第111話 語らぬ手札
その日の剣技の授業は、いつもと少し違っていた。
訓練場へ集まった俺たちSクラスを前に、剣技担当の教師が短く告げる。
「今日はローヴェン先生が不在のため、Bクラスと合同で行う」
ざわ、と小さく空気が揺れた。
隣のヴィクトルが露骨に嫌そうな顔をする。
「Bクラスか面倒な予感しかしないな」
「確かにな」
ガイルが短く言う。
「Bクラスは1年でもやや面倒くさいことになっているらしいからな」
そんなやり取りをしているうちに、反対側の訓練場からBクラスの生徒たちが入ってきた。
人数が増えた分、空気が少し荒くなる。
その先頭に立っていたのは、ひときわ身体の大きな男子だった。
肩幅が広い。腕も太い。年齢のわりに体格が出来上がっていて、いかにも力で押すのが好きそうな顔をしている。
そして何より、周囲の連中がそいつを中心にまとまっていた。
ガキ大将、という言葉が一番しっくりくる。
そいつは訓練場へ入るなり、こちらを見回して、鼻で笑った。
「へえ。今日はSクラスと一緒か」
声も無駄にでかい。
「王立学院の秀才様ってやつらを、ちょっとは拝ませてもらえるわけだ」
教師がすぐに口を開く。
「合同授業だ。余計なことは言わなくていい」
「別に余計じゃありませんよ、先生」
そいつは肩をすくめたが、態度に遠慮はなかった。
視線がこちらへ流れてくる。
そして、俺のところで止まった。
「お前がリオン・ハルか」
やっぱり来たか、と思う。
「そうだけど」
「子爵家の長男のくせに、ずいぶん目立ってるらしいな」
その言い方で、だいたい察しはついた。
――グレイヴ侯爵家の息子か。
なるほど。
それなら、この刺々しさも説明がつく。
「ガレス」
教師が低く呼ぶ。
「授業を始めるぞ」
ガレス・グレイヴは、なおも俺を見たまま口を歪めた。
「Sクラスだからって調子に乗るなよ」
ヴィクトルが小さく息を吐く。
「うわ、出たよ」
俺は返事をしなかった。
今ここで言い返したところで、授業が始まる前に面倒が増えるだけだ。
◇
合同授業は、基本の打ち込みから始まった。
いつもより人数が多い分、訓練場は少し窮屈だ。
組を組んで木剣を打ち合い、足運びを確認し、途中で相手を入れ替える。
最初のうちはそれで済んでいた。
だが、ガレスは最初から執拗だった。
組が変わるたび、自然を装って俺の近くへ来る。
木剣を打ち込む角度も、力も、明らかに“授業の範囲”から少しはみ出している。
強いのは強い。
体格に任せて振るう一撃は、受ければ腕が痺れる。
でも、粗い。
踏み込みも大きすぎるし、力の乗せ方が単調だ。
剣の重さをそのまま叩きつけているだけで、次がない。
俺が一歩外して流すたびに、ガレスの顔が少しずつ険しくなっていく。
「ちょこまか逃げるな」
「剣って、当たらなきゃ意味ないだろ」
「……言うじゃねえか」
教師がすぐに割って入った。
「ガレス。力みすぎだ。リオンも煽るな」
「煽ってませんよ」
「そう見えた」
それだけ言って、教師は次の組み合わせを指示した。
だが、ガレスは引かなかった。
基礎の打ち込みが終わり、次の模擬戦形式に移る直前、そいつは教師の前に出る。
「先生」
「何だ」
「模擬戦を申し込みます」
教師の眉が寄る。
「相手は?」
ガレスは迷いなく俺を指した。
「リオン・ハルです」
訓練場の空気が、ぴんと張った。
「やめておけ」
教師は即座に言う。
「合同授業で無駄に熱くなるな」
「無駄じゃありません」
ガレスは一歩も引かない。
「Sクラスの秀才様が、どれだけのもんか見せてもらいたいだけです」
教師はしばらく黙っていた。
たぶん、面倒だと思っている。
俺もそう思っていた。
だがガレスは、このまま止めても別の形で絡んでくるだろう。
それなら、ここで終わらせた方が早い。
「先生」
俺が口を開く。
「条件つきなら、受けます」
教師がこちらを見る。
「……本気か?」
「はい」
数秒の沈黙のあと、教師は深く息を吐いた。
「いいだろう。木剣、寸止め、節度を守れ。ふざけた真似をしたら即座に止める」
訓練場の中央に、自然と人の輪ができる。
セレナは少し離れたところで黙って見ていたし、ナディアも静かに表情を引き締めていた。
ヴィクトルは最初から嫌そうな顔のままだ。
ガイルは腕を組み、何も言わず立っている。
俺とガレスが向かい合う。
木剣を構えた瞬間、ガレスは口の端を上げた。
「後悔するなよ」
「そっちこそ」
「俺は上級剣士のスキルを授かってるんだ!」
その言葉が訓練場に響いた瞬間、空気が止まった。
