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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第9章 リオンの夏休み

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第96話 未来への灯り

 翌朝、俺は父上の許可をもらって、領都の西側にある空き倉庫を見に来ていた。


 西門から市場へ向かう道を少し外れた場所。

 荷の出入りには不便すぎず、冒険者ギルドや商人たちの動線からも遠くない。

 古びてはいるが、立地は悪くなかった。


 隣にはノルがいる。


「ここが今使っていない倉庫?」


「ええ。以前は穀物や雑貨の一時保管に使っていましたが、今はほとんど空です」


 扉を開けると、乾いた木と古い埃の匂いがした。

 中は薄暗いが、天井は思っていたより高い。壁際には古い棚が残り、床も一部は傷んでいるものの、張り直せば十分使えそうだった。


 俺は中へ入り、ゆっくり歩く。


 入口近くは完成品の仮置き。

 奥は木材の保管。

 右手に支柱の加工。

 左手に灯具の組立。

 青輝石は湿気を避けて別区画。


 頭の中で、一つずつ配置していく。


「……うん」


「どう見ます?」


 ノルが聞く。


「ここなら木工と組立はいける」


 倉庫の中央まで進みながら言った。


「支柱の加工は問題ない。灯具の取り付けもここで回せる。完成品の仮置きもできるし、領都の中だから設置場所へ運ぶのも楽だ」


「悪くない、ということですな」


「かなりいい方だと思う」


 ただし、全部がここで完結するわけじゃない。


 壁際の古い作業台に手を置いて、俺は小さく息を吐いた。


「木材と青輝石は領内で何とかなる。でも、それだけじゃ街灯は量産できない」


「ガラスと金具ですか」


「うん」


 透明な覆いに使うガラス。

 開閉や固定のための金具。

 蝶番、留め具、細かい細工物。

 屋外で使う以上、雨風に耐える部材も要る。


 試作品は形になった。

 でも、十本、二十本と揃えるなら、同じ規格で安定して作れないと意味がない。


「木工と組立はできる。けど、全工程の内製はまだ無理だな」


 ノルは静かに頷いた。


「まずは外から引きつつ、こちらでできる部分を増やすしかありませんな」


「そういうことになる」


 その時だった。


 外から足音が近づき、倉庫の入口で軽い声がした。


「やっぱりここだったか」


 振り向く。


 立っていたのは、見慣れた顔だった。


「ヴィクトル」


「久しぶりだな、リオン」


 ローデン商会の跡取り。

 学院ではいつも飄々としているが、今の目は完全に商売人のそれだった。


「手紙を読んだら、じっとしてられなくてさ」


「来ると思ってたよ」


 そう返すと、ヴィクトルは楽しそうに笑った。


「ノル、紹介する。学院の同級生で、ローデン商会の跡取り、ヴィクトルだ」


「はじめまして。ノルと申します」


 ノルが一礼する。


 ヴィクトルも軽く手を上げた。


「ヴィクトルです。よろしくお願いします」


 そのまま倉庫の中へ入り、一周する。

 床の軋みを確かめ、棚の傷みを見て、出入口の幅を測るように目を走らせる。

 何気ない動きなのに、ちゃんと値踏みしているのがわかった。


 学院の中で、一番意見が合うのはたぶんこいつだ。


 セレナやエドガーは頭がいい。

 ナディアも落ち着いていて話しやすい。

 でも、“どう動かせば形になるか”を一番自然に考えられるのはヴィクトルだ。


 前世でも、こういう人間と話す時が一番早かった。

 理屈だけでもなく、夢だけでもなく、数字と流れの中で話ができる。

 考え方の相性がいいんだろう。


「悪くないな」


 ヴィクトルが言った。


「最初の工房なら十分だ。全部をやるには狭いが、木工と組立に絞るなら回る」


「俺もそう見てた」


「だろうな」


 ヴィクトルは口元を緩め、それからすぐに顔を締めた。


「で、不足部材は?」


 俺は簡単に整理して伝えた。


「質の安定したガラス。金具類。蝶番、留め具、そういう細工物。木材と青輝石はハル領でいける」


「ふむ」


「試験導入がうまくいけば、その先は本数が一気に増える。だから継続調達が前提になる」


 ヴィクトルは腕を組んだまま少し考え、それからきっぱりと言った。


「なら、早めに内製化を考えた方がいい」


 ノルが横で眉を動かす。


「いきなり、ですか?」


「いきなり全部じゃない」


 ヴィクトルは梁を見上げたまま続けた。


「最初は外から引けばいい。ガラスも金具も、今はそうするしかない。だが、これが本当に回り始めたら、外に頼り続けるのはもったいない」


「利益も主導権も逃げる、ってことだね」


 俺が言うと、ヴィクトルはにやりとした。


「そういうこと。やっぱりお前、話が早いな」


 俺も少し笑う。

 やっぱりこの辺の感覚は近い。


「街灯が領都だけで終わるなら、そこまで急がなくてもいいかもしれない。でも、これって多分そうじゃないだろ?」


 ヴィクトルの言葉に、俺は頷いた。


「王都でも使える。他の領都でも使える。街道に置ければ、夜の治安も物流も変わる」


「だよな」


 ヴィクトルは指を一本立てた。


「治安改善」


 もう一本。


「警備費用の圧縮」


 さらに一本。


「夜の人流増加」


 最後に少し笑う。


「商売の伸び」


 街灯は、ただ明るくするだけの道具じゃない。

 夜道が安全になれば、人が動く。

 人が動けば、物が動く。

 物が動けば、金が動く。


「だから、握れた時の利益はでかい」


 ヴィクトルが言う。


 治安改善の主導権。

 量産による利益。

 他領への供給。

 さらにその先、街灯を足掛かりにした新しい工房や技術。


