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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第109話 同行者の名

 放課後、寮へ帰る準備をしている中、再び学院職員に呼び止められた。


「リオン・ハル。学院長がお呼びだ」


 前回と同じ職員、同じ無駄のない口調。

 二度目ともなると、さすがに教室でざわつかれることも減る。いや、減るというより、周囲が「また何かあるのか」と思うだけで、変に騒がないようになっていた。


 俺は短く返事をして、そのまま学院長室へ向かった。


 廊下を歩きながら、何となく予想はしていた。

 来月の王の視察について、そろそろ詳しい話が来る頃だろう、と。


 学院長室の前で一度立ち止まり、扉を叩く。


「入りなさい」


 中へ入ると、学院長は机の向こうで書類を見ていた。

 俺が一礼すると、顔を上げる。


「度々すまないな。座ってくれ」


「はい」


 腰を下ろすと、学院長は手元の紙を一枚脇へどけた。


「前回話した、来月の視察の件だ」


 やはりそうか。


「詳細が固まった」


 学院長はいつも通り、回りくどい前置きなしで本題へ入る。


「視察先は、王都東方のローヴェル伯爵領だ。馬車で二日ほど。王国東部の中堅伯爵領で、立地も規模も悪くない」


 ローヴェル伯爵領。


 初めて聞く名ではない。

 たしか、王都から東へ抜ける街道の途中にある領だ。人と荷が通るには十分な位置にある。


「東隣には、ベイルン家の領がある」


 学院長がそう付け加えた瞬間、ガイルの顔が頭をよぎった。


「表向き、ローヴェル伯爵領に大きな問題はない」


 学院長は指先で机を軽く叩く。


「治安が崩壊しているわけでもない。飢えに苦しんでいるわけでもない。反乱の兆しがあるわけでもない」


「ですが、王が視察に行く」


「そうだ」


 学院長は頷いた。


「立地に見合うほど町が育っておらず、税収も伸び悩んでいる。商いも人の流れもあるのに、それが領の力に結びつききっていない。そうした“見えにくい綻び”がある」


 見えにくい綻び。


 その言い方は、妙にわかりやすかった。


 壊れているわけじゃない。

 だが、うまく回ってもいない。

 そういう場所が一番厄介だ。


「王は、それを自分の目で確かめるつもりだ」


 学院長はそこで、別の紙を取った。


「今回の視察には、王と王家側の随員、文官、記録官、それにいくつかの貴族家も同行する」


 そこまで聞いた時点で、これはもう単なる“現地確認”ではないのだとわかる。

 顔触れそのものが、ある種の政治だ。


「具体的な名を伝えておく」


 学院長は淡々と読み上げた。


「ルフェン子爵。財務と徴税面での意見役だ。オルド男爵。街道整備と土木に通じている。――そして、グレイヴ侯爵」


 その名が出た瞬間、ほんのわずかに指先が止まった。


 自分でも気づくくらい、一瞬だけ反応が遅れた。


 学院長はそれを見逃さなかった。


「……どうした」


「いえ」


 俺はすぐに顔を上げる。


「何かあるのか」


 静かな問いだった。

 だが、学院長の目はしっかりこちらを見ている。


 ほんの一瞬だけ迷ってから、俺は首を振った。


「いえ、たいしたことはないですよ」


 それは半分本当で、半分嘘だ。


 たいしたことがないわけじゃない。

 ただ、ここでわざわざ長く説明するほどのことでもない。


 石切り場での青輝石不法採取。

 ベルク商会。

 その裏にいたグレイヴ侯爵家。


 あの時、俺が止めなければ、グレイヴ侯爵領はもっと利益を得ていた可能性がある。

 しかも今や青輝石は、卓上灯、携帯灯、さらには街灯の中核資源になっている。


 グレイヴ侯爵家からすれば、俺は目障りな存在になっていてもおかしくない。


「そうか」


 学院長はそれ以上は追及しなかった。

 ただ、ほんの少しだけ俺を見たあと、何事もなかったように話を戻す。


「グレイヴ侯爵家は、近年こうした場によく顔を出している。現当主になってから目立った実績に乏しい分、王の前で存在感を示したいのだろう」


 なるほど。

 学院長自身は、そこにそれ以上の意味は見ていないらしい。


 俺は内心だけで、小さく息を吐いた。


「今回、お前には私の供として同行してもらう」


 学院長の声で意識を戻す。


「同行する学生は、お前一人だ」


 一人。


 改めて言われると、やはり重い。


「学院の代表、ということですか」


「そう思ってよい」


 学院長は即答した。


「ただし」


 そこで学院長の声が一段低くなる。


「前にも言ったが、これはただの見学ではない。視察先を見る目も必要だが、同時にお前自身も見られる」


 昨日の言葉と同じ意味。

 だが今日は、同行者の顔ぶれを知ったあとだから、より重く感じた。


 王。

 学院長。

 文官。

 貴族たち。

 そして、その中にグレイヴ侯爵。


 たしかに、これは“見に行く”だけの話じゃない。


「承知しました」


 俺は短く答えた。


「自分にどこまで務まるかはわかりませんが、現場を見る機会として、できる限り学びます」


「よろしい」


 学院長は頷く。


「出発までまだ日がある。この資料を渡す。ローヴェル伯爵領についてまとめたものだ。最低限の数字と地図は目を通しておいて欲しい」


「はい」


「私から伝えることは以上だ」


 立ち上がり、一礼して学院長室を出た。


 扉が閉まると、廊下の静けさがやけに耳に残る。


 ローヴェル伯爵領。

 中堅伯爵領。

 東部。

 王都から二日。

 そして、そこに顔を出すグレイヴ侯爵。


 視察先のことより、その同行者の名の方が頭に引っかかっていた。


 ただの見学で終わる気がしない。

 そんな予感だけが、妙にはっきりしている。


 廊下の窓から差し込む夕方の光が、長く床に伸びていた。

 学院の中はいつもと同じように静かで、遠くから生徒たちの声が少しだけ聞こえる。


 なのに、自分の周りだけ空気が少し変わった気がした。


 夏休み前までは、試験や実技で結果を出すことが、ここでの自分の役割だった。

 でも今は、それだけじゃない。


 ハル領でやったことが、もう学院の外へつながっている。

 そして来月は、その先を見に行くことになる。


 王の視察。

 ローヴェル伯爵領。

 グレイヴ侯爵。


 来月の視察同行は、ただの見学では終わらない気がしていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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