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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第9章 リオンの夏休み

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第103話 成長の歪み

本日もご覧いただき有難うございます。

 夏休みが始まって、もうそれなりに時間が経っていた。


 王都へ戻るには馬車で五日ほどかかる。

 そこを逆算すると、ハル領にいられるのはあと三週間ほどだ。


 まだ時間はある。

 でも、無限にあるわけじゃない。


 街灯。

 西の森の開拓。

 温泉。

 やりたいことは山ほどあるのに、目の前の毎日もどんどん濃くなっていく。


 朝、領騎士団の訓練場から戻る途中、俺は領都の通りをゆっくり歩いていた。

 隣には、今日も付き合わされてぐったりしているヴィクトルがいる。


「……なあ」


「何?」


「お前の“軽く身体を動かす”は、たぶん世間一般の基準と違うぞ?」


「そうかな」


「違う」


 即答だった。


 ヴィクトルは肩を回しながら、通りの先へ目を向ける。


 朝だというのに、領都はもう賑やかだった。


 荷車が行く。

 商人が声を張る。

 工房帰りらしい職人が急ぎ足で通り過ぎる。

 西門の方からは、森へ向かう人足や冒険者の姿も見えた。


 以前のハル領とは、明らかに違う。


 森の開拓で出た木材。

 卓上灯や街灯に使う青輝石。

 北村の青葉草。

 それらが領の外へ流れ、代わりに人と金が入ってくる。


 商店街を見ても、それははっきりわかった。


 前は昼前まで半分閉じていたような店も、今は朝からしっかり開いている。

 荷を下ろす男たちの動きも多いし、店主たちの顔も前より明るい。


「本当に変わったな」


 ヴィクトルがぽつりと言った。


「うん」


「街灯のせいで夜の通りも死ななくなったし、商人の動きも前より活発。森の方も温泉までできた。」


 そう言ってから、通りの端を見やる。


 そこには、新しく立てられた街灯があった。


 最初は西門から市場にかけてだけだった。

 だが父上は、増えた税収をさらに街灯の製造へ回していた。


 その結果、領都の中でも主要な通りから順に街灯が増え始めている。


 夜の人通りが増えた。

 見回りがしやすくなった。

 人は増えたのに、衛兵から聞く限り、犯罪発生件数は前ほど悪くない。


 むしろ、増えた人の流れをちゃんと受け止められている分、街全体は前より健康だ。


 西門近くまで来ると、今度は西の森へ向かう人の多さが目についた。


 木こり。

 人足。

 冒険者。

 露天風呂の評判を聞きつけたらしい一般客までいる。


 ヴィクトルが苦笑する。


「森の入口が、もう半分街の続きみたいになってきたな」


「そうだね」


「お前の温泉、当たりすぎだろ」


 それは否定できない。


 西の森の露天風呂は、予想以上の勢いで人を呼んでいた。


 開拓の手伝いをする人足。

 木材を切り出す連中。

 討伐や採集に入る冒険者。

 そういう“森で働く人間”向けに始めたつもりだった。


 でも、実際に湯に浸かった連中があちこちで話を広めた結果、今はもうそれだけじゃない。


 湯屋の近くには、小さな商店まででき始めている。

 軽食を売る者、布や石鹸のような日用品を売る者、飲み物を持ち込む者。

 前線拠点だったはずの場所が、少しずつ“人が集まる場所”へ変わり始めていた。


 しかも、女性客も増えた。


 最初の露天風呂は男たちがほとんど占有していたが、商店ができ、人の出入りが増え、森に関わる女性も少しずつ増えると、当然のように「女性も入りたい」という話になる。


 だから今は、少し離れた場所に女性専用の露天風呂も作り始めていた。


「人が増えて、前より回ってる感じがするんだよな」


 俺がそう言うと、ヴィクトルは頷いた。


