45. 庄司とその仲間の行くへ
(庄司とその仲間の行くへ)
まだ、体の痛みが残っている感じがする。
頭が重い……、手足が震えて力が入らない。
でも、布団の中にいては、また地獄の夢をみる。
「……、起きていなければならない。寝てはダメだ……」
自分に言い聞かせて、台所のテーブルに座った。
「……、……、ママ、今日、学校、休む……」
「……、どうしたの?具合悪そうね……、インフルエンザかしら……?」
「……、そうかもしれない……」
「オサム君とミツルちゃんも、調子が悪いそうよ……、ミツルちゃんは、今日、学校、休ませるってお母さんが言っていたわ」
「オサムとミツルも……、俺のが移ったかな……?」
「それとも、移されたかもね……、ミツルちゃんは重症みたいよ。今日、病院へ連れて行くって言っていたから……」
「ほんと、じゃあ、熱を測って、高かったら僕も病院に行くよ……」
「そうね……、……」
でも、熱は無かった。でも、体が重い……、学校に行ける気分ではないが、家にいては、また寝てしまう。寝てしまえば、また地獄だ……
学校に行けば、とりあえず、起きていなければならない。それに、オサムがいる……、あいつも地獄を見たのか聞いてみたい。
いつもよりも少し遅れて家を出た。
団地を出るとオサムが前を歩いていた。
「……、オサム……、昨日……、地獄の夢見たか?」
地獄という言葉に、オサムの顔は引き攣っていた。
「……、……、見た……、……、ショウちゃんもか?」
「……、見た……、眠るたびに地獄に行くんだ……、眠らないようにしても、寝てしまう。それでまた地獄だ……」
「……、あ、あー、そうだ……、同じだ……、学校に行けば寝ないで済むから……」
「俺もそう思った……、でも、夜になれば寝てしまう……、でも、俺は覚悟を決めた。閻魔法廷なんかぶち壊して逃げるんだ。どうせ死なないんだ……、銃で撃たれても、何されても死なない……、逃げられるさ……」
「……、そうだな……、俺もぶち壊して逃げる……」
そうさ、どうせ夢なんだ。死なないとわかれば、何でもできる。夜の夢が待ち遠しく思えてきた。
午後……、学校から帰ると、ママが夕食の支度をしながら、俺に言った……
「ミツルちゃん、入院したそうよ……」
「……、そんなに悪かったの?一昨日までは元気だったのに……」
「そうなの……? でも、インフルエンザじゃあないみたいよ……、神経内科だそうだから……、見かけ、繊細そうな子だから、ストレスが溜まっていたのかな……? 土曜日にお見舞いに行くから、開けておきなさいよ……」
「……、分かった!」
ミツルも、あんな地獄の夢を何回も見ていたら、気がおかしくなるよ……、俺は夢なんかには負けない。閻魔大王なんか怖くない。
自分で自分を励まし、夜は更けていった。
でも、布団の中に入って寝ようとすると、体がブルブル震えだす。心とは反対に体は怖がっている。
「……、串刺しにされ火の中で焼かれるのは、もう嫌だ。あんな思い、もうしたくない……」
そう思えば思うほど、体の震えが止まらない……
「オサムー! 来てくれたのか、二人でやっつけようーぜ!」
「……、お、おー、ショウちゃんも無事で良かった……」
「お、お、お前、なに握っているんだ?」
「……、これか、ミツルの腕だよ! 一緒に逃げて来たんだが、あいつ足が遅いから、俺が手を握って引っ張って来たんだが、途中で爆弾が落ちて、吹き飛ばされて、起き上がるとミツルの片腕しかなかったんだよ。ぎゅうっと握っていて離れないんだよ……」
「バカ、そんなもの捨てちまえ!」
「……、でも、腕一本でもミツルだから、俺たちと一緒にいたいんじゃないかと思って……、離せないんだよ……」
「……、勝手にしろ!」
ミツルが死んだのか……、昔から背の伸びないやつだった。
「兄ちゃんたち、手伝ってくれ! 防空壕から遺体を出すんだ……」
「防空壕から遺体……、俺たちは、防空壕に入りに来たんだ!」
「もう、ここは駄目だ!撤退する。防空壕の中に武器と弾薬があるんだ!それを持って撤退だ」
「……、何で、防空壕の中で死んでいるんだよ!」
「窒息死だ……、防空壕の周りで火事になると壕の中の空気が無くなって窒息するんだよ。早く遺体を出して武器を持って逃げるんだ。空爆の後は、敵さんの歩兵部隊が来るぞ! 本土決戦だ!」
「ちょっと待ってくれ、戦争は終わったはずだ!」
「なにを言っているんだ! もう東京は落ちた。大本営は、八代に移った。俺たちは、八代への道の防衛にあたる。ここから先は通さない……」
「そんな……、勝てるわけがない……」
俺たちはそれでも防空壕から遺体を引きずり出すのを手伝った。
