048「一般少年、約束する」
鉢場千秋という男が現れてからしばらく。
楽曲提供の話も纏まったらしく、それから宮川は放課後に忙しそうにしている。
軽森に聞いた話によれば、提供される曲の仮歌というものが来るらしく、それのレッスンをしているのだと言う。
特に今回は提供してもらう作曲者がかなりの知名度と実力がある人物であることから、宮川本人は元より所属事務所やマネージャーも力を入れざるを得ない。
更に力を入れるのであれば、ミュージックビデオというのも撮影する可能性があり、そうなれば宮川はもうしばらく忙しいだろうと軽森は言っていた。
とはいえ、それが俺に何か影響があるわけでもなく、忙しそうにする宮川とは対称的に、俺は普段通りの日常を過ごしていた。
日常とは言っても受験勉強が主ではあるが。
「"俺には関係ない"って顔してるわね~」
教室で呆けていると、藤田が声をかけてくる。
「何の話だ?」
主語がなく、何の話をされているのかわからなかったため聞き返す。
「勿論香奈ちゃんのことよ~」
「事実として俺は関係ないだろ。宮川が鉢場の目に止まったのも本人の努力の結果だし、宮川に楽曲提供されることで俺に何か影響がある訳でもない」
最早見慣れた含み笑いをする藤田に、冷静に淡々と言い返す。
「でも、香奈ちゃんが凄く人気出ちゃったら、修くんも困るでしょ~?」
藤田が何を言いたいのかなんとなく察する。
俺はため息をついてから口を開く。
「宮川に聞いたのか?」
「ううん。でも、香奈ちゃんの様子を見てたらそんな感じなのかなって~」
なら俺の反応で答え合わせになったようなものってことか。
確かに最近の宮川はアイドル学園に居る間、何か考え込んでいるような姿を見せることが多かった。だだ、楽曲提供の話が進んで忙しそうにしているここ数日は、そんな暇がなくなったのか少し頻度は減ってはいる。
藤田はその様子を見て、この間あったことを察したということなんだろう。だとすれば"察しが良い"で済むレベルを優に越えているが。
宮川があの日告白することを予想してたとは思えないし、後日宮川が考え込んでいるのを見て、それを想像できたとも考えにくくはある。
何故なら、宮川は思い悩んでいたのだから、告白した後の姿とは連想できないのが普通。告白の答えに悩んでいるのなら変じゃないが、藤田もまさか俺から告白したとは考えないはず。
実際は、"付き合うのは構わないが、アイドルとどちらを選ぶのか"という問いの答えを考えていたのだが、宮川本人から話も聞かずに、想像で本当に辿り着けるのか?
まあ、純粋にカマをかけられた可能性もあって、そうだとするならムカつく話ではある。
「え、何の話してんの?」
察しの悪い軽森が俺と藤田を交互に見ながら問いかけてくる。
「優くんも香奈ちゃんが人気出ちゃったら寂しいわよね~?」
軽森の質問自体には答えずに、藤田が軽森に質問を返す。
「いやっ……俺は香奈ちゃんが人気出るのは嬉しい寄りだけど」
何がなんだかわからないといった様子のまま、藤田の質問に答える軽森。
「優くんもそうなのね~。残念だわ~」
軽森の立場であれば当然そうなるだろう回答――しかもアイドルオタクである軽森であれば尚更――に、肩を落として落胆する藤田。
「逆になんで藤田は宮川が人気出るのが嫌なんだ?」
宮川をずっと気にかけていて妹のように接していた節すらある藤田が、宮川がアイドルとして大成することに多少なりとも否定的な言動を行うのは不自然に見えた。
「嫌味な言い方するわね~。私も香奈ちゃんが人気アイドルになって欲しくないと思ってる訳じゃないわよ~。でも、香奈ちゃんが今悩んでることの答えが出ないまま、ふとしたきっかけで知名度が上がったりしたら、話題のアイドルとして活動に忙殺されるかもしれないでしょ~? それで気づいたら人気アイドルになってました~ってなると、きっと今のその悩みが苦しみに変わっちゃうと思うのよね~」
そう語る藤田は、話し方こそ普段通りだが表情は真剣そのもので、同時に宮川の未来を案じているようにも見えた。
俺はあの鉢場という男の影響力を正しく認識できていないが、俺よりもアイドルにも鉢場にも詳しいだろう藤田がこういう仮定で話すということは、提供される楽曲によっていくらかの話題になることをある程度予想しているのだろう。
俺は、もしも藤田の言う通りになって宮川が人気アイドルになった場合を想像する。
その場合の俺からの答えは一択だ。
「人気アイドルになったのなら、アイドルに力を入れればいいだろう。悩むことはない」
現状ですら、アイドルと俺で釣り合っているとするのなら、"人気アイドル"になった場合はそれらが釣り合うことがなくなるだろう。
ならば悩みが苦しみに変わるどころか、寧ろ選ばずとも答えが決まるようなもののはず。
「修くんはストイックよね~。日本でも指折りの高校生バスケットボール選手なところが出てると思うわ~」
「嫌味返しかよ」
藤田は思ったよりも根に持ったらしい。
「香奈ちゃんは結構"普通"な子だと思うのよね~。"アイドルとして"じゃなく、"女の子"――あるいは"高校生"として」
藤田の回りくどい表現に軽森と目を合わせて首を傾げる。
「私や優くんはアイドルとしてトップに近いところにいるし、修くんもバスケっとボールではトップの景色を見たことがあるでしょ~? そういう何かのトップやそれに近しい場所に立ったことのある人の精神性って"普通"とはちょっと違ってきちゃうのよ~。本人の意識に関係なくね~」
「あー、分からんでもないかも」
藤田の言葉に軽森が同意する。
「だから、私たちが香奈ちゃんの考えとか気持ちをちゃんと理解するのは難しい部分があると思うの~。特に"何に悩むのか"とかね~」
藤田は言葉にこそしていないが、視線は俺を捉えていて、真っ直ぐ俺に向かって言っているように感じた。
「私の杞憂で終わればいいな~とは思ってるけど~。もし香奈ちゃんが苦しむほど悩むようなことがあったら、出来るだけ香奈ちゃんに親身になって助言して欲しいな~って思うのよ~」
これは軽森にも言っているようだった。
「……わかった」
「オッケー!」
俺たちは藤田のお願いに応諾を返した。それを見た藤田は安心したように微笑む。
「……で、二人は何の話してたの?」
話すの面倒だな……。
藤田を一瞥すると、彼女も同じようなことを考えていそうな表情をしていた。
「え、教えてくれない感じ?」
そんな俺たちの様子を見て、困惑を絵に描いたような表情の軽森。
「そのうちな」
「そのうちね~」
俺と藤田はほぼ同時に軽森にそう返したのだった。