「街灯は、ハル領の柱になりうる」


 自然と、そう口に出ていた。


 ノルが静かにこちらを見る。

 ヴィクトルは、やっぱりな、という顔で笑った。


「だろうな」


 だが、そのためには壁がある。


「問題は職人だ」


 ヴィクトルが現実へ引き戻すように言った。


「ガラス職人。金具職人。細工物を一定規格で揃えられる人間。今のハル領にはまだ少ないだろ?」


「うん」


 そこが一番大きい。


 材料を外から引くことはできる。

 でも、長く続けるなら、作る人間が必要になる。


 ここでノルが初めて深く頷いた。


「現場から見ても、規格が揃わないのは厄介ですな」


「どういうこと?」


「巡回中に壊れた時、部材や留め具が一本ごとに違えば交換に時間がかかる。夜の見回りで使う以上、直しやすさも重要です」


 その一言で、話が一段現実に落ちた。


「たしかに」


 俺は頷いた。


「作るだけじゃなく、直せないと意味がない」


「ええ。そこまで含めて“使える街灯”でしょう」


 俺は少しだけ黙った。


 いずれは、こういう専門職人を育てる場が必要だ。

 王都にも、この領都にも、貧しさの中で埋もれている人たちはいる。

 事情は様々だろう。

 でも、教育と技術があれば、そこから抜け出せる人も少なくないはずだ。


 ただ、生きるだけで精一杯の人間に、技術を身につける時間はない。

 だからまず、領を豊かにしなければならない。

 ハル領を。

 できれば、この国全体を。


「リオン様?」


 ノルの声で、思考が戻る。


「いや……やっぱり、職人を育てる仕組みもいずれ必要だなと思って」


 ヴィクトルが面白そうに目を細めた。


「そこまで見てるのか」


「見えてしまった、って感じかな」


「悪くない」


 そしてすぐに、商人の顔へ戻る。


「なら方針は簡単だ。最初は外から引け。だが、木工と組立は今すぐハル領で固めろ。その間に規格を作れ。数が読めた時点で、ガラスも金具も呼ぶなり育てるなりすればいい」


 最初から全部抱え込むな。

 でも、将来は自分たちのものにしろ。


 その言い方は、かなりしっくりきた。


「それで行こう」


 俺が言った時、倉庫の入口から父上が入ってきた。


「まとまったようだな」


「うん」


 俺は倉庫の中を見渡しながら答える。


「ここを街灯工房にしたい。木工と組立はここでやる。足りない部材は最初は外から引く。でも、将来的には内製化も視野に入れる」


 父上は静かに頷いた。


「よし。ならこの倉庫を街灯工房として改装させる」


 そのまま一歩進み、倉庫の中を改めて見回す。


「改装費、最初の資材購入費、職人への手当、試験導入分の製作費――そこまでは領の予算で出す」


 俺は父上を見た。


「本当にいいの?」


「ここまで話を聞いて、金を出さぬ方がおかしい」


 父上は淡々と言う。


「試作品の成功は見た。治安への効果も見込める。しかも、それで終わらず将来の柱になる可能性まである。なら、ここは領として賭ける場面だ」


 そこで父上は入口の外へ向かって声を上げた。


「入れ」


 すぐに外で待っていたらしい使用人と下働きたちが、ばたばたと入ってくる。

 後ろには大工らしい男までいた。


 ノルが少しだけ目を見開いた。


「もう呼んでいたのですか」


「話がまとまるなら、その場で動かすつもりだった」


 父上は短く答えると、倉庫の奥を指した。


「まずは床の傷んだ部分を確認しろ。棚は使えるものだけ残せ。今日中に埃を払い、明日から木材を運び込める状態にする」


 大工がすぐに頭を下げる。


「はっ」


「入口脇の空き地には仮置き用の屋根を作れ。青輝石を濡らすな」


「承知しました」


 動きが一気に始まった。


 古い棚が運び出される。

 窓が開け放たれ、埃が光の筋の中で舞う。

 床板を叩いて傷みを確かめる音が響き、外では早くも縄と木材を抱えた人足が走り始めていた。


 さっきまで、ただの空き倉庫だった場所が、目の前で“工房になる前の場所”へ変わっていく。


 その速さに、思わず笑いそうになる。


 父上はやっぱりこういう人だ。

 決めたら、止まらない。


「ただし」


 父上が俺を見る。


「使う以上は結果を見せろ。まずは試験導入区間を確実に形にすることだ」


「うん。やるよ」


 ノルがすぐに続く。


「騎士団からも人手を出せます。重い木材の搬入や、完成品の運搬は手伝えるでしょう」


「商会側も動きますよ」


 ヴィクトルが言う。


「ガラスも金具も、最初の調達はこっちで引きます。ただし、その代わり、規格は最初にきっちり決めましょう」


「もちろん」


 父上は倉庫の中央へ進み、その場を見回した。


 今はまだ、ただの空き倉庫だ。

 埃っぽくて、古びていて、何も始まっていなかった場所。


 でも、もう違って見える。


 ここで支柱が削られ、灯具が組まれ、街灯が量産される。

 それが領都の通りに立ち、夜を変え、人の流れを変えていく。


 その先には、街灯だけじゃない。

 工房。

 職人。

 教育。

 新しい産業。


 まだ形にもなっていない未来が、倉庫の中に薄く重なって見える気がした。


「まずは街灯工房だな」


 そう呟くと、ヴィクトルが横で笑った。


「まずは、な」


 俺も少し笑う。


 たしかにその通りだ。


 いきなり全部は無理だ。

 でも、一歩ずつなら進める。


 そして、今のハル領なら、その一歩にはちゃんと意味がある。


 未来へと繋がる明かりは、もう試作品だけじゃない。

 今度は、事業として動き始める番だった。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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