049「一般少年、将来について話す」
「本当凄いわね~これ」
スマホの画面を見ながら感嘆の声を漏らす藤田。
鉢場に楽曲提供された宮川の曲が動画サイトにアップロードされてから、早一週間。動画サイトでの再生数は三百万を越え、今やアイドル"宮川香奈"はまさに時の人といえる。
SNSでは、何者なのかと騒がれ、無名だったのに何故突然ハチバチ――そういえば鉢場がそんな名義だった――に楽曲提供されたのかなど、まあ言われたい放題らしい。そんな中でこの間の学園祭で宮川を見つけてからある程度注目していた人も居たらしく、ハチバチが注目したのも頷けるといった意見もあるらしい。
俺はSNSとかやってないから、これらは全部軽森と藤田からの伝聞でしかないが。
「ど、どうしましょう……?」
突然世間からの注目を浴びて困惑した様子の宮川。
街中で歩いていると、声を掛けられたりもするのだとか。アイドル学園内でも例外ではなく、周りのアイドルたちから宮川に視線が集まっているのが傍から見てもわかる。
俺はアイドルじゃないが、全国優勝した後とかは校内を歩いていると視線を浴びることがあったから多少気持ちがわからなくもない。
尤も、宮川の場合は俺の場合とは規模が全く違うため、気持ちが理解できるというのは俺が勝手にそう思っているだけだが。
「どうもこうも、めちゃくちゃチャンスじゃんね! このまま頑張れば、学園祭よりももっとデカいステージに立てるかもしれんし」
俺たちの中で一際――下手すれば宮川本人よりも――興奮している軽森が言う。
「優くんは急に注目を浴びる経験がないから他人事なのよね~」
やれやれとでも言うように呆れながら窘める藤田。
そういえば、藤田も学園祭でL'AILEになるメンバーと組んでから、話題になった経緯があったな。
きっかけこそ違うものの、突然注目を浴びることになったのは宮川も同じ。今後の展開によっては、自分と同じような苦労をするかもしれないと考えているのだろう。
「軽森は最初から知名度あったのか?」
そういえば、アイドルとしての軽森についてはほとんど聞いたことがなかったと思い、せっかくなので聞いてみる。
「あー……うちは事務所結構大きくてさ。事務所側がメンバー選定してユニット組んで、ユニット組んだら事務所が大々的に宣伝してくれて、知名度を上げられるように曲も場所も用意してもらったから。俺たちは与えられた機会に対して、結果を出していけば順調に知名度が上がっていったのよ。かといって、苦労してない訳じゃないけどな!?」
事務所が強ければ、与えられるチャンスも多いということか。
それにこの方法なら、少しずつ知名度が上がっていくから、宮川や藤田のような突然衆目に晒されるようなことにならない。
とはいえ、トップアイドルといって差し支えないところまで上り詰めるには、どこかで爆発的な知名度上昇のタイミングはあったと考えるのが普通。ただし、その上昇幅が比較的――少なくとも宮川や藤田と比べて――緩やかであるという話なのだろう。
「そう、だから、優くんに私たちの苦労はわからないのよ~。ね~? 香奈ちゃん」
「えっ!? は、はいっ……!」
そう言って宮川の頭を抱き寄せて撫でる藤田と、それに困惑しながら流されるように同意を返す宮川。
「えぇ……? 俺何か間違ったこと言ったぁ……?」
「間違ったことは言ってないんじゃないか。アイドルとして、であれば」
「そういうことぉ……?」
扱いの悪さに打ちひしがれる軽森。「でも、俺、香奈ちゃんがもっと大きいステージに立つの見てぇよ」などとぶつぶつ呟く。
軽森の扱いが悪いのは今に始まったことではないと思うが、それ以上に藤田はこの間話した通りに宮川を案じているのだろう。
何を危惧しているのかは俺にもよくわかっていないが、現に藤田の言っていたように宮川の知名度は先日からは考えられないほど上がった。
まさか何もかもが藤田の思惑通りに進むとは思っていない。ただ、戯言と一蹴もできない引っかかりを感じるのも事実だった。
「香奈ちゃんは、これから忙しくなるのかしら~?」
宮川の頭を撫で続けながら藤田が尋ねる。
「まだ全然忙しいってほどではないです! いくつか出演のオファーは来てるみたいですけど、マネージャーさんが内容を選別してる最中なので詳しいことはあまりわからないです」
「あら~! こういうチャンスがあると手当たり次第にお仕事入れられて、何としてもモノにさせようと思われてもおかしくないけど。香奈ちゃん、大事にされてるのね~」
藤田の宮川を撫でる手がより早く強くなる。一頻り撫で回された後、藤田は満足したのか宮川を解放する。当の宮川は多少ぐったりとしていた。
藤田の言う通り、今のこの状況は鉢場の楽曲ありきなところはある。
今まで与えられた大きなチャンスが学園祭くらいだった宮川にとって、"話題になっている今なんとしてでもこの機会を逃せない"と事務所やマネージャーが考えてもおかしくはない。
「はい! あとは、私受験生なこともあるので、たくさんのオファーがあっても全部は受けきれないというのもあります」
つい先日までの宮川を考えれば、進学を考えているのは当然だろう。
卒業後によりアイドルとしての活動に力を入れる方針もないとは言えないが、学園祭であのパフォーマンスが出来る実力が付いた今でも自分の実力を過小評価しているきらいがある宮川が、アイドルに全ベットすることは考えにくい。
「もし今回のことからアイドルで生きていけるくらいになっても、進学やめるとか考えたりしない?」
軽森の問いかけに宮川は少し考え込むような様子を見せる。
「うーん……。それがずっと続くかはわからないですし、何より去年桜庭さんや白鳥さんがアイドルやりながら進学を選んでるじゃないですか。なので、進学をやめたりすることはないと思います」
「だろうな」
宮川の回答に思わずそう声を漏らしてしまう。
「あの二人は化物なんだよぉ。ただでさえアホほど忙しいのに、ただ進学したどころかどっちも良いところ合格してるの異常なんだよぉ……」
自分のことと重ね合わせて畏怖しているように言う軽森。
「なら、軽森と藤田は進路どうするつもりなんだ?」
俺は二人に尋ねる。
「私は活動に専念する方向で考えてるわね~。ありがたいことに今はお仕事をたくさん貰えてるから。それに、もしL'AILEが続けられなくなっても、そうなってから就職を考えるとかでもいいかな~って」
L'AILEくらいの人気があれば活動に専念するのもありということなのだろう。それに藤田はアイドル辞めても、別の何かしらで生きていけそうなタイプだろうし。
「俺は進学の予定」
「進学するんじゃねぇか」
軽森の回答に真っ先にツッコむ。俺が言わなくても藤田あたりが代わりに言っていただろう。
「違うって! 俺、大学卒業までにはアイドルやめるつもりなの! アイドルの追っかけに専念したいから」
軽森が慌てふためきながら早口で弁明する。
「えっ……優さん辞めちゃうんですか……?」
「大丈夫よ~。こういうこと言ってる人ほど、辞め時を逃してずっと活動してるんだから~」
軽森の言葉にショックを受ける宮川と、対して楽観的な発言をする藤田。
「ちょっとやめて? 唯ちゃんに言われると本当にそうなりそうな感じしちゃうから」
藤田に許しを請うように懇願する軽森。藤田は、それに応えることなく「優くんが大学卒業までにアイドル辞められなかったら、占い師にでもなろうかしら~」などと宣っていた。




