050「一般少年、追われる」
それから宮川は不定期にいくつかの番組やイベントに出演し、順調に知名度を上げていった。
本当に世間に露出すればするほど比例するようにといった感じで、本人が受験を理由に活動量を制限していなければ、軽森や藤田に並ぶアイドルになれてしまうんじゃないかと思わせる勢いだった。たぶんどこかで頭打ちはくるんだろうが。
普段テレビやインターネットを少ししか見ない俺にすら、宮川の話題を目にする機会があったのだから相当なことなのは間違いない。
そうして時は過ぎ、暦は十二月を迎える。
昨年同様、この時期は軽森も藤田も活動が忙しく、授業を休みがちになっていた。
特に今年は軽森が前の席になった関係で、日頃は去年よりも輪をかけてうるさかったため、こうして長期間居ない日が続くと平和も平和。
今日は軽森と藤田に加えて、たまたま宮川までもが欠席していて、ここまで知り合いがごっそり居ないともなると、挨拶を交わす相手もおらず、アイドル学園内で言葉を発する機会が本当にない。
日記を書いていれば「今日は何もない素晴らしい一日だった」と記すことになるだろう平和な一日。
アイドル学園に転入を決めた当時は、こんな日がずっと続くことを期待していたはずだったのだが、中々どうしてままならないものだ。
その日の授業を全て終えた放課後、いつも通り多少だらだらしながら帰宅の準備をして教室を後にする。今日はそこまでだらだらしなかったためか、学園内にはまだ生徒がまばらに残っている。そんな生徒たちから妙に視線が集まっているのを感じながら、玄関を通って外へ出る。
妙な視線を感じたことになんとなく引っ掛かりを覚えながらも、別に何か声をかけられる訳でもなかったから、「まあいいか」と引っ掛かりを思考の外に放り投げた。
それとほぼ同時だった。
「あ! 来ました!」
俺が学園の校門を抜けたタイミングでそう声が聞こえる。視線を声のした方へ向けると、見覚えのない男が二人。片方は一般的な男性とも言えそうだったが、もう一方の男は巨大なカメラのようなものを肩に載せていた。
一瞬でロクなことじゃないと理解した俺は、二人の男とは逆の方向へと走り出す。不運なことに駅に真っ直ぐ向かう方面に男たちが立っていたので、駅とは逆方向に走ることに鳴ってしまった。
何かわからんがしばらく逃げ回っていれば、そのうち撒けるだろうと考えていた俺だったが、男たちが存外しつこくかなりの時間を追いかけ回される。
遠回りしつつも十数分掛けて駅周辺まで辿り着く。
この頃には既に男たちを撒いてはいたが、諦められていなかった場合にまた見つかると面倒なので、人混みの中に紛れるように身を隠しながら駅へと向かう。
同じく帰宅中の学園の生徒や社会人の中に紛れて、駅の改札を通ろうとすると、先程の男たちが改札の前で待ち伏せていたのと目が合ってしまう。
「マジで何なんだよ!」
誰にぶつけるべきなのかもわからない怒りを口にして駅から逃げるように走り出す。
再び鬼ごっこが始まり、疲労や困惑よりも怒りが上回りそうになる。
人混みをかき分けて、人の流れとは逆に道を走る。背後を確認すると、馬鹿正直に俺を追いかけてくる男たち。
撒いても改札前に張られたら結局同じことの繰り返しになる。
走りながら何か良い手はないかと思案していた時だった。
「こっちでござる!」
そう変な喋り方の声が聞こえてそちらを向くと、細い路地からどこかで見たことのあるような同い年くらいの男が手を上げていた。
その男は明らかに俺に向けて言っているようで、現状を打破する方法を思いつかなかった俺はその誘いに乗ることにした。
「落ち着ける場所に案内するでござるよ」
男のもとまで着くと、男はそう言って細い路地を進んでいく。
路地を抜け広めの通りに出ると、男は迷わず進み、レンタルスタジオへと入っていく。男は手早く受け付けを済ませて、割り当てられた部屋へと向かう。
俺は案内されるまま付いていき、男の入った部屋と同じところに入る。
「で、あんたは誰だ?」
いろいろ疑問はあるが、まずは目の前の異様――流石にそう表現していいだろう――な喋り方の男について問い掛ける。
「拙者、アイドルグループBORDERLESS所属の九条久羅と申す。個人での仕事があって助太刀できない優殿に頼まれて、木崎殿に助力しに参ったでござる」
そう自己紹介する九条。
自己紹介されて、どうして見覚えがあったのか合点がいく。
