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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第9章 リオンの夏休み

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第97話 揃わない五本 

 街灯工房として使うことが決まった旧倉庫は、三日もすると見違えるようになった。


 埃を払われ、床の傷んだ板は張り直され、壁際には新しい作業台が並ぶ。

 木材の束、青輝石を収めた箱、金具類を入れた小さな引き出し。

 入口近くには、完成した街灯を仮置きするための空間まできちんと確保されていた。


 まだ新築の工房のような整い方ではない。

 だが、少なくとも“何かを作る場所”にはなっている。


 俺は朝一番でその中を歩きながら、並んだ材料を見ていた。


「今日、五本やるんだよね?」


 背後からヴィクトルが声をかけてくる。


「うん。初回サンプルとして五本」


「いきなり十本じゃなくて?」


「五本揃わないのに十本作っても意味ないから」


 そう答えると、ヴィクトルは口元を少し上げた。


「そういうもんなのか」


 今日やるのは、本格量産じゃない。

 だが、ただの試作でもない。


 五本。


 その数にしたのは、一人の器用な職人が一本だけ上手く作れるかどうかじゃなく、同じものを同じ形で揃えられるかを見たいからだ。


 ノルもすでに来ていて、工房の奥で支柱の束を見ていた。


「騎士団で使う装備もそうですが、数が増えると一本の誤差が面倒になります」


「うん」


「現場で直す側からすれば、見た目が似ているだけでは困る。交換できることが大事です」


 その言葉に頷く。


 そこだ。


 街灯は置いたら終わりじゃない。

 壊れたら直す。

 部材が傷んだら替える。

 その時に一本ごとに微妙に違っていたら、現場は確実に困る。


「始めよう」


 俺が言うと、工房の空気が少しだけ締まった。


 今日の担当は、木工を得意とする職人が二人。

 金具の取り付けに慣れた者が一人。

 あとは見習いが三人。


 経験の差はかなりある。

 でも、それも確認したいことの一つだった。


 ◇


 最初のうちは順調だった。


 支柱用の木材を切る。

 表面を削る。

 上部に灯具固定用の受けを作る。

 透明覆いをはめ込む枠を組み、金具をつける。


 作業音が倉庫の中に響く。


 木を削る音。

 釘を打つ音。

 工具が作業台に置かれる乾いた音。

 ときおりヴィクトルが材料を手に取り、ノルが通路の幅や運びやすさを見ている。


 昼前には、五本とも一応“街灯の形”にはなった。


 だが、並べた瞬間にわかった。


「……揃ってないな」


 思わず口に出る。


 ヴィクトルもすぐ横で腕を組んだ。


「見事に揃ってない」


 一本目は支柱がわずかに高い。

 二本目は灯具の位置が少し低い。

 三本目は覆いのはまりがきつい。

 四本目は金具の開閉が重い。

 五本目は全体の見た目は悪くないが、支柱の削りが甘く、触ると少し不安定だ。


 どれも大きく壊れているわけじゃない。

 一本ずつ見れば「使えなくはない」で済む。


 でも、五本を並べて見ると、同じ街灯ではなかった。


 工房の空気が、少しだけ気まずくなる。


「すみません……」


 見習いの一人が小さく言う。


「い、言われた通りにやったつもりだったんですが……」


「謝る必要はないよ」


 俺はすぐにそう返した。


「今見たいのは、誰が悪いかじゃない。どこでズレるかだから」


 ノルが一本ずつ見ながら言う。


「現場で使うことを考えると、これは厄介ですな」


「やっぱり?」


「ええ。例えば覆いが割れた時、どの街灯にも同じ部材がはまるのが理想です。だが、これでは一本ごとに合わせ直しになる」


 ヴィクトルも金具を開け閉めして、鼻で笑った。


「だから規格が要るんだよ」


 そこまで言われて、工房の職人たちの顔がさらに固くなる。


 責められていると思ったのだろう。


 でも、問題はそこじゃない。


 腕のいい職人が一本だけ綺麗に作れることと、工房全体で同じ品質のものを揃えられることは別だ。

 そして今の問題は、後者だった。


 俺は五本を見渡しながら、頭の中で原因を切り分けていく。


 図面はある。

 寸法も書いてある。

 だが、それでも揃わない。


 理由は単純だ。


 見方が揃っていない。

 測り方が揃っていない。

 どこまでを許容していいかが共有されていない。