「湯があるから、ってのは大きいだろうな。森仕事の終わりに回復できる場所があるってだけで、継続する気力が全然違う」


「たぶんね」


「西の森の開拓速度も上がってるんじゃないか?」


「うん。かなり」


 そこまで言ったところで、父上の使いが走ってきた。


「リオン様、旦那様がお呼びです」


 俺は少し首を傾げる。


「今?」


「はい。お時間があるうちに執務室へ、とのことです」


 父上がわざわざ人を寄こすのは珍しい。

 しかも、急ぎの用件らしい。


「わかった。すぐ行く」


 使いが下がると、ヴィクトルが横目で見てきた。


「嫌な予感か?」


「そこまではない。でも、何かあるね」


「だろうな」


 ◇


 執務室へ入ると、父上は珍しく机の上いっぱいに帳簿と報告書を広げていた。


 しかも一冊や二冊じゃない。

 領都の商業関係、西の森の開拓、青輝石の加工、温泉の利用料、護衛費、人足賃金――ざっと見ただけでも、いくつもの帳面が山になっている。


「来たか」


「うん。何かあった?」


 父上はすぐには答えず、机の上の帳簿を軽く叩いた。


「悪い話ではない」


「でも面倒な話ではある、って顔してる」


「よくわかるな」


「わかるよ」


 父上は少しだけ口元を緩め、それから真顔に戻った。


「順調なのは間違いない。領地は伸びている。税収も増えている。だが……規模が大きくなりすぎて、少し管理が追いつかなくなってきた」


 その言葉で、何となく話の方向が見えた。


「帳簿、見ていい?」


「ああ。むしろそのために呼んだ」


 俺は父上の向かいに座り、一番上にあった帳簿を開いた。


 木材搬出の記録。

 次に青輝石の在庫表。

 その下に温泉利用料の集計。

 さらに人足賃金と護衛費の支払い予定。


 ページをめくっていくうちに、視界の端にいつもの文字が浮かび始める。


 《綻び:入金時期と支払時期の乖離》

 《綻び:集計誤差》

 《綻び:在庫記録の不一致》

 《綻び:責任者不明瞭》

 《綻び:記帳精度不足》


 俺は手を止めた。


 多い。


 しかも、どれも一つ一つは小さいのに、放っておくとまずい種類の綻びだった。


「……なるほど」


 父上が俺を見る。


「見えたか」


「かなり」


 俺は帳簿を何冊か横へ並べた。


「まず、木材の売上が入る前に、人足への支払いと輸送費が先に出てる。青輝石も似たような感じだね。加工品が売れて金になる前に、掘り出しと加工と運搬の金が出ていく」


「うむ」


「温泉も利用料自体は入ってるけど、湯屋周りの整備費や人の増加で、細かい支出が増えてる」


 さらに別の帳面を開く。


「で、こっちは記録のズレ。木材の搬出数と売上計上が微妙に合ってない。青輝石も在庫数と加工数に誤差がある。温泉利用料も、担当した人によって数え方が少し違ってる」


 父上は黙って聞いていた。


 俺は息をつく。


「これ、儲かってないわけじゃないよね」


「もちろんだ」


「むしろ前よりずっと稼げてる」


「ああ」


「でも危ない」


 その一言で、部屋の空気が少しだけ固まった。


 父上は腕を組んだ。


「どう危ない?」


 俺は少し考えてから、できるだけわかりやすく言葉を選んだ。


「急成長中の商会でもあるんだけど、売上は伸びてるのに、その前に払う金が増えすぎて、手元の金が足りなくなることがあるんだ」


「手元の金?」


「うん。帳簿の上では黒字でも、今すぐ払う金がなくて回らなくなる。今のハル領、それに近い」


 父上は目を細めた。


「なるほど……」


「木材も青輝石も青葉草も、売れればちゃんと金になる。でも、その前に人を動かして、護衛をつけて、加工して、運ばないといけない。そのための金が先に出る」


 俺は帳簿の束を見た。


「しかも、今は現場が増えすぎてる。人も増えた。だから記録する人間の教育レベルの差が、数字のズレとして出始めてる」


 父上が頷く。


「私もそこが気になっていた」


「今までは小規模だったから誤差で済んでた。でも、今はもうその誤差が積み重なる規模になってる」


