お嬢ちゃんの買い物の護衛だ2
7
ペットボトルが、ゴミ箱の底で乾いた音を立てる。
3時間近いショッピングを終え、俺たちはデパートの専用エレベーターで地下の立体駐車場へと向かった。
高級車専用の駐車場。コンクリートの足音がコツコツと響いた。
レッドアダーが車に爆弾が仕掛けられていると俺に告げてくる。
よくある暗殺の手口だ。
俺は車全体を調べた。
車体の底面には粘土状の物体と遠隔操作型の呪術式信管があった。
こいつがヤバいのは爆発した途端、周囲に呪いをばらまくって事だ。
「どうかしたの、カズヤ?」
イツカが怪訝そうな表情を浮かべる。
「お嬢ちゃん、車から離れるんだ。爆弾が仕掛けられてる」
俺は念動力で信管のパーツを解体し、呪力回路を切断した。
これで信管はもう作動しない。
そのままC4爆弾を瞬時に凍らせてしまう。
信管もC4爆弾も頂いておくか。
特に魔術タイプの信管は結構良い値段がするんだよな。
「こいつはデコイの可能性がある。レッド、他に罠や暗殺者の気配はないか」
「車にはもう罠はないな。乗り込んでも安全だ。ただ、視線は感じるぜ。そろそろ敵さんが直接乗り込んでくるんじゃないのか?」
「それじゃあ、奴らが来る前にとっととズラかるか。というわけだ、お嬢ちゃん。荷物は諦めてくれ。
勿体ないがその大量の買い物袋を車に詰め込むのも抱えて逃げる暇もないからな。
ああ、手の平に持てるような小物類ならいいぞ。そこのネックレスや指輪とかな。
でもドレスや化粧品は置いていけ、ああ、やっぱり一番高い奴なら一着選んでもっていってもいいぞ」
「しょうがないわねっ、命あってのオシャレだしっ」
イツカの奴、意外と潔いな。
こいつの事だから、ごちゃごちゃ言って無理やり持って行こうとするだろうなと思ってたんだが。
おれ達は敵が押し寄せてくる前に駐車場からさっさと退散することにした。
猛スピードで発進する。
マジで間一髪って奴だった。
駐車場の出入り口のゲートを吹き飛ばした途端、背後から緑色に染まった巨大な粘液状の怪物が現れたからだ。
危うく呑み込まれるとこだったな。
グリーンスライムは物理攻撃が通じにくい厄介なモンスターだ。
俺は背後から迫りくるグリーンスライム目掛けてプラズマを放ち、跡形もなく蒸発させてやった。
さてと、海山の爺さん、孫娘の護衛代はたっぷりと弾んでもらうぜ。
8
人間の意識が物理法則を作り上げた。
これは精神工学の考えの一つだ。
最初は量子力学の<シュレーディンガーの猫>から出発して、様々な仮説が唱えられた。
世界崩壊直後の時代だな。
俺は呪術回路が施された信管のパーツを丁寧にクリーニングしていく。
今じゃ考えられないが、かつての時代、この世界に異常な現象が起こって既存文明が崩壊する前の時代、魔術の類は完全に日陰の存在だった。
これらはオカルト知識と呼ばれて、非科学的だとバカにされてきた。
今はどうか?
魔術的図形や呪文の類は論理回路としての立派な研究分野として確立された。
魔術と科学の境界線はあまり意味を成さなくなったし、呪術師とエンジニアは似た者同士のくくりだ。
真言を唱えながら超常的な力を発揮する修行僧や修験者もいる。
魔術とは簡単に言えば物理法則をハッキングすることと思えばいい。
そしてこの信管に刻まれた幾何学模様は配線図であり、回路そのものだ。
俺は更に慎重に模様を刻んでいった。
精密、かつ、緻密に。
淡い紅色の光に染まる信管──幾何学模様回路に沿って光が流れ込み、脈動する。
これで回路のバイパス構成は完了した。
「相変わらず変態的な技術だな、カズヤ。だけどよ、信管はスリーランクはアップしたな。並列処理の効率を87%までアップさせるなんてよ。
こんな芸当出来るのは、ニュートーキョーでもお前くらいなもんだろうぜ」
「だろうな。さてと、飯を食いに行こうぜ、レッド」
俺は作業台に乗せた信管を倉庫の保管棚に閉まった。
9
金持ちは百グラム当たり数万円のステーキを食う。
俺はファーストフードで買った一個二百円のダブルのチーズバーガーを食う。
金持ちはボトル一本当たり数十万円のブランドもののワインを飲む。
俺は百六十円で買った自販機のペットボトルのブラックコーヒーを飲む。
金持ちはステーキにワイン、俺はジャンクフードとペットボトルのコーヒー。
不満?
特にないな。
価値観の違いって奴だ。
イツカお嬢ちゃんのように高級品に金を注ぎ込むのも、俺みたいにガジェット開発に今日の夕飯代まで突っ込むのもそれは本人の自由であり、勝手って奴だ。
俺は食ったバーガーの包み紙を丸めてゴミ箱に放り込んだ。
そういえばお嬢ちゃんだが、あれから屋敷に引きこもってるようだな。
屋敷の周りはボディーガードだらけだ。
あの様子なら当面は大丈夫そうだな。
爺さんのほうも殺しの依頼人は誰か見当はつけてるようだったし。
あの古狸ならもう証拠は掴んでるだろうさ。
さてと、今日はどっかのダンジョンにでも潜り込んでみるか。
俺は早速13区にあるゲートに向かった。
真昼間でも湿った空気が漂う路地裏からセンター街を抜けると目的のダンジョンゲートが見える。
ゲートの周囲にはハンター達がたむろしていた。
比較的若い奴らが多い。
レベルは一桁の駆け出しから15レベル前後のグループ、一番高い奴で22レベルってとこか。
このダンジョンは初級から中級者に人気があるからな。
金持ちのボンボンが親の金で装備品揃えて、養殖でレベル上げするには持って来いだ。
金だけはやたら掛かってそうな肉体強化の術式を施したボディーアーマーを身に纏い、あれこれ指図しているのはどこの上流階級のボンボンなんだか。
まあ、どうでもいい話か。
俺はとっととゲートに足を踏み込んだ。
景色は全く別物に代わる。
そこは廃墟群だ。
朽ちて崩れかけた建物は無数の血管のような蔦に覆われ、瓦礫には植物が生い茂っている。
廃墟マニアにも人気があるダンジョンだ。
撮影した動画で小銭稼ぎする奴らもいる。
ゲート手前のこのエリアを徘徊するのは、レベルの低いモンスターだ。
それを5レベル前後のグループが集団で袋叩きにする。
今も目の前で4レベルのゾンビを3人でタコ殴りにしている4人組がいるしな。
正直、このエリアに興味はない。
俺の目的は最深部にあるからな。
レッドアダーの解説 <シュレーディンガーの猫>
外から見えない箱の中に放射性物質と50%の確率で毒ガスが発生する装置と猫を入れる。
放射性物質物からは小さい粒子が発生していて、その粒子が毒ガスのスイッチを入れる。
猫は死んでいるのか生きているのか。
この時、猫が生きている状態と死んでいる状態が重なるように同時に存在する。
あるいは人間が箱を空けて猫を観測するまで状態は決まらない。
そういう話だと思ってくれ。




