058「一般少年、再び誘われる」
その後、買い物から帰ってきた母さんと未来が、ぐちゃぐちゃに泣き腫らした宮川の顔を見て、俺が泣かせたと勘違いして糾弾してきた。
広義で言えば、俺が泣かせたことになるのかもしれないが、流石に腑に落ちないと思わざるを得ない。
それからの俺と宮川は、今まで通りアイドル学園内では多少話す程度にしつつ、学園外では相変わらず二人で話すことはないようにしようと、改めてお互いの間で取り決めた。
本来であれば、俺の家に来たのも危ういような気もしたが、それから一週間ほど経っても特に音沙汰がなかったため、運良く見つかったりすることもなかったということなのだろう。
どうやら同時期に、別のSNSの投稿から俺と宮川だけじゃなく、藤田と軽森も一緒に居たことが分かる写真が見つかったらしく、騒動事態も鎮火しつつあったらしい。
それから週が明けて月曜日。
藤田によって再び学園内のレッスン用スタジオに集められた俺・宮川・軽森。
宮川が藤田に答えを出したということを伝えたらしく、詳しく聞くためにこうして集められた。
「それで、香奈ちゃんはどういう答えを出したのかしら~?」
藤田が宮川に問い掛ける。
宮川は、緊張の面持ちで一度唾を飲み込み、口を開く。
「はい。私は、アイドルを続けることにしました」
宮川の出した答えを藤田も軽森も意を唱えたりすることもなく受け入れる。
軽森はともかく、宮川に特に入れ込んでいる藤田は口を挟むことがあってもそれほど不思議じゃないと思っていた。
「そう……。よく決断したわね」
藤田は優しい声色で宮川に声をかけながら、彼女の頭をゆっくりと撫でる。
「香奈ちゃんの決断は尊重する。でも、修斗のことはどうするんだ? 諦めるってこと?」
軽森が宮川に向けて疑問を呈する。それを聞いて、宮川は小さく微笑む。
「修斗さんは待ってくれるって言ってくれました。だから、今はアイドルとして目一杯頑張ることにしました!」
宮川の返答を聞いて、軽森は思考が止まったように動きが固まる。
「待つって何を?」
数秒の後、軽森は俺の方を向いて投げ掛ける。
「宮川がアイドル辞めるまで」
そう俺が返しても尚、軽森は「何を言ってる?」と言わんばかりの顔のまま固まったまま。
「えっ、香奈ちゃんがいつアイドル辞めるか決まってるの?」
「さあな。宮川の中では決まってるのかもしれないが、少なくとも俺は知らないな」
「……知らないのに待つって言ってんの? 下手すりゃ十年とか後になるかもだけど」
「かもな」
軽森との問答をいくつか繰り返し、軽森が黙り込む。軽森は、目を瞑り、しばらく何かを考え込んだ後、静かに目を開いて藤田の方を見る。
「こいつ狂ってない?」
一言そう零した。
「私はロマンチックでいいと思うわ~」
いつの間にか宮川の頭を抱きかかえるようにしながら、尚も頭を撫で続けながら藤田は楽しそうに笑う。
「待てると言った俺、ならアイドルを続けると決断した宮川、それをロマンチックだと言う藤田。お前が少数派だな」
俺が揶揄うように告げると、軽森は頭を抱えながら悶える。
「おかしい! 絶対俺の感覚が普通なのに!」
◇ ◇ ◇
翌日。
放課後になるや否や忙しそうに仕事に向かっていった軽森を見送り、俺も帰り支度をして学園を後にする。
校門を通り抜け、駅へと向かう最中、黒いリムジンが俺の直ぐ側で止まる。
嫌な予感しかない中、リムジンの後部座席の窓が開き、中から神無月が顔を出す。
「お時間よろしいかしら」
「よろしくないって言ったら引き下がってくれるのか?」
神無月はフッと鼻で笑う。
「愚問ですわね」
俺は諦めを含んだため息をついて、リムジンへと乗り込んだ。
リムジンの後部座席に座り、シートベルトを着用する。それと同時にリムジンが走り出す。
「単刀直入にお伝えいたします。木崎修斗、神無月グループのチームへ来るつもりはありませんか?」
走り出すなり神無月が口を開く。
「……一応、一度諦めたものをどうして今になって? というのは聞いておこうか」
