50. 人が木になるということ
(人が木になるということ)
蒼ちゃんと昼顔さんが、そのままお店に入ったので、私となっちゃんと夕顔さんと家の玄関から中に入った。
「私、お部屋で寝てもいいかしら……」
「……、そうよね。まだ昼間だからね……」
夕顔さんは、そのまま二階へ上がっていった。
しばらくして、母が居間に現れた。
「……、早く帰ってきたんだね。また、賑やかくなるね。昼顔さんのためにお風呂、沸かさなくっちゃ……」
母は、嬉しそうにお風呂場に向かった。
私は、やれやれと居間のソファーに座って天井を仰いだ……
「お姉ちゃん、萌ちゃんと和子ちゃんを呼んでもいい?」
「……、そうだったわね……、日曜日だから家にいると思うけど……」
私は、携帯から萌ちゃんに電話をした。そして、萌ちゃんから、和子ちゃんに連絡してもらった。
二人はすぐに現れた……
「萌ちゃん、和子ちゃん、お手紙ありがとう! とっても嬉しかったわ……、それで、飛んで帰ってきちゃった」
「……、もう、突然いなくならないでね……、寂しいから……」
「ごめん、ごめん……、もう、帰ってこないと思っていたから……、私のことは早く忘れた方がいいかなって思って……」
「もう、そんな寂しいことは言わないでよ……、一緒にお風呂に入って、洗いっこした仲なんだから……」
「そうね……、じゃあ、今日もみんなでお風呂に入ろう……、それで、洗いっこしよう……」
三人は、居間のその場で服を脱ぎ出した。
もう、怒る気もなくなった……
「……、あれ……、なっちゃん、少しみない間に大きくなったわね……」
「萌ちゃんこそ……、綺麗になったわね。女の子は成長が早いから……」
彼女たちは、体を触り合いながらお風呂場に向かった。
「……、もう、何やってんだか……」
でも、私も子供たちがお風呂場で何かあっては大変と、その場で服を脱いで、お風呂場に急いだ。
「……、あら、私として恥ずかしい……、子供たちのことは言えないな……」
最近、あたりかまわず、裸になることに抵抗がなくなってきたことに、女としての先行きの不安を感じる。
お風呂から上がると、母がダイニングテーブルで餃子の皮を麺棒で伸ばして作っていた。
子供たちが裸でテーブルに駆け寄る。
「おばさんの餃子って、皮から手作りなのね」
「そうよ! あんこが多いから市販の皮では小さいし、もちもち感が違うからね……」
子供たちは、その手際の良さをじっと見ていた。
「今日の夕飯は餃子ね……」
「……、こんなにたくさんになるとは思ってもみなかったから大変だよ。後から手伝っておくれよ!」
「……、分かったわ……、後で、みんなで手伝おうね……」
母が用意してくれたのか、居間のテーブルにオレンジジュースが置かれていた。
「わたし、餃子、包んどことある……」
でも、萌ちゃんはオレンジジュースよりも、餃子作りに関心があるようで、近くにあった餃子の皮を取ると置いてあったボールのあんこを取って包み出した。
「私も、餃子、包んだことある……」
和子ちゃんも皮をとって包みだした。
「わたし、やったことない……」
萌ちゃんが、なっちゃんに餃子の包み方を教えている。子供たちの自主的に教え合うことは褒められることだが、私のやることがなくなった。
そのおかげで、二十分もしないうちに餃子は完成した。
「早く餃子食べたい!」
なっちゃんが言った。
「じゃあ、少し早いけど餃子、焼いてご飯にしましょう……、その前に、みんな服を着てよ……」
母が私の代わりに言ってくれた。
子供たちは服を着ると、母のいるキッチンの中に入って餃子の焼けるのを興味深く見ていた。
北関東の地域は餃子の街と言われるくらい、餃子が好きな人が集まっている。私もその一人だ。特に母の餃子は、他で食べたものよりも、ずば抜けて美味しい。
子供たちは焼けた餃子をお皿に盛ってもらって、せっせとテーブルに運んでくれた。
私は、お客さんのようにダイニングテーブルの隅に腰掛けた。
子供たちがお茶碗を並べてくれた。
母がお櫃に入ったご飯を持ってきた。
「今日は栗ご飯よ!」
「もう、そんな時期なのね……」
母の栗ご飯も絶品だ。
その時、昼顔さんがダイニングに入ってきた。
「お店はもういいの……?」
