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40. 庭に咲く夕顔の花

(庭に咲く夕顔の花)


 私は、もこもこのパジャマセットを裸の上から着た。

 夕顔さんも、そのまま白小袖を着た。

 居間に降りると、4人掛けの小さなダイニングテーブルは満席で、その端と端に母と私の席が作られてあった。

 父とあおちゃんは、居間のテレビの前のソファーに追い出されていた。

「今日は、手巻き寿司なのね……」

「たくさんだからね……、手間が省けていいだろう……、それに美味しいし……」

 なっちゃんは、和子ちゃんに手巻き寿司を作って渡していた。

 和子ちゃんは、それを黙って食べていた。

 ときより、あおちゃんがダイニングテーブルに来て、焼き海苔の全形の一枚分に具材をまとめて詰め込み、太巻きにして二本作って持っていく……

 それを父と二人でかぶりついてテレビを見ている。

 昔から、あの二人は少しずつ海苔を巻いて食べるのがめんどくさいと言って太巻きにして食べていた。今だにその癖は治らない。

 特に会話などない自由気ままな食卓だ。

「なっちゃん、今日は何をしていたの……?」

 なっちゃんには、学校に来てほしいと思っていたが、和子ちゃんがいたので、その話題を避けた。

「……、今日、……、かかさんと公園の森を通って、山に帰れるか試してみていたのよ……」

「……、え、えー、公園の森と山と繋がっているの?」

「そうなのよ! 森の中をぐるぐる回っていると、そのうち出口が分からなくなるのよ。迷子になって行き着く先は、元いた山の森の中だったわ……」

「……、それからどうしたの……?」

「まだ、お寺と家がある事を確認して帰ってきたのよ。今度、お布団を持って行こうかと思っているわ……、本当はベッドを持って行きたいけど、ちょっと無理よね……」

 なっちゃんは、嬉しそうに話す。

「……、でも、そんなに簡単に向こうの世界に行けるのなら、私も行けるかしら……?」

「もちろん行けるさー! でも、私か夕顔がいないと道は開かないけどね……」

「やっぱりそう言う事なのね……」

「でも、お姉ちゃん、何にもない世界なのよ……、お風呂なんか、半日かけて沸かすのよ……、こんなに美味しいお寿司もないし、あるのは、味噌と塩だけよ、(ひしお)も少しあるけどね……」

「でも、なっちゃんは、帰りたいのね……」

「……、不思議よね……、不便の中にこそ、生きている実感がするわ。私、ここに来て、何もする事がないもの……」

「そんな事はないわよ。和子ちゃんをこの家に連れて来てくれたじゃないの……」

「ここに連れて来たのは昼顔さんよ……」

 なっちゃんは、手巻き寿司を作って食べた。

「だって、この子、こんなに小さいのに心の奥で、もう死んでしまってもいいって思っていたんだよ……、ほっとけないじゃないか……」

 昼顔さんも、そう言ってお寿司を口の中に入れた。

「和子ちゃん、辛くなったら、いつでも先生の家に来ていいから……、我慢して死んじゃ駄目よ……」

「私、ここにずっといてもいいの……?」

 遠慮気味に少しずつ食べていた和子ちゃんが、初めて言葉を発して、私を見た。

「いいよ、いいよ!うちの子になりなよ……」

 母が思わず大きな声で言った。

「……、そうね、一時預かりなら私の家でも良いかもしれないわね。その間に和子ちゃんのお母さんと話をするわ」

「よかったね! 明日も一緒にお風呂入ろうね……」

 なっちゃんが嬉しそうに言う。

 和子ちゃんも、嬉しそうに笑顔を見せた。

「それなら、なっちゃんも一緒に学校に来ればいいのに……」

「明日はだめよ! 山にお布団運ぶんだから……」

「もうー、そんなこと言って、萌ちゃんが、なっちゃんはどうしたのって訊いてきたわよ」

「ほんと、お友達にしてくれるって言っていたわ。今度、うちに来てもらってもいいかな……?」

「いいとも……、お友達、たくさん連れておいで……」

 母が嬉しそうに言う。

「和子ちゃん、六年三組の里中萌ちゃんに、私の家に遊びに来てって誘ってくれない……?」

「私が、誘うの……?」

「……、そうよ! それで、三人でお風呂入りましょう……、楽しいわよ」

「もうー、お風呂は、プールじゃないからね……」


 あらかた、手巻き寿司も食べ終わると……

「お乳、お乳……、……」

「今、ご飯食べたばかりでしょう!」

「わたし、夕顔かかさんと寝るから、和子ちゃんは、昼顔かかさんと寝てね……」

「……、じゃー、私はどこで寝るのよ?」

「お姉ちゃんは、ととさんと居間で一緒に寝てね。ととさんもお乳好きだから、お乳あげてね……」

「あ、あげるわけないでしょう!」

 なっちゃんはそう言って、さっさと夕顔さんと二階に上がって行った。

「和子ちゃん、おいで、お乳をあげるから……」

 昼顔さんは、そう言って和子ちゃんを連れて二階に上がって行った。


 夜も更けて、寝静まったテレビのある居間で、私はあおちゃんと二人で寝ていた。

「……、部屋、取られちゃったね……、こうしているとキャンプのテントを思い出すね」

 あおちゃんは、ソファーの上で寝袋にくるまって寝ている。

 私はその下で、エアーマットを引いて、寝袋で寝ている。

 昔、よく家族でキャンプに出かけていた。私が先生になった頃から、だんだん遠ざかっていた。

 でも、キャンプ道具は今も健在だった。

 あおちゃんと一緒の部屋で寝るのも久々だ……

「……、いつ山に帰るのよ……?」

「さー、分からないけど……、夏子が帰りたいと思えば、すぐにでも帰るけどね……、もう準備はできているから……」

「……、そうなのね……、でも、あの子、山に帰る気があるのかしら……、友達呼んでお風呂に入るとか言って……」

「それなら、それでいいけど……、でも、この街には、そう長くはいられない。じきに夏子は十五歳くらいに成長する。また、東京に戻ろうかな……」

「……、そうね……、東京なら近くていいじゃない……、でも、東京に行ったっきり十年も帰ってこなかったという前歴があるからな……」

「それは、実家に帰っても店を手伝うだけだから、それなら東京で仕事していた方がいいじゃん」

「今度も帰ってこないつもりね……」

「いや……、帰ってくるよ。少し大人になった。親の気持ちが分かるようになったから……」

「遅い!今頃気づくとは……」


 あおちゃんは気付いているだろうか……、家の居間の前の庭に季節外れの夕顔の白い花が咲いていることを……、誰も植えていないのに、何処からともなく自然に生えてきた。まるで、夕顔さんのように……


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