55. 夕顔さんのお店
(夕顔さんのお店)
設営はすぐにできた。
照明の関係でくの字型にテントを置き、できた三角地にガーデンチェアとテーブルを置いて、その上と店の周りに照明を付けた。
昼顔さんの占いの店も、拓也が持ってきた折りたたみテーブルと椅子が入り、その中で夏子がお客が来ないかと道ゆく人を睨みつけていた。
「占いなら、看板が要りますね。なに占いですか、星占いとか、タロット占いとか、手相とか?」
拓也が昼顔さんの前に座って、今まで聞いたことのない丁寧な言葉使いで話している。
「さあー、なに占いだろうねえ……、……?」
「……、昼顔かかさんは、人の未来が分かるのよ!」
「へえー、……、予言者ですね……、僕の将来も分かりますかー?」
「……、聞かない方がいいだろう……、それに、運命なんて、本人しだいで、どんどん変わっていくものだから、ここでいっても当てにならないものさあー」
「でも昨日、かかさんは、お爺さんの病気を教えてあげたわよ!」
「そいつは、いいじゃあないですか……、健康占いですね……、あなたの健康を占いますってね。世の中、二人に一人は癌だというから、あなたの癌を占いますの方がいいかもしれませんね」
「はーあんー、意味分からないよ……」
「……、じゃあ、人生占いとか、人生相談とか?」
「もう、何でもいいよ! 好きにやっておくれ……」
しかし、この日は夕暮れまでに、看板がなかったせいか、誰もお客さんは来なかった。
でも、たこ焼きは、昨日と同じくらい売れた。
太陽が沈むと、空き地を吹き抜ける風の冷たさが身に染みる。そろそろ暖房も考えないとやっていけない。それよりも、真冬の木枯らしの中、屋台でやっていけるのだろうか……、それよりも、真冬の寒さの中、お客さんが来るのだろうか……?
そんなことを思っていると、森の方が明るく光が差しているのが見えた。
「……、え、誰かくる……」
その光の正体は、森の中から夕顔さんと姉貴が出てきた。姉貴は、ヘッドランプを付けて、リュックを背負い、両手に大きな壺を抱えていた。夕顔さんも同じ壺を抱えている。
「お姉ちゃん、どうして来たんだ……?」
「……、夕方、家に夕顔さんが来て、お店でお酒を売るから、山の里からお酒を運ぶのを手伝って欲しいと頼まれたのよ……、……」
「ほんと、よく持ってこれたねえ!」
「もうー、重くって、死にそうよ……」
姉貴は、壺をガーデンテーブルの上にドスンと置いた。
壺といっても、姉貴と夕顔さんが持てるくらいだから、一升瓶のちょっと大きいくらいだ。
「私のお店はどこ……、……」
「……、かかさん、ここよ! このテントの中だよ!」
「だれ! この美しい人は……? 蒼の奥さんか?」
昼間、聞いたような拓也の驚きの喚き声で、またもや僕を睨む……
「そうよ! 私のかかさんよ……」
「違うよ! 夕顔さんといって、夏子の母親みたいな人だよ……」
「……、お前は何人母親を作っているんだ……、またそういって、ごまかそうと思っているだろう。ちょっとこっちに来て座れ!」
「俺は、仕事中だ!」
「お客がいないのに、なんの仕事だ……」
嫌なことを言う拓也だ……、でもその時、ちょうどお客さんが来た。
「拓也さんね……、宅がお世話になっています……」
夕顔さんは、傍にいた拓也に僕の奥さんのような挨拶をした。
「いえ、自分こそお世話になっています……」
訳のわからない拓也の慣れない挨拶……
「今日は、お休みですか?御酒を持ってまいりました……、御酒は飲まれますか?」
「……、お酒ですか? 少しですけど……」
拓也は、紳士的に照れている。
「じゃあ、私もたこ焼きで一杯飲もうかな……、晩ご飯もまだだから……」
姉貴も、ガーデンチェアに座って、山の里から持ってきたのか、リュックから木のお椀を五個六個とお酒を注ぐのか竹の柄杓をテーブルに並べた。
「私もたこ焼き食べる……」
夏子も姉貴の横に座った。
「もう、何やってんだか、こんなところで宴会はやめてくれよ!」
「いいじゃないのよ……、お酒のお店なんでしょう? お金も払うわよ!」
「それは、それは、お客様……、他に何かご所望ですか?」
僕は、テーブルに置いてあった壺から白く濁ったお酒を柄杓ですくってお椀に注いだ。
「これ、お酒……、……?」
白く濁ったお酒は、甘い香りがしている。
山の里から持ってきたのなら、平安時代のお酒なのか……、毒味とばかりに一口飲んだ……
「……、美味しい……、……」
口当たりが良く、甘くて美味しい……、お酒の感じがない……、飲めそうなので、テーブルにあったお椀にそれぞれ注いだ。
「……、これ、お酒か? ……、美味しい!」
拓也も、お酒の美味しさがわかったようだ。
「たこ焼きじゃんじゃん持ってこい!」
拓也が威勢よく叫んだ!
