054「アイドル少女、更に相談する」
L'AILEの皆さんとBORDERLESSの皆さんに相談しても尚答えを出せずに居た私は、三度人に相談を持ちかけることにした。
そんな不躾なお願いをしたのはU-rioの二人。
そもそもアイドルの知り合いなんてほとんどいない私に選べるほど選択肢がなかったということでもある。最近のお仕事では、今まで関わることのなかったアイドルと知り合いになる機会があったりもしたけど、流石に一回関わったことのある程度の人たちにするような相談ではない。
受験と両立するために活動量を最低限に絞ったことが、こんなところにも響いている気がする。
私が悠希ちゃんに相談があると連絡すると、すぐに予定を合わせてくれて、連絡した二日後の土曜日には都合をつけてくれた。
私に起こっている出来事を知ってくれていたからなのか、悠希ちゃんは外の目の届きづらい悠希ちゃんの自宅へと招いてくれることに。
私は約束の日のお昼過ぎに、電車に乗って悠希ちゃん宅へと向かった。
「来たわね、香奈」
最寄り駅の改札を抜けると、先に待っていた理緒菜ちゃんが声をかけてくる。
「こ、こんにちは! 本日はお時間を頂いて――」
「そういうのいいから。さっさと悠希のところ行きましょ」
相談に乗って貰えることへのお礼をしようとしたのを理緒菜ちゃんに制され、理緒菜ちゃんは駅の出口へと歩き出してしまった。それを慌てて小走りで追いかける。
駅から十分ほど歩いた先に見えてきた、いかにも高級マンションといった建物の中に理緒菜ちゃんが入っていく。
私は入口の前で立ち止まり、十階くらいまではありそうなマンションを最上階まで見上げて呆然とする。数秒そうした後、ふと我に返って理緒菜ちゃんを追ってマンションの中に入る。
理緒菜ちゃんがエントランスに設置された操作盤を慣れた手つきで操作する。部屋番号を入力し"呼出"のキーを押す。呼び出し音が鳴った後、すぐに『どうぞー』という声が聞こえてエントランスのドアが開く。
エレベーターに乗り、九階まで上がる。エレベーターから部屋までの通路を歩きながら、マンション入口の先ほど自分が立って見上げていたであろう辺りを見下ろしながら「高いなあ」などと小さい子のような感想を抱いていた。
理緒菜ちゃんは"九◯七号室"のインターホンを押し、再び呼び出し音が鳴る。三秒もせずにドアが開き、中から悠希ちゃんが顔を出す。
「いらっしゃい。香奈ちゃん、理緒菜ちゃん」
「お、お邪魔します!」
人生で入ったことのないような高級な建物に若干物怖じしながら、悠希ちゃんに案内されて私と理緒菜ちゃんは中へと入る。
中はマンションの一室とは思えないほど広々としていて、まるでドラマのセットみたいだった。同時に人の気配もほとんどないことに気づく。
「悠希ちゃんはここに一人で住んでるんですか?」
まさかとは思ったが、土曜日だと言うのに室内に私たち以外の気配がしなくて思わず尋ねてしまう。
「うん。基本的には一人暮らしだよ。月に一度お母さんが様子を見に来ることはあるけど。あとは理緒菜ちゃんが泊まっていったりすることもあるよね」
「いいじゃない。部屋持て余してるんだから」
「別に駄目とは言ってないよ」
悠希ちゃんと理緒菜ちゃんがそう話している横で私は唖然としていた。
U-rioの活動を考えれば、この部屋を自分で借りれてしまうのはそうなのかもしれない。でも、自分と同い年の子の話とは思えず、私はただただ唖然とすることしかできなかった。改めてこうしてU-rioの二人と知り合いになれたのは、運が良かったとかそういう次元ではないことを思い知った。
リビングのソファに座るように言われて私はソファに腰掛ける。理緒菜ちゃんはテーブルを挟んで向かい側のソファに座る。
「じゃあ、さっそく本題に入りましょ」
理緒菜ちゃんがそう切り出して、私がこれまでの経緯を簡単に説明する。
「それは難しい問題だね」
悠希ちゃんがグラスに注がれたお茶をテーブルに配膳しながら呟いた。三つのグラスをそれぞれ配置し終えた悠希ちゃんは、私の隣に腰掛ける。
「そんなの香奈がどうしたいかでしかないじゃない」
理緒菜ちゃんはそう言い放って出されたお茶に口をつける。
「それが難しいって話だよ。アイドルは勿論、木崎君のことも諦められない」
理緒菜ちゃんに悠希ちゃんが反論する。
理緒菜ちゃんの言葉が全てだとは思う。
"私がどうしたいか"
それを決められるのは私だけだし、私自身がその答えを出さなければならない。
今こうして相談しているのも、言ってしまえばただの時間稼ぎでしかない。
答えの見つからない難題があってその答えを手探りで探しているのならば、こんな行動にもいくらかの意味があると思う。