俺は「また面倒なことを言い出したなこいつは」と辟易したが、突然こんなことを言い出したこと自体は気になるところがある。
「俺をチームに入れたいのなら、前の機会は絶好のチャンスだったろ。それをわざわざ反故にしたのは何者でもないあんただ」
神無月は特段痛い所を突かれたといった様子もなく、俺の話を聞いている。
「ええ。あの時は貴方と宮川さんを引き離すべきではないと考えていたからこそ、私は手を引くことを選んだのです」
「俺と宮川を引き離す……?」
いまいち要領を得ない神無月の言葉に俺は聞き返す。
「一年ほど前、貴方と再会して私が感じたのは、貴方が変わったということ。成葉高校に居た頃の貴方では、宮川さんのために勝負を投げる選択をすることはなかったはずですわ」
それはそうかもしれないなと思う。
ただ、アイドル学園に来るまでは、人との交友関係がなかっただけな気がする。
バスケ部の面子とも、部活中や試合で必要な最低限しか交流をしていなかったし、向こう側も必要以上にこちらに踏み込んでこなかった。中には美浜みたいな変なのが付いて回ってきたりはしたが。
「木崎修斗というプレイヤーを失うのは耐え難い損失だと考えていました。だからこそ、貴方のもとを訪れたのですから。しかし、それ以上に成葉高校を去った時のままの貴方では、バスケットボールをする環境を提供しても、似たようなことが起こってしまうのではないかという懸念もありました」
俺自身もああいう面倒事は御免だと思ったから、バスケ部を辞めたし、バスケ部なんてないアイドル学園に転入しようと思った。
「そんな折に、宮川さんのために貴方自身の進退を迷わず放り投げる姿を目の当たりにしました。それを見て私は思ったのです。貴方が宮川さんと共に居ることで、これからどう変わっていくのか大変興味があると。だから、私は勝負そのものを無効としたのですわ」
当時、いきなり勝負は無効にしたとだけ言われて、俺としては願ってもない話ではあったが、理由については欠片ほども触れられなかったため納得もクソもなかった。
神無月が話したことが本当ならば、そりゃあ理由を俺に話すことはしないだろうなと理解はした。それを納得できるかは別として。
「で、また誘ってきたってことは心境の変化でもあったのか?」
俺は神無月に問い掛ける。
「本心はずっと"貴方がバスケットボールを続けないのは損失である"から変わってはいませんわ。変わったのは環境です。貴方が知らない訳はないでしょう?」
「……なるほどな」
神無月の言い回しからなんとなく察する。
どうやら神無月は、自分が関わらずとも俺と宮川が距離を置くことになったことを知っているらしい。
「先日、宮川さんとたまたまお会いする機会があり、とある相談を受けました。相談の内容に関しては、貴方も想像できるでしょうし、私は何も言ってないも同然でしたので省略しますわ。そして、昨日彼女から連絡を受けて、相談した内容の出した答えを伝えられましたわ」
「律儀な奴」
「ええ。私もそう思いますわ。その話を聞いて気づいたのです。これは貴方を再びお誘いするチャンスではないかと」
神無月は俺の方を見て不敵に笑う。
「……話はわかった。俺にメリットは?」
「宮川さんの引退に合わせて、貴方も引退できるように手配しますわ。引退後もグループ傘下の会社に融通を利かせます。つまり、貴方の将来を保証致しますわ」
神無月の表情を見ても伊達や酔狂で言ってるのではないことは察せられた。
「返事は今すぐにでなくても構いませんわ。あまり引っ張られても困りますが」
面倒な提案であると同時に、この先の予定が未定な人生を考えれば、バスケをする環境を貰えるのは多少魅力的ではあるし、その先のことまで融通してくれるというのは破格すぎる条件ではある。
「……言っとくが、あんたのお眼鏡の適うような選手じゃないぞ、俺は」
「その時は私の目利きが悪かったと受け入れますわ。例え、プレイヤーとして思うような結果が出なくとも、引退後については責任を持って保証致します」
肝据わりすぎだろ……。
俺は再び大きなため息をついたのだった。




