37. 近くて遠い異世界の山
(近くて遠い異世界の山)
「夏子、もう帰りたくなったのかい……」
「いいのよ、帰りましょう。また四人で暮らしましょう。迎えに来たのよ……」
その聞き覚えのある声に釣られて、店の外を見ると、膝上の短い赤い着物の昼顔さんと白小袖の夕顔さんが立っていた。
「かかさん! かかさん! お乳……、お乳……」
夏子は、僕から飛び跳ねて外に出て、昼顔さんに飛びついた。
昼顔さんは、飛んで来た夏子を抱きかかえた。
「夏子、重くなったね……」
「……、失礼ねー、私、太ってないわよ!」
夏子はそういって、昼顔さんの襟元をはだけさせ、お乳を出した。
僕も後を追って外に出て周りを気にした。
「二人とも、ひとまず、早く家の中に入って……」
僕は、二人を玄関に押し込むと、一足先に居間に入った。
「父ちゃん、お店、見ていて……」
「帰って来たんだね……、大歓迎だよ……、ゆっくりしていってください」
父親は、二人を見て嬉しそうに、にこにこ笑顔でお店に出て行った。
「母ちゃん、また昼顔さんと夕顔さんが帰って来たから……」
僕は、台所仕事をしていた母に言った。
母も嬉しそうに台所から出て来て二人を見た。
「いらっしゃい……、じゃー、お風呂だね……」
母はそういって、お風呂場に消えた。
「……、嬉しいねー! せっかくだから、ちょっと厄介になってから、帰ろうか……」
「……、私は、構わないわ……、また、ベッドで寝てもいいかしら……?」
夕顔さんは、目を細めて今にも寝てしまいそうだ。
「そうだね……、まだお昼前だから眠たいよね。居間で寝ては困るから、またお姉ちゃんの部屋で寝ていてよ。僕も行くから……」
「……、そうさせてもらうわ……」
夕顔さんは、一人二階へ上がって行った。
僕も後から着いていくと……、昼顔さんに後ろ襟を掴まれた。
「お前は、たこ焼きだろ。お客が来ているぞ!」
「やっぱり、そうだね……」
後は、母に任せて、店に出た。その前に学校に電話して夏子が帰って来たことを連絡した。
夕方……、……
姉貴が学校から帰って来た。
「……、ちょっと店が終わったら、すぐに話したい事があるから、私の部屋に来て……」
そう言い放って、姉貴は玄関に向かった。
学校で厄介な事になっているなと想像がついた。
それは、半日も経たないうちに夏子が泣いて帰って来た事で分かった。
ここには、もうあまり長くはいられないと思った。
それは、最初に夏子の戸籍がない事で分かっていたこと……
夕顔さん達と一緒に山に帰ろうか? それが一番良い事に思えてきた。
言われたように、ご飯前に姉貴の部屋に行った。
ドアをノックしても返事がない。 開けて入ると……
「……、あら、何かしら……、貴方も一緒に寝たいの?」
夕顔さんが、寝たまま返事をした。
姉貴は裸で夕顔さんに抱かれて眠っていた。
夕顔さんのお乳を飲んだんだ……
「お、お邪魔しました……」
僕は慌ててドアを閉めた。
ついでに自分の部屋のドアも開けて覗いてみた。
やっぱり、昼顔さんと夏子が裸で寝ていた。
また、僕の寝床がなくなった。
一つ大きくため息をして、居間に降りた。
「今日もカレー、……、……」
その匂いで分かった。
「……、え、三人はどうしたんだい……?」
母がダイニングテーブルにカレーを用意しながら訊いた。
「あ、多分、夜ご飯はいらないと思うよ。また、朝に食べると思うから、取っておいてよ……」
「そうかい……、この前来たとき、評判が良かったから、また作ったのに……、今日は白身魚のフライだよ……」
「いいね……、僕の大好物だー! タルタルソースも付けてくれた……」
「面倒だけど作ってやったよ……」
「……、嬉しいよ!」
「朝子は、どうしたんだい……?」
「お姉ちゃんも夕顔さんと寝ているよ……、また、夜中に起きたら食べるんじゃないかな……」
「二人とも仲がいいね……」
「良すぎても困るけど……、早く結婚しないと……」
「本当だね……、学校の先生は忙しいから……」
「……、そんな事言っている場合じゃないと思うけど……、もう、三十二だろう……」
夕食後……、……
山に帰る準備をした。早く帰らないと、山は雪に閉ざされる。今帰れば、ギリギリのところだと安堵した。
「100円ライターは、山ほど持って行こう……、火を起こすのが一番苦労した。後は何とかなる……」
一通りリュックの中身を点検して、仕舞って、ソファーの上で寝ていると、音を立てずに姉貴が着替えを抱えて裸で二階から降りて来た。
「何で、ソファーで寝ているのよ!」
「……、また、昼顔さんと夏子にベッドを取られたんだよ……」
「まあーいいわ。お風呂から出たら話があるから、待ってなさいよ……」
「何処にも行けないよ……、それより、晩ご飯食べる? 用意しておくけど……」
「食べる……、……」
しばらくして、もこもこのパジャマセットを着た姉貴が、ダイニングテーブルの僕が用意したカレーの前に座った。
僕は姉貴の前に座って、白身魚のフライにタルタルソースを乗せて、おやつ代わりに、それだけ食べた。
「……、なっちゃんは、本当にあおちゃんの子なの?」
「やっぱりその事だね……、間違いなく僕の子供だよ。でも、夕顔さんや昼顔さんを見て分かるように、この世界の人ではないから……」
「……、やっぱり宇宙人……、……」
「いや……、そこまで言わないけど……、それなら、もっと話は簡単だけれど……、事実はもっと複雑で、僕にも訳が分からないから……、ただ、事実を受け入れて、それに従っているだけだから……」
「……、何言っているのかわからないわ……」
姉貴は、旨そうにカレーを食べながら言った。
「彼女たちは異世界の人なんだ……、僕は異世界に迷い込んで、月見草の彼女と結ばれて夏子が産まれた……、簡単にいうとそういう事なんだ……」
「……、あんた、漫画の読みすぎ……」
姉貴は笑わずに、白身魚のフライを食べた。
「でも、本当の事だから、言ってしまえば、夏子が産まれて、まだ一年も経っていないんだ……、それなのに、もう十歳か十二歳くらいに見える……」
「……、そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう」
姉貴は初めて笑って僕を見た。
「でも、夕顔さんを見てよ……、普通の人には見えないでしょう。僕が暮らしていた異世界の和尚さんは、夕顔さんのことを聖観音像が人の姿で現れたと言っていた。多分、昼顔さんも同じで、夏子もその血を引いている……、でも半分は僕の血だ……、でも、この世界では暮らせない。夏子はやっぱり異世界の子だから……」
姉貴は黙って、最後まで僕の話を聞いていてくれた。
「……、信じられない話だけど、夕顔さんを見ていると、なんとなくそんな気がする……、これからどうするのよ……?」
「夏子も異世界に帰りたがっているから……、夕顔さん達と一緒に、また異世界に帰るよ。 その為に夕顔さん達が迎えに来てくれたから……」
「……、帰るって、またこの家を出て行くの……?」
「ごめん……、親の面倒を見れなくて……、……」
「……、そんなことはいいけど……」
「でも、何かの切っ掛けで、また帰ってこられるかもしれないし……」
「……、また、夕顔さんを連れて帰って来てね」
「できたら、そうするよ……」




