047「アイドル少女、申し出を受ける」
二日経って水曜日。
学園祭の振替も終わり、今日からまた日常へと戻っていく。
私たち三年生にとっては、それぞれの進路へ向けたラストスパートとなっていて学園祭とはまた違う緊張感がある。
私はアイドルとしてそこまで大成してもいないため、大学進学をする予定ではある。大学進学しても、アイドル活動は変わらず続けていくつもりではあって、職業としてでなくとも趣味としてでもできるだけ長く続けていきたい。
と、三日前まではそう思っていた。
アイドルを続けていくのか、卒業と同時に辞めるのか。その答えを出す必要がある。今の私にとって、受験勉強と同じくらい大事な選択。
修斗さんはその答えを出すまでの期限を特に設けていないような口振りではあった。でも、私自身が卒業以降も待たせてしまうのは心苦しかったから、私の中での期限として卒業までに答えを出すと決めた。
期限を決めたまでは良かったのだけれど、問題の答えは一向に出る様子はなかった。
あれからずっと悩み続けていて、本当に困ったことに勉強にも中々手がつかない有様で、昨日も丸一日家でウンウンと唸っていた。
アイドルを続けていきたい気持ちは勿論ある。その上で、修斗さんのことも簡単には諦められない。それだけ私の中で修斗さんの存在は大きく、大切な人になってしまっていた。
いつか修斗さんが言ってくれたように天秤に"アイドル"と"修斗さん"を載せても、天秤は完全に拮抗したまま、ピクリともどちらかに傾く素振りを見せることはなかった。
そうしてほぼ一日中、上の空で過ごしたまま、気づけば今日の授業も終わり、放課後になってしまっていた。
「香奈ちゃーん!」
放課後になって尚、席に座ったまま出るはずのない答えを求めて頭を悩ませていた私だったが、ふと私を呼ぶ声が聞こえて呆然としていた私の意識が戻ってくる。
声のした方を見やると、そこには席に座って私の方に手を振っている優さん。その机を挟んだ向かいに修斗さん。そして、見覚えのない男子生徒が二人の側に立っていた。
私は席から立ち上がり、二人のもとへと向かう。
「どうしたんですか?」
私は、私を呼んだ優さんに尋ねる。
「この人が香奈ちゃんに用があるんだって」
そう言って優さんが男子生徒を指差す。私が男子生徒の方に視線を移すと、男子生徒と目が合い、男子生徒が会釈をする。
黒髪でショート、雰囲気も控え目な感じで、アイドルっぽい感じではなかった。
「初めまして、宮川香奈さん。僕、こういう者です……」
話しながら、男子生徒が差し出した手のひら大のカードを受け取る。
一目見て名刺だとわかった私は、そこに記された名前を見て息を呑む。
「は、ハチバチさん!?」
私の声に真っ先に反応したのは優さん。
「えっ、マジ!?」
優さんが私の貰った名刺を覗き込み、その名前を確認して私と同じように息を呑む。
「……冗談、じゃないよな?」
「はい。僕は鉢場千秋。MNI88という名前で作曲家として活動しています」
MNI88――もとい、ハチバチとは、数多くのアイドルへ楽曲提供を行い、その殆どが大ヒット曲となる天才作曲家。
その驚異的な打率の高さから、ハチバチさんに楽曲提供をしてもらうことが、人気アイドルになるための登竜門と言われたりすることまである。
最近では、ハチバチさんに楽曲提供してもらうことを目標に活動するアイドルも珍しくない。
MNI88という名前こそ有名だが、名前と楽曲以外の情報は一切公開されておらず、メディアに出ることもインタビュー記事が出ることもない謎のベールに包まれた人である。
それがアイドル学園の生徒だったなんて……。
「は、ハチバチさんがどうして私に……?」
私は至極当然の疑問をぶつける。
何度見ても見覚えのない顔だから、どこかで会ったことがあるということはないはず。現にさっきハチバチさんは「初めまして」と言っていた。
それならば、ハチバチさんがどこかで私を知ってここに来たということ。
「学園祭、見ました。言葉で言い表せないほど感動して……そこで僕は思ったんです。貴女に僕の作る曲を歌って欲しいって」
私の思考が数秒停止する。
「え、ええええええっ!?」
思考が再び動き出した時には、大声で叫び声をあげていた。
教室でまだ残っていた数人の生徒からの視線が一瞬集まる。
「不躾なお願いだとはわかっています。でも、貴女のあの輝きはもっと大きな場所で、たくさんの人に見てもらうべきだと思うんです。だから、もし良ければ、僕の楽曲でそのお手伝いをさせてください……!」
あのハチバチさん自ら楽曲提供の申し出。私に断る理由なんてあるはずもない。
「私からお願いしたいくらいです……!」
「よかった……。では、後日僕の方から宮川さんの事務所の方へ正式に手続きをしますね」
ハチバチさんに私の所属事務所を伝えて、私自身もハチバチさんと連絡先を交換する。
私と連絡先の交換を終えたハチバチさんは、私に深くお辞儀をして教室から去っていった。
ハチバチさんを見送った私は、緊張が解けて大きくため息をつく。
「勢いで受けてしまいましたが、本当に良かったんでしょうか……」
後悔しているという訳では決してないが、安請け合いしてしまっていいような規模――少なくとも私にとっては――の出来事ではなくて、「本当に良いのだろうか?」という不安を抱いてしまっているのも確かである。
「いいんじゃないのか? あんたのアイドルとしての活動が実った一つの形だろ」
ハチバチさんが居る間、一言も言葉を発さなかった修斗さんが言う。
「そうそう! もし断ろうとしてたら、俺が止めてたくらいのチャンスだって!」
修斗さんの言葉に同意する優さん。
「てか修斗、ハチバチ知ってたんだ?」
優さんが意外そうに修斗さんに問い掛ける。
「知らないが。純粋に宮川にこういう話が持ちかけられたという事実に対して言っただけだ」
優さんは「ああ、ですよね~……」と最早慣れたと言わんばかりに呟く。そして、スマホを取り出して修斗さんにハチバチさんの楽曲の中でも特に有名なものを再生する。修斗さんも流石に曲自体は聴いたことがあったようで、「これがそうなのか」と感心したような反応。
後日、マネージャーからハチバチさんの依頼についてのお話が伝えられて、私も事務所も二つ返事で快諾したのだった。




