060「一般少年、アイドル少女と話す」
イベントホールは学園の校舎とは切り離されているため、一度玄関から外に出て敷地内にある中庭を通っていく。
中庭では、談笑や記念撮影をしている生徒がいくらか居て、俺はその横を通り抜ける。
流石にこんな日に解放されてもいないイベントホールに用がある人間など居ないようで、イベントホールに近づけば近づくほど周囲から人気がなくなっていく。
イベントホールの入口が視認できる距離まで来ると、入口のすぐ近くで佇む宮川の姿も見つける。
宮川は俺の姿にはまだ気付いていないようで、俺に背を向けながら空を見て呆然と立ち尽くしていた。
とはいえ、十メートルくらいの距離になれば宮川も足音で気付き、俺の方を振り返る。
「修斗さん」
宮川は微笑むものの、いつも通りとは言えない少し硬い笑顔だった。
「メッセージじゃなく直接声かけていけよな。一瞬先に帰ったのかと思ったぞ」
「す、すみません……。なんとなく直接は声をかけにくくて……」
宮川はもじもじしながら苦笑する。
「まあいいけど。で、なんでこんな微妙な場所?」
学園の敷地内とはいえ、室内ではないこの場所を選んだ理由がわからなかった俺は、宮川に尋ねる。
「えっと……何か思い出の場所で話せたらいいなと思って探してたんですけど、思ったよりも学校の中だとそういう場所がないなと」
「……そうだな。ほとんど学園の外のことが多かった気もする。学園内だとほぼ教室くらいか」
宮川に言われて、記憶を辿るも大体学園外のことが多かった。
公園やら駅前やら、印象的な出来事は大抵外で起こっていた気がする。学園内は日常的な部分が多く、そういった意味では学園内では教室が思い出の場所に当たることになるだろう。
「教室は人も居ましたし、そうなると本当に無くて。でも、私にとって一番重要な出来事はやっぱり学園祭だと思うんです。だから、直接思い出がある訳では無いですけど、学園祭が行われたこのイベントホールでお話したいと思いました」
「で、当然イベントホールは入れる訳なかったと」
「うっ……はい……」
宮川は肩を竦めて首肯した。
「だが、確かに学園祭は思い出深いな。学園祭前から藤田にチケット押し付けられて、あんたとBORDERLESSのライブ行かされたりしてはいたが、桜庭に巻き込まれて学園祭に出ることになってから、よりあんたのことを知ることになったな」
「あの時は本当にお見苦しいところをお見せしてしまいました……」
落ち込むような恥じるような複雑な表情を見せる宮川。
自分の体の限界を迎えそうなのにも関わらず、不安を拭いきれなくて練習を続けようとする。初めて宮川が取り乱して大泣きしているのを見たのは、あの公園での出来事だ。
思えば、あの時に俺の中での宮川が"放っておけない人間"の枠に入ったんだろう。
「それに、結局ステージ倒れてしまって、修斗さんに報いることができませんでした」
「前も言ったろ。あれは俺自身の過去のやり直しを勝手にやろうとしてただけだって」
「いえ! それでも私は――って、似たようなやりとりは前にもしましたね」
「ああ、したな。今ので鮮明に思い出したわ」
あれから一年以上経って、当時よりも関係は深まってるのにも関わらず、ほぼ同じ問答をしそうになったことに、お互い変わらないなと笑い合う。
「その後は、ライブにも来てくれましたね」
「あー。藤田に連れられて行った奴な」
クリスマスに行われた宮川の所属する事務所が主催のライブだったと記憶している。
ライブイベントなんて、宮川と行くことになったBORDERLESSの奴と学園祭くらいしか知らなかったから、それとは規模も雰囲気も違ったライブに多少戸惑った覚えがある。
「少し恥ずかしかったですけど、でも、凄く嬉しかったのを覚えています」
「そりゃ良かった」
「あの……ライブ終わりに撮ったチェキってまだ持ってるんですか……?」
あまり思い出したくない記憶を掘り返されて、思わず天を仰ぐ。
「……あるよ。家に置いてある」
「そ、そうですか」
「持ってたのがそんなに意外か?」
宮川の表情からそんな雰囲気を感じ取って、俺は問い掛ける。
「だって、凄く嫌そうだったじゃないですか! だから、すぐ捨てられちゃったのかなって……」
「嫌そうっていうか、気まずかったんだよ。同い年の女子と二人で写真撮ったことなんてなかったんだから当然だろうが」
捨てずに取って置いてはあるものの、撮った当時からあのチェキはほとんど直視していない。
見れば恥ずかしさで死にそうになること請け合いだからだ。
