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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第111話 語らぬ手札

 その日の剣技の授業は、いつもと少し違っていた。


 訓練場へ集まった俺たちSクラスを前に、剣技担当の教師が短く告げる。


「今日はローヴェン先生が不在のため、Bクラスと合同で行う」


 ざわ、と小さく空気が揺れた。


 隣のヴィクトルが露骨に嫌そうな顔をする。


「Bクラスか面倒な予感しかしないな」


「確かにな」


 ガイルが短く言う。


「Bクラスは1年でもやや面倒くさいことになっているらしいからな」


 そんなやり取りをしているうちに、反対側の訓練場からBクラスの生徒たちが入ってきた。


 人数が増えた分、空気が少し荒くなる。

 その先頭に立っていたのは、ひときわ身体の大きな男子だった。


 肩幅が広い。腕も太い。年齢のわりに体格が出来上がっていて、いかにも力で押すのが好きそうな顔をしている。

 そして何より、周囲の連中がそいつを中心にまとまっていた。


 ガキ大将、という言葉が一番しっくりくる。


 そいつは訓練場へ入るなり、こちらを見回して、鼻で笑った。


「へえ。今日はSクラスと一緒か」


 声も無駄にでかい。


「王立学院の秀才様ってやつらを、ちょっとは拝ませてもらえるわけだ」


 教師がすぐに口を開く。


「合同授業だ。余計なことは言わなくていい」


「別に余計じゃありませんよ、先生」


 そいつは肩をすくめたが、態度に遠慮はなかった。


 視線がこちらへ流れてくる。

 そして、俺のところで止まった。


「お前がリオン・ハルか」


 やっぱり来たか、と思う。


「そうだけど」


「子爵家の長男のくせに、ずいぶん目立ってるらしいな」


 その言い方で、だいたい察しはついた。


 ――グレイヴ侯爵家の息子か。


 なるほど。

 それなら、この刺々しさも説明がつく。


「ガレス」


 教師が低く呼ぶ。


「授業を始めるぞ」


 ガレス・グレイヴは、なおも俺を見たまま口を歪めた。


「Sクラスだからって調子に乗るなよ」


 ヴィクトルが小さく息を吐く。


「うわ、出たよ」


 俺は返事をしなかった。

 今ここで言い返したところで、授業が始まる前に面倒が増えるだけだ。


 ◇


 合同授業は、基本の打ち込みから始まった。


 いつもより人数が多い分、訓練場は少し窮屈だ。

 組を組んで木剣を打ち合い、足運びを確認し、途中で相手を入れ替える。


 最初のうちはそれで済んでいた。


 だが、ガレスは最初から執拗だった。


 組が変わるたび、自然を装って俺の近くへ来る。

 木剣を打ち込む角度も、力も、明らかに“授業の範囲”から少しはみ出している。


 強いのは強い。

 体格に任せて振るう一撃は、受ければ腕が痺れる。


 でも、粗い。


 踏み込みも大きすぎるし、力の乗せ方が単調だ。

 剣の重さをそのまま叩きつけているだけで、次がない。


 俺が一歩外して流すたびに、ガレスの顔が少しずつ険しくなっていく。


「ちょこまか逃げるな」


「剣って、当たらなきゃ意味ないだろ」


「……言うじゃねえか」


 教師がすぐに割って入った。


「ガレス。力みすぎだ。リオンも煽るな」


「煽ってませんよ」


「そう見えた」


 それだけ言って、教師は次の組み合わせを指示した。


 だが、ガレスは引かなかった。


 基礎の打ち込みが終わり、次の模擬戦形式に移る直前、そいつは教師の前に出る。


「先生」


「何だ」


「模擬戦を申し込みます」


 教師の眉が寄る。


「相手は?」


 ガレスは迷いなく俺を指した。


「リオン・ハルです」


 訓練場の空気が、ぴんと張った。


「やめておけ」


 教師は即座に言う。


「合同授業で無駄に熱くなるな」


「無駄じゃありません」


 ガレスは一歩も引かない。


「Sクラスの秀才様が、どれだけのもんか見せてもらいたいだけです」


 教師はしばらく黙っていた。

 たぶん、面倒だと思っている。


 俺もそう思っていた。


 だがガレスは、このまま止めても別の形で絡んでくるだろう。

 それなら、ここで終わらせた方が早い。


「先生」


 俺が口を開く。


「条件つきなら、受けます」


 教師がこちらを見る。


「……本気か?」


「はい」


 数秒の沈黙のあと、教師は深く息を吐いた。


「いいだろう。木剣、寸止め、節度を守れ。ふざけた真似をしたら即座に止める」


 訓練場の中央に、自然と人の輪ができる。


 セレナは少し離れたところで黙って見ていたし、ナディアも静かに表情を引き締めていた。

 ヴィクトルは最初から嫌そうな顔のままだ。

 ガイルは腕を組み、何も言わず立っている。


 俺とガレスが向かい合う。


 木剣を構えた瞬間、ガレスは口の端を上げた。


「後悔するなよ」


