お嬢ちゃんの買い物の護衛だ
5
そんな俺の態度にシマダと呼ばれた護衛が動いた。
腰を落として迫るシマダの動きには無駄がない。
理想的なボクシングスタイルだ。
「もう許さんぞっ、小僧っッ」
間合いを詰めてから右のストレートパンチを繰り出してくる。
空気の震える低音がした。
拳には生体エネルギーが籠っていた。
こいつのスキル能力だな。
生体エネルギーは生物が発する振動だ。
生命振動から生まれる特有の周波数をエネルギーにする。
それを拳やつま先に乗せて波のように放つ技がある。
効果は武術の浸透勁に近い。
まともに食らえば全身の内部にエネルギーが広がり、その衝撃に五体が吹き飛ぶ。
食らった相手の内臓は潰れ、肉は裂け、骨は砕けるだろうな。
ただ、当たらなければどうということはない。
シマダの拳が俺の鼻先に触れる直前、俺は逆に体を半回転させ、素早く奴の軸足を払った。
すると足の支点をずらされたシマダは、慣性の法則に従い、勝手にすっ転んだ。
そのまま床に勢いよくキスする。
その光景に海山の爺さんが見事なもんだと手を叩いた。
「まさかこうもあっさりシマダを返り討ちにするとはなっ。奴は高レベルのベテラングラップラーだぞっ」
俺とレッドアダーは呆れたように顔を見合わせた。
とぼけたジジイだぜ、こいつは。
「レベルは一つの指標だろ。性能を現す数字ってだけで使いこなせるかは別問題だ。それよりも爺さん、あんた、俺にテストしただろう。
何が目的だ?」
「何、腕利きは揃えれば揃えるほど家の格はあがるもんじゃ。どうじゃ、お前、わしに雇われてみんか?」
「野良犬から飼い犬になれってか。悪いが誰かに尻尾を振る気はないぞ、爺さん。特にあんたのような食えない古だぬきの手下なんざ、まっぴらだ」
俺は爺さんの提案を突っぱねた。
「なっ、なによその言い草っ、志波家に雇われたがる人間はゴマンといるのにっ、それも当主たるおじい様からスカウトされるなんて、
このニュートーキョーじゃ、とっても名誉なことなのよっっ」
横からイツカがわなわな桃色髪を震わせながら、ギャーギャーと吠える。
「飼い犬の名誉なんて貰っても別に嬉しくはないぞ、こっちは」
俺はイツカにお嬢ちゃんにそう告げてやる。
「口の減らん小僧じゃな、お前。だが、その度胸は買うぞ」
「別にあんたに買って貰わなくても結構だ」
肩をすくめて俺が言い返すと、爺さんがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「うむ、益々気に入った。どうじゃ、部下になるのは嫌なら食客なら?」
「食客?」
「そうじゃ、これなら上下関係はない。志波家の客人として扱おうではないか」
「要するに助っ人とか専属のフリーランスになれってことか。悪くはない提案だな。それで俺に何をして欲しいんだ?」
「今のところはイツカの護衛といったとこじゃな」
「まあ、いいだろう。ああ、それと言っておくが気に入らないからって俺に殺し屋の真似をさせようなんて思うなよ。
そんな真似してみろ、俺はさっさと降りるからな、爺さん」
6
人が超常的な能力に目覚めたのは、ダンジョンやワームホールがこの世界に出現したり、クリーチャーや外宇宙から飛来したエイリアンが世界に溢れ出してきた時期らしい。
少なくても世界の歴史ではそう書かれている。
世界は一度崩壊し、それから再び復活した。
既存の物理法則や因果律に干渉したり、魔法じみた力や化学が急速に発展し、人類はスキル能力を得て、モンスターと戦いを繰り広げて生存圏を得た。
最初の頃は悲惨そのものだったみたいだな。
なんせ、既存の兵器が通用しないような強力なモンスターもいたからな。
戦車も戦闘機もただ叩き潰されていくだけで全く意味を成さなかった。
まるでブリキのオモチャ扱いだ。
モンスターによっては核兵器すら通じない種類もいたりして、それでどんどん人類は追い詰められていったわけだ。
重力を操作したり、空間を歪曲せさたり、別の次元に本体がいたり、そんな化け物には戦術核すら無意味だったようだな。
まるでSFもののゲームのような世界だな。それも趣味の悪い。
ただ、そんな人類の中には超常的な能力を獲得したりする個体が現れた。
『覚醒者』とか呼ばれた奴らだ。
その覚醒者で人類を守り始めた奴らを『英雄』と呼称した。
とにかく人類は力を得て反撃するために模索した。
強化改造手術を施したり、新兵器を開発したり、クリーチャーを食って能力を得たり、正体不明の高次元存在とも言うべき相手と契約し、力と庇護を受けたり。
とにかく、絶望的な状況の中、生き残ることに人類は必至だったわけだ。
神話に出てくるような怪物が戦車を踏み潰して戦闘機を手で払いのけ、核兵器の直撃を受けても平気なツラで闊歩する、そんな時代だ。
そりゃ、そんな地獄なら生き抜くためには、なりふり構わず何でもするだろう。
俺は古本屋で買ったボロボロになった歴史書を読みながら、ペットボトルのブラックコーヒーを一口啜った。
デパートでは頭桃色お嬢ちゃんことイツカが買い物をしている。
絵にかいたような高級百貨店だ。
イツカの隣では山のような買い物袋を抱えた使用人がヒイヒイ言っている。
ペットボトルのブラックコーヒーを完全に喉に流し込む。
空になったペットボトルを握り潰すと、俺はゴミ箱に放り込んだ。




