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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第9章 リオンの夏休み

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第98話 灯る大通り

 街灯工房が動き出してから数日。


 領都の西門から市場へ続く大通りには、朝から妙な熱気が漂っていた。


 道の両側に、等間隔で穴が掘られている。

 脇には木の支柱がずらりと並び、そのそばで騎士団の人足や工房の職人たちが汗を流していた。


 初回設置分、二十本。


 大通りの左右に十本ずつ。

 工房で規格を揃えながら作った、初めての量産品だ。


「右、もう少し起こして。傾きが出てる」


 俺が声をかけると、支柱を支えていた見習いたちが慌てて力を入れ直した。


「こっちでいいですか!?」


「うん、そのまま。ノル、根元どう?」


 少し離れた場所で別の支柱を見ていたノルが振り向く。


「悪くありません。ですが、三本目の金具だけ一度外した方が良いでしょう。少し締まりが甘い」


 やっぱり出たか。


 初回から全部が完璧にいくとは思っていない。

 こういう細かいズレを潰すための試験導入でもある。


「わかった。三本目はいったん下ろして金具を替える」


 職人たちがすぐに動く。

 この辺の反応は、工房で規格と手順を揃えた成果だろう。

 前なら一本ごとに作り方がぶれて、現場で何を直せばいいかも曖昧だった。


 今は少なくとも、どこがズレていて、何を直せばいいかが見える。


 大通りを行き交う領民たちは、そんな作業を物珍しそうに見ていた。


「何だあれ」

「街灯ってやつらしいぞ」

「昼から立てても意味あるのか?」

「夜になればわかるって話だったぞ」


 ひそひそ声があちこちから聞こえる。


 市場の店主たちも、店先から首を伸ばしてこちらを見ていた。

 冒険者ギルドの前では、依頼帰りらしい連中が立ち止まって、面白がるように笑っている。


 ヴィクトルはそんな人の流れごと観察していた。


「見ろよ、もう注目されてる」


「まあ、これだけ立ててればね」


「いや、そうじゃない」


 ヴィクトルは口元を緩める。


「人間ってのは、自分の暮らしが変わりそうな匂いには勝手に反応するんだ」


 やっぱりこいつは、そういうところを見るのが早い。


 ◇


 昼を過ぎる頃には、二十本すべての支柱が立った。


 等間隔に並ぶ木製の街灯は、昼間に見るとまだ少し頼りなくも見える。

 だが、一本ずつの高さも位置も、試作の頃とは比べものにならないくらい揃っていた。


 工房の見習いの一人――まだ少年と言っていい年頃の職人見習いが、自分の担当した支柱を何度も見上げていた。


「どうした?」


 俺が声をかけると、少年は少し驚いてから慌てて頭を下げた。


「い、いえ……その……」


「何か気になるところでもあった?」


「違います」


 少年は耳まで赤くして言う。


「俺が削った支柱が、ほんとに街に立ってるんだなって思って……」


 その視線の先にあるのは、通りの真ん中ほどに立った一本だった。

 まだ灯っていない。

 ただの木の柱に、金具と灯具がついているだけだ。


 それでも、そこに立っている。


「変な感じです」


 少年が小さく笑った。


「今まで作っても、どうせ部品だしって思ってたんですけど……これは、町の人みんなが見るんですよね」


「そうだね」


「ちょっと、すごいです」


 その言葉に、俺は少しだけ胸が温かくなった。


 少し離れたところでは、年配の職人が金具の最終確認をしていた。

 こちらに気づくと、手を止めて軽く頭を下げる。


「リオン様」


「どう?」


「正直に申し上げれば、最初は半信半疑でした」


 男はそう言って、並んだ街灯を見た。


「街灯を作ると言われても、ただ灯りを増やすだけの仕事かと思っておりました。ですが……こうして並ぶと違いますな」


「違う?」


「ええ」


 男はゆっくりと答えた。


「これは道具じゃない。町そのものを変える仕事です」


 その一言は、妙にまっすぐ胸に入ってきた。


「こんな仕事をさせてもらえるとは思いませんでした。感謝しております」


「……俺の方こそだよ」


 自然とそう返していた。


 もし前世の俺なら、ここで先に気にしていたのは工数と原価と利益率だった気がする。

 もちろん、それは今でも大事だ。

 大事どころか、事業としてやる以上は絶対に見なきゃいけない。


 でも、こうして町の人が変化を待っていて、一緒に働いた人間が自分の仕事に誇りを持っているのを見ると、それだけじゃないんだなと思う。


 数字が合うことと、人が喜ぶこと。

 前世では、その二つをどこか別のものとして見ていた気がする。


 今は違う。

 こういう仕事ができるのは、かなり幸せなことだ。


 ◇


 夕方になると、大通りの空気はさらにざわつき始めた。


 市場の店主たちは店じまいの手を少し遅らせ、子どもたちは親に引っ張られながらも何度も振り返る。

 冒険者たちはギルド前に集まって、面白半分に結果を待っていた。


 母上とミアも来ていた。

 父上は少し遅れて姿を見せる。

 ヴィクトルは、設置された二十本と、その周りに自然と集まっていく人の流れを眺めていた。


 日が沈み始める。


 西門の上にかかる空が、青から紫へ変わっていく。

 通りには影が落ち、普段ならそろそろ人の足が早くなる時間だ。


 ノルが騎士たちへ視線を送った。


「順に点灯」


 短い号令。


 まず一本目に灯りがともる。

 続いて二本目、三本目。

 通りの両端を追うように、青輝石のやわらかな光が次々に灯っていく。