しかし、こんな強烈な喋り方の男が現実に居たら忘れたくても忘れられないと思うんだが……。
「ちょっと特異な喋り方をする故、普段はマネージャーやメンバーから人前で喋ることを禁止されてるでござる」
俺の訝しげな顔を見て、俺の疑問を察したのか九条が補足する。
こんな喋り方の奴が居たらBORDERLESSがイロモノグループと勘違いされてもおかしくないから当然の措置ではあるか。
「いや、喋り方直せばいいだろ」
とはいえ、そうじゃない対策もあるだろうと俺は提言する。
「それはそうでござるが、前にメンバーと標準語を意識して話す期間を設けた際に無意識に出てたということがあって以降、完全に禁止になってしまったのでござる」
「ああ、そう……」
なんでこんな喋り方なのかはわからないが、それが完全に癖付くくらい長期間使っているということなのだろう。周りの誰も注意や矯正しなかったのかと思わなくもないが。
「まあ、そんな拙者のことはいいのでござるよ。今は木崎殿のことの方が重要でござる」
九条は穏やかそうな顔を真剣なものに切り替えて言った。
「軽森に言われて来たとか言ってたな。何が起こってるのか知ってるのか?」
俺自身ですら、何故俺が追いかけ回されていたのか理解出来ていないのに、俺とほぼ関係値のない九条がその理由を知っている……?
俺が九条にそう問い掛けると、九条は驚いたように目を丸くした後、少し呆れたように苦笑した。
「まさか、木崎殿は自分が何故追われていたのかわからず逃げていたのでござるか……?」
「ああ、なんとなく捕まったら面倒事になりそうだという予感があったから、とにかく走ってただけだ」
俺がそう答えると、九条は唖然として乾いた笑いを零す。そして、スマホを取り出していくつか操作した後、画面を俺に向ける。
「今、SNSのこの投稿が一部で話題なのでござる」
画面には、「宮川香奈居た!」という文章と共に、盗撮されたものと思しき宮川の写真が添付されていた。
そのすぐ近くには、俺の姿も映っていた。
宮川や俺の服装、写真の周りに映っている駅前の景色から、学園祭翌日に打ち上げと称して出掛けた時のものだろう。SNSの投稿日時からしても間違いない。
……なんとなく察するものはある。
「この投稿がされたのは、宮川殿が話題になる以前のものでござるが、"宮川香奈"という単語が入っていて検索で引っかかりやすかったこともあって、掘り返されてしまったみたいでござるな」
「なるほどな」
「この投稿主は宮川殿だけを撮ったつもりだった様子。しかし、掘り返した他のユーザーによって"近くに立ってる木崎殿"に焦点が当たり、それが恋人なのではないかと話題になり広まってしまったということでござる」
なんとも迷惑で面倒な話だ。
が、この日に宮川から告白されていたのもあり、一概に誤解であると断じられない気持ちがあるのはより面倒くささに拍車をかけている。
この写真が取られたタイミングは、軽森や藤田との待ち合わせで待ってたタイミングだから、時系列的には誤解であるという弁明はできなくもない。まあ、屁理屈でしかないが。
普段であれば軽森やら藤田から入ってくる類の情報だが、生憎どちらも仕事が忙しく授業を欠席していたタイミングなのもあって情報が全く入ってこなかった。
「ニュースになるほどの事態ではないものの、最近はずっと知名度が上がりっぱなしだった宮川殿のスキャンダル疑惑なのもあり、インターネットではかなり話題になっているでござるな」
「……だから、俺の方にまで変な奴が来たってことか」
さっきの二人組の男。恐らくしょうもないメディア関連の人間だったのだろう。
「捕まっていれば面倒な尋問を受けることになってたはず。咄嗟に逃げ出したのは正解でござるよ」
俺よりもよっぽどそういう知見のありそうな九条が言う。
「けど、今後もああいうのが来るかもしれないってことだろ」
今回のように二人だけならまだ逃げようもあるが、今後人数を増やされたり、複数のメディアから追いかけ回されることになる可能性もゼロじゃない。そうなれば、純粋な登下校すら対策を要することになる。
「現状この投稿くらいしか材料がないため、次第に落ち着いていくとは思われるでござる。しかし、この投稿のような写真を撮られないように気をつける必要は今後もあると思うでござる」
九条にそう言われて、俺は呻き声と一緒に大きなため息をつく。
もし日記を書いてたら、今日の日付には「今日は面倒事に巻き込まれる酷い一日だった」と書いてただろう。