けれど、私の問題は択一問題なのだ。既に選択肢が提示されていて、そのどちらかを選ぶだけ。
今私がやっているのは、どちらも選びたくないと駄々をこねて答えを出すのを先送りにしている。答えを出す気がないと悟られないように、答えを出そうとしているというポーズを取っている。
そうやって時間を稼ぎながら、どちらか選ばなくても済むような、そんな魔法のようなことが起こらないかと馬鹿みたいなことを考えている。
「じゃあ、アイドル続けながら木崎と付き合えばいいんじゃない?」
「えぇっ!?」
理緒菜ちゃんの突拍子もない意見に思わず声をあげてしまう。
「理緒菜。普通に考えてそんなことは出来ないよ」
「そりゃ私だってわかってるわよ。でも、普通に考えても答えが出ないんだから、普通じゃない答えを出すしかないじゃない」
ふざけているかのような意見だったけど、理緒菜ちゃんは至って真面目に言ってたようだった。
「普通じゃない答え……」
理緒菜ちゃんの言葉を反芻する。
言われてみれば"アイドルを修斗さんのどちらかを選ぶ以外の選択肢"なんて考えたこともなかった。
だからと言って理緒菜ちゃんの言うような、アイドルを続けながら修斗さんとも付き合うような選択は私にはできないけれど。
確かにアイドルを続けながら修斗さんと一緒にも居られれば、私にとって夢のような話ではある。でも、万が一にでもそれが露見してしまえば、私はアイドルを続けられなくなってしまうかもしれないし、何より修斗さんに大変な迷惑をかけることになってしまう。それだけは絶対に嫌だ。
「今回のことが起こらなかったら、アイドルと木崎君をなんとかやりくりできる方法もあったかもしれないけど、こういうのは一度マーク付いちゃうと粘着されることもあるからねー……」
「そうね。他のどーでもいい男ならともかく、よりによって木崎と撮られちゃったのが不運ね」
理緒菜ちゃんは足を組んでソファに寄り掛かる。
「一応疑惑自体は鎮火しつつあるね。香奈ちゃんと木崎君の写真が投稿されたのと同日に別のSNSの投稿があって、香奈ちゃん、木崎君、藤田さん、軽森君の四人で歩いてるところも撮られてたみたい。そっちは香奈ちゃん目当てというよりは、藤田さんや軽森君目当てに撮られたものっぽいかな」
悠希ちゃんがスマホを操作しながら言う。
「そっちが先に見つかってれば、こんなことにならなかったってことじゃない。盗撮に貶められて、盗撮によって助けられるのは皮肉な話ね」
呆れたように大きくため息をつく理緒菜ちゃん。
「だからといってまだ疑ってる人は居るだろうし、気は抜かないようにね。香奈ちゃん」
「はいっ。気をつけますっ!」
私は今一度気を引き締めるように背筋を伸ばして返事をした。
修斗さんが追いかけ回されるということがあってからは、学園外は勿論、学園内でも最低限の挨拶を交わす程度にしか修斗さんとは交流していない。
学園内でも警戒していたという訳ではなく、なんとなく気まずかったから自然と距離を置いてしまっていた。
「そういえば、木崎とは相談したの?」
グラスに口をつけてお茶を飲んでいた理緒菜ちゃんが、思い出したように問い掛けてくる。
「えっ。いえ、修斗さんとは相談してません……」
「なんでよ。木崎自身にも関係あることなんだから相談してしかるべきじゃない?」
理緒菜ちゃんは半分ほどお茶の残っているグラスをくるくると円を描くように動かし、グラス中の氷がからんからんと音を立てる。
「そうだね。私たちに聞くよりも、当事者である木崎君の方が考えてることもあるかもしれないし」
悠希ちゃんも理緒菜ちゃんの言葉に同意する。
「はい。修斗さんにも相談してみます……!」
私は二人に約束するように深く頷いた。
今回の話を知った時は頭が真っ白になったし、追い打ちをかけるように修斗さんが追いかけられたことを知って、とにかく頭の中は"どうしよう"という言葉で一杯になっていた。それから修斗さんに迷惑をかけてしまった謝罪をしてから、距離を置くようになってしまったから相談する機会なんてなかった。
今思えば、この間の優さんが集めてくれた四人の会議の時はそのチャンスだったと思う。でも、結局そこまで気が回らなかった。
それから、悩む私を見かねた唯ちゃんに"人に相談する"という方法を勧められて、L'AILEやBORDERLESSの方たちに相談して今に至る。
考えてみれば、私一人だけの問題じゃない。例え、一人で悩んだ結果、アイドルをやめて修斗さんを選ぶという選択をしようとしても、修斗さんがそれを受け入れてくれるかは別問題なのだ。
相談した結果、もし修斗さんが確固たる意思を持っているのならば、私の答えは考えるまでもなく自ずと決まるのだから。