 そして最後の一本に光が入った瞬間、大通りの景色が変わった。


「……おお」


 誰かが、感嘆の声を漏らした。


 それがきっかけだったみたいに、周囲から一斉にざわめきが広がる。


「すごい……」

「夜なのに、こんなに見えるのか」

「市場の先まで見えるぞ」

「足元が全然違う」

「店の看板まではっきり見えるじゃないか」


 西門から市場へ続く大通りが、見違えるように明るくなっていた。


 ただ明るいだけじゃない。

 通りの輪郭がはっきりして、人の顔が見える。

 石畳の段差も、店先の品も、道の先も、ちゃんと“街”として続いて見える。


 今までは日が沈めばそこで縮こまっていた領都の夜が、少しだけ広がったようだった。


 ミアが息を呑んで呟く。


「……本当に、夜道じゃないみたいです」


 母上も周囲を見回しながら頷いた。


「これなら安心して歩けるわね」


 ヴィクトルが通りの先まで目をやって、低く息を吐いた。


「……王都でも、ここまで通り全体が見える灯りはそうないぞ」


「そんなに?」


「少なくとも、俺が見てきた夜道の灯りよりはずっといい」


 やっぱりそうか。


 青輝石の明るさだけじゃない。

 光の回り方そのものが違う。

 前世の知識を応用して広げた光が、この世界の夜にはかなり効いている。


 ちょうどその時、一人の男が市場裏へ抜ける細道へ入ろうとして、通りの明るさに気づいたみたいに足を止めた。

 それまで壁沿いを素早く動いていたのに、急に落ち着かない様子になる。

 近くを巡回していた騎士が視線を向けると、男は何事もなかったみたいに向きを変え、人混みの方へ紛れていった。


 ノルがそれを見て小さく笑う。


「なるほど。見えるだけで、こうも違いますか」


「巡回、かなり楽になる?」


「ええ。少なくとも、隠れたつもりの人間に『見られている』と思わせるだけで効果はあります」


 やっぱり飾りじゃない。

 ちゃんと治安に効いている。


 ヴィクトルも静かに通りを見ていた。


「……なるほどな」


「何?」


「利益が出るとか、広がるとか、そういうことばっかり考えてた」


 ヴィクトルは少し苦笑した。


「もちろんそれも間違ってない。けど、商売の一番面白いところって、案外こういう瞬間なのかもな」


 領民が驚いている。

 職人たちが誇らしそうにしている。

 騎士たちが効果を実感している。


 目の前で、町が少し変わった。


 ヴィクトルがこちらを見る。


「お前、やっぱり面白い奴だよ」


「そっちもね」


 ◇


 その夜、邸に戻ってから父上、ノル、ヴィクトルと今後の方針を話し合った。


 執務室に広げられた地図の上には、西門から市場へ続く大通りと、そこから伸びる主要街道が描かれている。


 父上が先に口を開いた。


「今日の結果は上々だ。領民の反応も悪くない。騎士団の巡回効率も確実に上がるだろう」


 ノルも頷く。


「点灯と消灯の手間はありますが、それを差し引いても価値があります」


「なら次だね」


 俺は地図の上へ指を置いた。


「まずは今の規格で量産体制を作る。領都の主要通り、それから街道でも人通りの多いところを優先して設置していきたい」


 ヴィクトルが腕を組んだまま聞いている。


「ただ、街灯一本を売るみたいな考え方はしたくない」


「ほう」


 父上が少しだけ目を細めた。


「どういうことだ?」


「街灯そのものを広めたいんじゃない。灯りがあることで、街や道がどう変わるかまで含めて広めたいんだ」


 全員が静かにこちらを見る。


「治安が良くなる。警備の負担が減る。夜でも人が少し長く動ける。店の前まで明るくなれば商売も伸びる。見た目も整うし、町の人間も前より外に出やすくなる」


 俺は言葉を選びながら続ける。


「つまり、売りたいのは街灯そのものじゃない。街が変わるっていう結果の方だ」


 少しの沈黙のあと、ヴィクトルが小さく息を吐いた。


「……なるほどな」


 その顔は、いつもの軽さとは少し違った。


「物じゃなくて、その先の変化を見るのか」


「その方が本質じゃない?」


「いや、本当にそうだ」


 ヴィクトルは苦笑混じりに言った。


「俺も商会の跡取りだから、どうしても物の流れとか利益率とか、そういう高いところから見がちなんだよ。でもお前は、そこから先に人がどう動くかを見てる」


 そして、はっきりと言う。


「やっぱりお前は、ただの発明好きじゃないな」


 父上は静かに頷いた。


「わかった。そこまで考えているなら、好きにやれ」


「いいの?」


「その代わり、量産体制と運用は甘く見るな」


 父上の声は落ち着いていたが、強かった。


「街灯を増やすなら、騎士団の巡回路も組み直す必要がある。夜の点灯と朝の消灯、その手順も固めなければならん」


 ノルがすぐに続く。


「そこは私が責任を持ちます。騎士団の側で運用を組みましょう」


「量産体制の方は、俺とヴィクトルで詰めるよ」


「うん。そっちは任せろ」


 ヴィクトルの返事は早かった。


 父上は地図の大通りを指でなぞる。


「まずは領都だ。その次に主要街道。見せるなら、中途半端ではなく、変化がわかる形で進めろ」


「うん」


 その言葉に、自然と力が入った。


 今日、大通りに灯った二十本の光は、ただ明るかっただけじゃない。

 領都の夜の在り方そのものを少し変えた。


 だったら次は、それをもっと広げるだけだ。


 窓の外には、まだ街灯の光が伸びているはずだった。


 領都の夜を照らすその明かりは、もう試作品じゃない。

 これから先のハル領を変えていく、最初の本物の光だった。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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