「こいつ、もう酔ったのか……?」
昼顔さんも、夕顔さんと代わって、占いの店から出てきて拓也の横に座った。
「お酒……、飲みますか?」
拓也が丁寧な言葉で昼顔さんの前のお椀に柄杓でお酒を入れた。
「あたしゃ、昼顔、お花はお酒を飲まないんだよ。でも、たこ焼きは食べるけどね……」
「たこ焼きが食べられるのなら、お酒も大丈夫ですよ。このお酒……、本当に美味しいですよ!」
「そうかい……、一口、飲もうかね……」
昼顔さんが、恐る恐る口に少し入れた。
「……、甘いお粥と言った感じだね……、美味しいいのかい?」
「そう、そうですね……、ご飯代わりにはなるかと……」
拓也が気まずそうに返事をする。
昼顔さんは、もう一口お酒を飲んだ。
「……、これは、あの和尚が飲んでいた御酒だね。聖観音像に供えるんだとか言って、一生懸命しこたま作っていたが、けっきょく自分が飲みたいだけだったんだ。それを夕顔が持ってきたんだね……」
夕顔さんは、テントの中で笑っていた。
姉貴は、もう一杯お酒を飲んでから話しだした。
「そういえば昨日、刑事が店に来て、あの時の木になった男三人は、目を覚ましたそうよ。それで、なぜか二、三週間くらいの記憶がなくなってしまったようで、なぜ病院に入院しているのか、さっぱり分からないとか言っていたわ」
「……、そいつはよかった。どうでもいいことだけど……」
昼顔さんは、残りのお椀の中のお酒を飲み干した。
「え、え、昼顔さん、人間を木にしちゃうんですか?」
拓也がこの話に首を突っ込んだ。
「……、そうよ……、昼顔さんは、怖いのよ……、昼顔さんの美しさに引かれて、ちょっかい出そうものなら、永遠に木の人間に変えられてしまうのよ!」
姉貴はもう一杯お酒を飲みながら拓也を脅した。
「……、昼顔さんて、魔法使いの魔女なんですか?」
「違うわよ!観音菩薩様よ……」
夏子が怒ったように否定した。
「……、本当はすぐに目を覚ますはずなんだが、ただの夢なんだから……、でも、寄ってたかって病院に入れて、後生大事に重病人のような看護をするから、そのまま気持ちよく木になって寝ていただけさ……、生理的に人間を思い出せば目が覚めるのが道理だ……」
昼顔さんが、もう一杯お椀にお酒を注いだ。
「そうなのね……、……、でも、有馬先生はまだ入院しているわ……」
「あれは、夕顔がやったことだから、生きているだけで儲け物だよ! あの三人も、夕顔だったら、口から花を咲かせて窒息死しているよ……」
それを聞いて、拓也はテントの中の夕顔さんを見た。
「……、あら、私はそんな酷いことはしないわよ……」
話が聞こえたのか、夕顔さんが冷めた顔で微笑んで言った。




