49. 賑やかな移動
(賑やかな移動)
夜、月明かりが庇を明るく照らしていた。
そこには、夕顔さんと姉貴が満月を見ていた。
「綺麗な月ね……、こんなにゆっくり月を眺めたことあったかしら……」
僕は、姉貴の横に座った。
「向こうの世界では見るものが、たくさんあるから、ここではテレビも無いしね……、あるとすれば、月をめでることぐらいだよ」
そう言えば、ここを旅だった時も満月だった。
あれから一か月しか経っていないのか?
もっともっと長く感じるのは気のせいなのか?
「……、ここは静かね……、何の音もしないのね……」
「車も無いし、夜に働く人もいないから……」
「……、ここが、本来の人が生きていく世界なのかも知れないわね……」
「そうだよ……、人はテレビや車や便利な道具がなくても幸せに暮らしていけるんだ……」
「でも、私は今の世界を否定したりはしないわ……、間違っているところは多々あると思うわよ。人間が地球を都合のいいように汚して来たのも事実だから、でも、その中で子供たちは精一杯生きていこうとしているから、そのうち少しずつ良くなっていくと思うわ」
「……、気が遠くなるようなことだね……」
「アオちゃんこそ、ここで一生暮らすつもりではなかったの?」
そうなのだ……、ここで夕顔さんとぼろぼろ赤子を作って暮らすはずだった。
でも、実際は夏子が夕顔さんと寝ているときは手を出さないし、夏子が昼顔さんと寝ているときがチャンスと思って、夕顔さんに抱きつくと、あの魅力的な膨よかな胸に気を取られ、思わず唇を付けてしまうと最後、出てくるお乳を吸わずにはいられない。そして、いつの間にか寝てしまうのだ。
こんなことでは赤子は生まれないと、気をしきしめ思いを遂げることだけを考えて、夕顔さんを抱きしめても、顔はいつの間にか夕顔さんの胸に寄せられ、あの乳房を口に入れてしまう。
これは、夕顔さんの罠ではないかと最近思っている。ぼろぼろ赤子を産みたいといいながらも赤子がどうして生まれるのか知らないのではないかと思っている。まさかコウノトリが赤子を連れてくると思っているのか……、不可解なことばかりだ。
それなら、今度は昼顔さんとちぎりを結ぼうと寝間にしのびこむと、抱きつく前に叩かれて蹴飛ばされて、庭に放り出された。
それで気づいたことは、ここでは赤子が作れないということだ。
そのうち、ますます月見に似てきた夏子に抱きついてしまいそうな自分が怖い……
それなら元いた世界に帰り、たくさんの人の中で秩序正しく服を着て、文化的な暮らしをしている方が気が紛れるというものだ。
でも、そんなことは、さすがに姉貴にも言えない……
「そ、そうなんだけど……、ここでは、やっぱり夏子の幸せが作れないと思ったんだ……、また、元の世界に帰っても、嫌になったらいつでも異世界に帰ってこられるから、それでいいと思うんだ……」
「……、偉い偉い……、立派な父親的発想だね……、なっちゃんにとってそれがいいのかもしれないわね……」
「でも、まだ夏子の気持ちは聞いてないけどね……」
月明かりのせいなのかもしれない。姉貴には子供の頃から何でも話せた。小学校六年生まで一緒の布団で寝ていたせいかもしれない。
「……、お姉ちゃん、明日、帰るんでしょう?」
「そうね……、月曜日は、また学校に行かないとね……」
「夕顔さん……、また秘密の抜け道で送ってくれる?」
今まで一言も喋らず、静かに満月を見ていた夕顔さんに訊いた。
「かまわないわ……、道を開けてあげるわ……」
「よかった……、それならお昼ごろまでここにいられるから、僕たちも一緒に帰るよ……」
「……、なっちゃんと相談しなくていいの?」
「大丈夫だよ……、嫌ならまたすぐに戻ってくるから……」
「……、簡単なのね」
本当だ……、異世界って、僕たちの日常生活の中の隣にある世界なんだ。
翌朝……、……
昨日の夕食の残りご飯を大根の葉っぱと共にお粥にして囲炉裏にかけていると昼顔さんと夕顔さんが異世界に帰る時に着せてくれた服を着て台所に現れた。
その後ろに姉貴がいた。
「夕顔さんたちも一緒に来るっていうから、また服を着てもらったのよ……、裸で公園から家まで来てもらっても困るから……」
「ほんと……、嬉しいよ。また賑やかになるね」
「アオの料理にもあいたところだから、アオの母ちゃんの料理が食べたいよ……」
「……、あのねえ……、食材が野菜しかないんだから……」
それから、夏子を含めて、皆んなで朝食を食べ、後片付けを念入りにして、火の始末を見届けてから、ぞろぞろと五人で家を出た……、はたからみれば、仲の良い家族旅行のお出かけ風景だ。
途中、楢木の大樹に村を守ってもらえるように皆でお願いをした……
今日も雲ひとつないお出かけ日和だ……
でも、そんな青空の中、雲が流れ、風が肌をさするようになると、我が街に帰ってきたようだ……
公園の中は、いつものように人気がなく静かに時間だけを流していた。
街に出ると、平日とは違った賑わいがあった。家の前はお客で溢れていた。
「……、大変だ!大忙しだ……、僕、店を手伝うよ……」
「じゃあ、私も服を着ている次いでに手伝ってやるよ」
「それなら、私は……、お姉さんの部屋で寝かせてもらうわ……」
「お姉ちゃん、萌ちゃんたちに連絡して、また家に遊びに来るように呼んでもいい……?」
「……、そうね……、お手紙もらったから、連絡しないとね……」
やはり、異世界より複雑で慌ただしく忙しいのが我世界なのだ……




