46. 償いの果て
(償いの果て)
朝、布団の中で目覚めた。夢の中で、バラバラの体になったはずの腕や足を確かめる。
それでも、手足があるにも関わらず、思うように動かない。
ベッドから起きあがろうとして、よろけて、床に転がった。体が意味もなく震える。
這うようにして、それでも壁に手をつきながらキッチンのテーブルに着いた。
「調子悪そうねー、お粥でも作ろうか?」
「……、今日、学校休む……、……」
「それが良さそうね……」
これでは、とても椅子に座っていられない。それよりも学校にたどり着けない。病院だ……、病院に行けば眠くならない薬があるかも知れない。
「……、ママ、病院に行く……、連れてって……」
「そうね……、お粥を食べたら行きましょう……」
「ミツルは、何処の病院に行ったの……?」
「……、市民病院よ……」
「じゃあ、僕もそこでいいよ……」
「そうね……」
病院に行けば、何とかなりそうな思いが、食欲を増した。
「お粥が美味しい……、生きているって素晴らしい」
朝食後……、市民病院は、いつものように混雑していた。診察まで一時間以上は待たなければならない。
「ミツルが入院しているんでしょう。僕、見舞いに行ってきていい……?」
「……、それが、面会できないのよ……、安静にしていないとダメなんだって……、ミツル君のお母さんが言っていたわ」
「そんなに悪いの……?」
「そうみたいね……、……」
二時間待ってやっと順番が回ってきた。
「どんな具合ですか?」
優しそうな女医さんだった。
「……、体がバラバラで、思うように動かない。じっとしていると手足が震えてきて……」
僕は震える手を見せた……
「頭をぶったとか、思い当たる事は、ありますか?」
「……、そんな事はないよ! ただ、二日前から地獄の夢を見るんです。その夢の中で体がバラバラにされる。 昨日の夢も、そうでした……」
「夢は、関係ないと思いますが……、一通り検査をしてみましょう」
「先生! 原因は分かっている! 眠らない薬をください。寝るとまた地獄の夢を見るから……」
「それも、含めて検査してからね……」
「……、検査は要らないって言っているでしょう!眠ると地獄に落ちるだ! もう地獄に行きたくない! 寝ちゃあダメなんだ! 薬をください!早くくださいよ!」
優しそうな女医さんだったせいか、分かってくれそうな気がして、思わず叫んでしまった。
「……、分かったわ……、落ち着いてね。地獄の夢を見るのね……」
先生は、問診票を見て訊いた。
「……、八木小学校ですか?」
それには、ママが答えた。
「……、八木小学校六年生です……」
「安倍充君を知っていますか?」
「同じクラスです……、それに同じ団地に住んでいます。それで、ミツルちゃんもここで入院しています」
「……、……、入院して、検査と様子をみましょう……、その方が安心でしょう……」
「何か悪い病気でしょうか?」
ママが再び訊いた。
「検査しないと何とも言えませんが……」
ママが僕に訊いた。
「ショウちゃん、どうする……? 入院してみる?」
「眠くならない薬をくれるなら何でもするよ!」
一通り検査を終えて、用意された病室に入った。
個室だった……、女医さんは、新型の感染症を疑ったんだろう……
「ちくしょう……、眠くならない薬は、いつくれるんだ……」
検査のために病院中を歩き回って疲れたのか、眠くなってきた。
「……、ママ、眠くならない薬をもらってきて……、眠くなってきた……」
「寝てもいいわよ……、ここは病院だから……、でも、もうじき昼食がくるわよ」
ダメだ……、眠らない薬をくれそうもない……
「……、オサムは、元気なのかな……?」
「え、よく知っているわね……、オサム君も今日、入院してくるわよ……、やっぱりインフルエンザのようね……、インフルエンザ脳症になったら怖いので、それで入院みたいよ……、ショウちゃんもね……」
「……、オサムもこの病室に来るの……?」
「多分ね……、貴方たち、本当に仲がいいわね……」
まもなく昼食がきた。それを食べると、さらに眠くなってきた。
「開廷します……、……」
見慣れた風景だ……、ここは閻魔法廷……
「……、裁判長……、教えてください! 罪を犯した人間は、もう二度と天国には行けないのですか?」
閻魔大王とは思えない、黒い服をまとった若いサラリーマン風の裁判長に訊いた。
「……、いいえ、そんなことはありません! 犯した罪は体に刻み込まれ、一生涯その傷を背負って生きていくんです。でも、その傷を覆い隠すほどの善行を積めば、天国に行けますよ……」
「……、裁判長……、善行とは何ですか?」
「良いこと、自分だけではなく、人の幸せになることをすることです」
「……、人の幸せって、何ですか……?」
「悲しみからは遠く、喜びを持って生きること、その手助けができるのなら、貴方の善行になります」
「人の心は見えません。何が良くて、何が悪いのか?」
「その通りです。人の心は複雑です。だからと言って避けていては善行にはならない……、貴方が正しいと思うこと、幸せだと思うことを勇気を持って行ってください……」
「……、……、でも、裁判長、僕はもう死んでいます。善行など積めない……」
「いいえ、貴方は生きています。人は死に、また生まれ変わるように、貴方が眠る時が死で、目覚める時が生まれ変わった時です。貴方自身の命は変わらない。ただ体という器だけが生と死の中で変わっていくのです」
「……、それなら、僕を生まれ変わらせてください! 善行を積みます……」
「それは、地獄に落ちてからのことです……、判決を言い渡します。ショウジ被告は地獄行き……」
「いやだー!、助けてくれー!誰か……、……」
目が覚めると、そこは病室の中だった。
窓のカーテンが閉められ、部屋の明かりは消えていた。
可笑しい……、体が軽い……、手の震えもない……、治ったのか……
「……、さすが病院だ……、お腹が空いた……」
時計を見ると夜の二時……、晩ご飯も食べずに寝ていたのか……
病室の窓から見る街の夜景はイルミネーションのように綺麗だった。
「生きているって、素晴らしい……」
「ショウちゃん……、……?」
同じ病室にオサムがいた。
「……、オサムも入れられたのか……?」
「俺たち仲がいいなー!」
「……、本当だー!」
「ショウちゃん、これからどうする?」
「……、決まっているさ……、俺は自首する……、警察に行く……、病院でもどうにもならない。もう、地獄はたくさんだ……」
「……、俺も行くよ……、……」
「じゃあ、一緒に行くか……、どんなところでも地獄よりマシだ……」
俺たちは、夜中、病院を抜け出して、交番に走った……