ヴィクトルが顔をしかめる。
セレナはわずかに眉を寄せ、ナディアは驚いたように目を瞬いた。
教師でさえ、露骨に嫌そうな顔を隠さなかった。
――自分から言うのか。
そこまで非常識だとは思わなかった。
「ボコボコにしてやる」
ガレスは勝ち誇ったように木剣を振り上げ、そのまま突っ込んできた。
速い。
でも、やっぱり粗い。
真正面から力任せに振り下ろす一撃を、俺は半歩ずれて流す。
空振りした木剣が風を切った。
「なっ」
二撃目。
横薙ぎ。これも受けずに角度を外す。
三撃目。
踏み込みがさらに大きくなり、重心が前へ流れる。
当たらない。
ガレスの顔に、目に見えて苛立ちが浮かぶ。
「さてはお前も剣のスキルを授かってるのか!」
「……お前に、三つ教えてやるよ」
俺は木剣を軽く構え直した。
「なに!?」
「まず一つ目」
ガレスが振り下ろしてきた木剣を外へ受け流し、そのまま空いた胴へ軽く打ち込む。
乾いた音が響いた。
「自分のスキルは、無闇に言うべきじゃない」
「ぐっ……!」
「相手に対策されるからな」
ガレスは歯を食いしばり、すぐに踏み込んできた。
今度はさっきより乱暴だ。
大振り。
無駄に力んだ一撃を、俺は木剣の角で弾く。
「二つ目」
次の瞬間、俺はそのまま軽く小手を打った。
ガレスの手が跳ね、木剣が床へ落ちる。
「他人にスキルは聞かない方がいい」
俺は一歩踏み込み、間合いを詰めた。
「特に貴族社会では、後継問題や政治利用に繋がる。だから軽々しく口にしないし、詮索もしない」
剣を落とされたガレスの顔が真っ赤になる。
「このっ……!」
木剣を拾うより先に、怒りに任せて掴みかかってきた。
完全に頭に血が上っている。
俺は半歩引いて、その勢いを外し、首元へ木剣をぴたりと当てた。
「三つ目」
ガレスの動きが止まる。
「仮にお前が剣のスキル持ちだったとして――」
そのまま、低く言う。
「それを自分から吹聴した上で、別のスキルの相手に負けたら、救いようがないほど恥ずかしい」
数拍遅れて、教師の声が飛んだ。
「そこまで! 勝負あり!」
訓練場の空気が、一気にほどける。
ガレスは首元に木剣を当てられたまま、顔を引きつらせていた。
悔しさと屈辱で何か言いたそうだったが、結局言葉にならないらしい。
俺は木剣を下ろし、一歩下がった。
教師が前に出る。
「ガレス、終わりだ。頭を冷やせ」
「……っ」
「反論は後で聞く。今は引け」
ガレスはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて落ちた木剣を乱暴に拾い、何も言わず輪の外へ下がった。
その背中を見送りながら、ヴィクトルが心底呆れた声を出す。
「……あいつ、馬鹿なのか?」
半分は訓練場全体に聞こえるくらいの声だった。
「自分のスキルなんて、普通は家の人間か、どうしても必要な相手にしか言わないだろ。わざわざ自分から晒すとか、対策してくださいって言ってるようなもんだぞ」
その言葉に、周囲の何人かが小さく頷く。
教師もそこで、はっきりと言った。
「その通りだ」
訓練場が静まる。
「覚えておけ。スキルは授かるものだが、公の場で軽々しく言いふらすものではない。手札にもなるし、弱みにもなる」
教師の目が、SクラスにもBクラスにも等しく向けられる。
「聞かれても濁すのが礼儀。必要な場面でだけ明かす。そういうものだ」
ナディアが静かに続けた。
「私の国でも同じですよ」
皆の視線がそちらへ向く。
「本人が自分から話さない限り、他人のスキルはあまり聞ききません。才能として見られることもあるけれど、ご指摘の通り弱みとして利用されることもありますから」
その言葉は穏やかだったが、重みがあった。
たしかにそうだ。
スキルは、授かっただけで人生が決まるわけじゃない。
でも、見られ方は変わる。
だからこそ、無闇に明かさない。
それが、この国でも、ナディアの国でも、半ば常識になっている。
教師は周囲を見回し、最後に短く言った。
「よし、授業に戻る。次は無駄に熱くなるな」
張っていた空気が、ようやく普段の授業へ戻っていく。
だが、さっきまでのやり取りの余韻は、しばらく訓練場に残っていた。
ガレス・グレイヴは輪の外で唇を噛みしめている。
あの顔を見る限り、これで終わったとは思わない方がいいだろう。
木剣を軽く握り直しながら、俺は息を整えた。
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