48. 身近な異世界
(身近な異世界)
森の中は公園の明るさに比べて暗く、木々の湿気なのか寒く感じた。
森の奥は、人の入った気配もなく、大木や細い木などが生い茂り歩く道などなく、枯れ落ち葉の降り積もった腐葉土の上を歩く……
三十分は歩いたと思う……
そんなに深い森ではないはずだ……
「……、どこに行くんだい……、……?」
背中の方から昼顔さんの声が聞こえた。
振り返って見ると、誰もいなかった……
もう一度、前を向いたとき、昼顔さんが仁王立ちに立っていた。
「……、なっちゃんに会って、ミツルと有馬先生を許してもらうように、閻魔様に頼んでもらおうと思って……」
「もう、彼らは許されているよ……、正気を失った時、もう地獄の悪夢は見られなくなる。後は自己修復するのを待つだけさ……、彼らは、素直すぎたのさ……」
「……、じゃあ、どうすることも、できないんですか?」
「時間が、心を癒すのを待つだけだよ……」
「……、そんな……、それは余りにも酷すぎます……」
「それが、犯した罪の償いだよ……、死なないだけ、良しとするさ……、地獄を見させたのは夕顔だよ……、以前の夕顔なら、とっくの昔に死なせているよ」
「……、やっぱり、閻魔様は夕顔さんだったんですね……」
「でも、夕顔も変わったのさ……、蒼と月見に会ったことで……、一緒に暮らしたことで、少しは人間らしくなったのかも知れない……、それにあんたも入っているよ。毎日一緒になってベッドで、裸で抱き合って寝ていればね……」
「そんな……、……、でも、もう、彼らは許されているんですね……」
「そう言うことだ……、それでも夕顔に会いたいかい……?」
「……、……、逢いたい……」
「それなら、そのまま進めばいいさ……、いずれ楢木の大樹に出会えるさ……」
夢でも見ていたように、私はその場に立っていた。
今まで話していたはずの昼顔さんが消えていた。
私は言われるまま、更に森の奥に進んだ……
少し開けたところに出た……、楢木の大樹が周りの木を押し除けて立っていた。
昼顔さんは私に、夕顔さんに逢いたいかと訊いた。
私は、逢いたいと答えた。
私の心の奥の本当の気持ちを昼顔さんは知っていたんだ。
そして、叶えてくれた……
「お姉ちゃんー! お姉ちゃん……」
なっちゃんが裸で駆けてくる……
「……、もうー、なっちゃん、裸でいてはダメでしょう!」
「さっきまで、昼顔さんとお風呂に入っていたのよ。昼顔さんが、お姉ちゃんが来たと言ったから迎えに来たのよ」
「……、それは、ありがとうね……、でも、なっちゃん、そんなに背が伸びてないわね……、もっと大きくなっているかと思った」
「そうかしら……、でもお乳は大きくなったわよ。でも、かかさんたちより小さいけど……」
「……、そのうち大きくなるわよ。我が家の家系だから……」
「お姉ちゃんみたいに……?」
「そうよ……、あと十年もすればね。でもなっちゃんの場合、もっと早いのかな……? それより、お屋敷はどこなの?」
「すぐそこよ……」
見渡せば、大樹の前に大きな寺院があり、その棟続きに神殿造りの大きな屋敷があった。
朽ち果てた囲いの間から庭に入ると、大根や里芋の畑が青々と育っていた。
その反対側にお風呂に入っている昼顔さんがいた。
なっちゃんが、駆け足でお風呂に飛び込んだ。
「お姉ちゃんもお風呂、入ろう……」
「……、そうね……、少し汗になったから、お風呂に入りたいわね……」
神殿の庇を見ると、なっちゃんと昼顔さんの服が脱ぎ散らかしてあった。
「ここでは、何もかも自由なんだ……」
私も、リュックを庇に置いて、その場で服を脱いだ。
「じゃあ、私が出るよ……、ここのお風呂は狭いからねえー」
昼顔さんがお風呂から出ると……
「私も出る……、お姉ちゃん、ゆっくり入っていてね」と、なっちゃんもお風呂から上がっていった。
お風呂はかなりぬるかったが、汗は流せそうだ。
「ありがとうねえー、そういえば、蒼ちゃんはどこにいるの?」
私は湯船の中から聞いた。
「ととさんは、台所で餅を焼いているわよ……、あと、西瓜もあるわよ……」
なっちゃんが嬉しそうに言う。
昼顔さんは、裸のまま庇に座って、なっちゃんにお乳を与えている。
街の雑踏の音もない静寂そのものの世界だ。
ここでなっちゃんが育ち、夕顔さんと昼顔さん、それに蒼ちゃん、私を入れても五人だけの世界なのか?
