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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第124話 それぞれの行軍

 行軍訓練を終えた翌朝、教室の空気はいつもと少し違っていた。


 疲れが残っている者は多い。

 特に足だ。席に座る時の動きが皆わずかに重い。


 それでも、沈んだ空気ではない。


「うちの班、夜の見張りで全然寝られなかった」

「いや、むしろ後半の下りの方がきつかっただろ」

「お前の班、どこで遅れたんだよ」


 そんな声が、あちこちで飛び交っている。


 行軍訓練そのものはもう終わった。

 だが、まだ皆の中では続いている感じがあった。


 俺が席へ着くと、すでにいつもの顔ぶれが揃っていた。


 セレナは朝からきっちりした顔で座っているし、ナディアは静かに周囲の会話を聞いている。ヴィクトルは露骨にだるそうに椅子へもたれ、ガイルはいつも通り無駄口なく前を向いていた。エドガーも変わらない顔で席についている。


「疲れ、残ってる?」

 セレナが開口一番に聞いた。


「少しだけ」

 俺が答えると、ヴィクトルがすぐに割って入る。


「少しで済むのかよ。俺は普通に重いぞ」


「君は口も動かしすぎたんじゃない?」

 セレナが冷ややかに返した。


「それは否定しない」


 そんなやり取りをしているうちに、担任ローヴェンが教室へ入ってきた。


 ざわついていた空気が少しだけ静まる。


 ローヴェンは教卓の前に立ち、俺たちを見回した。


「昨日までの行軍訓練、ご苦労だった」


 その一言だけで、教室のあちこちに妙な達成感が広がる。


「結果を伝える。今回の参加は二十五班。うち完走は二十一班だ」


 小さくどよめきが起きた。


 二十五班中二十一班。

 やはり、見た目ほど甘い訓練ではなかったということだ。


「未完走の班も、途中で判断を誤ったから終わりというわけではない。撤退判断も訓練の一部だ。そこは忘れるな」


 担任は淡々と続ける。


「上位班の結果も伝える。到着順だけでなく、班運営、安全管理、確認地点での判断も見ている。順位だけで全ては決めていない」


 そう前置きしたうえで、名前が読み上げられた。


「一位、エドガー班」


 教室の空気が少し動いた。


 まあ、そうか、という反応が多い。

 エドガー本人はまったく表情を変えない。


「二位、ガイル班」


 これにも納得の空気がある。


「四位、セレナ班」


 セレナが小さく息を吐いた。

 悔しいのか、納得しているのか、その両方か。


「六位、リオン班」


 そこで俺は小さく瞬いた。


 六位。


 もっと下でもおかしくないと思っていた。

 ただ、順位そのものより、四人で着いたことの方が先に頭へ浮かぶ。


「九位、ナディア班」


 ナディアが少しだけ目を丸くしたが、すぐにいつもの柔らかい顔へ戻る。


「十一位、ヴィクトル班」


 教室の後ろから、少し笑いが漏れた。


「笑うなよ」

 ヴィクトルがすぐにぼやく。

「完走してんだからいいだろ」


 担任はそこで紙を置いた。


「Sクラスの上位者を分散させたが、結果としてはどの班も大きく崩れなかった。そこは評価する」


 そして一拍置く。


「繰り返すが、この訓練は一人で速く着くためのものではない。班を着かせるための訓練だ。そこを履き違えるな」


 それだけ言って、担任はいつもの授業準備へ入った。


 だが、結果を聞いた教室の空気は、しばらく静まりそうになかった。


 ◇


 最初の授業前の短い時間だけで、俺たちは自然と机を寄せ合う形になっていた。


「一位、おめでとうございます」

 ナディアが静かに言うと、エドガーは短く答える。


「たまたまだ」


「たまたまで一位を取るやつがあるか」

 ヴィクトルが即座に返す。

「お前、そういうところだぞ」


 エドガーは軽く肩をすくめた。


「班が崩れなかっただけだ」


 いかにもエドガーらしい答えだった。


「二位はすごいわね、ガイル」

 セレナが言う。


「運もある」

 ガイルは短く答える。

「ただ、無理をさせなかったのは大きかった。足の速いやつに合わせて押すと、途中で誰かが必ず潰れる」


「……それ、すごくわかる」

 ナディアが小さく頷いた。

「私の班も、最初に急がせすぎた時は空気が固くなりました」


 そこでヴィクトルが苦笑する。


「うちは逆だな。最初から意見が多すぎて進まなかった。足より口が疲れた」


「想像できるわ」

 セレナが即答した。


「おい」


「でも十一位なら十分じゃない?」

 俺が言うと、ヴィクトルは鼻を鳴らした。


「そりゃ完走はしたよ。でも、まとめるって面倒なんだな。自分ができるのと、班全体を動かすのって全然別だわ」


「ローヴェン先生も言っていたでしょう」

 セレナが言う。

「一人でできることと、班を着かせることは別だって」


「それを実感したって話だよ」


 ナディアは少し考えるようにしてから言った。


「私は九位でしたけれど、順位より、言葉一つで班の空気が変わるのだとよくわかりました。急がせるより、安心させた方が進む場面もあるのですね」


「ナディアさんらしいです」

 俺が言うと、ナディアは少しだけ微笑んだ。


