055「アイドル少女、もっと相談する」
悠希ちゃん宅を後にし、一人外へ出た私。
理緒菜ちゃんは、この後にU-rioの配信があるからその準備をするみたい。
修斗さんに相談するための連絡は帰ってからしようと、電車に乗って帰るために駅へ向かう。そうして歩いていると、眼前に停まっているテレビの中でしか見ないような高級そうなリムジンが目につく。
ドラマでお金持ちのキャラクターが出てきたり、ニュースで映画賞の会場に訪れるスターが乗ってるような絵に描いたような高級な車。
運転席から男の人が降りてきて、後部座席のドアの前へと移動する。
私は邪魔にならないように車から距離を取るようにしながら、その横を通り抜けようと歩く。あんまりじろじろ見るのも良くないかなと思ったけど、どんな人が乗ってるのかがやっぱり気になってしまって横目で見ながら。
そうして私が車の横を通ろうとするのと、男の人がドアを開けるタイミングが重なる。
中から出てきた人が立ち上がり、ドアの陰から乗っていた人の頭が飛び出す。
日の光を反射して眩しいくらいの金髪。そしてアニメでしか見ないような渦巻状の――髪型を表現する語彙として相応しくないと思うけど、クロワッサンやドリルのような――ツインテール。極めつけは、透明感のある水色の瞳。
見た目だけでも現実離れしている、立ち姿からも気品の漂う私と同い年くらいの女性。
そんな女性と目が合う。
「あら、宮川さん。お久しぶりですわね」
女性が肩の前にかかっていたツインテールを背中側に払い流しながら私に言った。
「お、お久しぶりですっ!」
思いもよらない人物が現れて動揺しつつも挨拶を返す。
彼女は、神無月朱鷺子さん。神無月グループのご令嬢で、私と同い年ながら会社の社長も務める本当に凄い人。
一年ほど前に、バスケットボールを辞めてしまった――完全に辞めてしまった、という訳ではなかったみたいだけれど――修斗さんに再びバスケットボールをさせようと現れた人で、私がいじめに遭った時にお世話になった人でもある。
「あれから体調は大丈夫だったかしら?」
そう言いながら神無月さんは運転手さんに手振りで合図し、それを受けた運転手さんは神無月さんにお辞儀をしてリムジンに乗り込み、リムジンは走り去って行った。
「はい! しばらく心が弱っていた時期もありましたが、今はだいぶ良くなりました」
「それは何よりですわね」
神無月さんが優しく微笑む。
「神無月さんは、どこか行っていた帰りですか?」
「いいえ。これから用事がありますの」
そう言って神無月さんはすぐ近くにある建物の入口を指し示す。私が示された方へ視線を向けると、"Kannazuki Group"と大きく描かれたビルが目に入る。
「お仕事、ですか……?」
「ええ。平日は授業があり、中々時間が取れない部分もありますから。週末にこういったタスクがあるのは仕様のないところですわね」
学生をやりながら、それ以外の時間は社長としての業務。あまりにも現実離れしすぎた話で想像すら難しい。
「とは言ってもまだ時間がありますから、よろしければ少しお話致しません?」
「え、でも、それなら少しでもゆっくりする時間があった方が――」
ただでさえ忙しそうなところ、隙間時間まで私と話すのに使うのは心苦しい。
そう思って、断ろうとしたところに、神無月さんが割り込んで口を開く。
「最近の宮川さんのお話に興味がありますの。名前こそ出ていませんが、木崎君も少し前までは話題の人だったでしょう?」
そう言われては断ることはできなかった。
私は神無月さんに案内されるまま、神無月グループ本社にある小さな個室に案内される。
神無月さんに座るように言われるまま、個室の置かれていたお高そうなソファに腰掛ける。
「何も関係のない部外者の私が中に入ってしまっていいんでしょうか……?」
会社特有の厳かな雰囲気になんとなく居心地悪くソワソワしてしまう私。
「客室ですので別に機密が見えてしまうような場所ではありませんわ。それに、あまり人に聞かれるのも良くない話でしょうから」
「あ、ありがとうございます」
私は神無月さんの気配りに感謝してお辞儀をする。
「さて、例の噂についてですが」
神無月さんはソファに座るや否や本題に入る。
「真偽についてはどうでもいいですわね。話題の写真はタイミングが悪かっただけというような話も出ていますし」
「えっ、はい……」
てっきり真偽について聞きたいのかと思っていたから拍子抜けしてしまう。
「でも、貴女の木崎修斗への気持ちは間違いではないのでしょう?」
「へぁっ!?」
思いもよらない方向からの攻撃をノーガードで受けてしまい、驚いてみっともない声をあげてしまう。
そんな私の反応が何よりの答え合わせになったみたいで、神無月さんは得意気に微笑む。
「例の写真を見ればわかりますわ。あんな嬉しそうに笑っている横顔。完全に恋する乙女の顔ですわよ」
あの日の待ち合わせの時に修斗さんと話していたことを思い出す。
あの時は、修斗さんに前日にあった学園祭のステージのことを褒められて、とても嬉しかったことを覚えている。
