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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第9章 リオンの夏休み

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番外編⑥ ヴィクトルの夏

 最初にその手紙を読んだ時、正直に言えば半信半疑だった。


 ハル領支店から届いた報告には、いつもの事務的な書き方の中に、妙に熱のこもった文が混じっていた。


 青輝石を用いた街灯の試作。

 治安改善と夜間商業活性化の可能性あり。

 量産のため、ガラス、金具、細工物の安定供給先を求む。


 紙の上だけなら、珍しいだけの話で終わることもある。

 地方の小領で何か新しいことが始まった、という程度なら、商会の跡取りとして興味は引かれても、わざわざ自分で動く話ではない。


 だが、その文の中にあった名前を見た時、俺は手を止めた。


 リオン。


「……面白そうな匂いがするぞ」


 そう呟いたのを覚えている。


 ただ、今思えば、その時点で俺はもう半分決めていたんだと思う。

 これは支店からの報告を読んで判断するだけじゃ足りない。自分の目で見に行くべきだと。


 なにしろ、俺はあいつを知っている。


 いや、知ってしまったと言った方が正しいかもしれない。


 ◇


 ハル領へ向かう馬車の中で、俺はずっと窓の外を見ながら考えていた。


 正直に言えば、幼い頃から自分は人よりかなり出来る方だと思っていた。


 読み書きも計算も早かった。

 商売の匂いを嗅ぎ分ける感覚にも、自信があった。

 父や番頭たちの話を横で聞いているだけでも、どこで金が動き、どこで利が生まれ、どこで損が出るのかは、だいたい見えていた。


 だから、王立学院へ入ることにも最初はあまり乗り気じゃなかった。


 貴族との付き合いは面倒だ。

 家柄だの礼儀だの、商売に直接関係のない話が多すぎる。

 正直、そんな場所で学ばなくても、自分は十分やっていけると思っていた。


 だが、リオンと出会って、その鼻は綺麗に折られた。


 あいつは、自分より頭が回る。

 しかも、ただ賢いだけじゃない。

 物そのものの価値より、その先に何が起きるかを先に見ている。


 商売のセンスがある人間は、今までも見てきた。

 だが、あいつみたいに、まだ形にもなっていない変化の方を先に掴む人間は初めてだった。


 気づけば俺は、王立学院で学ぶためというより、リオンを見ていた。

 あいつが次に何を思いつき、何を作り、どこまで先を見ているのか。

 それを追いかけることの方が、よほど面白かった。


 今回の街灯の話だってそうだ。

 手紙を読んだ時点では、詳しい仕組みなんてほとんどわからなかった。


 だが、一つだけは確信していた。


 リオンはきっと、俺がまだ想像もつかないものを見せる。


 だからハル領へ向かっている。

 商会の跡取りとしての判断もある。

 だがそれだけじゃない。


 あいつが今度は何を見せるのか、自分の目で確かめたかった。


 ◇


 ハル領に着いてまず驚いたのは、領都の空気だった。


 手紙で想像していたより、ずっと活気がある。


 西門近くには人足の出入りがあり、冒険者が歩き、商人が荷を下ろしている。

 辺境の小領という先入観で見れば、明らかに異質だった。


「これは……」


 思わず口に出した俺を、支店の者が少し誇らしげに見た。


「変わったでしょう」


 変わった、どころじゃない。


 まだ街そのものが大きいわけじゃない。

 王都のような華やかさもない。

 だが、伸びている街の空気がある。


 流れが生まれていた。

 しかもその流れが、偶然じゃない。


この領は人を呼び、金を呼び、さらに次の流れを作っている。


 そしてその中心に、リオンがいる。


 そう確信した時点で、俺の中で今回の訪問はただの視察ではなくなっていた。


 ◇


 だが、その本人に再会して最初に何をしたかと言えば――朝の騎士団訓練に叩き込まれた。


 本当に意味がわからなかった。


「どうして街灯の話をしに来た俺が、朝っぱらから木剣を持ってるんだ?」


「商人になるなら体力はあった方がいいぞ」


 平然と言うリオンを、その場で殴りたくなったのを覚えている。


 しかもノルまで横から容赦がない。


「無駄口を叩く余裕があるなら、もう一本いけますな」


「ありますわけないでしょう!」