「お昼ご飯、できたよ……」
蒼ちゃんは、着物姿で台所から出てきた。
「お風呂、入れてもらったよ……」
「よく来たね……、嬉しいよ。でも、学校の方はいいの……?」
「……、みんなに会えたら、すぐに帰るつもりだったけど、なんかのんびりしたくなったよ」
「のんびりしていってよ。ここには何にもないけど、束縛されない自由だけはあるから……」
「……、それはいいことなの……?」
「いいか、悪いかは、分からないけど、僕は好きだな……」
「……、そうね、いいか、悪いかなんか、どうでもいいことに思えてきたわ。ここは、癒されるね……」
「ゆっくりしていってよ……」
「ととさん、お餅と西瓜なんでしょう……、庇の上でみんなと食べたい」
「……、じゃあ、持ってくるよ。でも、夏子も昼顔さんも、着物を着なさい……」
私は、リュックからお気に入りのもこもこパジャマを出して、裸の上から上着だけを着た。
蒼ちゃんの持ってきた醤油の焼き餅には、海苔が巻いてあった。
「あんた、海苔なんか持ってきたの?」
「海苔は、腐らないからいいと思って、あと砂糖も一袋持ってきた……」
「でも、お餅なんか良くあったわね……」
「偶然、倉の中でお米と間違えて発見したんだ」
「忙しい時は、ご飯を炊くより簡単だからね。それに美味しいし……」
「……、いい生活しているわね……、元の世界であくせく働いているのがバカバカしくなってきたわ」
「そんな事はないよ……、ここの生活も、それなりに大変だよ。電気炊飯器も湯沸器もないんだから……、便利なことと引き換えに、仕事に縛られた生活をしているんだよ」
「私も、ととさんを手伝っているのよ!」
「……、なっちゃんは偉いなあ……」
「でも僕たちも、もう一度、元の世界に帰るよ。それで、夏子の戸籍も作る……」
「そうなの……、……?」
「……、夏子の成長が止まったようだから……、きっと夏子の母親の朱夏さんは、十五歳で命を絶たれた。多分、それから先の人生を知らないんだ。だから、その先は夏子が歩む道だと思うんだ……」
「ほんと、それは良かったわ。きっと母さんも父さんも喜ぶわよ!」
「でも、実家には帰れないよ……、夏子を知っている人がたくさんいるから……、また東京に戻ろうかと思っているんだ……」
「それでもいいわよ……、電話くらいできるでしょう……、たまには実家にも帰れるし……」
「そうだね……、また帰ったら、お店を手伝わせようと思っているでしょう?」
「……、当たり前でしょう。我が家の長男ですからね!」
「姉貴こそ、早く結婚しなよ……」
「いったわねえ、一番気にしていることを……、でも蒼ちゃんが元の世界に帰るのなら、私がこの世界に住もうかな……、それで、昼顔さんと夕顔さんと愛し合って暮らすのよ……」
「それはいいねえ……、女三人抱き合って暮らすとするか……」
昼顔さんが賛同してくれた。
「不毛の愛だね……、まるでアマゾネスの世界だ。親が泣くよ……」
「……、いいのよ、私が幸せなら……、そういえば、夕顔さんがいないけど……」
それには、昼顔さんが答えた。
「奥の寝間で寝ているよ。まだ昼間だからね……」
「じゃあ、私も夕顔さんのお乳を飲んでこよう……」
今、言った気持ち……、うっかり冗談っぽく喋ってしまったけど、私の本当の気持ちだった。




