059「一般少年、卒業を迎える」
時は流れて三月。
アイドル学園では卒業式が執り行われる日を迎えていた。
俺は受験も終え、志望校に合格。同じ受験組である宮川と軽森も無事合格したと聞いた。
年明け頃からはアイドル学園でも授業という授業はほとんど行われず、ほとんどの時間を自習に充てられていた。一月も終盤になれば、学園自体も自由登校になり、俺は登校するのも面倒なので自室で勉強を行っていた。
そんな訳で家族以外の人にほとんど会わない生活を送っていたため、アイドル学園の面子と顔を合わせるのも、実に一ヶ月振りのことだった。
「おっす! 修斗」
アイドル学園に登校し、教室へ向かう最中に後ろから肩を叩かれながら声をかけられる。
「よう」
俺は声をかけてきた人物である軽森を視認して、挨拶を返す。
「卒業式だってのに普段と全く変わらんテンションだなぁ、修斗は」
「別にはしゃぐようなもんでもないだろ。卒業式は」
軽森はため息をつく。
「わかってねぇなあ。今日が俺と修斗が会える最後の日なんだぜ? しみったれた顔でなんて居られるかよ」
「……そうなのか」
俺は思わず意外だという感情を口にしてしまう。
確かに学園で顔を合わせていた頃に比べれば、頻度はガタ落ちするだろうが、なんだかんだ付き纏って来るんじゃないかと思っていたが。
「そうなの! アイドルとしての活動も今後より忙しくなるし、大学もちゃんと行かないと将来アイドル辞める時に大変だし! 空いた時間にアイドルもチェックしないといけないし!」
「別に今と対して変わらん生活に聞こえるが」
アイドル学園に在籍中でも俺から見れば馬鹿みたいに忙しそうにしていたし、アイドル学園でだって学業はあったし、実態は知らないがアイドルのチェックも行っていたんだろう。
軽森は目を瞑りながら、チッチッチッと舌打ちをしながら、人差し指を立てて横に振る。
「ノーンノンノン。その中でわざわざお前のところに絡みに行く時間を捻出できると思う? 通話かけても出ないでしょどうせ」
「それはそうだな」
「いや、そこは"通話くらい出るぞ"って言ってくれるところでしょ!?」
そんな話をしながら、俺たちは教室へと入る。
「修くん、優くん、久し振り~!」
中では藤田が既に居て、俺たちを見つけるなり、大袈裟に手を振りながら叫ぶ。藤田の隣には宮川も居て、俺たちの方を見て控え目に会釈した。
「おー! 唯ちゃん、香奈ちゃん、お久ー!」
軽森が二人のもとへと駆け寄り再会を喜ぶ。俺も遅れて二人のもとへと向かい、会話に交じる。
それからすぐに担任である伊東千鶴ことちぃちゃんが教室にやってきて、着席を促す。
卒業式の段取りを改めて確認し、他にもいくつかの連絡事項を伝えた後、廊下に整列するように言われる。
他のクラスも同様に廊下に整列しており、全てのクラスの準備が整ったのを各担任が確認した後、式の会場へ移動が始まった。
去年も在校生側として、卒業式に参加していたから全体の流れや雰囲気は把握している。とはいうものの、アイドル学園だから卒業式も何か特別なことがあるかと言われれば別にそんなことはなく、おおよそ誰でも経験するような極普通の卒業式。
入場を終え、用意されている椅子に座る。直に卒業証書の授与が始まり、|L'AILEの西脇彩華が学園長から証書を受け取る。
去年見て軽く衝撃を受けたのだが、アイドル学園の証書授与は代表者一人だけが行われる。高校一年の時の成葉高校の卒業式では、全員分行われていた記憶があったため驚いた。この方が短時間で済むから俺個人としては嬉しい方式ではある。
その後、学園長の式辞があり、在校生の送辞、卒業生の答辞が行われる。答辞も先ほどと同様に西脇が代表として行っていた。
何の疑問もなく受け入れていたが、卒業生の中から代表を選ぶ際にL'AILEから選ぶのは納得できるんだが、L'AILEのリーダーは藤田なんじゃなかったか? 藤田はこういうのは笑顔で「嫌よ~?」とか言いそうではあるんだが、嫌だからで断れるものなのか……? 学園側が端から西脇に話を持っていった可能性もあるが。
ぶっ飛んだタイプ二人に混ざる常識人は大変だなと同情しながら、彼女の答辞を聞いていた。
答辞が終わると、校歌斉唱があり、そして卒業生の退場となる。
再び教室へ戻ってきた卒業生は、それぞれの卒業証書を渡される。証書の受け渡しが終わると、ちぃちゃんの最後のホームルームが行われ、解散となる。
教室内が喧騒に包まれ、各々談笑だったり、別れの挨拶だったりを交わす。
前の席に座っていた軽森がいつものように振り返ってくる。
「さて。今後会えるかどうかは置いといて、こうして駄弁るのは間違いなく最後になる訳だが」
「そうだな」
この教室に俺たちが足を踏み入れることはもうないのだから、当たり前の話ではある。
「唯ちゃんとは今後も間違いなく顔を合わせるし、香奈ちゃんもこのまま行けばきっと現場で会うことになると思うんだよ。だからこそ、より修斗とは偶然会うようなことはないだろうなと思うと寂しいんよ。あと、アイドル好きにさせられなかったのが悔しい」
