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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第9章 リオンの夏休み

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第105話 実り多き帰省

 ヴィクトルが南方の実家へ向けて大急ぎで発ったあと、数日が過ぎた。


 その間に、父上とは何度も話をした。

 経験者の採用をどう進めるか。

 夜間学校をどこで始めるか。

 子どもたちに読み書きや計算を教える場を、将来的にどう作っていくか。


 全部を今すぐ形にするのは無理だ。

 でも、大枠は決めた。


 短期では管理できる人間を採る。

 中期では、仕事で必要な読み書きと計算を学べる夜間学校を立ち上げる。

 長期では、幼いうちから学べる場を作る。


 そこまで話を詰めたところで、夏休みは残り八日ほどになっていた。


 王都へ戻るには馬車で五日かかる。

 余裕を持って寮へ戻り、学院の準備をするなら、明日にはハル領を発たないといけない。


 つまり、今日が実質最後の一日だ。


 朝、いつものように領騎士団の訓練に参加し、汗を流した。

 体を動かしていると、余計なことを考えなくて済む。


 最後の打ち込みを終えたところで、ノルが木剣を下ろした。


「王都へ戻る前に、いい動きでしたな」


「ノルにそう言われると、ちょっと嬉しい」


「少し前までなら、もっと素直に喜んでおられたでしょうに」


「最近は、足りないところの方が先に見えるからね」


 そう言うと、ノルは少しだけ笑った。


「その目で、ご自身を追い込みすぎませぬよう」


「気をつけるよ」


 訓練場を出ると、玄関のところでミアが待っていた。


 今日はミアを供にして、領都を見て回ることにしている。

 帰る前に、自分の目で街を見ておきたかったし、ミアにも一緒に来てもらいたかった。


「お待たせ」


「いえ。とんでもありません。」


 そう言ったミアの顔は、どこか明るかった。

 前よりもずっと、肩の力が抜けている気がする。


「じゃあ行こうか」


「はい」


 ◇


 朝の領都は、以前とは見違えるほど賑わっていた。


 通りには荷車が多い。

 店先には人が立ち、声を張り上げる者もいる。

 森へ向かう人足や冒険者と、森から戻ってくる連中が入り混じり、西門近くは朝から活気に満ちていた。


 新しく設置された街灯が、まだ昼の光の中で静かに並んでいる。

 夜になればこの通りを照らし、人の流れを支える。


 ミアが辺りを見回しながら、少し弾んだ声で言った。


「本当に、街の雰囲気が変わりましたね」


「うん」


「前はもっと、朝のうちは静かな感じだったのに……今は、もう最初から動いてる感じがします」


「動いてるね。人も物も」


 それは、目に見えてわかる。


 森の開拓で出る木材。

 青輝石。

 北村の青葉草。

 そこへ街灯や温泉の話題も加わって、ハル領の外からも人が入るようになった。


 その流れが、領都の中まで変え始めている。


 通りを歩いていると、以前より武具店が増えているのが目についた。

 冒険者が増えれば当然、武器や防具の需要も増える。


「少し見ていこうかな」


 俺が言うと、ミアはすぐに頷いた。


「はい」


 入ったのは、西門近くに新しくできたらしい武具店だった。


 店の中には、剣、槍、短剣、盾、革鎧が並んでいる。

 品数自体は悪くない。

 だが、一歩足を踏み入れた瞬間、俺の視界の端にいつもの文字が浮いた。


 《綻び:刃先の焼き不足》

 《綻び:鍔の固定不良》

 《綻び:芯材の歪み》

 《綻び:革紐の劣化》


 やっぱり、か。


 見た目はそれなりでも、質の良くない武器がいくつか混じっている。


 俺は一振りの剣を手に取った。

 軽い。だが、軽さの質が悪い。

 振ればすぐわかる。長く使える代物じゃない。


「おや、リオン様」


 奥から出てきた店主が、慌てて頭を下げた。

 四十代くらいの男で、顔には疲れが見えるが、目つきは真面目だった。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなものを」


「王都へ戻る途中のことも考えて、剣を一本見ておこうと思って」


「なるほど……」


 そこで店主は、俺が手にした剣を見て、少しだけ苦い顔をした。


「やはり、目につきますか」


「うん」


 俺は正直に答えた。


「全部じゃない。でも、いくつか良くないのが混じってる」


 店主は小さく息を吐いた。


「お恥ずかしい話です。ここ最近、冒険者も行商も増えて、武具の需要が一気に上がりました。こちらも急いで品を揃えなければならず……供給が追いつかなくなり、出来の悪いものまで店に並べざるを得ない日が出てきています」


