頭の中ではもう別のものが動いていた。


 ローヴェルの乳製品。

 バター。

 焼き菓子。

 温かい飲み物。

 数量限定の冷たい乳菓子。


 ただ食べ物を出すだけじゃない。

 このメンバーだからできる見せ方と、空気の作り方があるはずだ。


「もう何か考えてる顔ね」


 気づくと、すぐ横にセレナが立っていた。


「少しだけ」


「飲食に決まった瞬間からでしょう」


「否定はしない」


 セレナが小さく笑う。


「まあ、いいわ。どうせ君のことだから、また何か面白いことを考えてるんでしょう」


 その少し後ろでは、ヴィクトルがこちらを見ていた。


「売れる案なら歓迎だぞ」


「回せる案ならな」

 ガイルが続ける。


「皆さまで考えるのが楽しみです」

 ナディアも柔らかく言った。


 

「そうだな」


 窓の外では、秋の夕方の光が校舎の壁をやわらかく染めていた。


 文化祭までは、まだ少し時間がある。

 だが、出し物の方向は決まった。


 次は、何を出すか。


 頭の中では、いくつもの案が静かに形を取り始めていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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