 俺は帳簿を閉じた。


「身体が大きくなるのはいいことなんだ。でも、骨と筋肉が追いついてない」


「骨と筋肉、か」


「今のハル領はそんな感じだよ。伸びてる。でも、このまま伸びたら、どこかで足元から崩れる」


 父上はしばらく黙っていた。


 領地が伸びていること自体は、誰の目にも明らかだ。

 でも、その成長を支える仕組みが、今のままでは弱い。


 父上が静かに口を開く。


「つまり、成長そのものが問題ではなく、成長に管理が耐えられていないということか」


「そう」


 俺はすぐに頷いた。


「誰か一人が無能とか、怠けてるとか、そういう話じゃない。単純に、領地の伸び方に対して、記帳、報告、責任分担、教育が追いついてない」


 そこまで言ってから、もう一度帳簿の山を見る。


 これだけ現場が増えれば、当然だ。


 街灯工房。

 西の森の木材。

 青輝石加工。

 温泉運営。

 北村の青葉草。

 人足も増え、護衛も増え、冒険者とのやり取りも増えた。


 今までのやり方で全部を回し続けられる段階じゃない。


「じゃあ、どうする?」


 父上が聞いた。


 その問いに、俺は迷わなかった。


「次に作るべきなのは、街灯でも湯屋でもない」


 父上も、執務室の端で控えていたノルも、静かにこちらを見る。


「まずは、この領地をちゃんと回す仕組みだ」


 はっきりそう言っていた。


「帳簿の形式を揃える。現場ごとの報告の仕方も揃える。誰が何を管理するのか、責任の線をはっきりさせる。あと、人を増やすだけじゃなくて、数字を書ける人間、計算できる人間を育てないといけない」


 ノルが低く言う。


「つまり、管理の仕組みを整える、と」


「うん。今のハル領は勢いで前へ進めてる。でも、勢いだけで進んだら、いつか転ぶ」


 父上は椅子に深く腰をかけ直した。


「残り三週間だ」


「うん」


「その間で、どこまでできる」


 俺は少しだけ笑った。


「全部は無理。でも、土台は作れる」


「具体的には?」


「まずは現場ごとの帳簿を統一する。数字の書き方、日付、在庫、入出金、全部。あと、西の森、工房、領都商業で、それぞれ簡単でもいいから責任者をはっきりさせる」


 さらに続ける。


「教育もいる。全員を今すぐ賢くするのは無理でも、最低限、数字を揃えて報告できる人を育てる必要がある。そうしないと、これからもっと伸びた時に持たない」


 父上は小さく息を吐いた。


「発展というのは、喜ばしいだけではないな」


「うん。でも、発展したから見える問題でもある」


 俺はそう答えた。


 街灯も温泉も、間違っていなかった。

 西の森の開拓も、青輝石も、青葉草も、全部ちゃんと実を結び始めている。


 だからこそ、その重みで歪みが出る。


 それは悪いことじゃない。

 でも、放っておいていいことでもない。


 俺は帳簿の上に指を置いた。


「今のハル領は伸びてる」


 そう言ってから、父上を見た。


「でも、このまま伸びたら壊れる」


 父上はその言葉を正面から受け止め、静かに頷いた。


「なら、残り三週間でやるべきことは決まったな」


「うん」


「仕組みを作れるか?リオン」


「任せて」


 執務室の窓の外では、昼の領都が動いている。

 人が増え、荷が増え、金が動いている。


 賑わいは、たしかに本物だ。

 でも、その賑わいを支える骨組みがなければ、いずれ自重で崩れる。


 街灯が夜を照らした。

 湯屋が人を癒やした。

 次に必要なのは、領地そのものをちゃんと回すための見えない土台だ。


 夏休みはあと三週間。

 短い。


 でも、まだできることはある。


 俺は積み上がった帳簿の山を見つめながら、次に整えるべき“綻び”を静かに数え始めていた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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