 あの時の俺は本気でそう叫んだ。


 だが、訓練が終わる頃には、別の意味で頭が冴えていたのも事実だ。

 あいつらが西の森や領都で何かを回しているのは、ただ机の上で考えているだけじゃない。

 自分たちも現場に立っている。


 その泥臭さは、商売の現場でも信用になる。


 リオンは学院では妙に落ち着いて見えることがあるが、実際はかなり泥だらけの側にいる人間だ。

 そこが厄介で、面白い。


 ◇


 空き倉庫を街灯工房に変える時もそうだった。


 あいつは、ただ「作ろう」と言ったんじゃない。

 どこに木材を置くか。

 どこで支柱を削るか。

 どこで灯具を組むか。

 どう運ぶか。


 そういう泥臭い話を、最初から当たり前みたいに考えていた。


 しかも同時に言う。


 街灯はただの灯りじゃない。

 夜道を変えるものだ。

 物じゃなくて、街がどう変わるかを売るんだ、と。


 その瞬間、正直に思った。


 こいつは危ないな、と。


 もちろん悪い意味じゃない。

 商人から見て、こういう人間は危ない。


 なぜなら、売るべきものの見方が早すぎるからだ。


 俺たちはつい、数と利幅で考える。

 どこへ、いくらで、どれだけ捌けるか。

 それは間違っていない。


 でもリオンはその前に、導入したら何が変わるかを見ている。


 それを先に見える人間は強い。


 そして、大通りに初回の街灯二十本が並び、夜の領都が一変した時、俺は本気で驚いた。


 明るい。

 ただ明るいだけじゃない。

 通りの先まで見える。

 人の顔が見える。

 店先の様子までわかる。


 俺は通りの先を見やって、低く息を吐いた。


 ――王都でも、ここまで通り全体が見える灯りはそうないぞ。


 あれで確信した。


 街灯は売れる。

 いや、売れるどころじゃない。

 欲しがられる。


 ◇


 そして次に、温泉だった。


 今度こそ、こいつは何を言ってるんだと思った。


 西の森の奥に湧いている、ぬるくて少し臭う水。

 あれを見せられて、「面白いもの」だと言われて、普通の人間が価値に気づけるわけがない。


 俺は気づけなかった。


「ぬるいな」

「これをどうするんだ?」

「しかも、なんか臭うぞ」


 本気でそう言った記憶がある。


 だが、あいつはそこで笑っただけだった。

 まるで、そういう反応も最初から折り込み済みみたいに。


 そのあと、測って、考えて、領都へ戻って、工房で部材を作って、見習いたちを巻き込み、人足まで借りて――本当に森の中に風呂を作ってしまった。


 しかもその日のうちに入る気満々だった。


 あれは今思い出しても意味がわからない。


 だが、あの湯に入った瞬間だけは、意味なんてどうでもよくなった。


 湯の中で思ったのは、一つだけだ。


 これは流行る。


 理屈より先に、身体がそう思った。

 こんな癒しは初めてだった。


 それから数日で、西の森の露天風呂は人を呼び始めた。

 人足が来る。

 冒険者が来る。

 店までできる。


 俺は風呂の人気に驚いたんじゃない。

 風呂が人を集める核になっていることに驚いた。


 ここまで来ると、もう温泉はただの癒しの場所じゃない。

 開拓拠点そのものの価値を上げる施設だ。


 街灯の時と同じだ。

 物ではなく、変化を売っている。


 そう考えた瞬間、実家の商売勘がうるさく反応した。


 これは、ローデン商会が乗らない理由がない。


 ◇


 だが、そのあとさらに驚かされた。


 ハル領が伸びすぎて、帳簿の綻びが見え始めた時だ。


 俺は執務室の端でそれを見ていた。

 木材、青輝石、温泉、街灯、護衛費、人足賃金――全部が伸びている。

 そして全部が、同時に管理しづらくなっている。


 そこでリオンが言った。


 今のハル領は儲かっている。

 でも、このまま勢いで回せば現金が尽きるかもしれない。

 次に必要なのは、街灯でも湯屋でもない。

 領地をちゃんと回す仕組みだ、と。


 あれは、本気で痺れた。


 普通は逆だ。

 何か当たれば、もっと広げたくなる。

 もっと作りたくなる。


 なのにあいつは、そこで止まって人材と教育の話をした。


 短期で採用。

 中期で夜間学校。

 長期で子ども向けの学びの場。


 その話を聞いた時、もう俺は決めていた。


 この話は、絶対に持ち帰る。


 ハル領のためだけじゃない。

 商会のためにもなる。


 読み書き計算ができる人間。

 帳簿を揃えられる人間。

 現場を回せる人間。


 