「やっぱりそうなんだ」


「本当は置きたくありません。ですが、何も置かないわけにもいかない。難しいところです」


 その言い方に、無理にごまかしていない誠実さがあった。


「リオン様に見てもらいたい剣があるのですが宜しいでしょうか?」


 店主が少し引き締まった顔で言う。


「もちろん」

そう答えると店主は店の奥から、一本の剣を丁寧に持ってきた。


 鞘から少し抜いただけでわかる。

 これはいい。


 重さの乗り方が自然で、刃の通りも素直だ。

 鍔の固定にも緩みはない。

 長旅の護身用として持つなら、十分どころかかなり良い部類だ。


「これはいい剣だね」


 俺がそう言うと、店主はわずかに安堵したようだった。


「そちらは、今店にある中では一番良いものです」


「じゃあ、これを――」


 買おうとしたところで、店主が一歩前へ出た。


「いえ、それはお代は結構です」


「……え?」


 俺は思わず瞬いた。


「いや、そういうわけにはいかないよ」


「そういうわけにいかないのはこちらです」


 店主は、意外なほどきっぱりと言った。


「今のこの賑わいも、人の流れも、うちのような店に客が入るようになったのも、全部リオン様のおかげです。街灯も、西の森の開拓も、温泉も。あれがなければ、今のハル領はここまで変わっていません」


「でも、それとこれとは別だろ」


「別ではありません」


 店主は深く頭を下げた。


「私どもは、生活がずいぶん楽になりました。商売も、前よりずっと回っています。だからせめて、旅の道中でお使いになる一本くらいは、お礼として受け取っていただきたいのです」