確かに、あの時点での私は自覚こそないけれど修斗さんに恋していた。だからこそ、帰りの別れ際に修斗さんを引き止めてまで告白するに至ったのだ。
だとすれば、私に恋をしている自覚がなく感情を隠せていないところを撮られたせいで、より恋人に接しているように見えてしまっていた部分もあるということなのだろうか。
そう考えると、修斗さんにあんな迷惑がかかってしまったのは私のせいでもあるのかもしれないと自責の念にかられる。
「ああ、申し訳ありませんわ。責めたくて言ったのではありませんの。私が聞きたいのは、彼に気持ちを伝える気があるのかということですわ」
神無月さんにそう問われて、今度は気まずくなる。
「えっと……修斗さんに告白は……してしまっていて……」
自分でそう口に出しながら、なんて馬鹿なんだろうと自分を責める。
それを聞いた神無月さんは目を丸くする。
「そうだったのですか? いつ?」
「それが……例の写真を撮られた日の帰りで……」
神無月さんは複雑そうな顔をする。
神無月さんの反応も当然だ。恋人疑惑が掛けられた写真を撮られた日に告白していたなんて、疑惑は本当だと言っているようなものだ。
「……撮られたのが告白の最中でなかったのは不幸中の幸いでしたわね」
「はい……」
本当にそう。もしも告白の最中の写真だったら絶対に言い逃れできなかったと思う。
「告白の返事はどうだったのですか?」
「好きだ、とは言ってもらえました。それが女性としてなのかはわからないとも」
「素直に"好きだ"で終わらないのが彼らしいですわね」
呆れ混じりに笑いながら相槌を打つ神無月さん。
「けど、私がアイドルだから告白を受けられないとも言われました」
「冷静すぎますわね。彼も好意を持った女性からの告白であれば、多少浮かれたりするのかと思いましたが、全くそんなことはないようですわ」
知らない修斗さんの様子が聞けることを期待していたのかがっかりしたように肩を落とす神無月さん。
「でも、おかげで助かりました。そのまま付き合っていたら、今頃大変なことになっていたと思います」
「そうですわね。告白までしてしまっていて、どちらかと言えばアウト寄りな気もしますが、外向きには"恋人ではない"と言える点ではセーフと言えるでしょう」
詭弁であるのは承知で、私も口にこそしないものの現状は"恋人ではない"というスタンスを貫いている。
「……では、困っているのですね。アイドルと彼、どちらを取るのか」
神無月さんは、話の流れから行き着く先の問題に辿り着く。
私はゆっくりと頷く。
「アイドルを選ぶべきなのは理解しているつもりです。でも、修斗さんを諦められないとも思っています……」
そして、その答えがずっと出せないままでいる。
「恋は盲目と言いますしね。常識と自分の感情のどちらを取るべきかなどは本当に難しい決断ですわ。そして、その答えは私に求めるべきではないでしょう」
「はい……」
いろいろな人に相談して助言を貰った。その上で"これは私自身にしか答えが出せないこと"だと思い知った。
「相談した人にも修斗さんと相談するべきだと言われました」
「それがいいでしょう。彼とっても重要な決断なのですから」
神無月さんはうんうんと頷く。
「木崎君のもとへは今日行くのですか?」
「いえ、帰ってから都合のいい日があるか連絡しようかと……」
神無月さんに会うまでに考えていたことを口にする。すると、神無月さんは身を乗り出してソファの前に置かれたテーブルを強く叩く。
「今日行くべきですわ。この後すぐ」
「えぇっ!?」
「どうせ彼も週末は暇でしょう。宮川さんも悩みは早く解決した方がいいでしょうし」
急展開にたじろいでいると、神無月さんのスマホが鳴り響く。
「失礼しますわ」
私にそう一言告げて電話に出る。
神無月さんの話し方と話の内容からしてお仕事の話みたいだった。
「ええ、今から向かいますわ。ああ、それと、車の手配をお願い致しますわ」
電話をしながら、ちらりと私を一瞥した神無月さんが電話の相手側にそう伝える。
「友人と会っていまして、その方を送って頂きたいのです」
神無月さんが電話中でなければ、「悪いです! 一人で帰れます!」と大声で言っていた。
電話を終えた神無月さんがスマホをしまって私に向き直る。
「車の手配をしましたわ。行き先も木崎君の家の場所を伝えておきますから」
「は、はいぃ……」
最早断れる段階にないことを悟り観念する私。
「私は時間ですので失礼致しますが、ここでお待ちいただければ迎えの者が来ますわ」
「わかりました」
私の返事を受け取ると、神無月さんは立ち上がり部屋のドアへと向かう。
「ああ、そうですわ」
神無月さんは部屋の扉の前で立ち止まり、私に声をかける。
「木崎君に相談する時は、貴女の思っていることを全部吐き出すことをお勧め致しますわ。彼に迷惑がかかるとか考えては駄目ですわよ! むしろ彼を困らせる勢いで臨むのが彼との会話のコツですわ!」
「わ、わかりました……!」
神無月さんがなんでそんなことを言うのか理解できなかったけれど、勢いに押されて首を縦に振ってしまった。
「では、宮川さんにとって最良の決断ができることをお祈りしておりますわ」
神無月さんはそう微笑んで部屋を出て行った。