「リオンさんは六位でしたね」


「そうだな」


「その顔だと、順位にあまり興味がなさそうね」

 セレナがじっと見てくる。


 さすがによく見ている。


「順位も大事だけど」

 俺は少しだけ考えてから答えた。

「四人で着けたのが一番大きかった」


 それを聞いて、ヴィクトルがふっと笑う。


「なんか、それっぽい答えだな」


「実際そうだったし」


「六位でその顔なら」

 エドガーが静かに言った。

「班の中身は、簡単じゃなかったんだろう」


 一瞬だけ、カイルの顔が頭をよぎる。


 森の中で見た背中。

 不器用な謝罪。

 短い感謝。


 でも、そのことは言葉にしなかった。


「まあ、いろいろあったよ」

 それだけ返すと、エドガーもそれ以上は聞かなかった。


 セレナが腕を組む。


「私は四位、というのが少し悔しいわ」


「もっと上へ行けた感じ?」

 ヴィクトルが聞く。


「ええ。判断そのものは悪くなかったと思うの。だけど、班員の一人が途中で意固地になって、それをほぐすのに少し時間を使った」


「それで四位なら十分じゃないですか?」

 ナディアが言う。


「そうかもしれないけれど、負けた感じがするのは事実よ」


 そこがセレナらしい。


 ガイルは短く言った。


「上位の班ほど、たぶん大差はない」


「だろうな」

 ヴィクトルが頷く。

「うちも、もう少し噛み合ってれば上がれた気はする」


「それを皆思っている時点で、だいたい妥当なんだろう」

 ガイルが返す。


 少しだけ笑いが起きる。


 こうして話していると、同じ森を歩いたはずなのに、皆が持ち帰ってきたものは少しずつ違うのだとわかる。


 エドガーは班全体の崩れなさを見ていた。

 ガイルは無理をさせないことの重要さを見ていた。

 セレナは感情の扱いの難しさを見ていた。

 ナディアは言葉の置き方を見ていた。

 ヴィクトルは調整の面倒さを見ていた。


 そして俺は――。


 綻びの目で見えたものと、その扱い方を考えていた。


 同じ訓練でも、持ち帰るものは違う。


 だからこそ意味があるのかもしれない。


 ◇


 午前の授業が終わり、昼休みを挟み、放課後が近づいた頃には、行軍訓練の熱も少しずつ落ち着いてきていた。


 それでも、教室のどこかに前とは違う空気が残っている。


 皆、自分の班の中で何かしら見たのだろう。

 昨日までと同じ顔をしていても、少しだけ視野が広がっている感じがあった。


 窓の外へ目を向けると、秋の光が校舎の壁をやわらかく照らしている。


 行軍は終わった。

 だが、そこで得たものは、たぶんこれからの学院生活にも残っていく。



 ◇・・・夕方、王都の一角にあるグレイヴ侯爵邸・・・



 グレイヴ侯爵邸の応接室には、重い空気が残っていた。


 ガレス・グレイヴは、苛立ちを隠そうともせず椅子に座っている。

 正面には父、グレイヴ侯爵。


「……で」

 侯爵が静かに言った。

「結局、何も起こせなかったのか」


 ガレスの顔が歪む。


「フェルドのやつが使えなかったんだよ」


「使えなかった、で済ませるな」


 声は大きくない。

 だが、それだけに冷たかった。


「少し空気を悪くして、少し遅らせる。その程度のことも満足にできんのか」


「最初はやってたらしい!」

 ガレスが苛立ったまま言い返す。

「でも最後は、あいつ、リオン側についたみたいで……」


 そこで言葉が詰まる。


 侯爵は目を細めた。


「側についた?」


「謝ったらしい」

 ガレスは唇を噛む。

「それだけじゃない。感謝までしたとか……あいつ、頭がおかしい」


 数秒、沈黙が落ちた。


 やがて侯爵は、深く息を吐いた。


「……フェルドの息子は見込み違いだったか」


 その声音には、怒りというより、冷たい失望が混じっていた。


 ガレスは椅子の肘掛けを握る。


「父上、あのリオンってやつ、本当に腹が立つんだ。どこへ行っても、あいつだけうまくやりやがる」


「うまくやっているのではない」

 侯爵は低く言った。

「他人にそう見せるのがうまいだけだ」


 その言い方には、自分に言い聞かせるような響きもあった。


「学院の中でまで目立ち始めたのは面白くない。しかも、王の視察に同行して戻ってきて、今度は行軍訓練でも結果を出した」


 侯爵の指先が、机を軽く叩く。


「子爵家の嫡男にしては、目立ちすぎている」


 ガレスの目に、少しだけ暗い色が差した。


「じゃあ、次は?」


 侯爵はすぐには答えなかった。


 だが、ゆっくりと口元を歪める。


「焦るな。学院の中には学院の流れがある」


 その目は冷たかった。


「一度失敗したからといって、終わりではない」


 ガレスはその言葉に、ようやく少しだけ機嫌を戻したようだった。


 窓の外では、王都の夕暮れが静かに広がっている。


 学院では訓練が終わり、それぞれが持ち帰ったものを胸に次へ進もうとしている。

 だが、その一方で、グレイヴ親子の不快と執着もまた、静かに残り続けていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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