「……、あらかた、片付いたよ! ちょうどいい時にきたねえ……、働くとお腹が空くよ」
「ちょっと待っててね、今、餃子焼いてくるから、その間に栗ご飯でも食べていて……」
母は、そう言ってキッチンに入って行った。
「かかさん、私のを食べて……、私が包んだのよ!」
「そうかい、夏子も人間の子になったね……」
昼顔さんは、餃子を一つ口に入れた。
「……、美味しいよ!」
「でも、あんこを包んだだけだけどね……」
「それでも、美味しいよ! 今度、蒼の母ちゃんに作り方を教わって、里でも作るといいよ」
「……、でも、お肉もキャベツも粉も無いわ」
「それなら、また山を下りて、ここに買い出しにくればいいさ……」
「……、でも、かかさん、ここに買い出しに来るくらいなら、ここでととさんのかかさんと餃子を作るわ……」
「そうだね……、お風呂もあるし……、その方が早いか……」
二人の会話を聞いて、私はふと気がついた……
「昼顔さん、そんなに簡単に行ったり来たりできるんですか?」
「……、言うほど簡単じゃあないけどね……、ほら、二時間くらい歩いたじゃないか……」
「それは、極めて簡単なことなんですよ! 私もまた遊びに行こうと思えば行けるんですか?」
「……、行けると思うよ。朝子姉ちゃんは、夕顔に愛されているからね……、それに私もだよ……」
子供たちは、それを聞いて騒ぎだした。
「じゃあ、私もなっちゃんの家に遊びに行ってもいいの?」
萌ちゃんが立ち上がって言った。
「いいともさ……、でも、二時間は山道を歩かなければ辿り着かないけどね。ちゃんとした登山の支度をしてから遊びにおいでよ。山道は危ないから……」
「……、山の上なのね……、近くて遠い所ね……」
「大丈夫だよ、また私、遊びにくるから……」
「でも、私、なっちゃんの家に行きたい。どんな所なの……?」
「……、とっても静かな所よ……、家はこの家の十倍くらい広いのよ。その中にお寺もあるから……、でも、電気もガスもテレビも電話もないのよ。それに、住んでいるのは、私たち四人だけ……、寂しいけど、村中が私の家みたいだから、なんの気兼ねなく、自由に暮らせるわ……」
「……、本当に山の上のキャンプ場みたいな所なのね……、なっちゃんは、そこが好きなのね……」
「大好き!……、でも、この街も好きになってきたわ……、友だちがいるから……」
「好きになってくれて嬉しいわ……、私も山に登る支度ができたら、必ずなっちゃんの家に行くから……、和子ちゃんも行くでしょう?」
「……、私も行きたい!」
「じゃあ、みんなで来てね。また、お手紙書いてね。そしたら、迎えにくるから……、ちょっと大変な山道だから、遭難したら大変だから……」
「遭難するような所なのね……」
「見方によってわね……」
私は、子供たちの楽しい話に水を刺すような気もしたが……
「でも、なっちゃん……、お父さんの話だけど、今度行くところは、東京の前に住んでいたところ見たいよ」
「……、えーえー、聞いてないわ! あんな狭い部屋で四人で暮らすの……?」
なっちゃんは、幻滅した顔で、私に訴えた。
「そうね……、一部屋で四人はね……、間違が起きそうね……」
でも、萌ちゃんは嬉しそうに笑顔で言った。
「でも、それならいいじゃない! 東京なら近くて、電話もできるわ」
「そうだけど……、本当に狭くて汚いところなのよ……」
私も想像して、笑ってしまった。蒼ちゃんが狭い部屋で女の人四人に囲まれて、どぎまぎしている姿を……
夕食も終わって、外はまだ明るかったが、暗くなる前に子供たちを送り届けようと思った。
昼顔さんもなっちゃんも一緒に来てくれると言う。
それでも外に出ると、夕焼け雲が赤く黄色く西の空を染めていた。
子供たちは、手を繋いで「靴がなる」の歌を歌っている。
「……、お手て、繋いで……、野道をゆけえば……」
歌う子供たちが可愛い……
商店街を歩いていると二人の若い男性がにやにやしてこちらに向かってきた。
嫌な予感がした次の瞬間、二人の男は、道を開けるように、歩道の車道側の隅に移動して直立不動で、私たち見過ごした。
私はどうしたのかと振り返って男たちを見たが、あれから彼らは立ったまま動かなかった。