「そっちこそ」


「俺は上級剣士のスキルを授かってるんだ!」


 その言葉が訓練場に響いた瞬間、空気が止まった。


 ヴィクトルが顔をしかめる。

 セレナはわずかに眉を寄せ、ナディアは驚いたように目を瞬いた。

 教師でさえ、露骨に嫌そうな顔を隠さなかった。


 ――自分から言うのか。


 そこまで非常識だとは思わなかった。


「ボコボコにしてやる」


 ガレスは勝ち誇ったように木剣を振り上げ、そのまま突っ込んできた。


 速い。

 でも、やっぱり粗い。


 真正面から力任せに振り下ろす一撃を、俺は半歩ずれて流す。

 空振りした木剣が風を切った。


「なっ」


 二撃目。

 横薙ぎ。これも受けずに角度を外す。


 三撃目。

 踏み込みがさらに大きくなり、重心が前へ流れる。


 当たらない。


 ガレスの顔に、目に見えて苛立ちが浮かぶ。


「さてはお前も剣のスキルを授かってるのか!」


「……お前に、三つ教えてやるよ」


 俺は木剣を軽く構え直した。


「なに!?」


「まず一つ目」


 ガレスが振り下ろしてきた木剣を外へ受け流し、そのまま空いた胴へ軽く打ち込む。


 乾いた音が響いた。


「自分のスキルは、無闇に言うべきじゃない」


「ぐっ……!」


「相手に対策されるからな」


 ガレスは歯を食いしばり、すぐに踏み込んできた。

 今度はさっきより乱暴だ。


 大振り。

 無駄に力んだ一撃を、俺は木剣の角で弾く。


「二つ目」


 次の瞬間、俺はそのまま軽く小手を打った。


 ガレスの手が跳ね、木剣が床へ落ちる。


「他人にスキルは聞かない方がいい」


 俺は一歩踏み込み、間合いを詰めた。


「特に貴族社会では、後継問題や政治利用に繋がる。だから軽々しく口にしないし、詮索もしない」


 剣を落とされたガレスの顔が真っ赤になる。


「このっ……!」


 木剣を拾うより先に、怒りに任せて掴みかかってきた。


 完全に頭に血が上っている。


 俺は半歩引いて、その勢いを外し、首元へ木剣をぴたりと当てた。


「三つ目」


 ガレスの動きが止まる。


「仮にお前が剣のスキル持ちだったとして――」


 そのまま、低く言う。


「それを自分から吹聴した上で、別のスキルの相手に負けたら、救いようがないほど恥ずかしい」


 数拍遅れて、教師の声が飛んだ。


「そこまで! 勝負あり!」


 訓練場の空気が、一気にほどける。


 ガレスは首元に木剣を当てられたまま、顔を引きつらせていた。

 悔しさと屈辱で何か言いたそうだったが、結局言葉にならないらしい。


 俺は木剣を下ろし、一歩下がった。


 教師が前に出る。


「ガレス、終わりだ。頭を冷やせ」


「……っ」


「反論は後で聞く。今は引け」


 ガレスはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて落ちた木剣を乱暴に拾い、何も言わず輪の外へ下がった。


 その背中を見送りながら、ヴィクトルが心底呆れた声を出す。


「……あいつ、馬鹿なのか?」


 半分は訓練場全体に聞こえるくらいの声だった。


「自分のスキルなんて、普通は家の人間か、どうしても必要な相手にしか言わないだろ。わざわざ自分から晒すとか、対策してくださいって言ってるようなもんだぞ」


 その言葉に、周囲の何人かが小さく頷く。


 教師もそこで、はっきりと言った。


「その通りだ」


 訓練場が静まる。


「覚えておけ。スキルは授かるものだが、公の場で軽々しく言いふらすものではない。手札にもなるし、弱みにもなる」


 教師の目が、SクラスにもBクラスにも等しく向けられる。


「聞かれても濁すのが礼儀。必要な場面でだけ明かす。そういうものだ」


 ナディアが静かに続けた。


「私の国でも同じですよ」


 皆の視線がそちらへ向く。


「本人が自分から話さない限り、他人のスキルはあまり聞ききません。才能として見られることもあるけれど、ご指摘の通り弱みとして利用されることもありますから」


 その言葉は穏やかだったが、重みがあった。


 たしかにそうだ。


 スキルは、授かっただけで人生が決まるわけじゃない。

 でも、見られ方は変わる。

 だからこそ、無闇に明かさない。


 それが、この国でも、ナディアの国でも、半ば常識になっている。


 教師は周囲を見回し、最後に短く言った。


「よし、授業に戻る。次は無駄に熱くなるな」


 張っていた空気が、ようやく普段の授業へ戻っていく。


 だが、さっきまでのやり取りの余韻は、しばらく訓練場に残っていた。


 ガレス・グレイヴは輪の外で唇を噛みしめている。

 あの顔を見る限り、これで終わったとは思わない方がいいだろう。


 木剣を軽く握り直しながら、俺は息を整えた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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