慈善じゃない。投資として魅力的だ。

 しかも資金提供の見返りとして、街灯の優先販売権まで出すという。


 ここまで条件が揃えば、話を通さない方が商人失格だ。


 ただし、俺一人では決められない。


 だから、戻った。


 ◇


 南方のローデン商会本拠は、いつものように忙しかった。


 広い帳場。

 出入りする使用人。

 積み上がる書類。

 商会長である父の部屋へ通された時には、移動の疲れより先に、頭の中の整理が始まっていた。


 父は机の向こうから俺を見た。


「急ぎの帰還だと聞いた」


「はい」


「ハル領で何を見た?」


 さすがに話が早い。


 俺は席に着くなり、持ち帰った書類と自分でまとめた紙を広げた。


「一言で言うなら、ハル領は今、伸びています」


「どの程度だ」


「一過性ではなく、構造的にです」


 父の目が少しだけ変わる。


 そこから先は、順番に話した。


 青輝石を使った街灯の性能。

 夜道の変化。

 西の森の開拓。

 温泉による前線拠点の価値上昇。

 そして、急成長に管理が追いついていない現状。


 父は一度も口を挟まなかった。

 ただ、途中で何度か帳簿の数字や図面を手元へ引き寄せ、目を細めていた。


「……つまり、そのリオンという少年は」


「発明家ではあります」


 俺は答えた。


「ですが、それだけではありません。導入後の変化まで見ています。街灯も、温泉も、物としてではなく、街や拠点をどう変えるかで考えている」


「お前と同じ十二、三歳の少年がか」


「ええ」


「気味が悪いな」


「同感です」


 父はそこで初めて、わずかに笑った。


 俺はその隙を逃さず、次の話へ移る。


「ハル領は今、人材育成に投資したがっています。短期では経験者採用、中期では夜間学校、長期では子どもへの教育」


「金が要るな」


「はい」


「なぜうちが出す」


 待っていた問いだった。


 俺はすぐに答える。


「見返りがあるからです」


「街灯か」


「はい。ハル領外における優先販売権。ただし、製造主導権はハル領、価格基準もハル領主導。こちらは販売窓口と流通、導入先の開拓を担う形です」


 父は指先で机を軽く叩いた。


「悪くない」


「教育への出資は慈善ではありません。人材への投資です。読み書き計算ができる人間が増える仕組みが確立されれば、将来の店員、番頭、帳場、現場管理の候補が育つ。しかも、伸びているハル領に深く食い込める」


「ふむ」


「講師役になれる番頭経験者を出すこともできます。帳簿の統一や実務教育は、うちの人間にとっても得意分野です」


 父はしばらく何も言わなかった。


 沈黙が長い。


 だが、悪い沈黙ではないとわかっていた。

 父は本気で計算している時ほど、静かになる。


 やがて口を開いた。


「お前は、その話にどこまで張る気だ」


 俺は答える。


「大きくです」


「理由は」


「ハル領は、まだ伸びるからです」


 はっきりと言った。


「街灯も、温泉も、それ自体が利益を生む。でも本当に大きいのは、その先に人の流れができることです。そして、リオンはそこを見ている」


「お前は、その少年を買っているな」


「かなり」


「同世代にそこまで言うか」


「悔しいですが、言います」


 父は少しだけ笑って、それから頷いた。


「よし」


 その一言で、胸の奥の緊張が少しほどけた。


「出す」


「ありがとうございます」


「ただし条件は整理する。期間、地域、優先販売の範囲、人材派遣の人数、資金の出し方、全部だ。甘い契約は結ばん」


「もちろんです」


「それと」


 父は俺を見る。


「今後の窓口はお前がやれ」


 少し意外だった。

 いや、意外ではないか。ここまで話を持ち込んだのは俺だ。


「……いいんですか」


「ここまで嗅ぎつけたのはお前だ。最後まで追え。失敗したらお前の責任だが、成功したらお前の手柄でもある」


 その言葉に、思わず笑った。


「なら、やります」


「やれ」


 父はそこで話を切り、すぐに人を呼んだ。


「ハル領向けに出資金を送る。資金はハル領都支店経由で早急に送れ。そして帳簿と初等計算を教えられる者を選べ。条件文書は私が見る」


 命令が飛び、部屋の空気が一気に動く。


 決まった。


 あとは、これをハル領へ返すだけだ。


 ◇


 手紙を書き終えた夜、俺は自室で一人、窓の外を見ていた。


 南方の空気はハル領とは違う。

 風も、匂いも、人の動きも。


 だが、頭の中にはあの夏のハル領の景色が焼きついていた。


 街灯に照らされた大通り。

 森の中の露天風呂。

 帳簿の山を前にして、それでも前へ進むことをやめないリオン。


 あいつは、たぶんこれからも次々に何かを作る。

 でも本当に怖いのは、作ることじゃない。


 作った先に、人の流れを生むことだ。


「……面白すぎるだろ」


 思わずそう呟いていた。


 手紙はもう送った。

 金も、人も、動き出す。


 ハル領はまだ伸びる。

 そして、その伸びにローデン商会も乗る。


 商人として、これ以上ない話だ。


 でも、それだけじゃない。


 少しだけ悔しくて、かなり面白くて、どうしようもなく見届けたくなる。


 そんな夏だった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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