 つまり、“作り方”がまだ工房全体のものになっていない。


 前世の工場でも、教育水準も経験も違う人間が同じものを作っていた。

 それでも回っていたのは、みんなが賢かったからじゃない。


 ズレにくいように仕組みを作っていたからだ。


「みんな、ちょっと集まって」


 俺が言うと、職人も見習いも手を止めた。


 五本の街灯の前に立って、一本ずつ指す。


「これ、五本とも一応は使える。でも、同じものじゃない」


 誰も口を挟まない。


「十本作って、ちゃんと使えるのが十本なら理想だ。でも、十本作って二本直しが必要だったり、一からやり直しだったら、その二本分の手間も材料も無駄になる」


 見習いたちは真剣な顔で聞いていた。


「そういう無駄を少なくして、“作った分だけちゃんと使える”状態に近づけるのが大事なんだ。そういう考え方を、俺は歩留まりって呼んでる」


「ぶどまり……?」


 見習いの一人が不安そうに復唱する。


「難しく考えなくていいよ」


 俺は少し笑って言った。


「要するに、作った物が無駄にならない割合のこと。十個作って十個使えるならすごくいい。十個作って五個しか使えないなら、半分は損してるってことだ」


「なるほど……」


 職人の一人が顎に手を当てた。


「腕が悪いとかじゃなく、無駄が出る作り方をしてるのが問題、ってことですか」


「そう」


 俺は頷いた。


「で、今のこの工房は、まだそこが揃ってない」


 ヴィクトルが横から口を挟む。


「図面を渡しただけで揃うなら苦労しないって話だな」


「うん」


「じゃあどうする?」


 その問いに、俺は作業台へ向かった。


 そこで木の板を一枚取り、支柱の基準になる長さを刻む。

 次に、穴を開ける位置を固定するための簡単な当て板を作る。

 さらに、良品として残す一本を選び、その横に他の部材を並べた。


「まず、長さはこれを基準にする。毎回測り直さない。板を当てて、合ってるかどうかだけ見る」


 板を掲げて見せる。


「次に穴位置。これはここに当て板を置いて、その穴に合わせて開ける。人によって場所がズレないようにする」


 さらに良品の一本を指す。


「それと、まずは“正解”を見えるところに置く。迷ったら見比べる。文字で読むより、見た方が早い人もいるから」


 見習い三人が食い入るように見ていた。


「じゃあ、次は見習いにやってもらう」


「お、俺たちですか?」


「うん。熟練の人ができるのは当たり前。見習いでも揃えられるようにならないと意味がない」


 工房の空気が少し変わる。


 職人たちはまだ半信半疑だが、さっきより目つきが変わった。

 単に叱られて終わる流れじゃなくなったからだろう。


 ◇


 見習いの一人が、型板に支柱材を当てる。

 最初はおっかなびっくりだったが、印を見ながら切ると、長さのズレが目に見えて減った。


 別の見習いが穴位置の当て板を使う。

 さっきまで微妙にばらついていた金具の位置が、かなり揃う。


 ヴィクトルが一本手に取って、もう一本と見比べた。


「……さっきより全然いいな」


「うん」


 ノルも頷く。


「これなら、少なくとも交換部材を合わせやすい。現場での扱いはかなり楽になります」


 職人の一人が小さく息を吐いた。


「腕の問題ばかりじゃなかったのか……」


「もちろん腕も大事だよ」


 俺は言う。


「でも、工房で数を揃えるなら、人の勘に頼りすぎない方がいい。誰が作っても同じになりやすい仕組みの方が強い」


 五本全部が完璧に揃ったわけじゃない。

 まだ微妙なズレはある。

 でも最初の五本より、明らかに近づいていた。


 方向は見えた。


 ヴィクトルが満足そうに笑う。


「これなら、ローデン商会から部材を引いてきても受け側で揃えやすいな」


「そうだね」


「結局、外から何を持ってきても、ここで合わせられなきゃ意味がない」


 その通りだった。


 この工房で規格通りに作れないなら、外からどれだけ良い部材を引いてきても同じ問題が起こる。

 逆に、ここで揃えて作れるなら、量産の入口がようやく見える。


 俺は並べ直した五本の街灯を見た。


 良い街灯を一本作るだけなら、もうできる。

 でも、同じ街灯を五本揃えて作れなければ、工房はただの作業場のままだ。


 まず揃えるべきは材料じゃない。

 作り方そのものだった。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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