「それ、まだ諦めてなかったのか」
転入初日に突然"アイドル好きになってもらう"と話しかけてきた時のことを思い出す。
今考えても意味不明な動機すぎるな。
「諦める訳ないでしょうよ! あと一年……それこそ一年の頃から修斗がアイドル学園に来てれば達成させられる自信あったけどなあ」
「その自信はどこから来るんだよ……」
転入当初よりはアイドルにいくらか興味を持つようになったが、それは軽森の影響というよりも、藤田と桜庭あたりに強制的に巻き込まれたりしたせいだとは思う。ただまあ、知らないアイドルについて聞けばすぐ答えが返ってきたのは、いくらか便利ではあったな。
軽森は「あっ」と何かを思い出したように声を出す。そして、口元に手を当てて周りに聞こえないように小声で話し始める。
「結婚式は呼んでくれよな。たぶん、次に俺と修斗が会うならそこになるだろうから」
「それは宮川次第だから俺が約束できることじゃないな」
「別に香奈ちゃんとじゃなかったとしても――いや、香奈ちゃんとじゃなきゃ、お前結婚とかしなさそうだな……」
軽森はぶつぶつと独り言を言いながら一人で納得する。
「うーし! じゃあ、お前と結婚式で再会できるように神社でお祈りしとくわ!」
そう言いながら軽森は教室の時計を一度見てから、席を立ち上がって鞄を背負い込んだ。
「はぁ~あ。卒業式だってのに、これからお仕事だぜ? 人気アイドルは辛いねぇ」
「それは多少同情するが、好きでやってるんだろ」
軽森はわざとらしく声を上げて笑う。
「違いねぇ。んじゃ、またな。修斗」
「ああ、またな」
軽森はウインクをして手を振るというアイドル然とした様になった動きを見せて、教室から去っていった。
「一人になったら寂しくて泣いてそうよね~。優くん」
そんな姿を俺と同じく見ていたようだった藤田が声をかけてくる。
「そうかもな」
軽森は今まであんな露骨なアイドルらしい動きをステージ上以外で見せることはなかった。
そういう意味では、別れを惜しむ感情を隠すための振る舞いだったのかもしれない。
「修くんはこれからどうするの?」
「どうするって。何がだ?」
「約束までの期間をどう過ごすつもりなのかやっぱり気になるじゃない~?」
藤田は微笑みながら俺に問い掛ける。
よく言うよ。実際は対して気にしてない癖に。
「別に。普通に大学行きながら、バスケしてるよ」
「あら~。バスケやるのね~」
結局、俺は神無月の提案を受けることにした。
心境の変化があった、というほど大仰なものじゃないが、今後のことを考えれば、暇に飽きるくらいの時間が俺には与えられている。
宮川がどうこうとは関係なく、元々何かを成したいという目標があった訳でもなく、平凡なそこそこの暮らしができればいいと考えていた。
しかし、宮川がアイドルとして努力している間、ただ呆然とその時を待つのがなんとなく個人的に憚られたというだけ。
より端的に言うならば、宮川の努力する姿に感化されたということ。
彼女が努力を積み重ねた先でどんなアイドルになるのかはわからない。しかし、もしも俺に再び会いに来ることがあった時、アイドルをやり遂げた彼女とちゃんと向き合える人間であれるようにはしよう。そう思った。
「俺に才能があるのかとかは知らんがな」
俺は自嘲的に笑う。
「そうね~。私も結局修くんがプレイヤーとしてどれだけ凄いのかは知らないけど、修くんがそうするべきだと思うのならそれがいいと思うわ~」
「……ずっと思ってたけど、あんた心が読める超能力者だったりするのか?」
俺の疑問を聞いて、藤田はくすくすと笑う。
「そんな訳ないじゃない~。それとも修くんは意外とそういうのを信じたりするタイプなのかしら~?」
「いいや。全く信じてないな」
信じていないが、藤田ならもしやと多少思わされているのも事実ではある。
「女性の秘密を探ろうとするのは良くないわよ~? そういうところで香奈ちゃんと喧嘩したりしないようにしなきゃ駄目よ~?」
「……ご忠告どうも」
藤田は背負っている鞄を背負い直す。
「私よりももっと時間を使ってあげた方がいい子が居るし、私はここまでにしておくわね~」
「ああ、じゃあな」
「ええ。またいつか会いましょう~?」
藤田はそう言い残して教室を後にして行った。
辺りを見回すと、教室に残っている生徒もほとんど居らず、教室は静寂を取り戻しかけていた。
残っている生徒の中に宮川は居らず、既にどこかへ行ってしまったようだった。
時間を確認するために、教室の時計ではなく、癖でスマホを取り出し画面を点けたところで、宮川からメッセージが届いていたことに気づく。
俺は画面を操作して、宮川からのメッセージを確認する。
『イベントホール前で待っています』
俺はメッセージを確認した後、スマホの画面を消してポケットに仕舞う。鞄を持って席から立ち上がり、学園内にあるイベントホールへ向かうのだった。