 ミアが横で静かに俺を見る。


 俺は少し困って、もう一度言った。


「本当に、そこまでしなくていいよ」


「どうか」


 店主は顔を上げた。


「どうしてもです」


 そこまで言われると、無理に突っぱねる方が失礼だろう。


 俺は小さく息を吐いた。


「……わかった。ありがたく頂くよ」


 店主の顔が、ぱっと明るくなる。


「ありがとうございます」


「でも、大事に使う。道中の護身だけじゃなくて、ちゃんと帰ってきたらまた顔を出す」


「ぜひ」


 剣を受け取りながら、思った。


 賑わいが増えれば良い店も増える。

 でも、同時に粗悪品も混じる。

 発展っていうのは、やっぱりきれいなことばかりじゃない。


 それでも、こういう顔を見ると、前に進んでいるのは間違いないんだと思う。


せっかくいいものを貰ったが、店主に一言だけ言わなければいけないことを言った。


 「あまり粗悪な武具は冒険者の命に関わるからそういうものは店に置かないでね」


 「ええ、気を付けます」


 ◇


 武具店を出たあと、俺たちは領都に新しくできたカフェに入った。


 以前なら、こういう店はまだ珍しかった。

 だが今は、人の流れと商いの変化に合わせて、軽食を出す店も少しずつ増えている。


 窓際の席に座ると、ミアはどこか嬉しそうに店の中を見回していた。


「楽しそうだね、ミア」


「はい」


 素直に頷く。


「こういうお店に、リオン様と一緒に来られるなんて思っていませんでした」


「大げさだな」


「大げさじゃありません」


 運ばれてきた昼食に手をつけながら、ミアは少し真面目な顔になった。


「……町の人たち、みんな感謝しています」


「うん?」


「町の人も、ハル家に仕える人たちも、みんなです。街が明るくなって、人が増えて、お店も増えて、仕事も増えて……西の森の温泉までできて」


 ミアは一度言葉を切って、それから続けた。


「皆、リオン様がこの領を変えてくださったと思っています」


 俺は少しだけ視線を落とした。


 そう言われると、正直、くすぐったい。


「俺は、自分がやりたいことをやってるだけだよ」


「それでも、です」


「……そうかもしれない。でも」


 顔を上げて、ミアを見る。


「それを喜んでくれる人がいるなら、むしろこっちが感謝したい」


 ミアが目を瞬かせる。


「感謝、ですか?」


「うん。俺一人じゃ、何も形にはならないから。街灯も、温泉も、森の開拓も。動いてくれる人がいて、使ってくれる人がいて、喜んでくれる人がいるから意味がある」


 そう言うと、ミアは柔らかく笑った。


「それを聞いたら、皆もっと喜びます」


「だったら、今度ちゃんと伝えるよ」


 食事を終えたあと、旅路に必要な細々したものを買い足した。

 乾燥肉、携帯食、水筒、予備の紐、簡単な手入れ道具。

 新しくもらった剣も、道中で使いやすいように腰へ馴染ませておく。


 そうしているうちに、空はだいぶ夕方の色になっていた。


 ◇


 邸へ戻ると、家族そろって夕食を囲んだ。


 母上はいつもより少しだけ静かだったし、父上も普段より口数が少ない。

 でも、重い空気ではなかった。


「明日の朝には出るのね」


 母上が言う。


「うん。余裕を持って寮に戻っておきたいから」


「そうだな」


 父上も頷いた。


「途中で無理に急ぐな。盗賊どもを捕まえた帰りほど派手にはならんだろうが、道中に何もないとは限らん」


「気をつけるよ」


「今回も、ずいぶん働いたわね」


 母上が少し笑う。


「休みに帰ってきたはずなのに」


「まあ、それは……そうだね」


 自分でも、思い返すと少し笑えてくる。


 盗賊を捕まえて帰ってきて、街灯を作って、温泉まで作って、帳簿の整理と学校の構想まで立てた。

 たしかに、休みという感じではなかった。


「でも、良かった」


 そう言うと、父上がこちらを見る。


「何がだ」


「帰ってきて、ちゃんと今の領の姿を見られたこと」


 父上は何も言わなかったが、小さく杯を置いた。


 ミアも、少し離れたところで静かに給仕をしながら、こちらを見ていた。


 この家で過ごす最後の夜だと思うと、いつもの食卓も少しだけ特別に思える。


 ◇


 翌朝。


 出立の準備を整え、玄関先へ向かおうとしたところで、門の方が少し慌ただしくなった。


 使用人の一人が、急ぎ足で父上のもとへ封書を運んでくる。


「旦那様、ローデン商会からです」


 父上は封を受け取り、その場で開いた。

 手紙に目を通すうちに、表情が少しだけ変わる。


「父上?」


「来たぞ」


 その一言で、俺も察した。


 ヴィクトルが持ち帰った話への返事だ。


 父上は手紙を俺にも見せた。


 内容は簡潔だが、十分だった。


 出資をぜひさせてほしい。

 ヴィクトルが伝えた細かい条件も、すべて了承する。

 資金は領都のローデン商会支店を通して早急に送る。

 夜間学校で教える人間も、帳簿や計算に明るい者を手配する――と。


「……早いな」


 思わずそう呟く。


 父上も、わずかに笑った。


「向こうも本気だということだろう」


「うん」


「これで、お前が夏休み中に敷いた線は切れずに済む」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなった。


 街灯。

 温泉。

 西の森。

 そして、人を育てるための仕組み。


 全部を最後まで見届けることはできない。

 でも、動き出すところまでは持っていけた。


「実り多い帰省だったな」


 父上が静かに言った。


 俺は頷いた。


「うん。本当に」


 門の外では、王都へ向かう馬車の準備が整っている。


 母上がそっと言う。


「身体に気をつけてね」


「わかってる」


 ミアは少し寂しそうに、それでもちゃんと笑って頭を下げた。


「いってらっしゃいませ、リオン様」


「行ってくる」


 俺はそう返して、馬車へ向かった。


 乗り込む前に一度だけ振り返る。


 領都の空は高い。

 街は前より賑やかで、家の向こうには新しく立った街灯も見える。

 さらにその先には、西の森がある。

 あの森の中では、今日も湯気が立ち、人が働き、人が回復し、また動き出しているはずだ。


 全部、帰ってきたから見えた景色だ。


 馬車がゆっくりと動き出す。


 ハル領を離れても、やることは山ほどある。

 学院で学ぶことも、王都で見るべきものも、まだまだ多い。


 でも今は、少しだけ満ち足りた気持ちでいられた。


 今回の帰省で蒔いた種は、ちゃんと根を下ろし始めている。


 なら、次に戻ってくる時は、また違う景色が見られるだろう。


 馬車の窓から遠ざかっていく領都を見つめながら、俺は静かに息を吐いた。


 実り多き帰省だった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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