今であればいくらかマシな気持ちで見れるんじゃないかとは思うが……まあ、やめておこう。
「わ、私だって恥ずかしくはあったんですよ!? だから、大切にしてくださいね……?」
「わかったよ」
宮川との間に少しの間沈黙が流れる。
「次にあったのは――」
「その話はいいだろ」
宮川が口を開いたのに割り込んで制止する。
次に起こったことと言えば、年明けの冬休みが終わった後。俺よりも宮川の方が思い出したくもないだろう出来事。
「……はい。でも、一つだけ。私はたぶん、あの時修斗さんに恋したんだと思います」
宮川は小さくぽつりと呟くように言った。
「思います?」
「当時はそんなことを考える余裕がなかったですから。でも、後になって考えた時、私が修斗さんを好きになったのは、あの助けに来てくれた時だって思ったんです」
真っ直ぐ俺を見つめて宮川は話す。
「なるほどな。だから、母さんを彼女だと勘違いして突撃してきたのか」
「うっ……! その話もそれはそれでしたくない話ではあるんですけど……!」
俺と母さんが歩いていたのを見かけた宮川が勘違いした話。
まあ、今なお高校生やら大学生くらいに見間違われる母さんにも非があると言えばそうなのだが。
「でも、あの時は凄くびっくりしましたよ! 修斗さんのお母さんがアイドルだったなんて」
「ああ、あんまり気にしたことなかったが相当人気があったらしいな」
母さんがアイドルだったことは、なんとなく聞いたことがあったが、それがどれほどの人気だったかとかは本人から話したりしなかったし、俺も特に気にも留めていなかった。
事務所が安泰であれば、桜庭レベルのアイドルまで上り詰められただろうことは、あの後未来に力説された。
「学園祭の時に、アイドルやったことないはずなのにすぐ適応してて凄いと思ってましたが、お母さんからの遺伝だったんですね」
「仮に遺伝してるんだったら、もうちょい発揮されて欲しかったがな」
俺はそう自嘲しながら苦笑する。
学園祭練習をしていた当時は、時間がそもそもなかったのもあるが、結構死に物狂いでやっていた記憶がある。
「その後は……二回目の学園祭ですね」
二回目の学園祭は、一回目とは違って俺が何か関わるようなことはほぼなかった。
宮川や同じメンバーであるU-rioの二人にもトラブルが起きたりもしなかった。
「……当日に予定入れちまったのは悪かった。デリカシーなかった」
学園祭開催の前日。宮川の出番からすれば二日前。
中学の頃の同じバスケ部だった奴に助っ人を頼まれる。当時は、今年は学園祭と無関係だと考えていた俺はそれを承諾してしまう。
それを知った藤田にはめちゃくちゃ絞られたし、玉城にも優先順位を考えろと糾弾された。
「いえいえ! それだけのことで不安定になってしまう私が悪いんです!」
宮川は大袈裟すぎるくらい首と手を横に振る。
「……これからは、ああやって修斗さんに背中を押して貰うこともできないんです。私一人でもやっていけるようにならないと駄目ですから」
まるで自分に誓うように呟く宮川。
「……そうだな。ただまあ、頑張りは見ててやる。遠くからではあるが」
「はいっ!」
宮川が笑顔でそう返事をするのと同時に、学園校舎の方からチャイムが鳴り響く。
「あ……そろそろ校舎が閉まっちゃうみたいですね」
例の件があってから、外で話すことは控えようと決めている俺たちにとって、そのチャイムは別れの合図。
しばらく考え込むような様子を見せていた宮川は、俺の方に一歩踏み出して右手を差し出す。
「……なんだ?」
「あ、握手……してくれませんか?」
握手……? 何故……?
そう思っていたのが顔に出ていたのか、宮川は続けて口を開く。
「長い間会えなくなるので、最後にこう……スキンシップをして欲しいなって……」
「……俺が言うのもなんだが、そういうのって口づけとか抱擁をせがむものじゃないのか……?」
「キっ、キスはっ……! まだちょっと早いかなって……! ハグは、別れたくなくなりそうなので……っ」
だから、握手。
納得できるかはさておいて、なんとも宮川らしくはあるなと思って、思わず吹き出す。
「わ、笑わないでくださいよっ!」
「悪い。握手だな、握手」
俺は差し出された宮川の右手と握手を交わす。永遠にも一瞬にも感じる時間が過ぎ、俺と宮川はほぼ同時に手を離した。
「じゃあ……"またな"」
「はいっ。"また会いましょう"」
俺は一つ息をついてから、宮川に背を向けて歩き出す。
それからアイドル学園の校門を抜けて、校舎が見えなくなるまで俺は後ろを振り返ることはなかった。