「母さん!みよ子!……、……」
オサムの母親と妹が引きずり出された。
オサムはその遺体に抱きついて泣いていた……
その次に出されたのが、俺の母親だった。
俺は泣かない。これが戦争だ。この仇は敵の血で償わせてやる……
壕の奥から出されたのが、小銃と弾薬と手榴弾だけだった。でも、その量は一小隊分はあった。
俺たちにも小銃と弾薬、手榴弾が渡された。
遠くで砲弾の破裂する音がする。
「早いな……、こんな塹壕の無いところでは戦えない。第一防衛線まで下がるぞ!」
大人たちは、一斉に移動を始めた。
「オサム……、行くぞ……」
遺体に泣き伏せているオサムの腕を引っ張った。
オサムは突然立ち上がって、爆音のする方に喚きながら走り出した。
「待て、オサム……、そっちに行くな!」
5分も走ったけれど、オサムに追いつけない。
砲弾の破裂音が鳴り止まない。
近くで落ちている。ここは危ない……
「……、オサム! 止まれ! どこいくんだ……」
目の前で雷が落ちたような爆音と吹き飛んだ土砂が俺の上に覆いかぶさる。
地面に伏せる暇もなく、その場に突っ立ってしまった。体が硬直して動かない。土砂が混じった衝撃波が体を覆いその痛みにも耐えた。
しかし、何か大きな塊が、俺の体にぶつかり、一緒に後方に吹き飛ばされた。
飛んできた塊はオサムだった。
「オサム!大丈夫か……?」
「……、ちくしょう……、吹き飛ばされた! 目が見えね……」
オサムの両方の足がない。それと右手がない……
ミツルの腕を持った左手は無事で、今もミツルの腕を握っていた。
砲弾の破片が刺さっているのか、胴体は血まみれだった。
「オサム……、逃げるぞ! おぶってやるからさ……」
「ショウちゃん一人で逃げろ……、……」
「……、いいから、俺に任せろ……」
オサムを背負うと、手足が無いせいか、意外と軽かった……
それでも砲撃は収まらず、近くで落て爆風が体を通り抜けてゆく……
機銃掃射の音がする。これとは対照的に単発の小銃の音がかぶさって聞こえる。
俺は思わずオサムを背負ったまま地べたに伏せた。
伏せたところは生暖かく体が半分ない死体の上だった。
「ひえー、……、……」
一度だけ大きな声で叫んでしまった。
顔を上げて周りを見ると地面を覆い尽くす、死体の山だった。
俺はもう一度立って起き上がると機銃掃射の音がする。その音と共に背中のオサムを突き抜けて、俺の内臓にゴロゴロ突き刺さる感触が伝わってくる。
「やられた……、……」
力が入らなくなり、オサムを背負ったまま、その場にうつ伏せになった。
大勢の人の話し声がする。何を言っているのかわからない。
急に体が軽くなり、オサムの体がどかされ、誰かが俺を仰向けに返した。
何人かの人と何本もの銃口が俺に向けられた。
笑っている男の顔が見えた。
目と鼻ほどの近距離の一斉射撃なのか、自動小銃の乾いた音が鳴り響き、俺の体はその威力でバラバラに吹き飛びながら、なおも死ねずに意識ははっきりしていた。
でも、そこは布団の中だった。
「……、夢か……、閻魔の地獄ではなく、戦争の地獄なんだ……、……、どちらも地獄……、……」
しかし、閻魔の地獄よりも、戦争の地獄の方が恐怖の思いが心を潰し、残酷な描写は、さらに心を破壊する。
人はどこまで残酷になれるのかと考えていた。
「ショウちゃん、無事でよかった……、……」
振り返るとオサムがミツルの腕だけを握って立っていた。
「ちくしょう! もうこんな地獄は嫌だ!」
俺はミツルを置いて駆け出した。
「ショウちゃん、そちに行ってはダメだ!」
飛来音と共に雷のような爆音、吹き飛んだ土砂と共に体が宙に浮いた。手足が吹き飛ぶ感触がある。
俺は地べたを転げ回った。
「ショウちゃん、大丈夫か……?」
オサムが駆けつけて来てくれた。
「……、大丈夫なわけねえだろう……」
「俺がおぶってやるよ!」
「バカ! 俺はいいから早く逃げろ!」
「置いて行けないよ!俺に任せろ……」
オサムは、ミツルの腕を離して、俺をおぶさってくれた。
しかし機銃掃射の音がして、俺の背中を突き抜けて行く……
オサムがその場でうずくまった。
何人もの兵隊が来て、俺をオサムから引き剥がし、
仰向けになったオサムに五人六人の兵隊が取り囲み、自動小銃の銃口をオサムに向けて連射した。
オサムの体はこっぱみじんに粉砕され、次にその銃口は俺に向けられた。
容赦なく、連射の銃弾が俺の体も突き抜けて粉砕された。
頭が動体から離れて地べたを転げ回るのを感じた。
気がつくと布団の中だった。
しかし、目が覚めても銃弾が体の中を貫通してく感触が、体を硬直させブルブル振るわせる。
その地獄の戦争の夢は、朝まで何度も繰り返された。




