相撲(悪)
ある小説投稿サイトに、不思議な有料記事が上がっていた。
『SUMO TIMES - 決まり手 - 結びの一番特集 力士の裏教えます。(鍵:1000円)』
興味本位で鍵を購入して読むと、詳細な勝敗予想と、メディアでは決して書かれない裏情報が並んでいた。
【結びの一番 展望】
東横綱・白鷹山 vs 西横綱・黒鉄山
◎ 本命:黒鉄山
今場所 14勝0敗 過去対戦 6勝2敗
立ち合いの鋭さは今場所随一。終盤戦でも勢いは衰えない。
○ 対抗:白鷹山
今場所 13勝1敗 先場所は左膝の負傷で休場
土俵際の粘りは健在だが、左足の状態は万全とは言い難い。
裏情報
黒鉄山、場所前に「異様な稽古量」。一部関係者の間では「今場所は出来すぎ」との声あり。
白鷹山の左膝は、表向きは完治と発表されているが、実際はまだ痛みが残っている模様。
本場所最終日 結びの一番
土俵に上がる前、白鷹山の控え室にノックが響いた。
「どうぞ。」
ドアが開き、入ってきたのは黒鉄山だった。
すでにまわしを締め、表情は冷ややかだ。
「単刀直入に言う。この勝負、勝たせてくれ。」
白鷹山は眉をひそめた。
「……は?」
「2000万出す。優勝すればさらに1000万上乗せだ。その倍でどうだ?」
白鷹山の顔が一瞬で引きつった。
「何を馬鹿なことを……! そんな話、受けるわけがないだろう!」
黒鉄山は動じない。むしろ薄く笑みを浮かべた。
「弟さんの治療費……まだ足りていないんだろう?」
「……っ!」
白鷹山の肩が震えた。
弟は難病を抱え、長年高額な治療費に苦しめられていた。それを黒鉄山が知っている。
「足りなければもっと出す。3000万でも構わない。
どうだ? この勝負、俺に譲ってくれれば、弟さんの治療は確実に続けられるぞ。」
白鷹山の拳が強く握られた。
声が低く、怒りに震える。
「弟をダシにするつもりか……!
そんな卑怯な交渉をするほど、私に勝つ自信がないのか!?」
黒鉄山はゆっくりと首を振った。
「自信はあるさ。だが、確実が一番だ。
お前は左膝がまだ痛むはずだ。土俵の上でわざと左足を狙って潰してやることもできる……が、それでは怪我が悪化して、お前の相撲人生も終わるかもしれない。
それより、綺麗に負けて金をもらった方が、お前にとっても弟にとっても賢い選択だと思うが?」
部屋に重い沈黙が落ちた。
白鷹山は歯を食いしばり、声を絞り出す。
「……絶対に許さない。これは犯罪だぞ。」
黒鉄山は肩をすくめ、静かに立ち上がった。
「返事はNO、ということだな。残念だ。」
ドアを閉める直前、彼は振り返って一言残した。
「土俵の上で後悔するなよ、白鷹山。」
―――結びの一番
「ハッケヨーイ!」
立ち合い。
黒鉄山は鋭く踏み込み、白鷹山の左足側を執拗に狙った。
まわしを掴むたび、左膝やふくらはぎに体重を乗せ、圧迫する。
白鷹山が耐えきれず体勢を崩すと、さらに左足を潰すように押し込み、蹴り足を交えて攻撃した。
白鷹山の左膝に激痛が走る。
顔が歪み、息が荒くなった。
何度も左足を狙われ、ついに体勢が大きく崩れた瞬間
黒鉄山が一気に寄り切り、白鷹山の背中が土俵に叩きつけられた。
黒鉄山の勝利。
白鷹山は土俵上で左足を押さえ、うずくまったまま立ち上がれなかった。
背中は土で茶色く汚れ、左膝は激しく腫れ上がっていた。
数日後——
黒鉄山とその親方は逮捕された。
複数の場所で八百長を行っていたことが内部告発により発覚。
白鷹山への2000万円の提示や、左足の弱点を狙った攻撃も、すべて捜査で明らかになった。
「ふーん。やっぱあの投稿、黒鉄山の仲間が八百長するためのだったか。」
しかし、次の日には新しい投稿がある。
「えっ?なんで?」
『SUMO TIMES-結びの手-白鷹山vs蒼嶺山!大穴予想!増刊号』
『白鷹山の怪我が懸念される。』
内容はやはり、よく分析された勝敗の予測。
密かに相撲好きの間で話題になっていた。
本場所(15日間)が全部終わる。
白鷹山は成績不振を理由に引退を表明した。
引退会見で彼は静かに言った。
「……相撲は、もう終わりにしようと思う。」
引退と同時に投稿は止まり、ユーザーごと削除されていた。
その後、白鷹山は弟と静かに暮らしているという。
生活費の収入は2人しか知らない。
部屋の隅には、使われなくなったノートパソコンが埃をかぶって置かれていた。




